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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
35/64

あるいは君のすぐ後ろにいたりして……

 紆余曲折あってようやく人質が囚われている応接室の前に辿り着いた。ヒカリの情報によると、中にいる敵の数は二人らしい。

 男を人質から引き離す為に、海斗は扉を軽くノックした。


「どうした?」


 扉の向こうで声がして、足音が少しずつ近づいて来た。


「……おい、ノックの回数が違うぞ。どうしたんだ?」


 男が警戒している声を聞いて、一瞬まずいと思ったが、数秒後に慎重に扉を開け始める音が聞こえた。

 男が顔を出したところを見計らって、海斗は顔面に掌底を叩き込んだ。


「ぐおっ!」


 男が昏倒して後ろに倒れ込むのと同時に、素早く室内に転がり込む。驚いたもう一人がこちらに銃を向けようとする。

 冷静な人間であれば、人質に銃口を向けて盾にしただろう。だがこの男にそのような判断を下す余裕はなかったようだ。

 海斗は裂帛の気合を発して一気に詰め寄ると、もう一人の男の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 二人の男が起き上がってこないのを確認すると、海斗は人質達に向き直った。

 人質の中に両手を後ろ手に拘束された上月を発見する。


『どーもー、労基署の者でーす。何か武装集団にパワハラを受けてるとの通報を受けて参りましたー!』

「……君は」


 上月は意外そうに目を見開いた。自分が助けに来るとは予想外していなかったのだろうか。

 とりあえず疑問は後回しにして、他の人質の拘束を解いてやる。


「すまない、まさか君に助けられるとはね」

『驚きました? サプライズにするつもりはなかったんだけど、クラッカーでも用意した方が良かったかな?』


 冗談半分でそんな軽口を叩くと、上月は戸惑うような眼差しで眉をひそめた。

 そういえばこの姿で彼女と対面するのは初めてである。


「……その格好になると性格が変わるんだね」

『正体を隠す為の偽装ですよ。ともかくこれで家壊した分はチャラですからね』


 別にそれが目的で助けた訳ではないが、一応付け足しておく。

 何はともあれ全員無事で一安心……かと思いきや、頭を銃で撃ち抜かれた男性が倒れているのを見て、海斗は何ともやり切れない気持ちになる。


『海斗様、センチネルは突入を中止しました』

『そっか、ご苦労様』


 人質を解放したのを受けて、海斗はセンチネルに警告をするようプリスに要請していた。

 これで目下の懸案事項は大体片づいた。残る問題は外にいる立てこもり犯をどう料理するか。

 センチネルが動けないとなると自分が動くしかない。


『さーてと、んじゃそろそろお片付けの時間といきますか』


 言いながら海斗は、準備体操をするように身体を動かして光学迷彩を起動した。




 開発センターの警備室では、立てこもり犯のリーダー格の男が防犯カメラの映像を絶えず監視していた。

 男はふいにある違和感に気づいた。そろそろセンチネルが突入を開始しても良い頃なのに、仕掛けた爆弾が一向に爆発する気配がない。

 爆弾に気づかれたか。突入する側の視点では絶対に目視出来ないように仕掛けたはずなのに。


「どうなっている?」


 目の前で繰り広げられている光景に、男は首を捻った。

 いずれにせよこちらの作戦が上手くいってないのは確かなようだ。ならば作戦を変更しなくては。男は無線を起動すると、応接室の見張りに連絡した。


「俺だ、問題が起きた。見せしめに人質を一人処刑してやれ」


 しかし応答はなかった。


「おい、何があった、返事をしろ!」


 不審に思いながらも、男は再度呼びかける。だが何度試しても結果は同じだった。次第に他の男達の表情にも焦りが滲んでくる。

 様々な考えが脳内を巡り、男は考え得る中で最悪の結論に達した。


「どうなっているんだ?」

「……グリッドランナーだ、奴が現れたんだ。無線で警戒を呼びかけろ!」


 男達はそれぞれ銃を取って周囲を警戒した。

 無線を使用してグリッドランナーが侵入したことを他の仲間にも知らせて警戒を喚起した。

 ところが応答がないチームが複数あった。応接室と同じで無線は繋がっているが、返事がない。もしやすでにグリッドランナーにやられたのか。

 やむを得ず、近くのチームに確認に向かわせた。


「どうだった?」

『……ダメだ、第三チームは全員気絶してる。奴の仕業だ』


 悪い予感が的中してしまった。


『用心しろ。奴は既にそっちにいるかもしれな――』


 その時、無線越しにドカッという鈍い音がして音声が途切れた。


「どうした応答しろ、何があった?」


 返ってくるのは沈黙だけ。グリッドランナーにやられたのだと判断した。この短時間で大半の仲間がやられた。

 次に襲われるのはここかもしれない。

 男は仲間を集結させて、連絡が途絶えた場所に向かった。互いの死角をカバーし合い、慎重に進む。数分が経過したが、物音一つ聞こえない。


「気をつけろ。奴はどこに潜んでいるかわからん。隈なく探せ! 壁や天井に張り付いているかもしれんぞ!」

『あるいは君のすぐ後ろにいたりして……』

「――なっ!?」


 男が振り返るより早く、後ろから繰り出された拳が顔面にめり込んだ。




 全てが終わった頃にようやく爆弾を解除したセンチネルが駆けつけ、昏倒した男達を片っ端から拘束していった。

 解放された人質は安堵の表情を浮かべて外へ連れ出された。

 海斗はビルの正面入口で、センチネルの車両の陰に隠れてこっそりと上月と言葉を交わした。


『ようやく一件落着かな。あ、でも一人助けられなかったんだっけ……』


 海斗は応接室で頭を撃ち抜かれていた男を思い出して沈んだ気持ちになった。


「君が気に病むことはない、残念だが彼は君が来る前に殺されていたんだ」

『そっか、とんでもない連中だね。何はともあれこれで万事解決だよね? 全員逮捕出来たし、自分で自分を頭ナデナデしてあげたい気分』

『あー自画自賛してるところ悪いんだけど、誰かの協力があったことを忘れてない?』


 耳元でヒカリの声がした。


『いやもちろん覚えてるよ。これは二人のチームワークのおかげ。あ、プリスさんも合わせれば三人か……』

「…………」


 などと独り言をブツブツ呟いていると、何故か上月が浮かない顔をしているのを見て、海斗は猛烈に嫌な予感を覚えた。


『ってあれ、もしかしてまだ何かある感じ?』

「いや、実は捕まっている時、男達が妙な会話をしているのを耳にしてね」

『妙な会話?』

「ああ、これは陽動なんだだって。ここでセンチネルの注意を引きつけている隙に、反対方向に本当の標的をおびき寄せる作戦なんだ、と」

『本当の標的って?』

「わからないが……どうも何か胸騒ぎがする……」


 確かに海斗も気になっていたが、ここにはリーダーと思わしき男の姿が見当たらない。

 これだけ大掛かりなことをしておきながら、ボスが姿を現さないのは不可解だ。そう考えると、陽動と言うのもあながち噓ではない気がする、


『確かめた方が良いと思う?』

「どうかな、私も正確な場所を聞いた訳ではないから何とも……」

『それならベータ地区にある廃工場です。先ほどセンチネルの通信を傍受して確認しました』


 上月が言葉を詰まらせていると、プリスが会話に入ってきた。

 海斗はニューラル・インターフェースのマップアプリを起動して位置情報を調べてみた。どうやらここからおよそスピナーで四十分程度の場所にあるらしい。


「もちろん行くかどうかを決めるのは君自身だ。だが私が君なら確かめに行く」


 回りくどい言い方だが要するに行った方が良いと言っている。プリスといい、何故、彼女らは遠回しな言い方しかしないのだろう。


『仕方ないなあ、じゃあ確認するだけでもしておくか』


 多分、何でもないだろうとは思うが、万が一のことを考慮して念の為、確認してみることにした。


『どうか思い過ごしでありますように……』




 日が落ちて人気の絶えた廃工場は、暗闇と不気味な静寂に包まれていた。

 複雑に入り組んだ鉄の梁の間を通り抜けながら、ハイタワーとマリーは周囲に人影がないか、注意深く前進した。

 その二人の遥か後方、道路を隔てた向かいの倉庫の屋上で、華怜は対サイボーグライフルのスコープを覗いて周囲の様子を探っていた。

 アイリ、プリヤ、菊理の三人は付近の物陰に身を隠していた。もし二人に接近する敵影があれば、直ちに駆けつけられるように身構えて。

 今のところライザーどころか、人がいる気配すら全く感じられない。それが却って不気味だった。

 ハイタワーとマリーは見晴らしの良い場所で立ち止まった。そこがもっとも狙撃に適した地点だと判断したからである。

 重苦しい空気に包まれて待つこと数分、そろそろ約束の時間が近づいて来た。

 その時、ガチャガチャと金属が擦れ合う音を鳴らしながら、ゆらりと暗闇の中から騎士の甲冑を身に纏った男が現れた。

 あまりにも異様な佇まいに、一瞬幻でも見ているような錯覚に陥る。

 だがその直後に発せられた声は、間違いなくハインリヒ・ライザーのものだった。


『久し振りだなハイタワー』

「お前、ライザーか? またずいぶんとおかしな格好をしているな」


 思わず顔をしかめるハイタワー。


『約束通りやって来るとは、貴様にしてはご立派な心掛けじゃないか。てっきり尻尾を撒いて逃げるかと思った』

「お前なんかにビビる必要あるもんか」


 ハイタワーは無理にでも強気な態度をとろうとした。ライザーを前にして、死の恐怖よりも、敵に弱みを見せることを嫌ったのだ。この男も相当プライドが高いようだ。

 だが後ろのマリーは終始怯えていた。


『この日が来るのをずっと待ち望んでいた。貴様をこの手で殺せるこの日をな……』

「ハッ、とんだ被害妄想野郎だな」


 嘲笑するかのような口調で、ハイタワーが吐き捨てる。

 二人が会話を交わしている隙に、アイリは無線で華怜に呼びかけた。


「華怜、周囲に奴の仲間は?」

『いいえ、いない。信じられないだろうけど、奴は間違いなく単独で来ている』

「一人で乗り込んで来たってこと?」


 これでは逆に向こうが飛んで火にいる夏の虫だ。

 それともこの局面をたった一人で打開出来る自信でもあるのか。自身が開発した外骨格のに性能それほど信頼を寄せているのか。


『思い知るが良い。貴様のその傲慢な考えが自らの身を滅ぼすことになることをな』

「ほざいてろ。どうあがいてもお前が負け犬であることは変わらん。良い加減、他人のせいにするのはやめて現実を受け入れたらどうだ?」

『それは貴様を殺した後でゆっくりと検討するとしよう』


 そう言うとライザーは腰に帯びたロングソードをゆっくりと引き抜いて、ハイタワーに突きつける。


『最期に言い残すことはあるか?』

「お前なんぞクソくらえだ!」


 次の瞬間、ライザーが一瞬の内にハイタワーの懐に飛び込んだかと思うと、ロングソードを袈裟懸けに振り下ろした。


 ――ッ!? 速い!


『さらばだ』


 勝ち誇ったようにそう宣言するライザー。

 しかし――


「……どうかな?」

『――ッ!?』


 斬られたはずのハイタワーの服が破けて露わになったのは、光沢のある鱗状の表面生地に覆われた服。腕や脚などには硬質なパッドが取り付けてある。


「覚えてるか? 三ヶ月前、お前の外骨格オモチャと競い合って正式採用されたセンチネルの新型外骨格だよ!」


 そう、ライザーから指名された時、予め銃で撃たれても平気なように密かにセンチネルの強化外骨格を装着していたのだ。相手に気づかれないよう服の下から。

 ハイタワーは懐に隠し持っていた機関銃を素早く取り出し、至近距離から容赦なくライザーに発砲した。

 次いで華怜が発射した対サイボーグライフルの徹甲弾が着弾し、辺り一帯が粉塵に包まれる。

 マリーは慌てて近くの物陰に身を潜めた。

 通常はここで敵の損害状況を確認するのだが、銃を手にして興奮状態に陥ったハイタワーは、攻撃の手を緩めず闇雲に乱射し続けた。

 

「ハハハッ! どんな気分だ、自分の代わりに採用された強化外骨格で殺される気分は?」

「あの馬鹿……」


 元々戦闘訓練の積んでいない事務職のハイタワーに銃を持たせたせいだ。全身から分泌されるアドレナリンによって気分が高ぶるままに撃ちまくっている。

 やむを得ずアイリは左手の銃で、プリヤと菊理は手持ちのオート99でライザーに一斉掃射を浴びせる。

 このまま一気にけりをつけるしかない。

 粉塵と硝煙で視界が曖昧になる。

 弾が尽きて銃撃が止むと、次第に視界が晴れて弱々しく地面に横たわるライザーの姿が露わになった。

 それを見たアイリ達はホッと安堵の息を吐いた。


「はっはっは、見たか。奴は蜂の巣だ! これで終わったな!」


 さすがにあれだけの銃弾を受けては生きてはいまい。その場にいた全員、特にハイタワーはそう確信して疑わなかった。


「よーし、これで片はついた。今夜は俺が奢ってやるぞ。皆好きなものを注文すれば良い!」


 ハイタワーは勝ち誇った表情でこちらを振り返りながら気前良く宣言する。周囲は勝利ムードに包まれた。

 その直後――

 突然、ハイタワーの胸を、まばゆい光が刺し貫いた。


「――ッ!?」


 アイリ達は言葉を失った。一瞬何が起こったのかわからなかった。

 ハイタワーを、本人が装着している外骨格ごと背後から貫いた謎の光は、ライザーの手に握られたロングソードから発せられたものだった。その刃先は先ほどまではなかった赤紫色の光を帯びていた。


「が……はっ……!」


 声にならない叫びと共に、ハイタワーの口からドロリとした血が溢れ出す。

 顔や手脚からは徐々に生命力が失われ、だらりと力なく垂れ下がった。


『どうだ、これが貴様が役立たずと言った武器の威力だ』


 ライザーが剣を引き抜くと、ハイタワーの身体が地面に転がり落ちた。その眼にもはや生気が宿っていないことは、誰の目からも明白だった。

 突き刺された割には出血の量は異様なまでに少なく、代わりに肉の焦げる臭いがした。

 その臭いから剣の光の正体が、熱による高温発光だと判明した。ロングソードの高熱が瞬時に胸の傷口を焼いたのだ。

 アイリ達はその武器に心当たりがあった。

 高周波プラズマブレード。

 電気抵抗によって刃先をプラズマ化させ、高熱と超振動により対象を焼き切る新型武器。

 理論上は聞いたことはあるが、まだ試作段階で実用化はされていなかったはず。それをライザーが完成させたというのか。


『威勢が良かった割には呆気なかったな』


 吐き捨てるように言うと、ライザーはくるりとマリーの方へ向き直った。


『さてと、次は君の番だ……』

「まずいっ!」


 アイリは反射的に飛び出した。

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