じゃあウチ来る?
「……それで、大丈夫だったの?」
「ん?」
翌日の学校の放課後、プリヤにコンピュータルームの整理を指示されて備品を片付けていると、手伝ってくれていたルナがそう訊ねてきた。
爆弾被害に遭った直後の生徒をこき使うとは、血も涙もない教師である。
ここにはVRヘッドセットやロボットアーム、PCの周辺機器などが保管されている。
「家が爆発したって聞いたけど」
「あ、うん。偶々外にいたおかげでどうにか無傷で済んだよ」
海斗はルナを心配させまいと、わざと嘘をついた。
昨夜、家にいた海斗は加速装置を起動して何とか爆発する直前に外に脱出してことなきを得た。
とはいえ部屋は全焼、海斗の私物もほぼ全滅した。後に残されたのは無惨な残骸のみ。
ただ不幸中の幸いだったのは、貴重品などは金庫に保管していたので無傷で済んだことだ。
日用品などはまた買い直せば良い。その為の資金も十分にあるのだから。
隣室の住民には被害は出なかった。恐らくそうなるよう爆薬の量を調整したのだろう。
犯人の心当たりについてセンチネルから根掘り葉掘り聴取を受けたが、知らぬ存ぜぬで通した。
正直に話せば自分の正体がバレる恐れがあるからだ。
他にも良く爆発する前に避難出来たな、とか何故事前に気づいたのか、とか良くわからない質問をされた。
どうやら海斗が自分で爆弾を仕掛けたのでは、と疑っているらしい。保険にも入っていないのにそんなことする訳ないだろ、と突っ込んでやったが、疑いの目が完全に消えることはなかった。
まあしかしそれは大した問題ではない。
それよりも厄介なのは、これで住む場所がなくなってしまったことだ。
こればかりは、すぐに代わりが見つかるようなものではない。
とりあえず当面はホテルに泊まるが、今日から良さそうな物件を探さなければならない。
昨夜の一件はすでに生徒達にも知れ渡っていた。中でもルナは相当ショックを受けた様子だった。
何とか無傷であることを強調して幾分か安心したようだが、先ほどから事件の詳細を執拗に訊ねてくる。
「それにしても誰がそんなことを……」
「さあ、ただの愉快犯じゃない? 世間の注目を浴びたくて無差別に狙ったとか」
「そんなの許せないわね」
「ま、まあ命があるだけマシだよ」
もちろん愉快犯というのも噓だ。
本当のことを言いたい気持ちはあるが、彼女を危険に巻き込む訳にはいかないので言えない。
最初は彼女を騙すことに後ろめたさを覚えていたが、最近は何も感じなくなっている自分がいる。慣れというのは恐ろしい。
「今はどこに泊まってるの?」
「近所のカプセルホテル。結構便利だよ、学校に近いから移動が楽で済むしね。けど参ったよ。今、新しい家を探してるんだけど、中々良い物件が見つからなくてさ。こうなったら学生寮にでも住もうかな」
「そう……」
これは本当のことだった。
サイバーマトリックス社から貰った慰謝料のおかげで金には困らないものの、海斗の求める条件が厳し過ぎて中々希望に見合った家が見つからない。
学校に近く、一人暮らしに適していて、それなりの広さのある家、全ての理想に合致する物件なんて、そうあるはずがない。
まだ初日なので根気良く探せば、一つくらいはあると思うのだが。
ルナは何やら考え込むような素振りを見せていたが、何やら決意を固めたような目つきになると、いきなり耳を疑うようなことを言い出した。
「じゃあウチ来る?」
一瞬、聞き違いかと思った。
あまりに突拍子もない提案に、一時的に思考が機能停止に陥る。
「……い、今何て言った?」
「だからウチで暮らさないかって言ってるの。新しい家が見つかるまでずっとホテル暮らしって訳にもいかないでしょう?」
思わず持っていたVRヘッドセットを取り落としそうになる。
「ほ、本気で言ってるの?」
「何驚いてるのよ。昔は良く泊まりに来てたじゃない」
「そりゃ確かに子供の頃はそうだったけど……」
確かに育ての親が仕事で忙しい時は、良くルナの家に預けられることがあった。
さらに保護者が亡くなってからしばらくは、ほとんど居候のような状態だった。
あの頃はお互いに異性というものをあまり意識していなかったが、今考えると割と大胆なことをしていた。同じベッドで寝たり、一緒に風呂に入ったり……。
だがそれも小学生までの話だ。今はもう二人共十分に成長した。特にルナは信じられないくらい美人になった。外を歩けば誰もが振り返る美貌、高校生離れした抜群のスタイル。
今だってこうして話していると、自然と視線が下の方に吸い寄せられそうになる。
……いや、いかんいかん。
「でででも、いつ見つかるかわからないし、そんなに長い間お世話になる訳にも……」
「私はいつまで居ても構わないけど、さっきから何慌ててるのよ?」
「まさか、全然慌ててなんかないよ。いつもと同じ至って冷静だし。この会話も凄く自然な感じだよね?」
ちょっと動揺し過ぎて自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
必死で冷静さを装おうとすればするほど、返って言動が不自然になる。
「何、私の家がそんなに嫌なの?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「じゃあ決まりね」
「う、うん……」
思わず頷いてしまったが、とんでもないことになってしまった。
幼馴染とはいえ学校随一の美少女の家に泊まることになるなんて、こんなこと他の生徒に知られたら大惨事になる。
なるべく登下校の時を時間をズラすなどしてバレないように工夫しないと。
それにしても年頃の男子を平気で自宅に泊めようとするとは、ルナは自分のことを異性として認識していないのだろうか。
何だか子供扱いされているようで少し寂しい気分になる。
何はともあれこれで当面の宿の問題は解消された。
残る懸念事項は、爆弾犯の正体だった。
かかってきた電話から相手の位置情報を掴めないかと思い、プリスに相談してみたが、回線がスクランブル処理されており、位置を探るのは困難だと言われた。
そこで海斗はある人物に協力を頼もうと思った。
『やあ、話は聞いたよ。大変な目に遭ったみたいだね』
整理が完了した後、上月に連絡を入れると、開口一番にそんな慰めの言葉を貰った。
「ええ、まあそうなんですよ」
『それで、今日はどういったご用件かな? 宿を提供して欲しいなら力になるけど、今度は壊さないでくれると嬉しいな』
以前、クルーガーに無実の罪を着せられ、彼女の別荘に匿って貰った時に、敵のバイオロイドとの戦闘で滅茶苦茶に破壊してしまったことを根に持っているようだ。
「ご心配なく、別にそのことで電話した訳じゃないですから」
『じゃあ何のことで?』
「実は俺の家を爆破した犯人のことで訊きたいことがあるんですが……」
『何か心当たりがあるのか? しかしそういうのはセンチネルに話した方が良いんじゃないか』
「犯人がサイバーマトリックスの関係者だったとしてもですか?」
『……何?』
上月の声が若干大きくなる。
『確かか?』
「社員か元社員かはわかんないですけど、サイバーマトリックスにいたことはほぼ間違いないと思いますよ。俺の正体を知ってたし、あの会社で造られた強化外骨格を持ってたし」
『なるほど、それなら十分にその可能性はあるな』
上月は顎に手を置いて考える仕草をする。
「ちなみにこれが犯人と思われる男の写真です」
そう言って海斗は昨夜、廃工場で撮影した甲冑男の写真を送信した。上月の反応は概ね予想通りのものだった。
『……本当にこれがその男の写真なのか?』
「ハロウィンの仮装コスチュームみたいでしょ。でも残念ながら本物なんですよ」
彼女が疑うのも無理はない。海斗も最初は驚いた。騎士の甲冑の形をした強化外骨格なんて聞いたこともない。
『まあ確かにデザインはともかく、手足の構造なんかはウチで製造しているものと良く似ているね』
と、意外にも真面目な考察が返ってきた。
『わかった調べてみよう。何かわかったら連絡する』
「どうも。にしても元社員が強盗団のボスになるなんて、おたくの会社のガバナンスはどうなってるんですか?」
海斗は肩をすくめながら言った。
世界的な大企業ともなれば、何かしらの腐敗を抱えていても不思議ではないが、サイバーマトリックス社のそれは少々常軌を逸している気がする。
『それは私には何とも……まあ、あまりまともじゃないのは確かだね』
「でしょうね」
『でも良いところも沢山あるんだよ』
「俺を殺そうとした人間が二人もいるのに?」
『そのことなんだが、実を言うと君のサイバーウェアを造ったのはクルーガーじゃないんだ』
「え、どういうことです?」
海斗は首を捻った。
『プロジェクトの雛形自体はずいぶん前からあったみたいでね。一人の人間に陣地を超えた力を与える計画、通称“ポストヒューマンプロジェクト”。当初は倫理的な問題とかでお蔵入りになったらしいんだが、そこにクルーガーが目をつけて復活させたというわけさ』
「はあ……」
『色々と謎の多い計画でね。私も詳しいことはわからない。そもそもクルーガー程度の男にあんな高度なサイバーウェアを開発するなんて出来る訳ないんだ』
酷い言いようである。普段から上月がクルーガーに対してどのような印象を抱いていたのか良くわかる。
「じゃあその計画に関わった人間が爆弾犯かもしれないってことですか?」
『あくまで可能性の話だけどね。それに関連してもう一つ君に説明しておきたいことがあるんだ。ウチの会社は三つの派閥に別れていてね』
「派閥?」
『そう、良くある社内政治ってやつさ。自分の政策を推し進める為に徒党を組んで裏工作をする。何ともありがちな話だけどね』
上月は少し間を置いて話を続けた。
『まず一つは今の主流派。多少、道徳的に問題があっても会社の利益を最優先しようとする勢力。もう一つは改革派。倫理観や人権を重視して兵器開発の廃止、危険な研究の中止を訴える勢力。そして最後の一つは強硬派。こっちは主流派よりさらに過激で、時には人命を無視してでも非人道的な研究を推進する勢力。クルーガーもこの派閥に属していた。他の二つの派閥と比べるとかなり少数派だけど、主流派でも無視出来ないほどの影響力を持っている』
「前の二つはともかく、最後のは明らかに企業として駄目でしょ……」
『まあその通りなんだけどね、連中には常識というものが通用しないんだよ。クルーガーが死んで以降は著しく力を失って、中には閑職に追いやられた者もいるから、爆弾犯がウチの社員だったら強硬派の一人である可能性が最も高いと思う』
そういえばクルーガーの事件が明るみになった時、SNSでサイバーマトリックス社の社員と思われるアカウントがクルーガーを擁護するような書き込みをして炎上するといった出来事があった。
あれもその強硬派とやらの仕業だったのだろうか。
「ちなみに上月さんはどこに所属してるんですか?」
『私はどこにも属してないよ。慣れ合いは苦手でね』
「確かに友達少なそうですもんね……」
『……何か言ったかな?』
「いえ別に」
ひっそりと漏らした呟きに、上月が反応したので慌てて誤魔化す。
それにしても派閥か。
海斗も話には聞いたことがある。単なる都市伝説かと思っていたが、実在していたとは興味深い。
『何にせよ、もしこれが強硬派の仕業だとしたら注意した方が良い。奴らは目的の為なら手段を選ばない。もしかすると君の周りの人間にも危害が及ぶかもしれない』
「……ええ、ちょっと冗談でしょ」
君の周りの人達。それを聞いて、海斗は漠然とした不安と焦燥に駆られた。
自分が狙われるのは構わない。だが親しい人まで巻き込んでしまうのは、何としても避けたいことだった。
やはりつい先ほどルナの家に泊まる約束を交わしたのは軽率だったかもしれない。今更ながらそう思い始めた。
今からでも断ろうかと思ったが、こうなった以上、むしろ傍にいて守る方が安全な気もする。
「何とかならないんですか?」
『そうだな。出来る限り私の方でも連中を見張っておこう。もし不穏な動きをすれば、すぐ君に報告する』
「お願いします」
『それと、念の為プリスにも護衛を頼んでおいた方が良いかもね。ああ見えて彼女は戦闘用バイオロイドにも引けを取らない力を持っているんだ。万が一の時は助けになってくれるはずだよ』
「そうなんですか」
それは初耳だ。
彼女とはサイバーウェアの整備と点検の為に何度も直接会っているが、そのようなことを耳にしたことはない。
今度じっくり話をした方が良いかもしれない。
『何にせよ、用心することだ浅宮君。敵はいつどこから襲って来るかわからないんだからね』
「……そうですね」
敵は案外近くにいるかもしれない。
通話を終えてフェードアウトする上月の顔を見ながら、海斗はそう思った。




