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グリッドランナー  作者: 末比呂津
ローブリッター編
32/63

殺すつもりだ!

「は、年頃の妹との接し方だって?」


 コーヒーを飲もうとしたプリヤが、キョトンとした表情で聞き返した。


「ええ、実はヒカリのことでちょっと相談があって……」

「相変わらず過保護ねえ」


 心配そうに話すアイリを、華怜が呆れ顔で揶揄する。

 訓練の合間にカップ式自販機の前で談笑する精鋭部隊、フォックストロットのメンバー達。

 四人で他愛のない話をしていると、急にアイリが深刻な面持ちで何か語り始めたので、他のメンバーが戸惑い気味に耳を傾けていた。


「何だか最近、誰かと会ってるらしいのよね」

「誰かって?」


 菊理が訊ねる。


「わかんない。けど、あの感じは多分男じゃないかと思う」


 その途端、他の三人の間にどよめきが広がった。しばらくお互いに顔を見合わせた後、三人を代表して華怜が口を開く。


「それ本当なの?」

「うん。出かける時は念入りに身だしなみを整えてるし、パソコンで有名なデートスポットを検索してたし」

「あーそれは確かに怪しいわねえ……」


 別にヒカリが誰と付き合おうと本人の自由だ。だが相手がどんな人物なのかは非常に気になる。

 もしチャラチャラした男で「ウィース、オネーサン。おたくの妹は俺が貰ったから(笑)」などと挨拶された日には、冷静でいられる自信はない。


「ねえプリヤは高校教師やってるからこういうのに詳しいんじゃないの?」

「うーむ、生徒の色恋沙汰には関わらないようにしてるからなぁ……」


 腕組みをしながら考え込むプリヤ。


「まー心配すんなって。あの歳の恋愛なんておままごとみたいなもんだから」

「そ、そうなの」

「おお、まあ偶にハメを外し過ぎて妊娠とかしちまう奴もいるらしいけどな」


 グシャッ。


 アイリが血走った目でプラスチックのカップを握り潰すのを見て、周りが凍り付いた。


「……火に油を注いでどうすんのよ」


 華怜がプリヤに非難の眼差しを向ける。


「やっぱり一度釘を刺しておいた方が良いかしらね……」

「お、オイ……早まるなよ……」

「お手伝い致しますわアイリさん」

「だから火に油を注ぐんじゃないわよ!」


 アイリの物騒な発言に、プリヤ、菊理、華怜がそれぞれ独自の反応を見せる。

 しかしこのような話が出来るのも、街が平和である証拠だ。

 最近、危険な強盗集団が世間を騒がせてはいるが、マンスローターの時と比べたら平和そのものである。

 強盗集団の対応に当たっているのはデルタ部隊までのチームで、彼女達の出る幕はない。




 休憩時間が終わって司令室に戻ると、信じられない人物がそこにいた。


「おい、アレって……」

「ええ……」


 プリヤと華怜が小声で言葉を交わす。

 その人物がこちらの存在に気づくと、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「やあお前達。ずいぶんと久し振りだな。元気そうでなによりだ」

「……ハイタワー」


 アイリはセンチネル・メガトーキョーの前支部長、リーランド・ハイタワーのニヤケ面を睨みつけた。

 彼は以前、サイモン・クルーガーの犯罪に関与した疑いで逮捕された。

 だがハイタワーはあらゆるコネを利用して、各方面の権力者に必死で掛け合い、かなり腕の良い弁護士を雇ったこともあって、最終的に不起訴処分となった。

 さすがに支部長の椅子からは退くことになったが、多額の退職金を貰って引退する予定になっている。


「お前達には面白くない話かもしれんが俺はこの通り、晴れて自由の身になった。これからは悠々自適な隠居生活が待っているというワケさ。まあ色々と納得がいかないことがあるかもしれんがこれも人生だ。悔しいと思うなら存分に悔しがってくれたまえ。ああそうだ、自伝でも書こうかな。不当な罪で職を追われたことを本にすればきっとベストセラー間違いないと思わんかね。もし出版されたらお前達も是非買ってくれよ、はっはっは!」


 などと高笑いしながら、ハイタワーはウキウキした足取りで遠ざかっていった。

 一体何しに来たのか全くわからない。


「あの野郎……不起訴になったのは知ってたけど良くここに顔を出せたな」


 プリヤが当然のことを口にすると華怜は――


「勝利宣言のつもりなんじゃない? 自分を告発した人達を相当恨んでたみたいだから」


 特に逮捕される直接の原因を作ったアイリとマリーに対しては、恨み骨髄といった様子だった。

 だからわざわざやって来て自分の元気な姿を見せつけに来たのだろう。


「結局無罪放免かよ。良いご身分だな」

「退職金をたんまり貰ったそうよ」


 アイリはボソッと呟いた。


「知ってたのかアイリ?」


 プリヤが訊ねる。


「ええ、まあね」

「気にならねえのか? あれだけ汚いことをしてお咎めなしなんてよ」

「そりゃ気にならないと言えば噓になるけど、もう二度と顔を見ずに済むならそれで構わないわ」


 アイリはさも興味なさげに答えた。

 彼女にとってはもはやどうでもいい存在だった。何とも釈然としない終わり方なのは確かだが、もう今までのように邪魔されることはないと考えると、相手がどうなろうと気にしない。


「アイリさん」


 マリーが速足で駆けてきた。


「たった今通報があって、オメガ地区にあるサイバーマトリックスの技術開発センターで武装集団が人質をとって立てこもっているとのことです」

「技術開発センター?」

「はい、すでにデルタ部隊とエコー部隊が出動、あと五分ほどで現場に到着する予定です」


 マリーの言葉を合図に、休憩していた職員も気持ちを切り替えてそれぞれの持ち場に戻って行く。これはマンスローターの時以来の大きな事件になりそうだ。司令室は一気に緊迫感に包まれた。

 ハイタワーがいなくなった現在、アイリが臨時で支部長代理を務めている。

 現場には赴かず、ここで指揮を執る。


「支部長代理になって初めての大仕事だな。お手並み拝見といこうじゃないか」


 ハイタワーが茶化すように口を挟んできた。


「部外者は他所へ行ってくれるかしら?」


 邪魔者を追い払った後、マリーはホロキーボードの上に指を走らせて、正面の壁面にある大型のホロディスプレイに映像を表示した。


「これは十分前に建物の入口で撮影された防犯カメラの映像です」


 そこには黒塗りのワゴン車から降りた武装集団が、素早く建物の中へ入り込んでいく様子が映っていた。

 その武装集団の装備を見て、アイリはあることに気づいた。


「これは……」

「ええ、数週間前からメガトーキョー全域で現金を狙った強盗を繰り返している集団と服装や装備がそっくりです」


 つい先日、マリーがホームセンターで遭遇したのと同じ集団だ。あの時は本当に危険な状況だった。


「つまり例の強盗団とこの連中は同一犯ってこと?」

「その可能性が高いかと」

「ただの強盗団が立てこもり事件を起こすなんて……どういうことなの?」

「わかりません。今のところ犯人からの要求もありませんし、目的も不明です」


 通常、立てこもり犯は何らかの要求をするものだ。投獄されている仲間の釈放を要求したり、現金を要求したり。中にはただ世間の注目を集めたいだけの犯人もいるが。

 こちらが到着するのを待って要求を伝えるつもりなのか。

 何にせよ危険な連中だ。人質救出には細心の注意を払わなければならない。


「ちなみに人質の人数は全部で二十三名、これがその人達のリストです」


 マリーから転送されてきたリストに目を通すと、その中に見覚えのある名前を発見した。

 上月朋子。

 彼女は本社ビルに勤務しているはず。真っ先に浮かんだ感想は「何故、彼女がここに?」だった。


「……ねえマリー、この名前だけど……確かなの?」

「はい、事件の二十分ほど前に本人の社員証で入った記録があるので間違いないかと……どうして? お知り合いですか?」

「いえ、何でもないわ。ありがとう」


 上月が人質に……。さらに厄介なことになった。

 ただでさえ慎重に慎重を期さなければならないのに、これでは私情が絡んで冷静な判断が下せなくなる危険がある。

 かと言って他の人間に代わってもらう訳にもいかない。


「内部の様子はわからないの?」

「はい、その……犯人は建物内の防犯カメラを全てハッキングして見えなくしているようで」

「そう、ただの悪党にしては手が込んでるわね……」


 インターネット上にはオープンソースのセキュリティチェック用アプリが広く出回っていて、非常に高性能なものの中にはハッキング用に転用可能なものも存在する。それを使用すればハッカーのスキルを持たないゴロツキでも、簡単にサイバー攻撃を行えるようになっている。

 他人が作ったハッキングソフトで攻撃を試みる者は、本職のハッカーからは軽蔑の対象になっており、そういった者達を“スクリプトキディ”という蔑称で呼ぶこともある。

 恐らくこの連中もそういった類の人間だろう。

 ただ厄介さで言えば、普通のハッカーと変わらないのがスクリプトキディの恐ろしいところだ。


「ただ今、昆虫型のドローンを使って内部を偵察させています」

「それと3Dレーザースキャナも用意して。それである程度は犯人と人質の位置を割り出せるでしょう」

「わかりました」


 マリーがいなくなると、男性職員が立ち上がってアイリを呼んだ。


「諸星隊員。今、立てこもり犯のリーダーと名乗る男から電話が掛かってきて、指揮官と話をさせろと言ってきています」

「何ですって?」


 あまりに唐突な展開に、アイリは耳を疑った。


「ただのいたずら電話じゃないの?」

「それが、ニュースでは報道されていないことまで知っているので信憑性は高いかと」

「電話を繋いでくれる?」

「わかりました」


 男性職員は自分が受け取った電話をアイリのニューラル・インターフェースに転送した。


「はい」

『やあ、君が責任者かね?』


 それは若い男性の声。

 音声変換ソフトなどで加工や編集がされていない、生の声だった。

 正体がバレない自信でもあるのか、それともわざと自分の存在をアピールしているのか。


「そちらは?」

『この立てこもり事件の首謀者、とでも言えば良いかな?』

「どうやってそれを信じろって言うの?」

『では今から証拠をお見せしよう。目の前の画面を見たまえ』


 男がそう言った瞬間、ホロディスプレイの映像が切り替わった。両手を後ろ手に縛られた二人の男女が、狭い部屋で床に跪いている様子が映し出される。

 男性の方は眼鏡をかけたビジネスマン風の人物。女性の方はなんと上月だった。

 その両脇にはフルフェイスヘルメットを被った二人の男が銃を携えて立っていた。


「まさか……」


 アイリはこれから起こることを想像して戦慄した。他の職員の何人かも、同じことを考えたようだ。

 それは現実となった。銃を持った男が片方の人質の背後に回ると、後頭部に銃口を押し当てる。

 そして――


「やめなさいっ!」


 アイリの悲痛な叫びも虚しく、次の瞬間には人質の頭が無残にも撃ち抜かれていた。

 司令室に言葉にならない悲鳴があがる。


『これで本当だと信じて頂けたかな?』

「何て奴なの……!」


 湧き上がる怒りを必死に抑えて、アイリは歯ぎしりした。


『自分のせいで殺されたと思っているなら安心したまえ。今のは録画した映像を見せただけだ。あの人質はすでに死んでいたんだよ』


 つまり自分がボスだと証明する為だけに予め人質を殺害した訳か。狂っている。

 しかしこの男には周到な計画性が感じられる。ただの強盗集団ではないことはわかっていたが、察するにこの男が背後で操っていたのだろう。


『こちらの要求を言おう、今から一時間以内に私が指定する場所に“ある人物”を連れて来るんだ。もし言う通りにしなければ残る人質全員が同じ道を辿ることになる』

「その人物を連れて来てどうするつもり?」


 男はそこで一拍置いてから神妙な口調で言った。


『遠回しな言い方は好きではないから単刀直入に言おう、殺すつもりだ!』

「ッ!?」


 アイリは息を呑んだ。


『何を驚いているんだ。少数の犠牲で大勢の命が助かるんだ、極めて合理的だろう?』

「そんな無茶苦茶な要求が呑めるとでも思ってるの?」

『呑めなければ人質が死ぬだけだ。さあどうする?』

「…………」


 これは究極の選択だ。言う通りにしてもしなくても人が死ぬ。センチネルとしては、人質を見殺しにしたという批判は何としても避けたいが、その為に他の人間の命を犠牲にすることも出来ない。

 アイリが何も答えずにいると、男は淡々とした口調で続けた。


『その沈黙は肯定と受け取って良いのかな? 良いならこのまま連れて来る人物の名前を言うが?』


 男がその人物の名前を口にした途端、アイリは驚愕の念を禁じ得なかった。

 それはアイリも良く知っている人物だった。

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