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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
4/36

弱い者イジメはいけませんって学校で教わらなかったの?

「はあー今日は何かつまんなかったなー」


 目抜き通りから少し逸れた狭い道を、赤城は友人と共に歩きながら溜息を漏らした。


「あんだけ必死にテスト頑張ったのに結局なかったことにされちゃったもんねぇ」

「それより今日はどこ行く?」

「3Dピンボールなんてどう?」

「えぇ、昨日もやったじゃん。それに今月は財布がチョイピンチなんだよねぇ」

「じゃあさじゃあさ、この前見つけたアクセサリーショップに行くってのは?」


 校則を遵守しない不真面目な生徒達は、真っ直ぐ自宅には帰らずに最寄りの繫華街へと足を向ける。

 スナックやホストクラブの光り輝くLED電飾看板が、歩道を鮮やかに照らし出す。

 この辺りは強引な客引きが行われることも少なくないが、さすがに学生の彼らを誘う者はいない。


「しっかし、まさかあのオタクが堂々とカンニングするとは思わなかったな」

「そうそう。あんなあからさまにやるなんて恥ずかしくないのかなー」

「言えてるー」


 友人達がキャッキャッと笑い合う傍らで、赤城は面白くなさそうな表情で俯いていた。

 今朝の小テスト、赤城は予想以上に点数が低かった。普段なら平均点以上は楽にとれるのだが、今回は異様に難しい問題が多く、ほぼ赤点ギリギリという数字に終わった。

 最終的にはテスト自体がなくなった訳だが、プライドの高い彼は大きく傷つけられた。

 それに海斗が百点だったことも気に食わない。

 しかもカンニングをしたことは疑いようがないにも拘らず、何のお咎めもなし。こんなの納得いくはずがない。


 ――クソッ、何かムカつくな……。


 と、考えごとで注意散漫になっていたせいか、前方から来た通行人に気づかずに、肩と肩がぶつかってしまう。


「痛ってーな! 殺すぞこのボケッ!」


 苛立ちのあまり、思わず無関係な人達に悪態をつく。

 しかし相手を確認せずに言ったのはまずかった。


「あぁん?」


 赤城の怒声に反応したのは、派手なスーツを着込んだ人相の悪い男達だった。




 夕食の買い出しをする為、海斗は普段行くことのない高級スーパーに立ち寄った。

 先日の一件で思わぬ大金を手にしたので、偶には美味しいものでも食べようかという気になったのだ。予算を気にする必要もない。


「でも本当に強くなったのかな? 何かいつも通り過ぎて全然実感が湧かないんだよね」


 買い物を済ませて帰宅の途につく最中、バスで通学する際に普段良く通り過ぎる廃車置き場を横切りながら、海斗は再びチャットアプリを使用してプリスにそんな疑問を口にしてみた。

 学校では周囲の目が厳しくて暇がなかったのだ。


『暴走族を殴り倒したと仰っていましたが』

「それはそうだけどさ……」

『どうしても信じられないのなら試しにそこにある車を殴ってみてはどうでしょう?』


 そう言ってプリスは山と積まれた廃車の一つを指差す。


「本気? 痛くない?」

『問題ありません』


 未だに海斗の中では物体を殴る=逆に自分が痛くなる、という方程式があった。

 しかし彼女がそこまで言うならと思い、半信半疑で廃車に歩み寄ってみる。


「そう、じゃあちょっと試しに……せーのっ!」


 そんな掛け声と共に、グッと握り締めた拳を車体の側面に叩き込んだ。拳が傷つくと嫌なので、適度に力を抑えて。

 最初は軽く凹みが出来る程度だと予想していた。

 だが拳が触れた途端、大気が破裂したかと思うほどの爆音が轟いた。その直後には鉄の塊だった廃車はロケット弾の直撃でも受けたかのように粉々に吹き飛んでいた。さらに拳の威力はそのまま減じることなく、周囲の廃車まで巻き込んで大惨事を生み出した。

 海斗は一瞬、何が起こったのかわからなかった。あまりの出来事に思考が追いつかず、しばし身体が硬直していた。


「うわぁ、えらいこっちゃ……知ーらないっと!」


 少し悩んだ末、海斗は慌ててその場から立ち去ることを選択した。

 周囲に人がいなかったのが幸運だった。工業用アンドロイドと配送ドローンによって完全に無人化されているのだ。もし誰かに見られたら確実に警察沙汰になっていた。




 赤城とその友人達は、派手なスーツの男達に人気のない路地裏に連れ込まれていた。いつの間にか人数が十数人に増えている。

 男達の格好は明らかに堅気のそれではなかった。あの繁華街は以前からその筋の人間と深い繋がりがあるとの噂があったが、どうやら本当だったらしい。


「俺をぶっ殺すとか言ってたのはテメーか? 良い度胸してんじゃねえか。どうやるのか見せてちょうだいよ」


 電子タバコを吸いながら、リーダー格の大柄な男が薄笑いを浮かべる。

 赤城達は恐怖のあまり、いつもの威勢を失い小刻みに震えている。女子生徒に至っては、顔面蒼白になって目に涙さえ溜めている。

 いずれもこれから自分達の身に起こることを想像して恐怖しているのだ。


「ハヒヒヒ……今時の学生はずいぶんと生意気な口を利くんだねえ」

「山本さーん、この馬鹿なガキ共に身の程を弁えることを教えてやりましょうよ」


 大柄な男の背後で、取り巻き達が口々に囃し立てる。

 赤城は恵まれた体格の持ち主で、格闘技の心得もあるが、それでも目の前の相手には太刀打ち出来る気がしなかった。潜ってきた修羅場の数が違う。

 見たところ相手は全員サイボーグ。ただの高校生風情では到底敵うはずがない。

 ならば今この場で自分達が見逃して貰うには、方法は一つ。


「お、俺のことはいい! 頼むから他の奴らは見逃してくれ!」


 別に自己犠牲精神などではない。元はとはいえば自分が原因でこうなったのだ。後になって友人達から非難の目に晒されるのが怖かったのだ。それよりは、今ここで殴られたほうがずっとマシだ。ただそう思っただけだった。


「おほーカッケー、ヒーロー気取りかよぉ!」

「あんまり無茶すっと怪我すんぞー」


 男達が一斉に野卑な嘲笑を浴びせる。


「よーしお前の勇気に免じて一度だけチャンスをやろう。俺達の中の一人と一対一タイマンで勝てたら逃がしてやる。どうだ、悪くねえ話だろう?」


 突然の思いがけない提案に、戸惑う学生達。

 彼らは互いに寄り集まって相談し合った。


「どうする?」

「一人だけなら何とかなるかも」

「でも本当に帰してくれる保証はなくない?」

「今はこれに賭けるしかないよ」

「うん、赤城君なら何とかしてくれるって信じてる!」

「任せとけ。ちょうど新しいサイバーウェアを買ったんだ。一対一ならアイツらにだって負ける気がしないぜ」


 十六歳以上になれば親の承諾なしにサイバネティクス手術を行うことが出来る。身体能力を強化したサイボーグ専用のスポーツや格闘技は、高校の部活では花形競技となっていた。

 裕福な家庭で育った赤城は、高性能なサイバーウェアを容易に入手することが出来た。装着したサイバーウェアの性能で実力が左右される世界で、赤城は所属する空手部で当然のようにエース級の実力を誇っていた。そしてそれが彼をスクールカーストの上位に押し上げている最大の要因でもあった。

 さすがに複数を相手にするのは厳しいが、一対一であれば負けない自信があった。

 最低でも友人達が逃げる時間を稼ぐことは可能だろう。

 さらに幸運なことに、タイマンの相手として出てきたのは、男達の中では最も小柄でひ弱そうな男だった。

 上手くいけば勝てるかもしれない。学生達の中でにわかに期待が高まった。

 その彼らの希望はしかし、一分も経たない内に無残に打ち砕かれてしまう。

 現在、学生達が目にしているのは、チンピラに一方的に殴られる赤城の姿だった。

 赤城のパンチは悉く回避されるのに対し、男の拳は正確に命中していた。学生達は途方もない絶望に打ちひしがれた。

 実は彼らは致命的な誤解をしていたのだ。

 赤城のサイバーウェアはあくまでも競技用。人の命を奪うほどの性能はない。

 しかしギャングや暴走族などの反社会的勢力は、違法改造された殺傷能力の高いサイバーウェアを身に着けている。正規の製品と比較すると、その性能は雲泥の差である。

 最初から太刀打ち出来るものではなかったのだ。


「オイオイ、さっきまでの威勢はどうしたぁ?」

「情けねえなぁ。もうちっと根性あるところを見せてみろよ」


 後ろで男達から野次が飛んでくるが、すでに赤城は立っているのがやっとの状態だった。

 だが自分が倒れたら他の皆がどんな目に遭うか、考えただけで背筋が寒くなる。

 意識が朦朧とする中で、ふいにリーダー格の大柄な男が後ろから近づいて来て赤城にひっそりと耳打ちした。


「良いことを教えてやろうか。今お前が相手してるソイツな、実は俺らの中じゃ一番弱えーんだぜ」


 それを聞いた赤城はさらなる絶望感に囚われた。

 今の相手にすらまるで歯が立たないのに、周りの男達はさらに強いというのか。

 もう駄目だ。少しでも勝てると思った自分が馬鹿だった。

 出来ることなら時間を巻き戻して自分の軽率な行動をなかったことにしたい。しかしそれは叶わぬことだった。




「あーびっくりした……まさかあんな派手に壊れるなんて……」


 廃車置き場から十分に離れたことを確認して、海斗は一息ついた。

 繁華街から離れた狭い通りには、個人営業の飲食店が所狭しと建ち並ぶ。

 全体的に寂れた雰囲気が漂っており、近くのゴミ捨て場には廃棄されたアンドロイドの部品が積み重なり、シャッターを下している店には蛍光スプレーで落書きがされていた。


『先ほど申し上げたように海斗様のサイバーウェアは世界最高峰のものを使用しています。腕部のアクチュエータは百トン以上の物体を持ち上げることが出来ますし、脚部には高層ビルから飛び降りても耐えられる衝撃吸収装置ショックアブソーバが内蔵されています。他にも様々な機能を有していますのできっとご満足頂けると思います』

「いや明らかにオーバースペックでしょ。間違って人を殺しちゃったらどう責任取ってくれるの?」

『いじめっ子から身を守ることが出来ると思いますが。こう言っては失礼ですが、海斗様は統計的に見ていじめられやすいタイプのようですし』

「……あーそうね、率直なご意見どうも。でも使いどころがそれしかないってのもなあ」

『では人助けをするというのはどうでしょう。困っている人を助ければ周りの人から人気と尊敬を集めることが出来ます。こう言っては失礼ですが、海斗様は統計的に見てあまり友達が多い方では――』

「ハッキリ言わなくていいから!」


 しかし人助けという発想には少々興味を惹かれた。

 先日、暴走族からヒカリを助けた時の記憶が蘇る。

 相手が超人気アイドルだからかもしれないが、誰かに感謝されるのは悪い気持ちはしない。

 とはいえ今時そんなことを進んでやる奇特な人間なんて、絶滅危惧種でしかないだろうが。

 つい最近この近辺にショッピングモールが建設されたせいで、周囲には人通りが少ない。聞こえる音と言えば、上空をスピナーやドローンが通過する音のみ。

 その音に混じって、どこからともなく人が争い合うような声が聞こえた。


「うん?」


 最初は酔っ払いの喧嘩かと思って聞き流したが、どうも様子がおかしかった。

 声の主は一人や二人ではない。

 危険だと知りつつも、海斗はつい気になって声のする方角へと進んでみた。狭い建物の間を通り抜けて路地裏に入ると、見覚えのある顔がチンピラ風の男に殴られているのを発見した。

 間違いない、確かに殴られているのはクラスメイトの赤城だ。その他にも見知った学生の姿がチラホラ見える。


「何やってるんだ?」


 海斗は物陰から様子を窺いながらプリスに質問してみた。

 状況から察するに、赤城達が調子に乗って男達の機嫌を損ねたのだろうが、全員で暴行を加えるのではなく、一対一でやっているのはどういった経緯があるのかわからなかった。


『憶測ですが、彼らの間でタイマン勝負で勝てば見逃してあげる、という取り決めを結んでいるのではないでしょうか』

「なるほど」

『あるいは親切な通行人がボクシングの稽古をつけてあげている、という可能性も考えられますが』

「……まあその二つ目は絶対にあり得ないとして、これってもしかしなくてもヤバい状況じゃない?」

『そうですね。このままだと海斗様のクラスメイトは悲惨な末路を辿ることになるでしょう』


 正直、学校での振る舞いもあって、海斗は彼に対してあまり良い感情を持っていない。むしろああやって殴られる姿を見て良い気味だとさえ思えてくる。

 しかし今後の彼らの行く末を考えると、そこまでの仕打ちを受けるのは何となく複雑な心境になる。


「ねえ例えばの話なんだけど、俺があの人数を相手に喧嘩して勝つ確率ってどれくらいある?」

『海斗様なら傷一つ負うことなく全員を倒すことなど造作もないでしょう』

「本当に?」


 まるで漫画やアニメの世界観だ。

 確かにあの廃車置き場での一件の後では、それも本当ではないかと思えてくるが。


「じゃあそれを信じてちょっとやってみようかな……」

『お待ちください』

「何?」


 意を決して飛び出そうとした海斗に水を差すように、プリスが呼び止めた。


『海斗様はサイバーマトリックスとの間に守秘義務契約を交わしているはずです』

「それがどうかした?」

『このままあの人達の前に姿を晒せば契約違反になる恐れがあります』

「え」


 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、言われてみればこのまま赤城達の目の前でチンピラ達を倒せば、海斗がサイボーグであることが明るみに出てしまう。

 学校では、生身の人間(ナチュラリアン)で登録しているのだ。

 そうなると昨日、本社ビルで交わした『今回の事故を絶対に第三者に口外してはならない』という契約に抵触する可能がある。

 テストの成績だけならカンニングを疑われる程度で済んだが、赤城が手も足も出ない相手に勝利すれば、もう誤魔化しようがない。


「この非常時にそんなこと言ってる場合?」

『仰ることはわかりますが、サイバーマトリックスがそのことを考慮してくれる保証はありません』

「融通が利かないなぁ……」


 いわゆる大人の事情というヤツだ。

 社会人になって誰かと契約を交わしたことがない海斗には理解の及ばない話だった。

 だがどんな罰則が課されるかわからないので、無視する訳にもいかない。


「まあいいや、要するに正体がバレなきゃ良いんでしょ?」


 そう言うと海斗は直ちにインターネット検索して、服のフリー素材を扱っているサイトを開いた。このサイトには普通の服だけでなく、いわゆるコスプレ用の素材も大量に揃っていて、オリジナルの服を作成する無料アプリもインストール出来る。

 とりあえず良さそうな素材をいくつか繋ぎ合わせて、変装用の服を作ってみた。

 一昔前の特撮ヒーローを彷彿させるメタリックなボディ、電子回路のような白緑色の模様が煌々と発光する特徴的な外見。

 頭部はヘッドギアのようなもので覆い隠している。これなら正体が見破られる心配はない。

 さらに音声変換ソフトを使って、声に電子的な加工を加える。


『アーアー……ただいまマイクのテスト中……オーケー』


 こうしている間にも、赤城はチンピラに殴られ続けているが、海斗は特に気にせず作業を続ける。別に死にはしないだろう。

 そしてようやく大丈夫だと確信に至ると、何度も躊躇した後、咳払いを一つして足を踏み出した。


『まったく……良くないなあ、そういうの』


 どこからともなく聞こえたその声に、学生達もチンピラも一斉に振り返った。


「な、何だこいつ?」


 建物の間からゆっくりと姿を現したのは、まるでロボットのように機械的な外見をした奇妙な人間だった。

 突然の闖入者に呆気にとられるチンピラ達に対し、海斗は堂々とした態度で言い放つ。


『キミ達、弱い者イジメはいけませんって学校で教わらなかったの? あそっか、頭悪過ぎて退学になっちゃったんだね。いやーゴメンゴメン、悪いこと訊いちゃって』

「アアッ!?」


 ちなみにこれは素で言っているわけではない。普段の自分ならば、こんな台詞は絶対に吐かなかったろう。

 クラスメイト達に正体がバレないように、あえて挑発的に振る舞っているだけだ。


「オイ、コスプレ野郎……口の利き方に気をつけろよ。あんまり舐め腐った態度取ってると痛い目に遭うんだぜえっ!」


 と、チンピラの一人が凄い勢いでこちらに向かって来た。見ると先ほどまで赤城を一方的に殴りつけていた男だった。

 海斗は男のパンチを楽々と躱し、迅速に拳を顔面に叩き込んだ。男は「ぶひゃっ」という情けない声を発して、派手に地面を転がり、そのまま動かなくなった。


『わーホントだ、痛い目に遭ったね。君がだけど(笑)』


 あの赤城が全く敵わなかった男を一撃でノックアウト。いける、どうやらこの力は本物のようだ。

 一瞬の内に仲間をやられて、チンピラ達は啞然とした表情で立ち尽くす。


「て、テメーこんなことしてどうなるかわかってんだろうな!?」

『さあ、わかんないからヒントくれない? 頭文字だけでもいいや』

「ふっざけんなぁ!」


 男達は怒りに任せて馬鹿正直に突撃して来た。

 ――その時、海斗の背後から地面を揺るがすような野太い声が響き渡った。


「おーうどうしたぁ? 何か面白そうなことやってんなぁ!」


 そこにいたのは圧倒的な存在感を放つ巨漢。筋骨隆々たる筋肉にクロームメタルの電脳義腕サイバーアーム

 見るからに強者の風格を漂わせた大男が、まるで仁王像のようにそこに佇んでいた。

 この男はこれまでの相手とはレベルが違う。あまりの威圧感に海斗も思わず後退った。


「あ……ふ、藤島さん!」


 誰かが突然現れた大男のことをそう呼んだ。

 その名前には聞き覚えがあった。

 確か何年か前にネットのニュースで話題になっていた男だ。

 どこかの暴力団の幹部で、強盗、恐喝、暴行その他様々な容疑で起訴されている筋金入りの悪党。逮捕された時、サイボーグの制圧部隊を相手に暴れまわり、十人がかりでようやく取り押さえていたのを覚えている。

 その逮捕劇を撮影した動画は非常に話題になり、個性的過ぎる外見も相まって一時期はネットのおもちゃにされていた。

 出所していたとは知らなかった。


「この頭のおかしな変態コスプレ野郎が生意気にも俺達に喧嘩を売りやがったんですよ」

「グフフフ……そうかいそうかい、ずいぶんと威勢の良い野郎だな。嫌いじゃねえぜ、そういうの」


 藤島という男はクロームメタルの両腕をガチンと打ち鳴らし、獰猛な肉食獣を彷彿させる鋭い眼光でこちらを睨み付ける。


「ちょうど地下のファイトクラブで骨のある奴を全員病院送りにしちまって退屈してたところだ。新しいオモチャが見つかって良かったぜ!」


 仲間のチンピラ達も、この男が現れたことで、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


「あーあ、アイツもカワイソーになあ。藤島さんの手にかかったら骨折だけじゃあ済まねーぞ」

「あの人には俺達が束になっても勝てねえもんな」

「この前ケンカを売った奴は背骨砕かれてたっけ」

「ま、散々イキリ散らかした罰ってやつよ」

「今の内に自殺した方が幸せなんじゃねーの?」


 散々好き放題言っている。それを聞いて、さすがの海斗も危機感を覚えた。

 海斗はプリスにだけ聞こえるように小声で話した。


『……大丈夫? これピンチじゃない?』

『問題ありません。あの程度のサイボーグなら海斗様の足元にも及ばないでしょう』


 果たして本当だろうか。これまでの彼女の言葉が全て的中していたことを考慮すると信憑性は高いが、フレーム問題を起こしている可能性も大いにあり得る。

 もし間違っていた場合のリスクを考えると、躊躇せざるを得ない。

 藤島と名乗る大男は他のチンピラ達とは明らかにレベルが違う。あの金属の義腕で殴られたら痛いどころでは済まなそうだ。とはいえ今更尻尾を巻いて逃げるというのも何となく格好悪い。

 様々な葛藤の末、海斗は勇気を奮い起こして何とか踏み止まることにした。

 大丈夫、何とかなるはずだ、そう己を鼓舞して――


「お前も馬鹿な奴だよなぁ。赤の他人の為に命を張るなんてよ。そんなことをする暇があったら趣味の一つでも見つけろってんだ」

『趣味ならあるよ。例えば動物園から逃げ出したでっかいゴリラを捕まえたりとかね』


 その瞬間、なぜか仲間であるはずの男達が凍りついた表情を浮かべた。まるで触れてはいけない地雷を踏んでしまったかのように。

 額に青筋を浮き上がらせ、ピクピクと全身を痙攣させる藤島。


「……そりゃ俺のことか?」

『あれれ、もしかして傷ついちゃった? 見た目の割に意外と傷つきやすいんだね。バナナあげるから許してくんない?』

「うおおおおおぉ! 覚悟しやがれテメー!」

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