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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
46/63

じゃあせいぜい頑張りたまえ

 ヒカリは海斗から送信されてくるセンチネルの捜査資料を、入念に調べていた。

 頭部に装着したサイバーゴーグルが映し出す、膨大なデータの海を泳ぎながら、センチネルのサーバから盗み出した情報の中から必要な部分のみを整列ソートしていく。

 今のところライザーや法水の居場所に繋がるような情報は見つからない。ただ何故ライザーが法水に殺意を抱くようになったかについては判明した。

 どうやらライザーが進めていた研究を中止に追いやったのが法水らしい。

 クルーガーの失脚を機に、強硬派の弱体化を狙って彼らを片っ端から粛清していったそうだ。

 しかしそれが結果的にライザーの恨みを買うことになる。

 当人もまさか命まで狙われるとは思わなかったろう。今ごろさぞかし後悔しているに違いない。

 そういえば海斗はどうしているだろうか。無事にルートキットを仕掛けられたようだが、それ以降連絡が途絶えている。

 何かのトラブルだろうか。海斗のことだから万が一ということはないと思うが。

 と、そこへアイリが部屋の扉越しに「ヒカリー」と声をかけてきた。


「ゴメン、ちょっと気になることがあるから出かけて来るわね」

「そう」


 そんな生返事すると、数秒後に玄関からアイリが出て行く音が聞こえた。

 帰って来たばかりなのにまたすぐ外出するのはどういうことかと少々疑問には感じたが、一人の方が色々とやりやすいので深く考えないようにした。

 捜査資料を調べている内に、手掛かりになりそうな情報を見つけた。

 法水くらい地位の高い人物となると、いつ誰かに命を狙われてもおかしくない為、いくつかの隠れセーフハウスを保有していた。恐らくその内のどこかに身を隠しているに違いない。

 ただ隠れ家は複数ある上に、かなり広範囲に散らばっていて、ライザーが標的の居場所を突きとめる前に、全てを調べるのは難しいと言わざるを得ない。

 しかし現状はこれが最善の道だった。

 何とかAIを駆使して少しでも絞り込めないか試してみることにした。

 その時だった、部屋の明かりが消えたのは。

 視界に暗闇が広がり、驚きと共に全身に緊張が走るのを感じた。

 恐る恐る窓越しに周囲の家を確認すると、停電しているのはこの家だけだった。

 何かがおかしい。悪い予感がする。

 そう思った直後――部屋の外で物音がした。今この家にはヒカリ以外に誰もいないはずなのに、である。




 海斗はさらに面倒な事態に陥ったことに、困惑と戸惑いを隠せなかった。

 本当にどうしてこうなったのか。

 厳しい取調べから解放されて外に出てみると、いきなり銃を持った女性に部屋へ連れ戻されて、立てこもり事件の人質になっていた。

 何を言っているのかわからないと思うが自分でも良くわからない。

 どうやらこの女性がセンチネルに追われているのは、自分が拘束されたことと何か関係があるらしい。

 つまり自分がこのような目に遭ったのはこの女性のせいなのだ。


「アンタもつくづく運のない男ねえ」


 海斗をここに連れ込んだ女性は、机の上に足を組みながら嘲笑するようにこちらを見下ろしていた。


「犯人と間違われた上に人質にされて。こんなことになってきっと私のことを酷く恨んでいるでしょうね。けど、恨むのなら自分の運のなさを恨むようにしなさい」


 本当はアンタの方が運がないんだぞ、と海斗は言いたかった。

 彼女を倒すことはそう難しいことではない。だが大勢のセンチネル隊員が周辺を包囲している中で、そんな大それたことはしたくない。

 取調室には防犯カメラもあり、下手なことをすればすぐに怪しまれてしまう。

 倒そうと思えばいつでも倒せるが、か弱い人質を演じなければならないという何とも歯がゆいジレンマを感じる。


「安心しなさい、大人しくしていればちゃんと逃がしてあげるから。でももし逃げ出そうとすればちょっと痛い目に遭って貰うから気をつけてね?」


 偽ミシェルは脅迫するように言った。




 取調室の外では、完全武装した隊員達が入口を取り囲み、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。

 亜夢は手持ちのコンソールを操作して、取調室に設置された防犯カメラから室内の状況を探っていた。


「どうだ、中の様子は?」


 横からプリヤがモニターを覗き込んでくる。


「駄目っスね。犯人の銃はしっかり人質の方に向いています。下手に踏み込めば犯人はすぐにぶっ放しますよ」

「そうか……クソッ、私が捕まえていればこんなことには……!」


 プリヤは自分の生徒を危険に晒してしまったことで、自責の念を抱いていた。

 確かにあの時、偽ミシェルを呼び止めずにいきなり捕まえなかったのは失態だった。

 だがマリーはプリヤを責める前に、根本的な原因を作った人物の責任を追及すべきだと思った。


「それにしてもどうやってミシェルに成りすましたのかしら……生体認証では本人と一致したはずなのに……」


 ローザは今起こっている出来事が、まだ信じられないとでも言いたげな口調で呟く。

 基本的にセンチネルの隊員は、本人だけでなくその家族にも生体データを登録するよう求められる。

 これは強制ではないが、ハイタワーの娘は登録していた。別人が変装していれば、気づかないはずはない。


「恐らく遺伝子改造をしたのだと思われます。CIAやMI6のような諜報機関では遺伝子レベルで特定の人物に成り済ます技術がありますから」


 ローザの疑問に、後ろにいた男性職員が答える。


「先ほど電話で確認しましたが、本物のミシェルは父親が死んだことすら知らなかったそうです」

「……そう」


 短く答えるローザの声には、先ほどまでの威勢は微塵も感じられなかった。


「にしてもまさか銃まで隠し持っているなんてな……」


 プリヤが驚きの声をあげる。


「ちゃんとした身体検査をすればすぐにわかったはずですよ。どっかの誰かが甘々な対応を取ったせいでこんなことに……」

「……今は責任の所在を云々するより人質の安全を確保することが先決でしょう」


 マリーが非難の眼差しをローザに向けると、彼女は苦し紛れに視線を逸らした。

 何とか責任逃れをしようと必死なようにしか見えない。

 だがそうはさせない。ミシェルを野放しにしたのはローザだ。

 機密保持の為に最低でも一人は職員が付き添うのが決まりとなっているにも拘らず、それを破ったのは重大な違反行為である。

 もし人質の身に万が一のことがあれば、どんな手を使っても責任を追及する。

 マリーは強くそう決意した。




「一応言っておくけどね、これでも悪いとは思っているのよ。何の関係もないアナタを巻き込んだこと」


 などと言いつつ全く悪びれた素振りすら見せないのはどういう訳だろう。


「迷惑かけついでに良いことを教えてあげる。ここだけの話、もうすぐこの建物は爆破されるのよ。私がさっき仕掛けた爆弾でね」


 海斗は耳を疑った。

 爆弾? 何を言っているのだ。


「私は爆弾が起爆する直前に人質アナタと一緒にここを出る。そして連中が追いかけようとしたところで爆弾を起爆する。連中は爆発に巻き込まれて瓦礫の下敷き、そして私は悠々と逃げ延びる。どう、素敵なアイデアでしょう?」


 女は自慢話でもするかのように得意げに語る。

 それを聞いて海斗は確信した。この女はライザーの手先だ。

 もっと早く気づくべきだった。ライザーが目標達成の障害となる存在センチネルを排除する為に何らかの行動を起こすことは、容易に予測出来たはずなのに。

 状況が変わった。こんなところでのんびりしている場合ではない。

 海斗の左手には、電磁パルスを発生させる機能が備わっている。これで起爆装置を無効化すれば爆破を阻止出来る。

 しかしどうやって? 肝心の爆弾の位置がわからなければ動けない。恐らく爆弾は複数の場所に仕掛けられている。今から行動して果たして間に合うかどうか。

 だがやるしかない。

 もっとも手っ取り早い方法は直接本人に爆弾の場所を訊くことだ。

 当然、馬鹿正直に質問して素直に答えてくれるはずもないので、何とかして口を割らせるしかない。

 そこで海斗はあることを思いついた。


「……そんなこと信じられない」


 海斗はゆっくりと呟いた。


「大勢の人がいる中で、誰にもバレずに爆弾なんて仕掛けられる訳がない。本当だって言うなら証拠を見せてみろ」

「あら信じてないようね。なら見せましょうか?」


 女は勝ち誇ったような面持ちでブレスレット型のサイバーデッキを起動した。そのホロディスプレイにはこの建物の3Dマップが表示されていて、所々でオレンジ色の光点が明滅している。


「わかる? このオレンジの点が爆弾ね。これが一斉に起爆すればこんな建物なんて跡形もなく吹き飛ぶって寸法よ」


 思った通りだ。爆弾の存在を疑ったらご丁寧に映像つきで教えてくれた。海斗はその光点をニューラル・インターフェースのカメラ機能を利用して撮影した。

 後は防犯カメラと大勢のセンチネル隊員が見張る中をどうやって抜け出すかだ。


『……プリスさん』

『はい』


 海斗は声を出さずに会話出来る無声通話を利用してプリスに呼びかけた。


『今からこの建物の防犯設備と照明を全部オフに出来る?』

『はい。ヒカリ様のルートキットはすでにシステムを完全に掌握しています。海斗様のご命令でいつでも停止させることが出来ます』

『じゃあ俺が合図したらすぐにやって』

『承知しました』

 

 その時、タイミングの良いことに女がどこかに電話をかけ始めた。どうやら外にいるセンチネルと交渉するつもりのようだ。


「あ、もしもし。状況はわかっているわね? 人質の命が惜しければ私の言う通りにしなさい。まずこちらの要求は――」

『今だ、やって!』


 無声通話でそう叫ぶと同時に、海斗は加速装置を起動した。




「な、何だ!?」


 取調室の周囲を取り囲んでいたセンチネル隊員やプリヤ達を始め、屋内にいた全ての人間は、突如として視界が暗転したことに虚を突かれた。

 一瞬、偽ミシェルが何か仕掛けたのかと身構えた。

 その直後、大きな音と共に取調室の扉が大きく開け放たれ、凄まじい勢いで一陣の突風が吹き荒れた。




 海斗は常人には視認出来ない速度で次々と爆弾を無効化していった。マップに記された光点の場所を探り当て、EMPを照射する。

 どれほどの時間が残されているかはわからないが、失敗は許されない。一つでも取りこぼしがあれば大惨事になる。

 海斗は無我夢中に走った。

 超高速で移動している上に、照明を落としているので、周りの人間の視線を気にする必要はない。

 それでも痕跡を完全に消すことは出来ないが、今はそんなことを気にしている余裕はない。

 加速装置の使用中は時間の感覚が緩慢になる。体感では数分もの時間が経過したようにも思えたが、起爆まであとどれくらいの時間が残されているかもわからない。

 とにかく一秒でも早くやるだけだ。

 全ての爆弾を無効化し終えた時、最後の爆弾の残りカウントは一秒を切っていた。本当に間一髪のところで間に合ったのだ。

 だがこれで終わりではない。

 後は取調室に戻り、何事もなかったような態度で人質のふりをしなければならない。

 照明が元に戻って、隊員達が取調室に突入するとそこには昏倒した偽ミシェルと、部屋の片隅で座り込む海斗の姿があった。

 隊員達は一様に狐につままれたような顔をしていた。




「いや俺も良く見てないんですけど、停電した途端に女の人が驚いて転んで、そのまま頭を打って気絶しちゃったみたいで……」

「じゃあ部屋の扉を開けたのはお前じゃないのか?」

「はい。何が起こったのか全くわかんないんです」


 事情聴取でプリヤに色々と質問されたが、海斗はシラを切り通した。何が起こったのかわからないふりをした方が都合が良いと思ったからである。

 プリヤは何とも要領を得ない様子だったが、どうにか信じてくれたようだった。


「ま、細かいことはどうでも良いや。お前さえ無事ならそれで御の字だ。そうだろ!」


 言いながら頭をガシガシ撫でてくる。

 やはりこの教師は論理的な思考が出来ないようだ。この場合はそのおかげで助かったのだが。

 現場は非常に混乱していた。突然の停電に、謎の突風、隊員達はこの短時間で発生した不可解な現象の原因を突き止めようと躍起になっていた。

 いずれ偽ミシェルが仕掛けた爆弾も発見される。そして何故か起爆装置が無効化されていることに疑問を抱くだろう。

 さらに現在、取調を受けている偽ミシェルの口から誰かに殴られたことが語られたら、海斗に疑いの目が向けられることは避けられない。

 やむを得ないこととはいえ、今回ばかりは派手に動き過ぎた。

 これで正体がバレても文句は言えない。

 出来ることなら今すぐにでもこの場所から逃げ出したい。そしてそのままどこか遠くに行けたらどんなに良いか。

 だがプリヤが中々解放してくれなかった。


「あのぉ、そろそろ帰りたいんですけど……」

「我慢しろ。まだ事情聴取が終ってない」


 一体いつになったら終わるのやら。そんなふうに焦燥感に駆られていると、ふいに一本の電話がかかってきた。

 発信元は不明だった。

 海斗は「ちょっと失礼します、自宅からかもしれないんで」と断りを入れると、十分にプリヤと距離を取ってから電話に出た。


「はい」

『やあ、見事な活躍ぶりだったようだね』


 その声を聞いた途端、全身に緊張が走った。それは紛れもなく数日前から海斗のことをつけ狙っている男の声だった。

 声の主――ライザーは電話越しでもはっきり伝わるほど酷薄な口調で言う。


『君は本当に私の計画を邪魔するのが好きらしい。サイモンの時もそうやって彼の計画を台無しにしたんだろう? もっと他に良い趣味を見つけた方が良いんじゃないかな?』

「ご忠告どうも。やめて欲しかったら自首することをお勧めするけど」

『いや、それよりももっと面白い方法がある』


 そう言うとライザーから一枚の画像が転送されてきた。

 勝手に視界内に表示されたその画像を見た途端、海斗は我が目を疑った。

 そこには自室のベッドで仰向けに横たわるヒカリが映し出されていた。

 意識はないようだ。この画像だけでは生きているのか死んでいるのかさえ判別出来ない。


「……彼女に何をした?」

『安心したまえ、ただ眠っているだけだ。君が私の頼みごとを聞いてくれたら無傷でお返しすると約束しよう』

「頼みごと?」

『簡単な話だ。そこにいる私の仲間を連れて来い。そうすれば彼女を生きたまま返してやる』

「何だって?」


 海斗は思わず訊き返した。


『人質交換というヤツさ。君は私の仲間をそこから連れ出して来る。それと引き換えに私は彼女を返してやる。シンプルかつ単純明快だろう』

「そんなの無理だ。相手は大勢の隊員に囲まれているんだぞ!」

『いいや、君なら出来るはずだ。何せあの英雄グリッドランナーなんだからな。期限は二時間以内だ。出来なければ君は彼女の死体と再会することになるぞ。じゃあせいぜい頑張りたまえ、英雄君』


 そんな捨て台詞を残すとライザーは問答無用で通話を打ち切った。

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