第4話∶魔族の血が目覚める時、彼女は女王となる
「キース、ちょっといい?」
ディアナが部屋を訪れた。
「宮廷魔導士が来てるの。あんたに会いたいって」
「宮廷魔導士?」
「ええ、王家に長く仕えてる人よ。信用できるはず……」
俺はディアナをじっと見た。
彼女は特に疑っていない様子だ。
「ゼファルドがいない時に、わざわざ俺に会いに?」
「それは……まあ、あんたに直接用があるんじゃない?」
(なんか嫌な予感がするな)
けれど、ディアナがここまで堂々と言うなら、すぐに害をなす相手じゃないのかもしれない。
──そう思ったのが、間違いだった。
---
ゼファルドの離宮の一室。
部屋に入ってきた黒いローブの男が、柔和な笑みを浮かべた。
「初めまして、キースクリフ王子」
空気が凍る。
「……!?」
ディアナが息をのむ。
「エルヴァントの至宝をこの目で拝めるとは」
俺は即座に動いた──
ズシュッ!!
(っ……!)
レギオンが鋭く鳴く。瞬間、俺は身体を捻る。
頬をかすめる冷たい刃。壁がえぐれ、破片が床に散った。
(今のは……短剣!?)
黒ローブの男が、不気味に笑う。
「はは……さすがですね。一撃目は回避しましたか」
その手には、血のような紅い魔法陣が刻まれた短剣が握られている。
「……やはり、生かしておくべきではない。帝国は、王族の血が再び立ち上がることを許さない」
「これは貴方専用の《呪縛の刻印》。」
黒ローブの男が、薄く笑う。
「規格外の貴方を仕留めるには、これくらい必要でしてね」
(やばい──!)
「さて、今度はどうかな?」
短剣が振るわれた瞬間、ズシン!
「っ……!?」
全身が地面に縫い付けられるような感覚。動けない。
「やめて!!」
ディアナが炎の魔法を放つ──が、弾かれる。
「無駄ですよ、“お姫様”」
刺客が、うるさそうにディアナを見た。
「王族の血を穢す、おぞましき魔族の落とし種め」
──その瞬間。
ドクン……!
冷気とも熱ともつかない圧が、部屋を満たす。
ディアナが、ゆっくりと顔を上げる。
「……今、なんて言ったの?」
──声が、低い。
さっきまでの彼女とは違う。
「お前たちは、いつも私を魔族と呼ぶのね」
薄く微笑むと、床に魔法陣が広がる。
ズン……
何かが、出てくる──
黒と白の巨大な狼が飛び出すと、彼女を護るように牙を剥いた。
空気が一変する。
「ふふ……いいわ、もううんざりよ」
ディアナは、ゆっくりと刺客へ歩み寄る。
「な……何だ、この魔力は……!? 足が、動かない……!」
彼女は、まるで羽虫でも見るかのように男を一瞥した。
その瞳は、深紅に妖しく輝き、人のものとは思えない。
ぞっとするほど美しく、まるで魔そのものだった。
やがて、ディアナの胸元に淡い魔紋が浮かび上がる。
黒髪が、闇よりもなお深い漆黒へと、静かに染まっていく。
美しさと恐ろしさが同居するその姿は、息を呑むほどに荘厳だった。
──そして、彼女は艶然と微笑んだ。
刹那、純白の狼が優雅に宙を舞い、刺客の頭上へ。
漆黒の狼が影の中を疾走し、背後へ回る。
「ひいっ………!魔族め!!」
ディアナは、凛とした声で告げた。
「お前、本当に癪に障る」
指を軽く振る。
──その瞬間、狼たちが一斉に襲いかかった。
グシャアッ!!!
純白の狼が、刺客の腕を咬み砕く。
「ぐあああッ!!?」
漆黒の狼が、背後から脚を引き裂く。
「やめろ……やめてくれ!!」
男の悲鳴が、離宮に響き渡る。
──しかし、ディアナは楽しそうに微笑んだ。
「ふふ……いい声だこと」
美しく、残酷な笑み。
まるで絶対的な女王のようだった。
(……これは……誰だ?!)
俺は、全身の痛みに耐えながら ディアナに向かって飛び込んだ。
「ディアナ!! やめろ!!」
──しかし、彼女は聞いていない。
(……クソッ、こんな時に……!)
俺は歯を食いしばり、残された力を振り絞り叫ぶ。
「お前は……魔法騎士になるんだろ!!」
ディアナの瞳が揺れる。
「こんな……"無意味な殺し" をする騎士なんて、いるのかよ!!」
「……っ!!」
バチンッ!!!
圧倒的な魔力の奔流が、唐突に霧散する。
ディアナの体が、ガクッと力を失う。
「はぁ……はぁ……」
彼女のワインレッドの瞳が、元に戻っていた。
黒と白の狼は、影に溶けるように消える。
「……私……?」
震える声が、部屋に響く。
「何を……?」
俺は、激痛も構わず、駆け寄った。
迷わずディアナを抱きしめる。
「……しっかりしろよ」
「……え?」
ディアナの肩が、わずかに震える。
「お前は、お前だろ?」
「……っ」
ディアナの体が強張る。
「俺は知ってる。お前はこの国で"魔法騎士"になりたいんだろ」
「……」
「なら、これは違う」
静かに、しかし力強く。
「だから……しっかりしろ、ディアナ」
「……っ!!」
ディアナが小さく息を呑む。
──次の瞬間。
「……なによ……」
ディアナの声が、震えながらもどこか拗ねていた。
「……いきなり……こんなことして……バカじゃないの?」
「バカで結構」
俺は、力を緩めずに抱きしめ続けた。
(……よかった、戻ったみたいだ)
ディアナが抱えている何かを俺はまだ知らない。
けれど "大切なもの" を思い出せたなら、それでいい。
俺は、静かに目を閉じた。
──この事件を境に、帝国はついに本格的に動き出すことになる。
俺たちは、まだその未来を知らなかった──。
襲撃が終わり、ようやく落ち着いたころ。
ふと見ると、ディアナが窓辺に立っていた。
「……さっきのこと、気にしてるのか?」
「気にしてないって言ったら嘘になるわね」
「……あの時、どういう気持ちだった?」
ディアナは少し黙った後、ぽつりと言う。
「楽だったわ」
「……楽?」
「何も考えなくていいの。ただ、"魔族"になればいい」
静かな声。
「でも……それじゃ、何も変わらないわよね」
ディアナは、小さく笑った。
「私の父は、魔族よ」
顔も知らないけどね、と笑うディアナの声を
俺は黙って聞く。
「だからって、私は"ただの魔族"にはならない」
その言葉が、なぜか強く響いた。
読んでくれてありがとうございます!
面白かったら ブクマ&感想 をもらえると
とても嬉しいです!
【次回も夜22時頃に更新予定です!】