第8話∶エルヴァントの始祖王と龍王レギオン
※大賞エントリーに伴い、8話〜10話の内容を再構成・追加しています。
「シグル……」
誰かに呼ばれた気がした。
しかし、それは空耳だろう。ぼんやりとそう思う。
焼け焦げた布と血の匂いが鼻を刺す。
無数の剣と盾が地に転がり、かすかに呻き声が聞こえた。
だが、すでに戦場はほとんど静寂に包まれている。
そんな屍の山の中に、俺は仰向けに倒れていた。
鎧は返り血でべったりと濡れ、頬を伝う血の感触が生々しい。
(……終わったのか)
戦場の向こうに広がる青い空が、やけに遠く見える。
生き残った。
けれど、そんな実感すら湧かない。
俺はこれまで幾度となく死地をくぐり抜けてきた。
だが、今回ばかりは──本当に終わると思った。
「味方の指揮官が裏切るとか……ありえねぇだろ」
ふはは、と乾いた笑いがこみ上げる。
クソみたいな戦場だったが、どうやら神は俺を見捨てなかったらしい。
俺は地方貴族の妾の子として生まれた。
本家の連中には蔑まれていたが、才能だけはあった。
剣も、魔法も、どんな師についてもすぐに追い越すほどだった。
……だが、それでも運命には勝てなかった。
本家が謀反の疑いをかけられ、取り潰された。
生き残った俺は、母を養うため、ただ生きるために傭兵になった。
傭兵の世界は、強さこそがすべて。
貴族の血筋なんぞ関係なく、剣を振るえば飯が食えた。
(それでも──)
胸の奥が、どこか虚しい。
俺はただ「生きるため」にここにいるのか?
──ふと、違和感を覚えた。
視界の端、屍の中に ひとり、悠然と立つ男 がいる。
(……何だ、あれは)
異様なほど整った顔立ち。
銀色の髪が陽光を反射し、金色の瞳が冷たく光る。
戦場にいるはずのない存在。
まるで、世界から浮いているような──
そんな違和感があった。
次の瞬間、そいつの 金色の瞳が俺を見据えた。
(──ヤバい)
本能が叫んだ。
これは、俺が今まで出会ったどんな敵とも違う。
俺は即座に起き上がり、剣を構える。
刃毀れした剣だったが、それでも 「何もしない」選択肢はなかった。
だが──
男は俺の反応を 「面白いおもちゃを見つけた」 というように微笑んだ。
「なんだ、生き残りがいるではないか!」
声が響く。
美しくも、どこか異様な響きを持つ声。
男はゆっくりと歩み寄り、俺を品定めするように見つめる。
そして、愉快そうに口元を歪めた。
「ほぉ……お前、面白い未来を持っておるな」
「……未来?」
意味が分からない。
男はさらに俺をじっと見つめた後、楽しげに言った。
「お前、なぜここにいる?」
「……生きるためだが?」
そう答えた瞬間、男は 腹を抱えて笑い出した。
「ははは!! 生きるためと言うか!」
俺は思わず剣を握り直す。
この状況で笑う意味が分からない。
「面白い。お前とならば、我が一族が生き延びる道も探せるやも知れぬ」
俺は狼狽した。
(こいつ、一体何を言ってるんだ……?)
男はそんな俺を見て、さらに楽しそうに口を開く。
「お前の願いを叶えてやろう」
願い?
俺は慎重に口を開いた。
「……お前、一体何者だよ?」
すると、男は 愉快そうに目を細めながら 告げた。
「我が名は レギオン。龍族の長だ」
その瞬間、すべての音が遠ざかった。
「龍……族……?」
俺は聞き返した。
だが、レギオンは俺の反応を 「当然だろう」 と言わんばかりに受け流す。
「シグルよ。我と契約し、その力を手にするか?」
「……俺の名を知ってるのか?」
レギオンは、当然のように答えた。
「未来を見た」
「……は?」
「お前は王となる。ならば、我が力を貸すのも悪くない」
俺は この男が何を言っているのか全く理解できなかった。
だが、その金色の瞳に見据えられた瞬間、
胸の奥に熱いものが込み上げた。
「冗談だろ……? 俺が王になる?」
こいつ、何を言ってるんだ……?
俺は剣を振るって生きるだけの男だ。
そんな器じゃないことくらい、自分が一番分かっている。
だが――
ただ生きるために戦うだけの人生に、そろそろ飽きていたのかもしれない。
「お前が選ばぬならば、それも良かろう」
レギオンは 何かを試すように俺を見つめた。
ここで、断れば。
ここで、逃げれば。
俺は一生、ただの傭兵として生きる。
その未来が頭をよぎった。
(……そんな生き方で、いいのか?)
戦場で死にたくはない。
だから、俺は戦ってきた。
ならば──
(“生きる”だけじゃなく、“成す”べきことがあるんじゃないのか)
俺は剣を下ろし、レギオンをまっすぐ見据えた。
「……面白ぇな」
「ほう?」
戦場を駆け抜けても、どこにも帰る場所がなかった。
「俺はただの傭兵だが……もし、その“王”ってのが本当なら──証明してみせるさ」
その言葉に、レギオンは満足げに微笑んだ。
「ならば、契約は成立だ」
次の瞬間、眩い光が俺の身体を包み込む。
灼熱のような力が流れ込み、血が沸き立つ感覚があった。
まるで、俺の中で “何か” が目覚めるような──
この瞬間から、エルヴァント建国の歴史が始まった。
ーーー
幼い頃、レオンは母からその物語を聞くたび、目を輝かせた。
「エルヴァントには、本当に龍がいるの?」
「ええ。王と契約した龍王レギオンが、今も国を見守っているのよ」
「僕もいつか、自分の目で龍王と偉大な王を見てみたい!」
「でも、レオン。貴方はルーヘルムの王子なのよ」
母は困ったように笑ったが、レオンは本気だった。
兄が王位を継いだら自分は自由に諸外国を、世界を見てまわりたい。
──だが、現実は甘くなかった。
ーーー
「離宮に刺客が入り込んだ、だと?」
レオンは額を抑え、報告に来た侍従を睨む。
「結界は? なぜ宮廷魔導師たちは気づかなかった?」
「それが……王太子宮に仕えていた者の中に内通者がいたようで……」
レオンは盛大にため息をついた。
「兄上はまた、詰めが甘いな……」
第一王子フリードは温厚で善良だが、甘すぎる。
おかげで、王太子の尻拭いはいつも第二王子であるレオンの役目になっていた。
「わかった。ちょっと出てくる」
やれやれ、と立ち上がる。
自由な旅なんて、夢のまた夢か。
かつて憧れたエルヴァントは滅び、
今度は王宮にまで刺客を送り込まれるとは──
(クソが……どこまで俺の自由を奪えば気が済むんだ?)
苛立ちを抑え、ゆっくりと息を吐く。
「この俺を退屈させるなよ? ……クソッタレどもが」
琥珀色の瞳が、不敵に光る。
まるで、一泡吹かせる機会を「待ちわびていた」かのように。
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