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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
33/63

もちろん来てくれるわよね

 現在アイリは非常に辛い立場に立たされていた。

 ベータ地区にある廃工場、そこが男の指定した場所だった。

 奇妙なことに立てこもり事件が起こっている開発センタービルとは真逆の方向である。

 それも気がかりなことではあるが、アイリが懸念しているのは別のことだった。

 彼女はこれから親しい友人に、死刑宣告に近い報告をしなければならない。

 出来ればこんなことはしたくない。だがこうしないと人質の命はない。無論その中には上月の命も含まれる。

 何とか両方の命を救う方法ないものか。


「どうかしましたかアイリさん?」


 頭を抱えていると、マリーが心配そうに顔を覗き込んだきた。


「マリー……ちょっと来てくれる?」

「何です?」


 アイリはマリーを連れて部屋の端まで移動した。


「どうしたんですか、顔色が良くないですよ?」

「大丈夫よ、ただ……」

「ただ……何です?」


 正直、これから言うことを考えると、マリーの目を直視することが出来なかった。


「さっき首謀者と名乗る男から要求があったでしょう?」

「ええ、何だったんです?」

「奴はある人物を自分が指定する場所に連れて来いと言ってきた」

「ある人物って?」


 そこでアイリは言い淀んだ。先を言うのが辛い。だがいずれにせよ言わなければならない。

 しばし逡巡した後、やがて意を決して口を開いた。


「アナタよ」

「……え?」


 一瞬マリーはポカンとした様子で、言葉の意味が理解出来ないようだったが、徐々に戸惑うような表情に変わり始めた。


「ど、どうして私なんです?」

「それは言わなかった。ただ『いずれわかる』とだけ」

「私を連れて行ってどうするつもりなんでしょう?」

「奴ははっきりこう言ってたわ、『殺すつもりだ』と」

「……そんな」


 見る見る内にマリーの顔面が蒼白になる。


「……ま、まさか本気で私を連れて行ったりしないですよね?」

「ごめんなさい。けど、こうでもしないと人質は殺されてしまうの」

「こんなのあんまりじゃないですかっ!」


 話をする内についに感情が爆発したマリーは、人目も憚らずに取り乱し始めた。


「私は今までアイリさんの無茶振りにも一生懸命応えてきたのに、こんな仕打ちされるなんて酷過ぎます!」

「落ち着いてマリー」


 年甲斐もなくポロポロと泣き出すマリーに、アイリは必死に宥めようと肩に手を置く。


「もちろんみすみす殺させるつもりはないわ。要求に従ったふりをして人質を救出する為の時間稼ぎよ。それにアナタが行けば首謀者をおびき出して逮捕出来るかもしれない。私達が全力で守るから協力して欲しいの」

「それじゃあ私は囮ってことですか?」

「それは……」

「どうした、何を揉めている?」


 騒ぎを聞きつけたハイタワーが近寄ってきた。

 普段なら追い返しているところだが、今回の場合は状況が異なっていた。アイリは溜息を吐きながら事情を説明する。


「立てこもり犯のリーダーを名乗る男がこう言ってきたのよ。人質を殺されたくなかったらマリーを連れて来い、理由は彼女を殺す為だ、と」

「そうか、なら早く行けば良いじゃないか」


 ハイタワーがこともなげに言う。


「そんな……行ったら私は殺されるんですよ!」

「お前は自分の身可愛さに人質を見殺しにするつもりか? 甘ったれるな!」


 他人事なのを良いことに容赦なく罵声を浴びせる。


「良いか、いついかなる時でも多数の命は少数の命より優先されるんだ! もし俺が貴様の立場だったら喜んで飛んで行くぞ!」


 しかし彼のその余裕の表情は、次のアイリの言葉によってあっさりと崩れ去った。


「そう……そう言ってくれて助かるわ。じゃあアナタも一緒に来てくれる?」


 その台詞に、ハイタワーは意表を突かれたように目を丸くした。


「何故だ、俺は関係ないだろう?」

「いいえ、犯人が指定した人物は二人いるのよ。一人はマリー、そしてもう一人がアナタなのよハイタワー」


 一瞬、周囲の時間が止まったかのように静まり返った。


「……な、何を言っているんだ?」

「噓じゃないわ。電話の男はマリーと、特に何が何でもアナタを連れて来い、って言ってた。まるでマリーはおまけで、本命はアナタであるかのような口振りでね。何なら今から犯人に電話して訊いてみましょうか?」


 そう、別にハイタワー憎しで噓を言っている訳ではない。これらは全て真実である。


「そんな馬鹿なっ!」


 さすがのハイタワーも、それまでの冷静さを失ってあからさまに狼狽えた様子で声を荒げる。


「何で俺がそんな訳のわからん奴に命を狙われなきゃならんのだ!」

「さあ、アナタならいくらでも恨みを買ってそうな人間がいそうだけど」


 多分アイリだけでなく、多くの職員がそう思っているのではないか。

 部下へのパワハラ、責任の擦りつけ、不祥事の隠蔽、他にも挙げ出したらキリがない。

 殺したいほどハイタワーを憎んでいる人間は少なくはなさそうだ。


「もちろん来てくれるわよね。いついかなる時でも多数の命は少数の命より優先されるんでしょう?」

「……くっ」


 つい先ほどの自分の発言を持ち出され、言葉を詰まらせるハイタワー。

 もうこれ以上は反論してこないだろう、そう判断したアイリは、まだ怯えたままのマリーに向き直って、優しく肩に手を添えて語りかけた。


「マリー、アナタがどうしても嫌と言うなら強制はしないわ。でももし勇気を出してくれたら大勢の人質が助かるだけでなく首謀者を捕まえる絶好のチャンスになる。約束する、絶対にアナタには指一本触れさせないから」

「うぅ……」


 マリーは尚も躊躇していたが、アイリの説得を受けて渋々承諾した。




 ヒカリと別れ、そろそろルナの自宅に向かおうかと思った頃。

 プリスから連絡があったのはそんな時だった。


『海斗様』


 相変わらず淡々とした声が耳小骨を震わせる。


「やあ、どうかした?」

『問題が発生しました』

「何?」


 海斗はちょっと身構える。


『つい先ほどオメガ地区にあるサイバーマトリックスの技術開発センターが武装集団に占拠されました』

「ああ、確かさっきSNSのトレンドに上がってたような……」

『その人質の中に上月博士もいるようです』

「……え」


 海斗は少し虚を突かれたように立ち止まった。


「本当に?」

『はい』

「でもあの人は本社勤務じゃなかったっけ?」

『どうやら偶然居合わせたようです』


 そういうこともあるのか。何とも不運な話である。


「で、でもセンチネルが対処に当たっているんでしょ? だったら俺の出る幕はないんじゃないの?」

『そうだと良いのですが……』


 突然プリスが意味ありげに言葉を濁した。


「もしかして俺に助けに行けって言ってるワケ?」

『私にはそのようなことを言う権限はありません。ただ海斗様なら人質救出の成功率が格段に上昇する、ということをお伝えしたかっただけです』

「それって遠回しに行ってくれって言ってるのと同じじゃない?」

『そうなのですか? 私には良くわかりませんが』


 人間と瓜二つの容姿をしたプリスだが、彼女の脳は人工知能で出来ている。

 人工知能は人間の感情を読み取ることを不得手としている。このように今一つ会話が噛み合わない時が度々あるのもその為だ。


「ちょっと買い被り過ぎじゃない? いくら何でもプロのセンチネルより素人の俺の方が上手くやれるとは考えられないんですけど」

『私の算出したデータではそうはなっておりません』


 確かに人工知能の計算能力は、感情を読み取るのが不得手な代わりに人間のそれを遥かに凌駕している。

 しかし安易に自分が乗り込んで、人質から死者を出してしまったらそれこそ大惨事である。

 センチネルはもちろんのこと、世間から大きな非難を浴びるだろう。それは避けたい。

 上月には世話になったし、別荘を破壊してしまった負い目もあるので出来れば助けたいが……。


「……うーん」


 そう唸っていると、ルナからショートメッセージが届いた。


『今から買い物に行くけど夕飯は何が良い?』


 ひょっとして自分の希望に沿ったものにしてくれるのだろうか。このまま上月のところに行けば、夕飯にありつく時間が遅れてしまう。ルナの気遣いを考慮すると非常に良心が痛むが。

 かといって上月を見捨てるのも後味が悪い。


「……参ったな」


 せめて様子だけでも見に行くか。そしてもし助けられそうなら速攻で助けて帰ることにしよう。

 海斗はルナに、急に映画を見ることになったから二時間ほど遅れる、という返信を送った。


「幼馴染との約束をすっぽかしたり、センチネルの代わりに悪者を退治したり……ホントありふれた日常だよねえ」


 思わずそんな皮肉な独り言が飛び出しくるほど、海斗はヤケクソな気分になっていた。




 上月は血溜まりの中でうずくまる釜谷の亡骸を目の当たりにして、悲観的な気分になっていた。

 その血は彼の頭から流れ出たものである。先ほどまで落ち着き払って余裕の笑みを浮かべていた男が、後頭部に銃弾を撃ち込まれてこと切れている。

 殺される直前、彼は子供のように情けない声で命乞いをしていた。

 次は自分がこうなる番だ。

 不謹慎だが、目の前で人が殺されたことよりも、PH計画に関する手がかりが失われたことに対するショックの方が大きかった。

 男達の目的は何だろうか。もしかするとPH計画の情報が上月の手に渡ることを危惧した何者かの仕業かもしれない。

 しかしそれならさっさと自分を殺して退散すれば良い。いつまでも建物に籠城しているのはどう考えても理屈に合わない。まるでセンチネルの到着を待ち構えているかのようだ。

 あるいは他に目的があるのか。

 ただ目的が何であれ、自分が助かる見込みが決して高くはないだろう。

 そう思ったのは二人の男達の立ち話が耳に入ったからだ。


「おい、あの女科学者はいつ殺すんだ?」

「まだだ、ボスが本命を殺してからだ」

「本命?」

「なんだ知らないのか? 俺達は囮だよ。センチネルの戦力が分散している隙に、このビルとは真逆の方向にある廃工場にボスが一番殺したい標的をおびき寄せる作戦なのさ」

「じゃあこの女は殺さないのか?」

「いや、そいつも標的の一人だ。本命を自分の手で殺した後に、俺らが女を殺す様子を録画してボスに見せる予定なんだ」

「悪趣味だな」

「だが上手いやり方だろう。仮にグリッドランナーが邪魔して来ても片方の標的は確実に仕留められる」


 男達の話を総合すると、どういう理由かは知らないが、やはり自分は殺される予定らしい。

 上月はさらに悲観的な気分になった。

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