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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
7/35

嫌です

「ねえねえ知ってる? “グリッドランナー”の噂」

「ああ知ってる。この前もビルの火災から大勢を救ったんだってな」

「俺の聞いた話じゃあデルタ地区のギャングをたった一人で壊滅させたらしいぜ」

「凄いよな、地元の治安当局も手を焼いていた連中なんだろう?」

「超カッコ良いよねー。正体は誰なんだろう?」

「確かに、これだけ有名なのに未だに正体が謎に包まれてるってのも不思議な話だよな」

「もし男だったら彼女にして欲しいなー」

「なに言ってんの。彼女になるのはアタシに決まってんでしょうが!」

「ハア、アンタみたいなのがなれるワケないでしょ」


 教室でクラスメイトが話題にしてるのは、最近世間を騒がせている “ある人物”のこと。

 ――グリッドランナー。

 それは今から一ヶ月ほど前、この都市に突如として現れた謎の人物の名称である。

 当初は単なるネットの都市伝説か何かだろうと、存在そのものを疑う意見がほとんどだった。だが実際にグリッドランナーに事故や犯罪から助けられたという投稿がSNSに相次いで、動画や画像が添付されていたこともあって、徐々に信憑性が増していく。

 サイボーグが珍しくない現代でも、グリッドランナーの力は並外れていた。

 かつてはフィクションの存在でしかなかったヒーローが現実になり、人々は大いに興味を惹かれた。

 声や背格好から、グリッドランナーは人間の男性である可能性が高いと推測されており、女性の間ではアイドル的な人気すら博していた。

 ちなみにグリッドランナーという名前は、一昔前にインターネット上に流出した新作特撮ヒーロー番組のタイトルが由来となっている。結局その番組は企画段階でお蔵入りになったらしいが、主役ヒーローの外見が非常に良く似ていた為、自然とそのような名称で呼ばれるようになった。

 その正体を巡っては、ネットで様々な憶測が飛び交っている。

 真剣な考察から荒唐無稽なものまで、今ではSNSのトレンドランキングでその名を見かけない日はないほどの有名人になりつつある。

 最も有力な説は、センチネルが密かに導入した超高性能な警備用アンドロイドだというもの。センチネルというのはこのメガトーキョーの治安維持を委任されている民間警備会社のことだ。

 正式名称センチネル・セキュリティ・コンサルティング・カンパニー。

 世界各地で警察代行の業務を遂行しており、時には紛争や内戦に介入することもある。そしてサイバーマトリックスの子会社であることは、この都市で知らぬ者はいない。

 グリッドランナーの噂は、センチネルの耳にも届いていたようで、つい先日、公式に声明文を発表した。

 近頃、自警団紛いの不審人物が出没しているが、違法行為なので絶対に真似しないように、そして見つけ次第すぐに通報するように、と。

 しかしそれでグリッドランナーの人気が薄れることはなかった。むしろより謎めいた人物として注目を集めるようになった。

 果たして正体は何者なのか――




 ――何かあることないこと色々言われてるなぁ。


 当のグリッドランナー本人――浅宮海斗はクラスメイトの話を落ち着かない様子で聞いていた。

 まさか学校の生徒にまで噂が届いているとは予想もしていなかった。

 海斗としては、体内のサイバーウェアがどれほどの性能なのか試したくて、何となく人助けしてみた程度の感覚なのだが、いつの間にかSNSに晒されて、まるで本物のヒーローのように扱われるようになった。

 世間の注目を集めるようになったのは、恐らくあの特撮風の変装が原因だろう。

 正体を隠す為にあのような格好を選んだのだが、それが逆に目立つ結果となってしまった。

 サイボーグになる前はこんな悩みなど縁がなかったのに、何とも皮肉な話である。

 とは言えそれで何か不利益を被っているかと問われると、そういう訳でもないので、特にやめるという考えは今のところない。

 どのような形であれ、感謝されるというのは悪い気持ちはしないし、助けられた人の中には危うく命を落とすところだった人もいる。現状、誰も不幸になった人はいない。殴られた暴走族以外は、だが。

 ただサイバーマトリックス社との契約もあるので、あまり有名になり過ぎるのも考えものだった。

 そういえば数日前に一度だけサイモン・クルーガーから連絡があった。

 いずれ彼とは話をしたいとは思っていたが、あまりに突然のことで何を質問すれば良いかわからず、会話を交したのはほんの数分だけだった。


『やあずいぶんと活躍しているようだね』

「何の話ですか?」


 その時、何故かはわからないが、反射的にシラを切ってしまった。


『とぼけなくていいよ。与えられた力を人助けの為に存分に発揮しているそうじゃないか。いやはやご立派なことだねえ』

「はあ……」


 どうやら海斗の行動を問題視している訳ではないらしい。海斗は安心感を覚えた。

 それから後は経過報告というか、供与したサイバーウェアに何か異常はないかなどの質問に終始した。以前、上月が警告したようなことは全く話題にならなかった。

 やはり杞憂だったのかと思ったその時、通話を切る間際になってクルーガーの表情が一変した。


『ただこれだけは肝に銘じておいた方が良い。もし我が社に不利益になるようなことをすれば……重大な結果を伴う、とね』

「…………」


 気のせいかもしれないが、それは脅迫のようにも聞こえた。

 その言葉を受けて、海斗は初めて会った時にも感じた、クルーガーに対する不信感を思い出した。




「うぉーい、オメーらいい加減席につけーい」


 などと考えている内に、間延びした声が教室の喧騒をかき消した。担任の中嶋プリヤが入ってきたのだ。

 確か片方の親がインドにルーツを持つハーフだったか。エキゾチックな美貌を備えた褐色肌の女性で、大昔の学園ドラマのような熱血教師的な性格が男女問わず生徒達から高い人気を集めている。


「無駄口はいいからさっさとホームルーム始めるぞ」

「先生はグリッドランナーのことどう思ってるんですかー?」


 女子生徒の誰かが手を挙げてそんなことを言い出した。


「お前らまたソイツの話してんのか。私に言わせればただの命知らずの馬鹿だ。ギャングなんかに喧嘩売って、殺されたらどーすんだ。間違ってもお前らは真似しようとすんじゃねえぞ」


 ――真似どころか本人がここにいるんですけどね……。


 ネットでも似たような意見をチラホラ見かけた。グリッドランナーの行動はヒーロー気取りの目立ちたがり屋としか思えない。子供が真似したらどうするんだ。大人しくセンチネルに任せるべきだ、と。

 もっともな意見だが、自分は別に目立ちたくてやっている訳ではない。SNSユーザーが勝手に写真や動画を拡散して盛り上げているだけだ。


「もし先生がグリッドランナーと勝負したらどっちが強いですかー?」

「いやー、さすがに先生が勝つに決まってんじゃん。何せ先生はあの“フォックストロット”の一員なんだから」


 センチネルにはサイボーグ犯罪者専門の精鋭部隊が存在する。

 それぞれ犯罪者の脅威度に応じて出動するチームが異なっていて、実力の低い順にアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、そして中でも最強の部隊がフォックストロットである。

 隊員の全てが高い戦闘技術を誇る全身サイボーグで、被疑者の検挙率は驚異の百パーセントを誇る。

 プリヤは高校教師であると同時に、フォックストロットの一員という二つの顔を併せ持つ。この学校の設立、運営に深く関わっているサイバーマトリックス社の方針で、後進の育成の為に隊員と教師の両方を兼務しているのだ。


「そんなの楽勝……と、言いたいところだが、実際のところ何とも言えん。あれだけ大勢の敵を一人で相手にするのはさすがの私でもキツイからな。それを平然とやってのけるってことは、相当な実力の持ち主であることは間違いねえ」


 意外な返答に、生徒達は「へー」とか「ふーん」といった溜息を漏らす。


「まあでももし奴が悪事に手を染めようもんなら、この私が直々に成敗してやるけどな」

「さすが先生!」

「つーかお前ら、噂話も結構だがちゃんと勉強にも精出せよ。ただでさえウチのクラスは成績悪い奴が多いんだからな。この私の熱血指導でお前達を導いてやるぜ!」

「……まーた始まったよ」

「せんせー、良いから早くホームルーム始めよー」


 どこからともなくそんな呟きが聞こえてきた。




 午前の授業を滞りなく終えると、生徒達はそれぞれ昼食の支度を始める。海斗はいつも通り学食に向かった。

 と、教室を出ようとしたところでクラスメイトの野上恭志郎のがみきょうしろうが声をかけてきた。


「なあ浅宮、学食に行くならついでに近くの自販機でジュース買ってきてくれないか?」

「自分で行けば?」

「何だよケチな奴だな」


 野上は渋々立ち上がって海斗と共に学食に向かった。


「よーし今日こそはニーナをデートに誘うぞ。浅宮はどう思う?」

「良いんじゃない」

「誘い文句はこうだ『君は朝陽に輝く一輪の花、共に日の出を眺めよう』どうよ?」

「……それでドン引きされないと本気で思ってるならやってみれば?」


 彼はアメリカからの留学生、ニーナ・デイビスに絶賛片想い中だ。

 ただ本人の内気な性格が災いして、未だにまともな会話すら出来ていないのが現状である。

 海斗は良く野上から恋愛相談を受けることがあるのだが、正直お門違いである。


「それで君に協力して欲しいことがあるんだが……」

「やだよ」

「何でだよ。それくらいしてくれても良いじゃないか!」

「オイ、うるせえぞオタク共! 騒ぎたきゃ家にでも引き籠ってろ!」


 二人で口論していると、近くを歩いていた赤城に見咎められた。

 暴力団に殴られた怪我は、どうやらもう完治したらしい。


「何だよ、自分の方がでかい声のクセに……」

「何だぁ? 何か文句でもあんのか?」

「いや別に」


 野上の呟きを、赤城は聞き逃さなかったらしい。

 今の自分なら全く恐れる必要のない相手だが、契約違反になるようなことはしたくないので黙っている。

 暴力団に完膚なきまでに叩きのめされ、友人からも見放されたというのに、未だに学校で威張り散らすその太々しさはもはや尊敬に値する。

 全く真似したいとは思わないが。

 と、そんな考えを察知したのか、赤城が険しい表情でこちらに矛先を変える。


「気に入らねえな。言いたいことがあるならハッキリ言えよ! 弱えクセにイキりやがって!」

「何をしているの?」


 しかし赤城の怒声は、突如横から発せられた涼やかな声に遮られた。

 振り向くと鮮やかなブロンドのロングヘアをポニーテールにした少女が、腕を組みながらこちらを睨んでいた。

 どこかの名家のお嬢様のような優美な佇まい。すらりと伸びた長身。気品を感じさせる、凛々しくて端正な顔立ち。やや右側に傾斜したアシンメトリな前髪から覗く切れ長の双眸は、冷然とした光を湛えている。


「な、何だよ白泉。お前には関係ないだろ」

「他の人に迷惑だと言ってるの。やるなら他所でやってくれないかしら?」


 白泉しらいずみルナは、恐らくこの学校の生徒ならば知らぬ者はいないであろう有名人である。

 その類まれな美貌もさることながら、勉学、スポーツ共にトップクラスの成績を収め、決してそれを鼻にかけないクールで孤高な性格は、男女問わず多くの生徒達の尊敬と羨望の対象となっている。

 そんな人物に睨まれて、さすがの赤城も萎縮してしまったのか、何も反論することなく「チッ」と舌打ちをして歩き去って行った。


「あの、どうもありがとう」

「別に」


 素っ気なくそう言って、ルナはスタスタと学食に向かって歩き出した。海斗達も目的地が同じなので後を追う。


「そう言えば白泉さん、バスケ部の片岡先輩に告られたって本当?」


 いきなり野上がとんでもない質問をした。


「だったら何?」

「いや、片岡先輩って言えば女子人気でトップ5に入る超イケメンじゃん。何て返事したのか気になるっていうか……」

「あなたには関係ないでしょう! 一々他人のプライベートを詮索しないで!」

「ひいっ! ご、ごめんなさい!」


 情けない声をあげて海斗の背中に隠れる野上。

 無謀というか何というか、何とも命知らずな男だ。

 ちなみにこの人気トップ5というのは、女子の間では男性アイドルグループのような扱いを受けていて、非公式のファンクラブやグッズまで存在している。だがそれ以上に凄いのは、その五人の内の四人が過去にルナに告白して断られていることだった。

 他の女子ならば誰もが即答でOKするほどの美男子の告白を全て断るとは、どれだけ交際相手に求める条件が厳しいのか。

 他校の生徒や大学生なども含めると、ルナに告白した者は軽く百人は超えるらしく、生徒達の間では誰が最初に彼女のハートを射止めるのか、賭けの対象にもなっている、とか。

 と言っても、的中させるのは宝くじで一等賞を取るのと同程度の幸運が必要だろう。まあそれ以上に幸運なのは、ルナと付き合える人間だが。

 もちろんルナが美人であることは海斗も重々承知している。何せ幼い頃からずっと近くで見てきたのだから。


「何見てるの?」

「あ、いや……」


 無意識の内に見つめてしまったようだ。ルナに指摘されて慌てて視線を逸らす。

 何をやっているんだ自分は。彼女が誰と付き合ったところで、自分には関係ない話だというのに。


「……断ったから」

「へ?」


 ルナが何事か呟いたが、はっきりとは聞き取れなかった。思わず訊き返すと、今度は顔を赤くしながらこう言った。


「だっ、だから告白は断ったって言ってるの! 誰かと付き合ってるとか、勝手に思わないで欲しいのっ!」

「あ、うん」


 ――あれ、関係ないんじゃなかったっけ?


 他人のプライバシーを詮索するなと言っておきながら、何故自分にそんな報告をするのかわからなかった。


「それより昨日、何度も連絡したのに何で返事してくれなかったのよ?」

「え、ごめん。ちょっと色々忙しくて……」

「何かあったの?」

「まあ色々と」


 ちょうど昨日のその時刻は、建設現場の事故で鉄骨の下敷きになっていた作業員を助けていたところだ。ルナから連絡があったのを知った時にはもう真夜中で、返信するには遅過ぎた。

 しかしそんなことは口が裂けても言えない。


「まあでも良かった。事故か何かに巻き込まれたんじゃないかって、ちょっと心配だったから」

「…………」


 珍しくルナが顔を綻ばせた。

 何だか後ろめたい気持ちになって、思わず目を伏せる。

 少し前にサイバーマトリックス社のトラックに轢かれたことを知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。

 学内屈指の優等生ルナと、底辺の落ちこぼれ(海斗)が幼馴染であることを知る者はほとんどいない。とはいえ最近はすっかり疎遠で、顔を合わせてもこのように軽く世間話を交わす程度の間柄だが。


「いつも学食に通ってるけど、ちゃんと栄養のあるもの食べてるんでしょうね?」

「食べてるよ」

「その……良かったら私がお弁当作ってあげても良いけど」

「いいよ、子供じゃないんだから」


 他愛のない会話をしている内に学食へと到着した。

 そこは学食というよりは、小洒落た喫茶店を彷彿させる内装をしている。

 色とりどりのLEDが室内を照らし、隅に設置されたジュークボックスからは小粋なエレクトリックサウンドが流れ、その上でホログラムのオーディオスペクトラムが躍っている。

 ここは常日頃から賑やかな場所だが、今日は何故だかいつもより一段と騒がしく感じられた。何かあったのだろうか。


「ねえあの娘、やっぱりそうじゃない?」

「うっそぉ」

「いや間違いないって!」

「でも何であんな超有名人がここに?」


 一体何をそんなに騒いでいるのかと思い、生徒達の視線が集中する場所を確認してみる。するとカウンターテーブルの端に、見覚えのあるプリズムカラーのミディアムボブの髪が目に入った。

 まさか……何故彼女がここに?

 一瞬、見間違いかと思った。しかし彼女は確かにそこにいた。動画サイトで死ぬほど見たあの超人気インフルエンサー。

 諸星ヒカリがそこにいた。

 ヒカリは注文したモカラテを飲みながら、何かを探すようにキョロキョロと学食内を見回している。

 生徒達は誰も彼女の傍に寄ろうとはしない。彼女が本物のHIKARIなのか判断しかねているようだ。

 と、そこへヒカリに近づこうとする一人の勇気ある人物が現れた。


「あのぉ……」


 媚びへつらうような笑みを浮かべながら、声をかけたのは赤城だった。


「もしかして動画投稿者のHIKARIさんだったりしますか?」

「はい、そうです」


 辺り一帯に歓声が響き渡る。


「あ、あの……もし良かったら隣に座っても良いですか?」

「嫌です」


 瞬殺された。

 巻き込まれると厄介だ。海斗は踏むとその部分だけ光る床を歩きながら、ヒカリとは逆方向の席を目指す。

 こんなところで彼女と知り合いだとバレたら大変な騒ぎになる。ヒカリも大勢の人の前で声をかけような真似はしないとは思うが。

 ところがふと彼女の方を見た瞬間、目が合ってしまった。途端、ヒカリの表情がパッと明るくなり、笑顔で手を振りながら叫んだ。


「あ、オーイ! 浅宮くーん!」

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