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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
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出張洗車サービスでーす♪

「映像を隈なく分析しましたが合成の痕跡は確認出来ませんでした。間違いなくあのワイバーンという無人機はこのメガトーキョーに存在します」


 情報分析担当のマリー・オブライエンがもたらした暗い結果報告を、アイリ達は神妙な面持ちで聞いていた。

 テレビ電話が加工された可能性を疑っていたが、報告を受けて僅かな希望を打ち砕かれた形となった。


「背景が微妙に動いていることから恐らくトラック型のスピナーで移動しながら撮影されたと思われます。建物の位置や方向から、場所を割り出しましたがトラックがどこへ向かったかまではわかりませんでした」

「つまりこういうことか? この大都市に一般市民を見境なしに殺しまくる殺戮兵器があるってのにそいつがどこにあるかわからないってことか?」


 プリヤが半ば投げやりに吐き捨てた。

 もしメガトーキョーでワイバーンが起動するようなことがあれば大惨事になる。


「きっとハッタリよ。いくら何でもそんな大それたことが出来る訳ないわ!」


 ローザがやや楽観的な見解を示すが、アイリは賛同しかねた。


「今はあらゆる事態を想定して対策を考えましょう。万が一ワイバーンが起動したとして破壊する方法はあるの?」

「いえ、博士の話が事実ならそれこそ軍隊レベルの戦力がないと破壊は難しいのではないかと。場合によっては日本政府にも協力を要請する必要があると思います……」


 日本政府。それはメガトーキョーの治安維持活動を委任されているセンチネルとしては決して愉快な提案ではなかった。

 ただでさえここ最近の事件で、市民からセンチネルの職務遂行能力に疑問の声が上がっているのだ。日本政府の力を借りればさらにその風潮に拍車が掛かることになる。

 本社の重役は決してそれを良しとしないだろう。何としても自分達だけで対処しろと言うに違いない。

 人命と自社の利益、最優先すべきは当然前者なのだが、現場の人間は上層部の命令には逆らえない。


「結論を急ぐのはやめましょう。博士はワイバーンに搭載する予定だったAI制御装置の調達が遅れている、と言ってた。つまりまだワイバーンは完成してないってことよ」

「エクリプスが二日間の猶予を与えたのはその為か?」


 プリヤの質問に、アイリは「恐らくね」と頷きながら話を続ける。


「その間にどうにかしてその兵器を回収するのよ」

「ところで、博士にこのことは伝えますか?」

「まだ伏せておいた方が良いんじゃないかしら。下手に不安を煽るようなことを言えば動揺してワイバーンに関する有力な情報を聞き出せなくなる恐れがあるわ」

 

 ローザの言い分も一理あるが、隠しごとをしていたとわかれば、余計な不協和音を生みかねないのではないか。

 ワイバーンの捜索にはカミルの協力が不可欠だ。こんなことで信頼関係を損ないたくはない。


「じゃあなるべく早く聞き出しましょう。ただでさえ家族と会えなくて苛立っているみたいだから」

「言われなくてもわかってるわよ」


 アイリの進言に、ローザはあからさまに不機嫌な返事をして会議室を後にした。

 会議が終わると、アイリはマリーを手招きして小声で話しかけた。


「ちょっと良いかしらマリー。時間がある時で良いからさっきの電話の男について調べてくれる?」

「何かあるんですか?」

「気のせいかもしれないけど、どうも前にどこかで同じ声を聞いたことがあるような気がするのよね」

「わかりました」


 二人はそのままその足で指令室へと歩き出した。


「もしエクリプスが本気で博士を取り戻そうとするなら、彼の家族を人質に取ろうとするんじゃないかしら?」

「考えたくはないですがその可能性もあり得るでしょうね」

「で、家族は今どこに?」

「デルタ地区の隠れ家(セーフハウス)にいます。三十分くらい前に二人の隊員が迎えに行ったそうですが今どうなっているか……」


 などと会話している内に指令室に辿り着いたので、二人の隊員のサポートを担当しているオペレータの所へ向かった。


「ねえ、アナタ。カミル博士のご家族を迎えに行った隊員はどうなったの?」

「そ、それが……」


 すると何故か職員は顔面蒼白でこう語った。


「数分前から連絡が途絶えたままなんです……」

「何ですって!?」




 カミルの妻のファティマは、四人の子供達と共にセンチネルが用意した隠れ家に身を寄せていた。

 エクリプスの構成員に四六時中監視され、夫の顔を見ることさえ許されない日々が長く続いた。子供達は久々の自由にリラックスした様子を見せていたが、ファティマは今もどこかで組織に見張られている気がして落ち着かなかった。

 組織の危険性は身に染みてわかっている。カミルを取り戻す為ならどんな手段も厭わないだろう。例えば自分達を人質に取るなどの手段でさえ。

 だからこそ、一刻も早く本部に行って夫に会うまでは、本当の意味での安息は訪れないだろうと確信していた。

 しばらくすると隠れ家の前に黒塗りのSUVが停まり、フロントシートからセンチネルの制服を着た二人組の男が降りて来た。


「お待たせしました、奥さん。さあ早くお子さんと一緒に車にお乗りください」


 玄関のドアを開けると、男が開口一番そう言った。


「は、はい!」


 心から待ち侘びた瞬間に、ファティマは安堵し、子供達を呼びに行こうと足を一歩踏み出したところで――ふと奇妙な違和感を覚えた。

 事前の話では、迎えの車はワゴン車だったはず。それにセンチネルの制服を着ているのも妙だ。普通、こういう時は目くらましの為に変装するものではないのか。現に隠れ家の周囲を警備している隊員は全員私服だった。

 そういえば今気づいたが、つい先ほどまで玄関で見張りをしていた隊員がどこにも見当たらない。

 ファティマは目の前の隊員に底知れない不安感を抱いた。


「あの……ワゴン車で来る予定なんじゃ……」

「こちらの方が目立ちにくいので変更になったんです」


 何かがおかしい。頭の中で直感がそう告げていた。


「乗る前に電話で夫と話をさせてくれませんか?」

「申し訳ありませんが本部に到着してからにしてください」

「お願いします。ほんの少しで良いから声が聞きたいんです」


 ファティマはさり気なく質問をして、目の前の隊員が本物であるかどうか確証を得ようとした。我が子の命が掛かっているのだ。疑問が解消されるまでは車に乗る気になれない。

 ところがしつこく食い下がっていると、突然隊員の態度が豹変した。穏やかな表情が強張ったものに変化し、懐から拳銃を取り出して銃口をこちらに向けた。


「ガキの命が惜しけりゃ黙って言う通りにしろ。わかったな?」


 その威圧的な声音は、つい先日まで自分達を監禁していたエクリプスの構成員と同種のものだった。

 やはり直観は正しかったのだ。

 だが今となってはもう遅い。従わなければ自分も子供達も殺される。ファティマは子供達を不安にさせないよう、表向きには本部に行く為だと偽って車に乗るよう促した。

 もうすぐ父親に会えると信じ、歓喜する子供達を見ると胸が痛んだ。

 隠れ家を出る際、庭の植木の陰に玄関を警護していた隊員が倒れているのを発見した。ここからでは生死を確認することは出来なかったが、現在自分を銃で脅している男達の仕業であることは疑いの余地がない。

 本来こちらに向かっていた本物の隊員も、この男達の手に掛かったのだろうか。

 いずれそう遠くない未来に自分も同じ目に遭うことになりそうだ。せめて子供達だけでも逃がせないものかと隙を窺うが、助手席の男がそれを見透かしたように笑った。

 

「馬鹿な気は起こすなよ。自分の子供を孤児にはしたくないだろう」


 有無を言わせぬ強い口調。


「仮にその無謀な試みが奇跡的に成功したとしても、既にこの辺一帯は我々の監視下にある。もし逃げ出してもすぐさま追手が駆けつけてお前達を捕まえる、って寸法だ」


 ふとバックミラーを覗くと、後ろから小型のドローンがこちらを追跡しているのが見えた。

 確かにこれでは無事に逃げ出すのは夢のまた夢だ。


「諦めるんだな。通りすがりのヒーローが颯爽と助けてに来てくれる、なんて期待するだけ無駄だぞ」


 こんこん。


「どの道、お前達は我々の手からは逃れることなんて絶対に出来ない運命なんだよ。ククク……」


 こんこん。


「ん?」


 誰かが運転席の窓を叩く音が聞こえた。時速三十キロで走行中であるにも関わらず、である。

 風で飛ばされた空き缶か何かが当たったのだろうか、そう思いながら一応確認しようと、男が音のした方向を振り向いた途端――

 その人物と目が合った。

 一昔前の特撮ヒーローを彷彿させるメタリックなボディ、電子回路のような白緑色の模様が煌々と発光する特徴的な外見。

 このメガトーキョーでは知らぬ者のいない有名人。グリッドランナーその人が、運転席側のフロントドアにへばりついていた。


「なっ!?」

『どーもー、出張洗車サービスでーす♪』


 そんな軽快な挨拶と共にボンネットに飛び移ると、エンジンがあると思わしき箇所に狙いを定めて思い切り拳を振り降ろした。

 カーボンファイバ製のボディを易々と拳が貫通し、内部のエンジンを破壊、その拍子に自動ブレーキが作動して車が急停車する。

 反動で身体が大きく前方に投げ出されるが、鮮やかな宙返りを決めて地面に着地する。

 さらにまだ直進し続けるSUVを両手で受け止めて完全停車させる。あまりに一瞬の出来事に、フロントシートにいた男達は何らかの行動を起こす暇さえなかった。


「……くぅ! この!」


 助手席の男が頭を抱えながら転がり出てくると、いきなりグリッドランナーに殴り掛かった。が、あっさり腕を掴まれる。


『はい免許証はいけーん!』

「ぐわっ!」


 痛烈なカウンターパンチを食らった男は、仰向けに倒れて昏倒した。

 すると今度は、運転席にいた男がファティマを人質に取ろうと銃を構えた。


「動くな! それ以上近づくとこの女の頭を吹き飛ばすぞ!」

『へえ、弾がないのにどうやって撃つのかな?』


 そう言って予め加速装置を利用して抜き取っておいた弾倉をヒラヒラとこれ見よがしに披露する。


「ば、馬鹿な……いつの間に!?」


 加速装置を使って超高速で移動すれば相手に気づかれずに拳銃の弾倉を抜き取ることはそれほど難しいことではない。

 男が人質を取ることは容易に想像出来たので、車から降りてきた時点ですでに先手を取っていたのだ。

 そんなこともつゆ知らず、慌てふためく男の鼻面に拳を撃ち込む。

 男が白目を向いてコンクリートの地面に倒れ込んだ途端、忽ち周囲が静寂に包まれた。




 数十分前、明日の朝食を買い忘れたことに気づいた海斗は、近所にある二十四時間営業のコンビニまで一走りすることにした。

 同居人のルナからはもう夜遅いのでやめた方が良いと言われたが、心配ないと言い聞かせて家を出た。

 コンビニまでは大した距離もないし、取り立てて治安が悪い地域でもない。普通に考えたら何事もなく平穏無事に買い物を終えられるはずだった。

 ところがその普通ではないことが発生してしまった。コンビニに向かう途中で、銃を持った男が女性を脅して車に押し込む現場に遭遇した。結果、当初の予想とは大きく外れる展開になった。

 とりあえずセンチネルに通報したが、到着する頃には車は遥か遠くに逃亡してしまうのは誰がどう見ても明らかだったので、やむを得ず自分で対処した。

 本当は数週間前の事件以降、出来るだけ目立つような行為は控えていたのだが、状況が状況だったので仕方ない。

 見たところそれほど深刻な事件には見えなかったし、手っ取り早く片づけられるだろうと思っていた。

 海斗は人質にされていた母子の様子を見る。恐らくは中東か中央アジアの出身だろう。

 女性が男に銃を突きつけられていた時に、子供達が外国の言葉で何か叫んでいるのを聞いたので、日本に来たのはつい最近だと思われる。観光客がギャングの犯罪か何かに巻き込まれた、といったところか。

 海斗は翻訳アプリを起動して彼女達に話しかけた。


『大丈夫、怪我はない? 観光旅行に来たならちゃんとしたガイドを雇わなきゃ駄目だよ』


 海斗が日本語で話をしようとすると、ブローカ野と呼ばれる脳の言語生成を司る領域から発声器官へと送られる電気信号をアプリが途中で読み取り、目の前の相手の母国語に予測変換する。

 これにより全く聞いたことがない外国語でも、完璧な発音で話すことが可能となる。

 海斗の言葉がちゃんと通じたのか、何やら女性が切羽詰まった様子で訴えかけてきた。


「お、お願いします! 私達をセンチネルの本部に連れて行ってください!」

『え……? あー、観光名所なら他にもっと良いところいっぱい知ってるけど?』


 などとボケてみたものの、女性の表情が真剣そのものだったので、真面目に耳を傾ける。

 どうやら国際的な犯罪組織に追われていて、夫が保護されているセンチネル本部に行きたいらしい。

 文面だけ見れば荒唐無稽な与太話のように思えるが、彼女の真剣な眼差しには嘘の気配は感じられない。

 海斗の体内には噓発見器ポリグラフ内蔵インプラントされていて、相手の呼吸や表情などで真偽を見極めることが出来る。

 しかし海斗はどうすれば良いか判断しかねた。

 センチネルにとって、自分はお尋ね者なのだ。一ヶ月ほど前、ハインリヒ・ライザーという、サイバーマトリックス社の元社員が引き起こした事件で、海斗はほんの少しばかり法律に違反する行為をした。

 それ以降、海斗が扮するグリッドランナーには逮捕状が出ている。

 彼女達を送り届ける為にセンチネル本部に近づこうものなら、目の色を変えて追いかけて来るに違いない。

 しかし女性の慌て振りはただごとではない。


「早くしないと奴らが追いかけて来る!」

『わかったからとにかく落ち着いて――』


 言い終わらぬ内に背後から車の走行音が近づいてきて、数発の銃声が鳴り響いた。

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