普通に倒すけど?
ここは普通に買い物しているふりを装ってやり過ごすしかないか。
幸いなことに、無声通話機能を使用すれば爆発音や銃声を聞かれる心配はない。
『はい、もしもし?』
『……今どこにいるの?』
怒っているような、それでいて不安を押し殺しているような、そんな声だった。
『あーごめん。ちょっといつものコンビニでパンが売り切れてて、別の店で買い物しているとこ』
『……何で早口なの?』
それは仕方ない。現在進行形でロケット弾の集中砲火に晒されているのだ、自然と口調も早くなる。壁越しに爆風と爆発の衝撃がはっきりと伝わって来て、今にも海斗を守る遮蔽物が破壊されるのではないかと気が気でない。
『や、もうすぐレジ空きそうだから、悪いけど後でかけ直すね!』
『――ちょ』
これ以上話し続けるとボロが出てしまいそうだったので、まだ彼女が何か言い出す前に、途中で通話を打ち切った。おかげで彼女の機嫌を損ねてしまったかもしれないが止むを得ない。
後でお詫びに彼女の好物のスイーツでも差し入れしよう。そしてひたすら頭を下げて許しを請うしかない。
『でもその前に……早いとこお片づけしなくちゃね!』
海斗は加速装置と光学迷彩を駆使して一気に勝負をつける作戦に打って出た。実際のところ、海斗は加速装置を利用した戦闘にはあまり慣れていないのだが、そんな悠長なことを言える状況ではなくなった。
これは時間との勝負だ。あまり時間をかけ過ぎるとルナの機嫌が修復不可能なほどに悪化する恐れがある。
通常の数百倍の速度にまで加速した海斗は、電光石火の早業で高速にして峻烈な突進を敢行した。
接近してしまえばこちらの独壇場だ。まさか至近距離でロケットランチャーを撃つほど彼らも無謀ではあるまい。
『あのさあ、少しは近所迷惑ってものを考えないの?』
手始めに兵器の鼻面に痛烈なハイキックを入れる。が、びくともしない。
『あれ?』
「フハハハハハハハッ! 馬鹿め、そんな蹴りが通用すると思ったか!」
男の口から嘲笑の声が漏れる。海斗は兵器から五、六メートルほど離れた場所に着地した。
「この大型二足歩行無人兵器ED203は鉄壁の防御力を誇る。炭化ケイ素繊維とチタニウム合金で構成された二重装甲は戦車砲をも跳ね返す」
友達に買ったばかりの新しいおもちゃを自慢する子供のように、男は豪語する。
「さあ、この最強無敵の兵器を相手にどう戦――」
言い終わらぬ内に、最大出力で発射されたプラズマ砲の光弾が胴体に直撃し、自称最強無敵の兵器は凄まじい轟音を響かせてあっけなく爆散、大炎上した。
『いや、普通に倒すけど?』
「何ィー!?」
そのまますかさず男の間合いに飛び込んで左フックを入れると、続けざまに背後にいた仲間に右ハイキックを、そしてその左脇に立っていた男には右ストレートを、それぞれ確実に急所に直撃するように打ち込んでいく。
形成は海斗の方が有利だったが、敵も非常に執念深く、一筋縄ではいかない。
それでも焦ることなく一人、また一人と着実に数を減らしていく。
『君達、俺にボコられてもちゃんと労災認定されるの? もしされないなら転職を考えた方が良いと思うけど』
すでに半分以上の敵が地面に突っ伏している。このペースなら数分で決着がつきそうだ。
などと希望を抱き始めた海斗の視界に、道路の向こう側から同じ種類のトラックが三台、こちらに接近して来るのが見えた。
嫌な予感を覚えたのも束の間、手前で停車すると、予想通り荷台からぞろぞろと銃器などで武装した男達が出現した。
『げ、ちょっと冗談でしょ……』
さすがの海斗もこの数には辟易せざるを得なかった。
どう少なく見積もっても、先ほどまでの三倍近くはいる。つまり単純計算で、全て倒すには三倍の時間と労力が必要になったということ。
想像しただけで気が滅入る話だ。
『君達、来る場所間違ってない? パーティー会場はここじゃありませんよ?』
何人倒しても、まるでもぐら叩きのように次から次へと向かって来る。減っているという実感が湧かない。さらに最初に倒した敵が意識を取り戻して再び戦闘に参加し始めたので、もはや収集がつかなくなってきた。
このまま時間が経てば経つほど、帰宅時間が遅くなる。それに比例してルナの機嫌も悪くなる。
そろそろ母子も無事に逃げおおせた頃だろうし、こうなったら自分も逃げ出すか。
しかしそうなると、またセンチネルが「グリッドランナーのせいで街が破壊された」などとデマを吹聴し、ありもしない罪を擦りつけてくるかもしれない。出来ればこれ以上汚名を着せられる展開は避けたい。
そうなるとやはり連中を全員、叩きのめすしか道は残されていない。
まったく面倒な事件に首を突っ込んでしまった。
『仕方ない。そっちがその気なら、こっちも本気出しちゃおっかな……』
海斗は苦肉の策として、加速装置を駆使してほぼ同時に複数の男を昏倒させる。相手は反撃どころか攻撃を防御する暇さえない。
海斗の必死の奮闘もあり、どうにか全ての敵を一掃することが出来た。
最後の一人が地面に倒れ伏したのを確認すると、海斗は『ふうっ』と一息ついた。
その直後、センチネルのスピナーが発するサイレンの音が近づいて来るのが耳に入る。騒ぎを聞きつけてようやくご到着のようだ。
こうしてはいられない。ここにいると自分も逮捕されてしまう。
速やかに現場から離れて最寄りのコンビニに到着すると、目的の商品を選んで清算を済まし、そそくさと帰路につく。
玄関の前に立ち、時間を確認する。急いだつもりだったが、ルナと電話してから三十分以上が経っている。
恐る恐るドアを開けて中へ足を踏み入れると、リビングの前でルナが仁王立ちしていた。
「た、ただいま……」
「ずいぶん遅かったわね」
「いやそのぉ……道が混んでて……」
後ろめたい思いがこみ上げてくる。
「へえ、じゃあ何でSNSに『今夜、グリッドランナーが武装した犯罪者集団を捕まえる』っていうニュースがトレンド入りしてるのかしら?」
「あ」
終わりだ。
もはや言い逃れは出来ない。やはり最初から嘘をつくべきではなかったのだ。
その後、海斗はルナが納得いくまで、延々と謝罪と説明を繰り返す羽目になった。そしてもう二度と彼女に無断で、危険な行為はしないことを約束させられた。
まあ良い。あの組織は何者なのか、目的は何なのか、気になることがいくつかあるのは事実だが、後はセンチネルの仕事だ。
以前の二つの事件では、海斗は必要に迫られて自分から首を突っ込んだ。だが今回の一件はどう考えても海斗とは無関係だ。これ以上、自分が介入する必要はない。
今後は一人の民間人として、ネットのニュースなどで事件の推移を見守るとしよう。
「一体何をやっているんだアナタ達は! 自分達に任せておけと言うから信じていたのに、あと少しで妻と子供が誘拐されるところだったじゃないか!」
センチネル本部では、家族と再会を果たしたカミルが激しい癇癪を起していた。妻子から事情を聞いたカミルは、エクリプスが妻子を誘拐しようとしたこと、センチネルがその情報を彼に伝えなかったことなどを、その時初めて知った。
不信感を募らせたカミルは、ローザやアイリなどの幹部達を呼び出して真相を問い質した。
「大変申し訳ありません。今回のことは完全に想定外のことで……」
「言い訳は聞きたくない! どんな理由があろうとアナタ達が家族を守れなかったのは事実だ!」
ローザが何か弁解しようとするのを、カミルがばっさり切り捨てる。
「そうですね。それは本当に弁解の余地がありません」
いつもは部下に対して威張り散らしているローザが、珍しく平身低頭している。アイリ達はそれを冷ややかな目で眺めていた。
色々と不運が重なったのもあるが、元々はカミルに家族の件を伝えないという判断を下した彼女の責任だ。自分が蒔いた種は自分で刈り取るしかない。誰も助け舟を出そうと考える者はいなかった。
信頼の回復は長い道のりになりそうだ。
一通り不満を吐き出して満足したのか、カミルはやや落ち着いた口調に戻って会話を継続した。
「ところでその、妻達を助けたグリッドランナーとかいう人物は何者なんだ?」
「ああ、数ヶ月前から自警団のような活動をしている者です。実際に犯罪者を捕まえたこともありますが、複数の違法行為に関わった疑いがあります」
「だが彼がいなければ私の家族は救えなかったのだろう?」
「しかしそれは……」
ローザが何か言いかけたのを遮って、カミルがとんでもない提案をした。
「どうにかして彼と連絡を取れないだろうか? ワイバーンが暴走した場合、その人物の力が必要になるかもしれない」
アイリ達はお互いに顔を見合わせて、困惑の表情を作った。
それは彼女達にとって到底承服しかねる提案だった。
「カミル博士、先ほど支部長も申し上げましたが、グリッドランナーは犯罪者ですよ?」
「逮捕状も出ているんです」
アイリとプリヤが口々に異論を唱えるが、カミルは頑なにこう言い張った。
「そんなことは関係ない。今回のことでアナタ達だけでは奴らを止めることが出来ないことがはっきりわかった。彼と話をさせてくれ。グリッドランナーを呼んでくれなければこれ以上アナタ達に協力する気はない!」




