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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
39/63

噓ばっかり……

「いーか浅宮、私は別にオメーが憎くてこんなことしてる訳じゃない。これは愛のムチってヤツだ。オメーのことを心配しているからこそ、こうやって勉強を見てやってるんだからな」

「へー、そうですか……」


 熱弁するプリヤに、海斗は気のない返事をする。

 いつもより長く感じられた授業を何とか乗り切って、帰宅しようと腰を上げた途端、いきなりプリヤに呼び止められた。

 何でも日頃から成績が悪い生徒を対象に、補習授業を行うらしい。

 昨日の負傷でセンチネルの職務を休業することになり、暇を持て余したプリヤがまたいらぬお節介を焼いたようだ。

 面倒見が良いと言えば聞こえは良いが、海斗からすれば単に暑苦しいだけである。


「せんせー、こんなことやってて良いんですか? 昨日の犯人、まだ捕まってないんでしょ?」


 楓が手を挙げて訊ねる。


「安心しろ。センチネルは非常に優秀な人材が揃っている。私がいなくてもいずれ犯人は逮捕されるはずだ。だからこうして可愛い生徒達の面倒を見てやってるんだ。特に浅宮、お前は日頃から成績が悪いからな。この私が手取り足取り、あんなことやこんなことまで教えてやるからな」

「でも私、この前の中間考査は平均点以上だったじゃないですか」

「一年間禁煙したからってその後も煙草を吸わないって保障はどこにもないだろ。『プハッー! 禁煙に成功した後の一服はウマい!』なんてことになるかもしれんしな」

「未成年にそんな例え出しても通じませんよ……」


 プリヤは煙草を吸う素振りをして実演してみせる。

 実際のところ、海斗も最近は確実に成績を向上させていた。脳内のナノマシンが学習機能や情報処理能力を飛躍的に高めているからだ。

 スポーツで言うところのドーピングに近いが、別にルール違反という訳ではない。

 だからこのような補習を受けるのは非常に不本意なのだ。もう落ちこぼれと呼ばれていた頃とは違う。

 それに今は右手の制御が利かず、一刻も早く修復を受けなければならない状況なのだ。

 だがそれを話したところでプリヤがこちらの事情を考慮してくれるとも思えない。本当に気が滅入る話だ。

 中にはこの補習授業を心の底から楽しんでいる者もいるが。


「ね、ねえニーナ。隣の席になるなんて奇遇だね」


 クラスメイトの野上は、片想いの相手が隣の席になったのをこれ幸いと、先ほどからしきりに小声で話しかけていた。

 これを機会にお近づきになろうとする魂胆が透けて見える。


「あーそうね。ところでアナタ誰?」

「ぼ、僕だよ。同じクラスの野上。物理と数学でも一緒だよ。君は窓際の前から三列目の席に座ってるよね」

「私のこと監視してるの?」

「い、いやそういうわけじゃないんだけど……」


 完全に気味悪がられている。

 他人の不幸は蜜の味という諺を肯定する訳ではないが、野上の試みが失敗して、正直ほんの少しだけ愉快な気分になってしまった。


「まあとにかくお前達は勉強だけに集中しろ。犯人の逮捕は私達に任せてな」

「でも昨日はグリッドランナーが来てくれなきゃヤバかったって聞いたんですけど?」


 葵がそう質問すると、プリヤは途端に不機嫌そうな表情になって眉をひそめる。


「……それ誰から聞いた?」

「SNSで噂が出回ってますよ。フォックストロットは犯人にボコられてグリッドランナーに助けられた、って」


 それを聞いて海斗はギクリとした。

 まさかどこかで誰かに見られていた?


「そんな出所不明の噂なんか鵜呑みにするな。SNSで出回ってる情報なんて大半が噓八百だぞ」

「じゃあこれも噓ってことですか?」

「……いや、一部は事実だ」


 プリヤはやや不貞腐れた口調で認めた。


「確かにグリッドランナーが来たのは事実だが、助けられたってのは正確じゃねえ。アイツはビビッて真っ先に逃げちまったからな。むしろ助けたのは私達の方だ」


 ――噓ばっかり……。


 生徒の前で見栄を張りたいのだろうが、まさか目の前に本人がいるとは思うまい。

 海斗は呆れた眼差しをプリヤに向ける。

 それにしても、一体どこから情報が漏れたのやら。壁に耳あり障子に目ありとは良く言ったものだ。

 海斗も気をつけねばなるまい。迂闊に人目につきそうなところで変装を解けば、正体がバレかねない。

 今後はより一層注意を払う必要がある。

 しかしそれよりも海斗が目下のところ、気をつけねばならないのはあの甲冑男だ。

 今朝の報道によると、名前はハインリヒ・ライザー。予想通り、サイバーマトリックス社の元社員で、あのサイモン・クルーガーの部下だったらしい。

 本当に、サイバーマトリックス社は何人犯罪者を創出すれば気が済むのだ。コンプライアンスも何もあったものではない。

 こんな会社が世界的大企業であること自体が信じられない。

 ライザーは油断ならない相手だ。用意周到な計画性。執拗に標的をつけ狙う執念深さ。そして何よりもあの強力なロングソード。ある意味ではマンスローター以上の脅威になる危険性を秘めている。

 昨日、倒しきれなかったことが、今後大きな禍根を残さなければ良いのだが。

 そしてそのライザーだが、今日未明SNS上に犯行声明動画をアップロードしていた。


『センチネルの諸君、昨日は組織の総力を挙げて護ろうとした護衛対象を見事に死なせてしまったことに対しておめでとう、を言わせてくれ。今頃さぞかし悔しい思いをしていることだろう。そんな君達に親切な私が名誉挽回のチャンスを与えよう。これから私は一週間以内にある人物を殺すことを予告する。もし君達にその気があるのなら止めてみたまえ。止められるものなら……の話だがね。そうそう、ちなみにこの勝負には飛び入り参加も可能だ。腕に自信のある者なら民間人だろうと構わない。この私を見つけ出し、見事捕まえることが出来たなら、あのマンスローターによる未曽有のテロからメガトーキョーを救った英雄と同じ名誉に値するだろう。なあ、そうは思わないかい、英雄君? どうだね、今度も悪人から人々を救えるかね。それとも尻尾を巻いて逃げ出すか?』


 その挑発的な言葉は、確実に海斗に向けられたものだった。

 自分の方が優れていると証明したいのだろう。

 ライザーはそんな声明文と共に、ある暗号文を公開した。

 本人曰くその暗号の中に、標的の情報が隠されているのだという。

 暗号と言っても推理小説に出てくるような単純なものではなく、専門のコンピュータでしか解読出来ないような複雑な暗号文である。

 ゲームでもしているつもりだろうか。完全に海斗やセンチネルを挑発して楽しんでいる。

 ちなみにインターネットでは、騎士の甲冑に良く似た格好で動き回る様子が話題となり、ドイツ語圏の出身者ということもあってか、ライザーのことを強盗騎士ローブリッターというあだ名で呼ぶ者もいる。

 とにかくこんな他人を見下したような奴は相手にするのも嫌なのだが、降りかかる火の粉は払わねばならない。

 こうしている今、この瞬間にも、ライザーが次の標的を殺そうとしているかもしれない。にも拘らずプリヤは呑気にもこうして補習授業を開いている。

 まるで緊張感が足りない。


「よーう浅宮?」


 と、耳元でプリヤの低い声が聞こえた。


「さっきからボーっとしてるがどうした? 私の補習中に怠けるとは良い度胸だなあオイ」

「す、すみません……」


 肩に腕を回して、グッと顔を近づけてくる。何やら背中にムニュっと柔らかい感触を感じた。

 位置的に推測すると、これはプリヤの胸だと思われる。

 男勝りな性格の割に、大変立派なものをお持ちである。


「ちゃんと私の話聞いてたんだろうな?」

「は、はい。聞いてました」

「うっし、じゃあさっき私が何を言ったか当ててみろ」

「……え」


 突然の無茶振りに、思わず返答に窮してしまう海斗。


「どうした、答えられないのか?」

「えっと……そのぉ……」


 背後からこんな囁き声が聞こえた。


「……どんな時でも学ぶのに若すぎることはない」


 小声過ぎて誰の声かはっきりしないが、女子の声だった。それがプリヤが先ほど口にした言葉なのか。

 確かラテン語の格言だっただろうか。

 一か八か言ってみるか。


「どんな時でも学ぶのに若すぎることはない?」

「……チッ、正解だ。ちゃんと聞いてたようだな」


 プリヤが不貞腐れた様子で背を向けるのを見て、海斗はホッと胸を撫で下ろした。

 誰かが助け舟を出してくれたおかげだ。葵だろうか。席に着いた時、誰がどこに座っているかなんて、気にしていなかったが、海斗に手を差し伸べてくれる者など彼女以外に考えられない。

 何かお礼を言わなければと思い、咄嗟に後ろを振り向く。

 ところが案に相違して、そこにいたのは意外な人物だった。海斗は後ろの席に座る恵と目が合った。

 彼女は照れ臭そうに視線を逸らす。その様子から、声の主が彼女であることを確信した。

 確かに最近は幾分か態度が軟化していたが、少し前までは一方的に毛嫌いされていた相手なのに、一体どういう風の吹き回しだろう。

 何にせよ、相手が誰であれ感謝は伝えるべきだ。海斗は戸惑いながらも、ぎこちないお礼の言葉を述べた。


「あの……ありがとう」

「べ、別に……」


 恵はどことなく気恥ずかしそうに、指で自分の髪をこねくり回した。普段は仏頂面の多い恵だが、こういう時に見せる少女らしい一面は可愛いと思った。




 二時間経ってようやく補習も終わりを告げた。

 海斗はげんなりした気分で帰宅の途につく。エントランスホールから外に出るとルナが待っていた。


「遅かったじゃない、何してたの?」

「ご、ごめん」


 咄嗟に謝ったが、別に待ち合わせをした覚えはない。


「……もしかしてずっと待っててくれたの?」

「べ、別にそんなんじゃないわよ。私も偶々用事があって遅くなったから、一緒に帰ろうかなって思っただけっ」

「はあ……」


 ――なら事前に連絡すれば良いのに……。

 

 海斗は心の中で不満を漏らす。


「そうそう、もし良かったらこの後どこか行かない?」

「え」


 予想外の提案に、海斗は言葉に詰まる。


「実はこの前、駅の近くに気になるお店を見つけたんで、良かったらその……一緒に行ってみたいな、って」


 指先をもじもじさせながら、頬を赤らめる彼女の姿は、何ともいじらしい感じがする。

 本来なら喜んで誘いに乗るところだが、これからサイバーマトリックス社を訪問して、サイバーウェアの修理を受ける予定なのだ。

 右腕の調子も良くないし、後回しにはしたくない。


「ゴメン、今日はこれから行かなきゃいけないところがあるんだ。来週くらいなら行けると思うけど」

「そ、そう……じゃあ来週ね」


 ルナの残念そうな顔を見ていると、胸が痛くなる。しかしこれも仕方ない。

 ルナと別れた後、すぐにスピナー・タクシーを呼び、サイバーマトリックス社の本社ビルに向かう。

 ロビーの受付で名前を告げると、最初にこのビルに来た時と同じフロアまで案内された。

 海斗にとって、ここは非常に思い出深い場所だ。

 数ヶ月前、この場所で自分は機械の身体に生まれ変わったのだ。その時から彼の人生は大きな転換点を迎えた。

 おかげで様々な厄介事に巻き込まれるようになったが、ヒカリと出会ったことは、それを差し引いても大きな幸運だった。

 プリスに会う前に、上月にも顔を見せておこうと思った。

 あのハインリヒ・ライザーとかいう男について、色々と訊きたいこともある。

 そう思ってドアの手前まで来ると、誰かの話し声が聞こえてきた。


「ともかく博士が無事で安心しました。人質にされていると知った時はどうなることかと思いましたから」

「ご心配どうも。おかげさまでこの通り五体満足だよ」


 一人は上月の声だった。もう一人は誰の声かはわからないが、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 悪いことだと知りつつも、海斗はつい盗み聞きをしてしまった。


「それで、先ほども質問しましたが犯人のハインリヒ・ライザーについて何かご存知ないですか?」

「さあねえ、彼とはあまり話したことはないから、君達が知っている以上のことはわからないと思うな」

「サイモン・クルーガー容疑者と親しかったそうですが」

「そうらしいね。その辺については彼の直接の部下の方が詳しいんじゃないかな」


 会話を聞く限りでは、あの甲冑男の話をしているようだ。

 まるで事情聴取を受けているような雰囲気、相手はセンチネルの人間だろうか。


「では私はもう行きますが何か思い出したら連絡してください。ウチの隊員を護衛につけますが、くれぐれも注意してください」

「ああ、わかっているよ」


 会話が終わると一人の足音が急速に接近してきた。

 思わず身を隠そうとするも、突然のことで手頃な場所が見つからない。そうやって探している内に、ドアがスライドして部屋から誰かが出て来た。


「あら?」


 途端にその人物と目が合う。それは海斗も良く知っている人物だった。

 ヒカリの姉でフォックストロットのリーダー、確か名前は諸星アイリと言ったか。


「あ、あの……」


 海斗は何か言おうとして口を開きかけた。

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