第6話∶ビタミンCが王女を救う!
ナディア王女が倒れて、広間は大騒ぎだった。
誰もが声を荒げ、右往左往するばかり。
そんな中、響いた冷静な声。
「これは……壊血病じゃないか?」
ディアナはその様子を少し離れた場所から見ていた。
キースのその一言で、場の空気がピリつく。 医師たちは即座に反論し始めた。
「聞いたこともない病名ですぞ!」
「戯言をおやめください!」
……まあ、こうなるわよね。
私は眉をひそめながら、キースに近づいた。
「キース、あんた医学の知識まであるの?」
キースは困ったように笑って、首を振る。
「本で読んだことがあるだけだ」
(本で、って……それ、どんな本なのよ?)
医師たちが騒ぎ立てる中、キースは淡々と話を続けた。
「これはビタミンCの欠乏で起こる病気だ。果物や野菜を摂れば治る」
食べ物で病気が治る──
医師たちが怒るのも当然だ。
でも。
「だったら、俺が王女の食事を作る。回復するかどうか、それを見ればいい」
その言葉に、私は思わず声を上げた。
「ちょっと、キース。あんた、料理までできるの?」
彼は、私を見て肩をすくめた。
「普通にできるけど?」
はぁ……
もう、何なのこの人。
医学の知識に料理まで?
できないことなんて、ないんじゃない?
誰もが混乱して右往左往してる中、一人だけ冷静で、正しいことを見抜いている。
(こんな人、見たことない……)
胸の奥に、何か小さな火種が灯る。
それが何なのか、自分でもまだわからない。
ゼファルド師匠が肩をすくめて言う。
「ま、こいつがやれるってんなら、任せてみちゃどうですか?」
私は小さくため息をついた。
(どうせ、また何かやらかすんでしょうね)
―――
周囲の騒ぎを横目に、キースは内心でため息をついた。
(そうか、この世界には壊血病の知識は存在しないんだな)
前世の記憶が鮮明に蘇る。
高校の世界史の授業で教師が言っていたのを思い出した。
『キャプテン・クックは長い航海で壊血病を予防するために、ザワークラウトやライムジュースを船に積み込んで乗組員に摂取させた』
俺は医師たちの反応に呆れながらも、自信は揺るがなかった。
(医学というより、これは単純な知識だ。毒だと騒いでいる連中には悪いが、これは簡単に治る)
俺はレオンや医師たちの疑いの眼差しに対し、堂々と口を開いた。
「証明してやるよ。俺が作った食事で王女は必ず回復する。それで信じてもらえればいい」
(見てろよ。前世に蓄えた知識でこの世界の常識をひっくり返してやる)
俺は胸の奥に湧き上がる静かな喜びを感じていた。
俺はもう、あの頃みたいに孤独じゃない。
証明してやろうじゃないか!
―――
ナディア王女が毒を盛られた疑惑を拭いきれないため、ゼファルドのいる離宮で療養することになった。
俺は彼女のために料理を作ろうと、離宮の厨房に立っていた。
調理台には様々な野菜と鶏肉、そしてレモンによく似た黄色い柑橘系の果物が置かれている。これらはナディアの側近の青年、セツが調達してくれたものだ。
俺の肩に止まってるレギオンも興味津々で食材を覗き込んでいる。
「ヴェルフェン商国のキャラバンで扱えない品はない」
という彼の言葉は、どうやら嘘じゃないらしい。
鶏がらを鍋で煮込みながら、俺は慣れた手つきで野菜を刻んでいく。ふと、その光景が前世と重なった。
──懐かしいのか、寂しいのか、よくわからない記憶。
(あの頃、よく一人で飯を作ってたっけ。
カップラーメンばっかりだと飽きるんだよな……)
誰もいないアパートの狭いキッチン。父親に怯えながら、孤独と絶望に飲み込まれていたあの頃……。
「キース、いる?」
突然の声に、俺の意識は現実に引き戻された。
「あぁ……ディアナ?」
振り向くとディアナが厨房の入り口からこちらを見ていた。
彼女の表情は、どこか複雑なものだった。
何かを言いたそうに見えたが、それを言い出せないようにも見える。
―――
「わぁ、すごい! あんた、本当に料理できるのね!」
そう声を上げながら彼の手元を覗き込むと、キースは一瞬驚いた顔をした後、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔があまりにも優しくて、私の心臓が高鳴り始める。
「……ッ! な、なによ!」
思わず顔が赤くなってしまい、慌てて言い訳をする。
「ち、ちょっと気になって見に来ただけだから!」
キースは気にせず野菜を刻みながらそっけなく答えた。
「ん? そっか、ありがとな」
そんな彼の姿を見ていると、私は胸の中にモヤモヤした感情が広がっていく。
(なんでモヤモヤするの? 私、キースにこんな風に笑ってほしいのに……なんであの子に……)
そう考えると、余計に胸が締め付けられる。
「ねぇ、キース。あの子……ナディアって子、本当に良くなる?」
「あぁ、なる」
その即答に、私はさらに胸がざわついた。ナディアが回復しないとルーヘルムの名誉に関わる。それは分かっている。
でも──
「気に入らないわ」
思わず本音が口をついて出てしまった。
その瞬間、キースが果物を剥く手を止めて私を見た。
「ディアナが同じ状況なら、俺は同じことをするよ」
そう言って彼は穏やかに微笑むと、切り分けた果物を突然私の口に押し込んだ。
「うっ!すっぱい!!」
あまりの酸っぱさに思わず顔をしかめた。でもそれ以上に、私の頭の中は彼の言葉でいっぱいになる。
(私が同じ状況ならって……それってどういう意味? 私もあの子と同じくらい大切ってこと?)
胸の鼓動が一気に速くなり、顔が熱くなったのが分かる。赤くなった顔を見られたくなくて、慌てて背を向けてしまった。
「な、なにするのよ、急に……」
私の背中を、キースはただ静かに見つめているのが分かる。
「……もう一つ、食べるか?」
背中越しの彼の声が優しい。私は自分でも驚くほど素直な声で返していた。
「……もう少し甘いのがいいわ」
背を向けたまま、小さく微笑んでしまった。
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【次回も夜22時頃に更新予定です!】