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隣りの家はマクルシファーさん

夏を詰め込む

我が家の隣りには魔法学園がある。

波長の合う学生や物が、我がマクルシファー家にやって来る。


今年やっと人材がやって来た。

大事に扱われた夏はそのエネルギーを見事に散らす。


さぞ美しいだろう!


夏の香りがする風が、魔法学園の掲示板をばさばさと鳴らしていた。そこに、ひときわ異質な文字が踊っていた。


  【夏を詰め込むから、器用な人求む】


なんだそれ?と思っていたら、下の方に「マクルシファー」とあった。


器用じゃないけど金は欲しい、わたし。プーキン。細かいことは苦手だけど、根気と根性は誰にも負けない自信がある。掲示板の前で、三秒悩んで、応募した。


三日後、わたしは魔法学園の隣りの家の庭に立っていた。卵型の緑の容器がずらりと並んだ長いテーブル、その奥に色とりどりの花。


「この花を一つずつ、これに入れてくれ」


男が、まるで演劇のような声で言った。これが噂のマクルシファーさんか。


「花は妖精です。丁寧に扱うように。特にドレスにシワが寄ると、怒ります」


は? 妖精? 本気?


「花が文句を・・・言うんですか?」


「ええ、それはもう、うるさいくらいに」


確かに、花のひとつがぶるっと震えて、「私、触るなら手を洗ってからにしてくださらない?」とキィキィ声で言った。小さな顔がある。目が合った。睨まれた。


やめようかな、初日で。でも、契約書には三日間って書いてある。報酬は、悪くない。むしろちょっといい。いや、すごくいいかも。


こうしてわたしの「夏詰めこみバイト」が始まった。




一日目。


花は怒る。すぐ怒る。触るな、押すな、曲げるな、つめたい、ぬるい、明るすぎ、暗すぎ、うるさい、静かすぎ。


もう知らん!


それでも、「ちゃんと夏を詰めるのよ!」とか言われながら、そーっと押し込むと、ふわりと香る甘い匂い。あれ、ちょっとだけ、うまくいったかも?


「ドレス、崩れてないわよね?」


「崩れてません」


「ほんとうに?」


「ええ」


「なら、許すわ」


こんなやり取りを一日中繰り返した。終わる頃には、わたしの肩は上がらなくなっていた。




二日目。


初日よりはマシだった。何より、わたしを覚えてくれている花がいた。


「昨日の子ね。あの手つき、雑だったけど、まあ・・・他よりはマシだったわ」


褒められてるのか、けなされてるのか、よくわからない。でも、「他よりはマシ」って、わたししかいないよね?


作業はすこしずつ効率的になった。花のドレスに触れないように、瓶の内壁に沿って入れると、文句が減る。「ちょっと、今日のあなた、気を使ってるわね」とか言われると、なんだか嬉しかった。


「花はね、夏の一瞬を閉じ込めた存在なの。だから、粗雑に扱われるのが嫌いなの」


そう言った花の一人が、瓶に収まったときに、ふわりと光を放った。瓶の底が、まるで夕焼けみたいに赤く染まった。


「今のなに?」


「思い出よ。誰かの夏の記憶。わたしたちは、それを運んでるの」


意味がわかるようで、わからない。でも、少し、わかった気がしたってことはわかったのか?毒されてる!




三日目。


もう慣れた。妖精たちと雑談しながら、瓶詰めが進む。


「あなた、器用じゃないけど、根性だけはあるわね」


「そこを評価されても、嬉しいのか微妙」


「ううん、嬉しがっていいのよ」


そう言った花は、最後の一輪だった。


入れ物に収まった彼女は、ひとつ深呼吸をすると、こう言った。


「ありがとう。あなたの手、あったかくて、ちょっとだけ懐かしかった」


なんでだろう。ぐっと胸にきた。


作業を終えると、マクルシファーさんが静かに近づいてきた。


「君は、本当に根性があるね」


「器用さは?」


「・・・根性があるね」


わたしは思いきりため息をついた。でも、口元が笑っていた。




その日の夕方、学園に戻って報酬を受け取った。驚いた。袋が重い。


「これ、間違ってません? 三日分ですよ?」


「ええ、合ってます。あの庭の仕事は、普通のバイトとは違いますから。夏を詰めるには、根性が要る」


わたしは袋を持ったまま、校舎の三階から隣の庭を見下ろした。


いつもの、小さな家庭菜園。


夏がきらきらと並んでいた。中には、まるで夕焼けや祭りの夜や、蝉の声や、冷たいスイカの一瞬みたいな光が、静かに揺れていた。

静かな夏もある。恋と呼ぶには短すぎる二週間。夏の恋・・・秋なら続くのか?・・・想像の世界だ。


わたしはつぶやいた。


「やっぱ、大きさがおかしいよね」

だって、夏の行列って長かったのよ。


でも、もう一回やっても、いいかなって思った。あの夏たちが、ちょっとだけ、わたしのことを覚えていてくれたら、なんだか嬉しい気がする。





いつも読んでいただきありがとうございます!


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