第2話∶紅の姫と、龍王レギオン
奴隷市場。
「──俺が買おう」
現れた赤いマントの男。
くすんだ金髪に灰色の瞳、額に傷を持つその男は、俺の髪に手を伸ばす。
触れた瞬間、魔法が解け、銀髪が光を反射した。
「やはりな」
「……何だよ?」
俺が睨むと、男は笑った。
「お前は──王族の血を引く者だな」
心臓が跳ねた。
「どうして……?」
奴隷商人たちがざわめく中、男は肩をすくめる。
「昔から拾い物の目利きには自信があってな」
一拍おいて、続けた。
「こいつの首輪の鍵をよこせ」
商人は青ざめ、震える手で鍵を差し出す。
カチャリ。
その瞬間、空気が震えた。
バキィンッ!
砕けたのは首輪だけじゃない。胸の奥の鬱屈も弾け飛ぶ。
封じられていた魔力が、奔流のようにあふれた。
「──っ、あぁ……!」
呼吸が楽になる。ようやく自分を取り戻した感覚。
だが、自由とは違う。
「さて──お前を拾ったはいいが、どうする?」
男は俺をまっすぐに見た。その瞳は何もかも見透かしてい
「……生き延びてやる。すべてを取り戻すために」
男──ゼファルドはにやりと笑った。
「おもしれぇ」
―――
ゼファルドの離宮は王宮の北側──華やかな宮廷から遠く離れた、古びた石造りの館だった。
「ここが俺の住処だ」
薬草の香りが漂う。無骨で質素だが、不思議と落ち着く空間だった。
「お前がどこまでやれるか、ここで確かめてやるよ」
ゼファルドの声に、俺は黙って頷いた。
(試されるってわけか)
足を踏み入れた瞬間──
「ゼファルド!!」
鋭い声が響く。
振り向くと、ワインレッドの瞳の少女が歩み寄ってくる。艶やかな黒髪を揺らし、真っ直ぐゼファルドを見据えた。
「奴隷市場に行ったって噂よ!? 私の魔法の授業はどうなったのよ!」
「また来たのか、お姫様よ」
ゼファルドが苦笑する。
「貴族の授業なんて退屈! 私は魔法を学びたいのよ!」
少女はゼファルドを睨みつけたが、すぐに俺へ視線を移す。
「……あなた、誰?」
その言葉に、俺は言葉を失った。
初対面のはずなのに、懐かしさを感じた。
(この感覚……)
「……キースクリフだ。ゼファルドの弟子になる」
ディアナの眉がぴくりと動く。
「まさか、この子を買ってきたの?」
ふぅと息をついて彼女は口を開いた。
「ま、いいわ。あんたがどれほどのものか試してあげる」
「……試す?」
「そうよ!」
「私はディアナ・ルーヘルム。このルーヘルム王国の王女であり、未来の魔法騎士!
ゼファルドの弟子を名乗るなら、実力を見せてもらうわ!」
「ちょ、待て。俺、まだ弟子になったばかりなんだけど……」
「関係ないわね!」
ディアナの瞳がきらめく。強気で、負けず嫌いな性格なのがよく分かる。
ゼファルドが横で肩をすくめる。
「まぁ、いい腕試しになるだろ。やってみろ、キース」
ゼファルドが笑う。
(避けられない流れか……)
「ふむ……まだ無詠唱は厳しいか?」
俺は思わずゼファルドを振り返る。
「無詠唱?一応できるけど……」
「できるのと、実戦で使いこなせるのは別の話だ」
ゼファルドは意味深に微笑んだ。
「さあ、かかってきなさい!」
「……はぁ、仕方ないな」
ディアナが勢いよく宣言し、俺は仕方なく戦闘態勢を取った。
―――
「いくわよ!」
ディアナの掌に赤い魔法陣が浮かぶ。
(炎の魔法!?)
ゴォッ!!
炎弾が俺めがけて飛ぶ。
とっさに横跳びして転がる。炎弾が地面を焦がした。
「避けたわね」
ディアナが笑う。
(強い……でも──)
「《エア・バースト》!」
爆風を背中に受け、俺の身体が空へ跳ね上がる。
空中で身をひねり、風の刃を纏って一直線にディアナへ突っ込んだ。
「速い……!」
ディアナが驚いた表情を浮かべるが、すぐに剣を構える。
刃と刃がぶつかり、火花が散った。
「でも──これで終わりよ!」
足元に魔法陣が展開され、黒い影がうねる。
「出てきなさい、《ダークハウンド》!」
黒い狼の魔獣が現れる。
「召喚獣は反則だろ!」
「勝負に手加減はしないわ!」
黒狼が跳びかかる。
(くそっ、どうする──)
その時。
「……キース!」
肩にふわりと何かが降り立った。
小さな白銀の龍──
その瞬間、ダークハウンドが怯え、影に溶けて消えた。
「召喚魔法が……解除された?」
ディアナの声が震える。俺の肩の龍は楽しげに尻尾を揺らす。
「……キース……」
威厳ある声。金色の瞳が俺を見つめる。
「お、おう……?」
「ちょっと!なんでそんなの連れてるのよ!」
「俺も知らないって!」
「可愛いし……悔しい!」
(まさか……レギオン……?)
伝承の王家の守護龍。それは巨大な銀翼のはずで──
「……ちっさ!!」
白銀の龍はつぶらな目でこちらを見つめ
ポフッ!
「うわっ!?」
顔に火球。
咄嗟に避けたが、前髪が焦げる。
「いきなり攻撃すんな!」
レギオンは「どやぁ」とでも言いたげに胸を張る。
ゼファルドが呟く。
「お前、龍王と契約してたのか?」
──炎の城。母の手の温もり。血の雫がペンダントに落ちる。
『……龍王レギオンよ。我が願いを聞き届けよ……』
(まさか、母が……)
「もしかしたら、母が俺の血で契約を……」
淡々と経緯を語るその言葉に、ディアナは胸が締めつけられた。
(母親が命と引き換えに……)
どこか感情を置き去りにしたような語り口が、ディアナの心に深く染み込んでいく。
(私は……)
母の記憶はない。顔も声も。
神殿で育った自分には、何も残っていない。
キースの母は命を懸けて彼を愛した。
(なら、私の母は?)
唇を噛み、拳を握る。
「……ズルいわよ」
声は小さかった。
「そんなふうに、愛されてたなんて……ズルい」
そのとき、キースはまだ知らなかった。
ディアナの瞳に映っていたものが──
かつて失われた愛への、渇望だったことを。
…
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