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第11話 太田檸檬は困り果てる。①

 カーテンを開けると太陽の光が目を直撃した。少しチカチカしたが、すぐに治まり大学に向かう準備を始める。

 今日から本格的に授業が開始となる。フレッシュマンキャンプが終わった後は、ひたすら家にこもって本を読んだり、ゲームをしていた。たまに月乃からのメッセージに反応してあげたが、某有名テーマパークのチケットをあげる話をしたら、大喜びであった。そのうち帰った時にでも渡してやろう。

 やはり一人の時間は楽でいい。人と接するのは精神的に疲れる。大学の授業は、俺のイメージだと、先生が一方的に話を進め、それを真剣に聞いたり、適当に聞き流したり、内職したり、寝たりと各々が自由に時間を過ごして、終わったら次の講義室に向かう人もいれば、授業取ってなければ帰るか誰かと遊ぶか、みたいな感じだ。

 だから特殊な授業とかなければ、人と接することはほぼなく、1日を終えることができるだろう。俺は少なくともそうしたい。

 けれど中には、誰とでも平等に接して、人望も厚く、交友関係を大事にする境宗介のように、授業が終わったらみんなとおしゃべり、率先してどこかへご飯を食べに行ったり遊びにいく計画を立てるような、充実したキャンパスライフを過ごすやつもいる。

 おそらく前橋霞先輩も同様の部類。しかし、先輩の場合は自ら手上げをするというより、周囲から声がかかることの方が多いと思う。容姿端麗で完璧主義に見える一方で、実は子供っぽい性格を知る人は、きっと彼女のことを好くだろう。俺は好き嫌いというより得意ではないタイプだ。

 そんな前橋先輩みたいな人がいる一方で、高崎緋彩のように真面目で苛烈なやつもいる。境宗介も前橋先輩もおそらく俺を見かければ何かしらの声はかけてくるだろう。高崎緋彩に関しては今後何かしらで関わりはあると思うが、基本スタンスとしてあっちから声をかけてくることはないだろうし、もちろんこっちから何か話に行くことはない。昨日で最初で最後になっただろう。またいちゃもんでも付けられたら面倒だしな。

 ただ、結局今回の出来事に対しては俺に非があり、正当な理由があったのだから、あちらが一方的に悪いというわけでもない。でも暴力はダメだな。

 コーヒーを飲みながら思い返していたら、もう家を出る時間になっていた。残りわずかのコーヒーを飲み干し、真新しいトートバッグを肩にかけ玄関を開ける。今日は時間もあるし、基本的に自転車は少し遠出する用に使いたいため、徒歩で大学へ向かうことにする。

 俺が住んでるアパートは、学生が多い。1Kで家賃は5万ほどであり、それに加えてオートロックセキュリティも付いているため、防犯の面から女子にも人気があるようだ。駅からは離れているが、大学へは徒歩圏内である。幸運なことに、3階建の3階角部屋という好条件の部屋が空いていた。下の階への配慮は必要だが、上と隣から聞こえる音が最小限になるのがありがたい。

 このクオリティで都心なら家賃二桁はいくのではないだろうか?詳しくは知らないが、少なくとも5万で住めはしないだろう。群馬最高。

 鍵をカチャっと閉めると、隣の部屋が音を立てて開いた。黄色みがかったショートボブで少し小柄。目がくりっとしてガーリーっぽいゆるふわファッションが似合いそうな出立ち。本人もそれを理解しているようで、緩すぎない袖にフリルがついたニット生地のトップスに、大きなボタンがあしらわれたミニスカート。同年代くらいだろうか。ちょっと寒そうに出てきたその女の子と目が合ってしまい、すぐに視線を逸らしたが


 「おはようございます!」


イメージと相違ない明るくて、にっこり笑顔の元気な挨拶を俺にしてくれた。


 「おはようございます。」


 ジロジロ見るのも何かいけないような気がして、目を合わせず軽く会釈して挨拶を返した。一緒に降りていくのは気まずかったため、さっさと階段を降りようとした。


 「あの!安峰大の学生ですか?」


 唐突の質問。ちょっと面倒なことになりそうだと予感がした。しかし隣人であることを考慮し、それなりに今後顔を合わせる機会も多くなり、無視したくても無視できない状況になると考え、素直に応じることにした。


 「はい。そうですけど。」

 「やっぱり!ここ安峰大の学生多いですもんね!学部はどこですか?」


 たったったと近づいてきて、ぐっと顔を寄せてきた。ちかっ。ソーシャルディスタンスが恋しい。


 「ぁあ、えっと、薬学部です。」

 「薬学!すごいですね!頭いいんだなぁ。」


 興味津々といった様子。そしてなぜか嬉しそうな表情だ。


 「いや、別に、、、」

 「何年生ですか?」


 俺の言葉を遮って矢継ぎ早に質問をしてくる。


 「1年です。」

 「えっ!同じだ!めっちゃ上に見えたよ〜」


 俺が同学年とわかると、敬語が一瞬で取れた。距離の詰めかたがえぐい。言葉のソーシャルディスタンスもないのかこの女は。


 「あ、私はね、健康福祉学部の1年生!太田檸檬おおたれもんです!君の名前は?」


 太田檸檬、その名前に相応しいフレッシュで元気そのものといった感じ。悪く言えばうるさい。でもなぜかそういう嫌な感じはなく、太田檸檬が持つ愛嬌と純粋に明るいフレンドリーな接し方が、それを緩和させているのかもしれない。

 健康福祉学部は確かメインキャンパスにある学部で、福祉関係の資格を取得できるはずだ。薬学棟はメインキャンパスに近いが、学ぶことが全く違うため、おそらく余程のことがない限りは交流はないだろう。


 「渋川透です。」

 「透くんね!これからよろしく!」


 いきなり下の名前で呼んでくるか。俺を下の名前で呼ぶのは母さんとあともう一人ぐらいしかいないが、この女で3人目となる。


 「じゃあまたね!」


 駆け足気味でバイバイと手を振りながら、俺の横を通り過ぎ階段を降りていく。その場には柑橘系の爽やかで優しい残り香を感じたが、一瞬で霧散する。嵐のような女だ。

 階段を下ると既に太田檸檬の姿はなかった。そんなに時間を空けて降りたつもりはなかったが、自転車で行ったのだろうか。

 空を見上げれば、雲一つない晴天。爽やかで過ごしやすい。時間にまだ余裕はあることだし、予定通りに徒歩で大学へと向かうこととする。


 

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