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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
59/64

縁があったら再会しましょう

 ライザー逮捕のニュースが大々的に報道されたのは、それから翌朝のことだった。

 これでマンスローター以来、最も世間を騒がせた大事件は終結し、メガトーキョーは再び平穏な日常を取り戻した。

 今回の事件では、サイバーマトリックス社は多大な損害を被った。

 会社員が殺害された上に、重役である法水まで死亡したのだ。さらにすでに解雇されているとはいえ、またも元社員が重大な犯罪を引き起こしたということで、再び株価が下落した。

 センチネルの公式発表では、グリッドランナーの関与は一切言及されず、全て自分達の手柄であるかのような印象操作が行われたが、個人運営のニュースサイトやSNSなどでは、グリッドランナーがライザーを倒したというまことしやかな噂が広まり、彼を英雄視する声がさらに高まることになった。

 反面、センチネル本部を襲撃し、容疑者の逃亡を幇助したことも報じられ、彼のことを独りよがりな偽善者と糾弾する者も増え始めて、インターネットでは批判派と擁護派の間で激しい論争が頻繁に繰り返された。

 と、そんなことが起こっているとはつゆ知らず、当の本人は病院の個室で昨夜の怪我を癒していた。

 目が覚めたのはその日の夕方頃だった。

 

「……ん」

「気がついた?」


 声がした方向に視線を向けると、ベッド脇の椅子に座るルナと目が合った。 どことなくやつれた表情をしている。まさか付きっ切りで看病してくれたのかと一瞬思ったが、そんな漫画のような展開ある訳ないと考え直す。

 それよりも何故、彼女がここに?

 確か自分はセンチネルから逃げる途中、力尽きてプリスに助けられたはず。そのままプリスが病院に運んでくれたとしても、ここにルナがいる説明がつかない。


「どうしてここに?」

「プリスって人から全部聞いた。一か月前、海斗君の身に起きたことも、何もかも……」

「……え」


 そういうことか。

 プリスにルナを預けた時点でこうなることは予測していた。出来れば自分の口から打ち明けたかったが。

 もし次に顔を合わせたら全て話すと約束したものの、いざこうして対面してみると何から話せば良いかわからず、言葉に詰まってしまう。

 きっと今の彼女には言いたいことが山ほどあるに違いない。何故、今まで教えてくれなかったのか、とか非難の言葉が今にも飛んできそうだ。

 どう言い訳したところで、今まで隠しごとをしていた事実に変わりはない。

 自分に出来ることと言えば誠心誠意、謝罪の意思を伝えることくらいだ。今は洗いざらい話して少しでも彼女の気を和らげよう。

 しかし次にルナがとった行動は全く予想だにしないものだった。

 海斗が口を開きかけた途端、いきなりルナが立ち上がって両腕を首に回してしがみついて来た。


「ごめんなさい……私、何も知らなくて……」


 その声は涙で震えていた。

 少し前まで海斗は、自分が死んでも悲しむ者など誰もいないと本気で信じていた。幼馴染であるルナも、最初の時こそ寂しいと感じてくれるかもしれないが、きっとすぐに忘れて普段通りの生活に戻るだろうと、勝手に想像していた。

 しかしその認識は間違っていた。

 ルナは海斗が自分の正体をずっと隠し続けていたことを一切咎めはしなかった。ただ海斗の話を一言も口を挟まず黙って聞いていた。

 海斗は、秘密にしていたのはサイバーマトリックス社との契約があったらというのと、もし話せば周りの人間にも危害が及びかねないと考えたからだと説明した。

 我ながら言い訳がましいと思ったが、ルナはただ一言「……そっか」と呟いただけだった。それが逆に罪悪感を抱かせた。


 


 後日、上月から連絡があり、海斗が気を失っていた数日間の出来事を簡潔に説明してくれた。

 センチネルや法曹界のコネクションを利用して知り得た情報によると、やはりライザーは重罪に問われそうだという。

 強盗や殺人、一般人が凶悪犯罪と聞いて真っ先に思い浮かべる罪のほとんどに関与していたのだ、最悪極刑もあり得るだろうとのこと。

 それを聞いて海斗は心から安心した。何にせよ、これで当分はライザーの脅威に悩まされずに済む訳だ。


『それにしても大した奴だな君は。あのセンチネルが手を焼いた凶悪犯を二人も捕まえるなんて』

「ええまあ、おたくの社員が人間兵器に改造してくれたおかげでね。その代わり向こうの方から危ない連中が寄って来るようにもなりましたけど」

『それについては申し訳なく思っているよ』


 そもそもこんな身体になったせいで、自分だけでなく周りの友人まで危険な目に遭う羽目になっているのだが、それで上月を責めてもあまり意味はないので、それ以上強く言うことはしなかった。


「ところでライザーは今どこに?」

『留置場にいるよ。脱獄の可能性を考慮して周辺には厳重な警備が敷かれているらしい』

「脱獄するかもしれないんですか?」

『いや、あくまで通常の手続きだよ。それとセンチネルの関係者から聞いた話では、不可解なことに彼は今回の事件は全て自分が単独で計画したと供述しているそうだ』

「え、どういうことですか?」

『例のNot Foundだよ。連中が口封じに来るのを恐れて自分の単独犯だと言い張っているんだろう』

「なるほど」


 確かにそれはあり得る話かもしれない。

 自分達の存在を秘匿する為に何人もの命を奪ってきた連中だ。ライザーの口から情報が漏れると判断すれば、躊躇なく口封じを図るだろう。


『センチネルもライザーに協力者がいると見て捜査を進めているようだが、彼らがNot Foundまで辿り着くことはないだろうね』

「教えてあげたら良いんじゃないですか?」

『証拠がない。センチネルというのは物証がなければ動けない組織なんだ。いきなり「訳のわからない謎の組織が裏で糸を引いていた」なんて言っても相手にされないだろう』


 確かに頭のおかしな陰謀論者としか思われないだろう。

 後で聞いた話だが、上月は昨夜、Not Foundに繋がる情報を得ようと方々を駆け回っていたようだ。そして手掛かりになりそうな証拠品を入手し、中身を確認してみたは良いものの、その結果はあまりにも拍子抜けする内容だった。




 それは今から半日ほど前。

 アイリと菊理の戦闘が激化の一途を辿っていた頃、何故か突然、本部から現場のセンチネル隊員に連絡が入り、作戦中止命令が下された。あまりに不可解な出来事に、その場にいた隊員だけでなく上月とアイリも困惑を禁じ得なかった。

 しかし命令は命令ということで、隊員達はすごすごと引き返していった。ただ一人、菊理だけは戦闘を継続しようとしたが、上月を守る必要がなくなり、本気を出したアイリにあっさり返り討ちに遭った。

 考えられるとすれば、法水が何らかの方法で彼女達の逮捕命令を取り消してくれたのかもしれないが、はっきりしたことはわからない。

 とにかく今は当初の目的を果たすのが先決だと思い、急いで近くのインターネットカフェに足を運んだ。

 まずその店で最もスペックの高いPCを選び、OSやCPUの種類を確認してからフラッシュメモリを挿入する。PCの性能不足でデータを読み込めない、なんてことになっては元も子もない。

 これを手に入れる為に大変な労力を費やした。それに見合った内容あれば良いのだが。切実にそう願いながら、上月はメモリの中身に目を通していく。

 内容は主にテキストファイルが中心だったが、それだけでも膨大な量にのぼっており、一つ一つ精査していくのは時間が掛かり過ぎる。

 とりあえず重要そうな部分を選別して調べ上げるしかない。途中、従業員が「お飲み物をお持ちしましょうか?」とやって来たが、時間が惜しいので「いや結構」と言って素っ気なく追い返した。

 ところが直後にPCの画面が暗転しかと思うと、大量の意味不明なポップアップが次々と出現した。


「――ッ!? どういうことだ!」

「これは……マルウェアに感染しています!」


 隣にいるアイリが言った。


「まずい、データが削除されている!」


 慌ててシステムを遮断しようとするが、ポップアップが邪魔で間に合わない。

 悪い夢でも見ているような気分だった。バイオロイドに殺されかけ、一晩中センチネルに追いかけ回されてようやく手に入れた情報が、目の前で呆気なく消えていく。一体今までの苦労は何だったのか。


「クソッ!」


 上月は拳を握り締めて、やり場のない怒りをデスクにぶつけた。

 アイリが知り合いの情報分析官に頼んでデータを復元してもらうことを提案するが、上月はそれを上の空で聞いていた。

 仮に復元出来たとしても、百パーセント元通りになるのは望み薄だろう。

 

「それにしても一体どこで感染したんでしょう?」

「いや、ネットには繋がっていなかった。パソコン自体にあらかじめ仕掛けられていたか……」


 そこまで言って、上月はある可能性に思い当たった。


「まさかさっきの従業員……?」


 上月は弾かれたように立ち上がって先ほどの従業員を追った。しかし店内を隈なく探しても、それらしき人物の姿は見当たらなかった。

 迂闊だった。注意深く観察していなかったが、あんなに接近して注文を訊きに来る店員など見たことがない。

 案の定、店の責任者に訊ねてみると、そんな従業員はいないとの答えが返ってきた。

 十中八九、Not Foundの工作員に違いない。

 恐らくワイヤレス通信端末のようなものを隠し持っていて、注文を聞きに来た時にこっそりPCに近づき、マルウェアを流し込んだのだろう。

 上月は、自分が相手にしているのがどれだけ強大な組織かを改めて思い知らされた。あと少しで掴みかけた真相が、指の間からすり抜けるような心地がした。

 どうしようもない無力感が胸に突き刺さり、上月は呆然と立ち尽くす。




 そのネットカフェから少し離れた場所。従業員の変装を解いた彼女は、人通りの多い場所まで行くと、盗聴される心配のない守秘回線で依頼主に連絡した。


「はい、ご要望通りデータを削除しといたわよ」

『良くやった、報酬は後でいつもの口座に振り込んでおく』

「にしてもずいぶん急な依頼だったわね。そんなに見られたらヤバいものだったの?」

『余計な詮索は寿命を縮めるだけだと前に言ったはずだが?』

「ハイハイ、わかったわよ」


 通話の相手――カスパロフは語気を鋭くして脅しをかけてきた。

 海斗に置き去りにされた後、どうにか自力で拘束を解いて逃げ出した偽ミシェル――マリオネットは、今回の依頼主であるカスパロフから急遽、新たな依頼を受けた。

 最初は乗り気ではなかったが、報酬を上乗せするというので渋々引き受けた。

 ライザーに協力してセンチネル本部を爆破しようとしたのも、彼に大金を積まれて依頼されたからだ。

 彼とは過去にも共に仕事をした経験があり、金払いの良いお得意先として認識していた。

 カスパロフとしても、これで上月達に危害を加えない、という法水との約束を順守しながらも、重大な証拠品を処分することが出来て大満足だった。

 

『貴様もしばらくは大人しくしておけよ、逮捕されたくなかったらな』

「そのつもりよ。じゃあまた、縁があったら再会しましょう」


 そう言ってマリオネットは人ごみの中に消えていった。

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