第12話 太田檸檬は困り果てる。②
晴天の下、桜は満開を迎え、大学周囲を淡いピンク色に染める。風も穏やかな今日は、桜の花びらを優しく撫でるだけで、その風に乗ってふんわりと甘い香りが漂う。
そんな構内の桜並木の下では、ちょっとした熱気がこもっている。部活・サークル勧誘の人で大混雑だ。プラカードを高々と掲げてアピールする学生もいれば、動物や恐竜の着ぐるみを着て、勧誘を試みる学生もいる。ユニフォーム姿でやる気満々な体育会系の部活は、大道芸のようにあちこちで集団で一芸を披露して、わいわい騒いでいる。
大学の風物詩とも言えるこの光景は、俺のイメージと相違がない。ちらほら声をかけてくるが、もちろん素通り。部活やサークルに入る予定がない。そんな俺に声をかけるなら、他の学生にその労力を使った方が相手にとっても良い。しかしそれは相手にはわからないことだろうから、せめて無闇にコミュニケーションが続かないように、ダンマリを決め込む。そして近づくなオーラを放つ。これが俺ができるせめてもの配慮だ。
ちらっと横を見ると、『硬式テニス部!初心者大歓迎!』と書かれたプラカードが目に入る。部として活動している、ということはそれなりにしっかりと活動しているということなのだろうか。大会である程度の成績を残して、大学からも予算が出る組織というのが俺の部活の認識だ。ぱっと見ではあるが、それなりに部員もいそうだ。
唯一俺が部活動として参加していたのは、中学の時のソフトテニスくらいだ。それ故、別に入りたいとか興味があるわけではないのだが、無意識に『テニス』の文字が目に入ってしまった。
それにしてもここは喧騒が過ぎるため、一直線に薬学棟へと向かう。
大学初日は、本格的な講義というより導入みたいな感じで、どんなことを学ぶか紹介程度の内容が多かった。必須科目はもちろんだが、1年のうちは選択科目もいくつか必須で受けないといけない。授業の一覧が載った冊子ももらったが、個人に当てられた専用のサイトがあり、そこでも授業の内容を確認することができる。そしてそこで興味があった授業を選択して受講する、といった流れのようだ。
選択科目はできるだけカロリーが低そうなもの、というのが俺の第一の条件だ。第二言語でドイツ語や中国語といった授業もあるようだが、たった半年や1年で言語を習得できるものでもないし、何より一から新しい言語を学ぶのは俺にとってカロリーが高い。よって必須の英語以外の言語は取らない。
『ボランティア学』 ボランティアに関わる講義内容だが、期末のテストがない。代わりに、ボランティアに1回参加してレポートを提出するのが単位認定に必須なようだ。つまり、授業自体は集中しなくていいというわけで、カロリーは低い。ボランティアに1回参加しなければならないというのが億劫ではあるが、公募してあるものであればなんでもいいようで、ゴミ拾いもあるようだ。それならそこまでカロリーが高くないと俺の中で判断し、選択科目のうち一つはこれで決定された。
といったように、謎のカロリー換算で選択科目を決めていく。今日中に全部決める必要はないため、さらっと目を通してある程度は把握しておくことにする。
講義が終わって教室を出ると、毎回部活・サークル勧誘の集団の横を通り過ぎなければならない。棟内でも勧誘してくるとかしつこいしうっとしいな。
教室では、みんな「どこの部活にする?」とか、「あそこのサークルめっちゃ可愛い子いたぞ。」とか部活・サークルの話題で持ちきりだった。境宗介が率いるイケイケ集団は、同じサークルに入ろうとしているようだった。どんだけあんたらは一緒にいたいんだ。
一応学校が始まってから境宗介との直接の会話はないが、目があって会釈や手を軽く振ってくる程度はしてくる。てか、目が合うとか互いに意識してるみたいで気持ち悪いな。あんまりチラチラ見るのはやめておこう。
一方、高崎緋彩はというと、一人でいたり、二人か三人の決まった人と話をしている。あいつも何かサークルとかに入ったりするのだろうか。
今の所何かが起きる予感も雰囲気もない。至って平凡。そして、何もなく1日が終わってしまった。これでいい。これで十分なのだ。何を期待していたのだろうか。しかも、まだ日も落ちていない。こんな時間に終わるのか、大学生最高。さっさと家帰ってゲームしようか。
心は陽気に、一目散に家に帰ろうと教室を出るが、まだ勧誘集団はいる。もう一通りの部活・サークルは目にしたと思う。なんなら教室にも入ってきて、勧誘してくるサークルもあったし。
そういえば、ふとこの大学にどれくらいの部活やサークルがあるのか気になった。薬学等の外へ出て歩きながら、大学のHPにアクセスしスマホで調べてみると、同好会含めて50近くあるようだった。どうやらその半分くらいしか目にしなかったようだ。しかし、同好会レベルになるとニッチな活動内容になるようだ。けれどそっちの方が興味ある。
一覧を眺めていると『ソフトテニスサークル』の文字が目に入った。硬式テニスは部である一方、ソフトテニスはサークルということは、大会目指して頑張るとかそういった感じではないのだろう。けれど、あの勧誘集団にソフトテニスサークルはいなかった気がする。見ていなかっただけかもしれないが、硬式テニスと比べると存在感は薄いようだ。
歩いていると、ぱこんぱこんという音が聞こえた。大学校内にあるテニスコート場からだ。遠くは無さそうだったので、寄り道がてら音のする方へ方向を変えると、5面のクレーコートに硬式テニス部員が練習に励むのが視界に入った。予想通り、部員はそれなりにいて練習も真剣なようだ。見学に来ている人も何人かいるようで、コート外でも人が散見される。ふらっと立ち寄る程度の予定だったので、その場をすぐに後にしようとしたが、少し遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「だって!今までそうだったんですよね!?」
普通の会話ではなさそうだった。様子を見るため、声がする方へ近づくと、その内容がより明確にわかってきた。
「それは昨年度までの話だ。今年度からは硬式テニス部でこのコートは使う。」
コート横の部室がある建物の前で何人かの学生がいた。そのうちの一人が、予想通り、黄色みがかった髪色でショートボブの太田檸檬だ。心なしか、毛が逆立っているようにも見えなくはない。
「そんなの聞いてないですよね!?先輩!?」
「檸檬ちゃん、もういいの。どうせ人も私たちしかいないし、今年度中には廃止届出す予定だったし。」
「だってよ。てか、1年の分際でなんなんだよ、お前。」
「今は1年生も何も関係ないですよね?ソフトテニスサークルがコートを使うか使わないかの話していますよね?」
「だーかーら、吉井が言ったじゃねーか。今年度中に廃止届出すって。それに、学連にももう申請して、硬式が5面使うって許可もらってんだよ。」
「じゃあ学連に行って取り下げてください!」
「だー!もう!しつこいなお前!」
「檸檬ちゃんもう本当にやめよう。」
どうやら、話をまとめるに硬式テニス部は高校で言う生徒会のポジションである学生連合、通称学連にコート5面を使う申請を出してそれが受理されている。ソフトテニスサークルは、人数があの二人だけ?のようで、今年度中にはあの吉井という女子が廃止届を出す予定。ということだ。おそらく吉井という人はソフトテニスサークルの代表なのだろう。彼女は太田檸檬と硬式テニス部の男の人とのやり取りに、怯えた表情を浮かべている。
この状況的に、硬式テニス部の優勢、と言うよりもう覆しようがない。既に双方で決まっていることであるのに、それを太田檸檬が掻き回している、そんな構図だ。
「でも吉井先輩!私ソフトテニスやりたいんです!」
「そんなにやりたければ外部のやつに参加でもすればいいじゃねーか。」
「私は、この大学のソフトテニスサークルに参加したいんです!」
「だーかーらー、もう何回言わせんだよ。」
吉井先輩と呼ばれる女子生徒は、おどおどして、自分ではもうどうにも出来ない様子だ。そしてこの喧騒に、さすがに周囲の人間も気付いたらしく、見物に群がってきた。だいぶ面倒になってきたな。
太田檸檬、明るくて元気という第一印象だったが、ここまで頑固なやつだったとは。あまり関わらない方が良かったのかもしれない、と朝のことを少し後悔する。
俺も面倒なことに巻き込まれないように、さっさとこの場を後にしようと、そーっと体を後ろに向けると
「じゃあ勝負しましょう!ダブルスで!私はあの人と組みます!」
なぜか回れ右をした俺に周囲の視線が集まる。
ん?ん?どうして?
そーっと振り向くと、太田檸檬の指は、しっかりと俺を指していた。
最悪だ。平凡な1日で終わるはずだったのに。




