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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
6/34

ちょっと考え過ぎじゃないですか?

 自宅に到着すると、海斗はまずフード3Dプリンターを起動した。

 ペースト状の食材が入ったカートリッジをホルダーに挿入し、食べたい料理を入力することで出来立ての料理が完成する。

 とりあえず今日はオムライスが食べたい気分だった。高級スーパーで購入したカートリッジを挿入した後、タッチパネルを操作してオムライスの項目を選択する。

 料理が出来るまでの間、暇なのでSNSのチェックでもすることにした。学生にとってSNSは、手軽に最新のニュースに触れることが出来る貴重な情報源だ。


「ん?」


 適当にトレンドランキングを流し読みしていると、その中に気になるものを発見した。


《謎の特撮男現る》


 調べてみたところ、本日の夕方、特撮ヒーロー風の格好をした人物が、路地裏でギャングを叩きのめしているところを撮影した動画が話題になっているようだ。


 ――特撮ヒーロー風の人物?


 海斗は何となく嫌な予感を覚えて動画を見た。なんと自分が映っているではないか。

 ついさっき暴力団を殴り倒した時の様子を撮影した動画だった。


「何これ?」


 最初に動画を投稿したと思われるアカウントを探してみると、こんな書き込みを発見した。


《学校帰りに暴力団っぽい人達にからまれていたら変な格好をした人が助けてくれました。誰かこの人について何か知りませんか?》


 どうやらあの場にいた学生の誰からしい。本当にSNSに書き込むとは思わなかった。あの状況で撮影する者がいるとは、肝が据わっているというか何というか。

 この動画は瞬く間に拡散され、ネットの掲示板にも複数のスレッドが立っているようだ。


【速報】謎のコスプレ男が暴力団をボコボコにする動画が話題に!


2 名無し:

何これ新作の特撮ヒーローの撮影現場?


3 名無し:

マジかよ前にリークされた映像と全然違うじゃねーか


7 名無し:

でも戦ってるの怪人じゃなくね? 何か暴力団っぽいし新作は路線変更すんのかな


8 名無し:

『機甲人間サイバーマンの仁義なき戦い』なら俺は見る


26 名無し:

>>8

お茶吹いたじゃねーかw


90 名無し:

どうせ今度の特撮ヒーローのステマだろはい解散


108 名無し:

>>90

それな


366 名無し:

でもなんかこれ本気で殴り合ってね? 拳が顔面にめり込んでるぞ


560 名無し:

待て待てなんか別の動画が上がってたぞ。しかも撮影したのは別人らしい


 そう言って匿名のユーザーがアップした動画にはパルクールで屋根の上を移動する海斗の姿があった。

 カメラアングルからして偶然通りがかった人に撮影されたのだと思われる。通行人にまで目撃されていたとは想定外だった。


563 名無し:

>>560

俺の地元じゃん、通勤する時しょっちゅう通ってるわ


570 名無し:

なんか本物っぽいな。CGじゃないだろこれ


608 名無し:

でも普通のサイボーグが暴力団相手に無双出来るかね? 暴力団だって全員サイボーグなんでしょ


609 名無し:

そうそう、しかもたまーに闇市に流れた軍用のサイバーウェア使ってる奴までいるからな

イキって喧嘩売ったら即返り討ちよ


610 名無し:

そんなヤバい連中をボコボコにしてるコイツは一体何者なんだ?


723 名無し:

センチネルが開発した新しい警備用アンドロイドじゃね

この前ミリオタ速報で似たような動画見たぞ


724 名無し:

いやアレはここまで素早い動きはしてなかっただろ


 何だか大変なことになっているようだ。インターネットというのは毎回意外なものが話題になるものだが、こんな短時間にここまで拡散されるとは思ってもみなかった。

 このまま沈静化しなかったらいずれ個人情報まで特定されてしまうのではないか。そうなった場合、契約違反でサイバーマトリックスに訴えられるのではないか。そんな不安が海斗の脳裏をよぎった。

 やはりあのような行動に出たのは軽率だったか。


「どうしよう……」

『海斗様?』

「ワァ!?」


 海斗が頭を抱えていると、またしても目の前にちょこんと正座をするプリスの姿が映し出される。拡張現実を利用したチャットアプリだ。本日二度目である。


「い、いきなり現れるの何とかならない?」

『申し訳ありません。次からは音声のみでご連絡致しましょうか?』

「……そうだね」


 何ともタイミングの良い。彼女は自分を監視でもしているのだろうか。

 可愛い女の子と部屋に二人きりで膝を突き合わせて会話するというのは、何となく緊張する。

 実際には彼女はここには存在しないのに。


「実はさっき暴力団をやっつけた時に撮影した人がいたらしくてさ、その動画がネットに拡散されちゃって困ってるんだよね」

『その件について上月氏からご連絡があります。お繋ぎしますか?』

「……え」


 それを聞いて、海斗はギクッとした。

 上月といえば昨日、帰り際に名刺を渡してきた女性研究員だ。

 サイバーマトリックス社の人間が連絡。もしや例の動画の件で契約違反を咎めに来たのか。

 本音を言えば拒否したかったが、そういう訳にもいかず、海斗は「わ、わかった」と覚悟を決めて受け入れることにした。

 視界内に横長のホロウィンドウが出現し、上月の上半身が映し出される。


『やあどうだい、新しい身体を満喫しているかな?』


 愛想の良い微笑を浮かべて挨拶をする上月。


「あ、あのぉ……俺、何かまずいことでもやっちゃったでしょうか?」

『ん?』


 上月は何のことかわからないと言いたげに首を傾げる。


「今日、俺が暴力団相手に暴れた件で電話してきたんでしょう? やっぱりあれって契約違反になったりするんですかね?」

『ああ、そのことか。動画を拝見させてもらったけど、あの程度のことで契約違反になることはないよ』

「本当に?」

『ああ、我が社との契約では、あの事故のことを漏らさない限りは何をしても良いようになっているからね。ただあまり快く思わない者もいるかもしれないけど。仮に変装していても、人前に姿を晒せばそれだけバレるリスクは高まるわけだから』

「な、なるほど」


 それを聞いて海斗は安堵した。

 もちろんサイバーマトリックス社の懸念もわかる。

 何かの拍子に服の立体映像装置が不具合を起こしてバレてしまう危険もあった訳だから。


『私個人としては君の自由にして良いんじゃないかと思っている。今後、人助けに勤しむのも良し、その力を悪用して犯罪に手を染めるのも良し。逮捕されるのは君であって私じゃないんだし』

「ハハハ……」


 今のは冗談だろうか。


「でも何でこんな物凄い力をくれたんですか? 上月さんが言うように、その気になったら犯罪だって出来ちゃいますよ」


 その瞬間、上月の表情が強張った。


『実はそのことで一つ忠告しておきたいことがある。君が装着しているサイバーウェアは、最初は軍事目的で開発されたものなんだ』

「え」


 急に物騒な単語が出てきた。

 確かにサイバーマトリックス社は軍需産業も手掛けていて、世界中に武器や兵器を輸出しているというのは有名な話である。特に軍用サイバーウェアは、先進諸国のほとんどの軍隊で採用されている。

 

『数か月前、社内である計画プロジェクトが進められていてね。一人の兵士に軍隊に匹敵するほどの力を持たせる、という計画だったんだけど、その計画の責任者があのサイモン・クルーガーだった』


 その名前を聞いて、あのどことなく不気味で、胡散臭い風貌をした男の顔が脳裏に浮かぶ。


『ただそれはたった一人の人間を大量殺戮兵器に造り変えることを意味する。さすがにそれは倫理的にも問題があるということで、計画は中止になった。しかしクルーガーは中止に強硬に反対していてね、一部では裏で密かにまだ開発を進めているんじゃないかって噂まであった。その矢先だったんだよ、君が交通事故で運ばれて来たのは』

「ちょっと待ってください」


 海斗は上月の話を遮って言った。


「まさか俺の身体の中にその大量殺戮兵器に使われる予定だったサイバーウェアを入れたって言うんじゃないでしょうね?」


 海斗は首を横に振ってくれることを願っていたが、上月はしかし神妙な面持ちで話を続けた。


『無論、そのまま開発されていたものが直接使用されているわけではないけど、それを民間用に改良したものをインプラントしている。といっても性能はほとんど変わらないけどね』

「そんなまさか……」


 にわかには信じ難い話だが、これまでの出来事を振り返れば合点がいく。

 いくらなんでも暴力団やギャングの集団を圧倒するなんて不自然だと思った。上月の話が正しいと考えざるを得ないだろう。


『私は当然反対したけど、クルーガーはあくまでも人命救助の為だと言い張った。それに確かにあの時、君の命を救う方法がそれ以外になかったのも事実だ。だから私もクルーガーを止めることが出来なかった』

「じゃあ、あくまでも医療目的だったってことですよね? それなら俺がこの力を悪用しない限り心配する必要はないんじゃないですか?」

『それはそうなんだが、もしクルーガーが例の計画を諦めていなかったら、命を救った恩につけ込んで君に何かをさせようとするかもしれない』

「……それはつまり、俺が大量殺戮兵器に改造されるかもしれないということですか?」

「簡単に言えばそうだな」

「ちょっと考え過ぎじゃないですか?」

『私もそうであることを願っているが一応、警告しておこうと思ってね。あの男はこの計画に異常なまでの執着心を燃やしていたから、何をするかわからない。君も注意したほうが良い』


 一通り話し終えた後、上月は通話を切った。

 海斗の中では、未だに信じられない気持ちが渦巻いていた。果たして上月の話をどこまで信用して良いものか。どうも彼女の言葉にはどこか個人的な感情が混ざっているようにも感じられる。

 クルーガーが失脚すれば、彼の後釜に座るのは当然、副主任の彼女になる。そういった社内の権力闘争が絡んでいるのではないか、そう疑わざるを得なかった。

 それにいくら胡散臭い外見をしているとはいえ、クルーガーの言い分を全く聞かずに上月の話だけを鵜呑みにするのは何か違う気がする。

 散々悩んだ末に、これはいくら考えても結論の出る話じゃない、という結論に辿り着いて、それ以上考えるのをやめた。


「ま、深く考えるのはやめよう。とりあえず自由にして良いって言われたし、好きにすれば良いや。それよりお腹空いたな……」


 ちょうどその時、フード3Dプリンターの方から調理終了を知らせるメロディが鳴り響いた。

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