思いやりの欠片もない職場だねえ
法定速度を超えたスピードで、ワゴン車が次々と先頭車両を追い越していく。海斗はパルクールでビルの上を移動しながら車を追跡した。
十分な距離まで接近したと見て取るや、思い切って車のルーフに飛び乗った。
「うわっ! な、何だ!?」
男が驚愕の声をあげる。海斗は身を乗り出してフロントガラスを覗き込んだ。
『やっほー♪』
「ワァ!」
まるで幽霊でも見たように戦慄する男。驚きのあまり一瞬ハンドル操作が乱れて車が横転しそうになる。
「て、テメー何してんだ、降りやがれ!」
『まあまあ、そんなこと言わずにさあ、旅は道連れって言うし一緒に連れてってよ、刑務所まで』
「ざっけんな!」
男は曲がり角を鋭く急カーブし、必死に振り落とそうとする。だが壁や天井にも張りつくことの出来る海斗にはまるで効果がない。
『ねえ立ち話もアレだし、ちょっとそこの喫茶店でお茶でもしない? 凄く美味しいシフォンケーキ出す店知ってるんだけど』
「うるっせえ!」
『口悪いね君』
余裕綽々の様子で車体の横に回り、運転席側のドアを開けようとする。
直後、背後から銃声が鳴り響いて海斗のすぐ近くに着弾した。
銃声が聞こえた方へ視線を向けると、モノホイールバイクに乗った男が二人、物凄い速度で追い上げて来るのが視界に入る。車の男と同じフルフェイスヘルメット。
なるほど、男の仲間か。恐らくセンチネルが追跡してきた時に、妨害する役割を担っているのだろう。
バイクの男二人は巧みな運転技術で距離を詰めてくる。先にこちらを片づけた方が良さそうだ。
海斗はいとも簡単にモノホイールバイクに飛び移り、男の脇腹を蹴り飛ばした。
『免許証拝見しまーす』
「ぐわっ!」
バイクのシートから放り出され、地面に叩きつけられる男。そのまま迅速にもう一方のバイクに飛び移る。
「このクソ野郎、離しやがれ! おーい、助けてくれぇ!」
バイクの男はワゴン車の男に助けを求める。ところが――
「それよりももっと良い物をくれてやるよ!」
あろうことかワゴン車の男は、仲間が乗るバイクのタイヤを躊躇なく銃で撃ち抜いてパンクさせた。
バランスを崩したバイクは激しい音を立てて地面を転がり、何度もバウンドして停止した。
『……まったく思いやりの欠片もない職場だねえ』
バイクが横転する前に、男の襟首を掴んで共に脱出した海斗は呟いた。
もちろんその後、反抗されないよう男の頭部に拳骨を落として気絶させるのも忘れない。
すぐにワゴン車を追いかけても良いが、このまま泳がせた方が得策だろう。
恐らく連中は巷を騒がせている強盗集団だと思われる。ならば敵の本拠地に辿り着くまでこっそり尾行すれば一網打尽に出来る。
本拠地がわかれば、後はセンチネルに通報して煮るなり焼くなり好きにして貰えば良い。
漆黒の暗闇に包まれた廃工場の中で、二人の男が小声で会話を交わしていた。
工場内は鉄の錆びた臭いが充満し、巨大なパイプや排気ダクトが複雑に入り組んでいた。
奇妙なことに、二人はどちらも金属の装甲に覆われた強化外骨格を着用しており、特に片方の男が身に纏ったスーツに至っては、異様の塊としか言いようのない外観だった。
まるで中世ヨーロッパの騎士を彷彿させる甲冑のような時代錯誤的な意匠。鎧の継ぎ目に内蔵された発光デバイスが赤紫色の光を灯していなければ、単なる騎士のコスプレとしか思えなかったろう。
さらに腰にはこれまた刃渡り一メートル超のロングソードを帯剣している。
二人は部屋の中央にある机を間に挟み、机上に表示されたメガトーキョーの3Dマップを食い入るように眺めていた。
『イプシロン地区のチームの到着が遅いがどうなっている?』
甲冑姿の男の電子的な声が工場内にこだまする。
『問題ない。もうすぐ来るはずだ』
もう一人の男が楽観的な意見を言う。
こちらのスーツはオーソドックスな強化外骨格と同様、先進性と機能性を兼ね備えた洗練されたデザインとなっている。
『これ以上は待てない。連中を雇ったのは貴様だぞ。あと五分以内に来なければ置き去りにするからな』
『……なあ詮索する訳じゃないが何でわざわざ現金を狙うんだ? もっと効率的なやり方があると思うんだが』
甲冑男に金で雇われて、指定した店舗の現金を奪えと指示されたのは今からおよそ二週間前のこと。そこから顔見知りのギャングや、SNSで知り合った人間を勧誘して次々と犯行を繰り返した。
強盗団が持っている銃器や、男が身につけている強化外骨格もこの甲冑男が用意した物だ。
結果的に計画は概ね上手くいっていたが、この方法が本当に効率的なのか疑問を抱き始めていた。
『お前が知る必要はない。お前達はただ黙って私の言うことに従っていれば良いんだ』
甲冑男が尊大に言う。人に命令することに手慣れた口調だった。
その時、車が表に男が停まる音がして、数秒後に海斗から逃げ出した男が飛び込んできた。
『遅いぞ。他の仲間はどうした?』
「全員やられた! い、いきなりグリッドランナーが現れてっ!」
『何だと?』
微かに甲冑男の声音に動揺が滲む。
『馬鹿が、お前ら何をモタモタしてた? 通報される前にさっさと逃げろと言っただろ!』
「そんなんじゃねえ。何でか知らねえが店に入ったら奴がいたんだよ!」
リーダーの男が責め立てるのを必死で弁解しようとする。しかし甲冑男がゆっくりと近づいて冷たく言い放った。
『……それで、お前は仲間を見捨てて逃げ帰って来た訳か?』
「し、仕方がなかったんだ! あのクソ野郎に追われて――」
『彼の言ってることは本当だよ』
突然、何者かが男の言葉を遮った。男達は一斉にその招かれざる客を探した。
すると二階のキャットウォークにグリッドランナーが腰かけているのを発見した。
『パーティーやるって言うから来たけんだど、何これ仮装パーティー? 飛び入り参加だけど俺も混ぜてくれない?』
「な、グリッドランナー! どうしてここに?」
『親切な誰かさんが案内してくれたんだよ。本人は気づいてないかもしれないけどね』
「……あ」
表情が見えないので断言は出来ないが、フルフェイスヘルメットの男は啞然とした様子で立ち尽くしていた。
ようやく本拠地に辿り着いたと思いきや、たった三人しかいないので海斗は少し拍子抜けした。
他の者は出払っているのか。
最初はセンチネルに任せる予定だったが、これほど少人数なら自分だけでも対処可能だろうと判断した。
それにしても何とも変わった格好をした集団だ。自分も他人のことは言えないが。
特にあの甲冑姿の男。先ほどから微動だにしないでこちらだけをジッと注視している。
自分を知っているのか。前にどこかで会ったことがあるのか。いや、間違ってもこんな変質者には見覚えがない。
まあSNSを見ている者なら、自分のことは嫌というほど目にするのでそれほど不思議なことではないか。
などと考えていると、甲冑男はおもむろに視線を外して逃げて来た男に向き直った。
『尾けられたのか?』
「いやその……」
男が何か言い訳しようと口を開きかけた途端、その胸に甲冑男のロングソードが深々と突き刺さった。
男は心臓を刺し貫かれて完全に即死だった。
――あっ!?
まさか仲間を殺すとは思わなかった。一瞬の出来事に、海斗は何も出来ず呆気に取られていた。
『まったく無能な味方は敵より厄介とは良く言ったものだな……』
甲冑男はこともなげに剣を鞘に収めながら吐き捨てるように言った。
『おめでとう。これで分け前が増えたな』
そう言われて、リーダーの男はしかし全く動じる素振りを見せなかった。殺された男も仲間を見捨てて自分だけ逃げていたが、この連中は一体どういう集団なのだ。
海斗は下に飛び降りて男達と向かい合った。
『何でだ? そいつは仲間じゃなかったのか?』
海斗の問いかけに、甲冑男は無言の一瞥を返すだけで、この場を立ち去ろうとした。去り際にリーダーの男にこう言って出口へと歩き始める。
『足止めしろ』
『了解。追加料金は頂くぜ』
リーダーの男が海斗の前に立ちはだかるようにして身構えた。
ということはあの甲冑男がボスなのか。
甲冑男が出口から姿を消すのを見て取るや、リーダーの男が素早く動き出した。
右腕に装着したガントレットからレーザーを発射する。速やかに跳躍した海斗がさっきまで立っていた場所を、激しい爆発と光が閃く。
男は人知を超えたパワーとスピードで鋭い攻撃を繰り出してくる。
サイバーウェアとは違い、強化外骨格は法律によって民間向けの販売を厳しく規制されている。現在は軍と治安機関向けにしか製造されていない。ましてや強盗団などに簡単に入手出来る代物ではない。
それを持っているということは、どうやらこの連中はただの強盗ではなさそうだ。
『ボスの言うことにホイホイ従ってて良いの? さっきの男みたいに殺されても知らないよ』
『どうかな、俺は金さえ貰えればそれで良いんだよ!』
『……知らないなら教えてあげるけど、お金で命は買えないんだよ。参考になったでしょ』
男は正確無比な動きでレーザーを照射する。海斗は連続宙返りで巧みにそれを回避する。
レーザーは光と同じ速度で飛んでくる。発射されてから回避したのでは間に合わない。つまり、発射される前に射線上から外れていなければならない。
相手の攻撃は激しさを増していき、工場内には火の手が上がった。
強化外骨格の特徴は、全身の身体能力を隈なく向上させることにある。その性能は部分的に強化するサイボーグと比較すると大きな差があり、その証拠に相手はこちらの拳や蹴り技を難なく避けている。
『馬鹿め、そんな攻撃が当たるかよ! このスーツはヨーロッパの特殊部隊でも使われている優れモノだ!』
『へえ、それじゃあちょっと試してみよっか?』
何を思ったのか海斗は急に攻撃を止めると、男の方へ無造作に近づいた。
『……テメー、何のつもりだ?』
『良いから一発当ててみてごらんよ。そのスーツの強さとやらがどれくらいかテストしてあげるからさ』
そう言ってやれるものならやってみろと言わんばかりに両手を広げる海斗。
何かの罠か? 男は少し躊躇したが、単に自信過剰になっているだけだと判断し、最終的に挑発に乗ることにした。
『舐めやがって……だったらお望み通り丸焦げにしてやるぜ!』
容赦なくレーザーを照射する。海斗は顔面の前で両腕を交差させ、防御態勢を取った。
右手のガントレットから迸った深紅の光線が、ちょうど交差した腕の中心部に直撃した。爆炎が海斗を覆い尽くす。
濛々たる黒煙の中、姿を現した海斗はしかし全くの無傷で、レーザーが直撃した時の体勢のままで佇んでいた。
『いないいなーい……バアッ!』
『ぐあっ!』
『バアッ!』と言った瞬間、海斗は強く地面を蹴りあげ、男の鳩尾に肘鉄を打ち込んだ。
『そ、そんな馬鹿な! 俺のレーザーが効かないなんて……』
『ちょっと痛かったよ? 小学生のデコピンを食らった時くらいの痛さかな』
確かに何度も食らえば痛手は免れなかったろう。だが一発程度なら耐えるのはさほど難しいことではない。
そして相手が油断したところに反撃を加える――作戦は見事に成功した。
遊んでいる暇はない。出来ることなら先ほど逃げた甲冑男も捕まえたい。その為には迅速にこのリーダーの男を倒さなければ。
このまま一気に畳みかけようと思ったところで、男がいきなり情けない声を出して跪いた。
『ま、待ってくれ! 俺が悪かった、降参する!』
『へっ?』
予想外の展開に、思わず拍子抜けした気分になる。
『俺はさっき出て行ったあの男に金で雇われただけなんだ。悪いのは全部あいつだ!』
『その割には仲間がやられてもえらく冷たい態度だったね?』
『あ、アイツは仲間じゃない。あの男に強盗団のメンバーを集めろって言われてSNSで知り合っただけの関係だ。メンバーの中には顔さえ知らない奴だっている』
SNSで知り合った相手と犯罪を企てるというのは割と良く聞く話である。
そういえばネットのニュースでも、センチネルが逮捕した強盗団のメンバーは口を揃えて他の仲間についてはほとんど知らないと答えている、と報じられていた。
そう考えると、男達の仲間意識が驚くほど薄いのも辻褄は合うが。
『本当だ、信じてくれ!』
『うーむ……』
どうするか決めかねた海斗は、胸の前で腕組みをしてしばし考え込んだ。
ところがその直後――
『馬鹿め、あっさりと引っ掛かりやがって!』
男がいきなり豹変して、どこからともなく取り出した手榴弾のピンを引き抜き、こちらに投擲した。
宙を舞った手榴弾は、緩やかな軌道を描いて海斗の目の前で爆発した。
粉塵が辺り一帯に舞い上がる。
『ハハハッ、どうだ手榴弾の破壊力は? こいつはレーザーとは比べ物にならない威力だぜ。……ククク、おめでたい野郎だ。まさかそのお人好しな性格が命取りになるとはな!』
などと勝ち誇っていると何者かに後ろから頭をツンツンと突かれた。
『だーれだ?』
『うわっ!』
そこには爆発に飲み込まれたはずの海斗が立っていた。
『あんな見え見えの噓に引っかかると思ったワケ? 君、一から演技のレッスン受け直した方が良いんじゃない?』
悪人が降参するふりをして、不意打ちを食らわせようとする。漫画や映画などで何百回と使い古されてきた定番だ。
ヘルメットで顔を隠しているので、両目に内蔵された噓発見器は役に立たなかったが、そんなものを使うまでもない。
とはいえ、どのタイミングで不意打ちが来るのかを予測するのは難しい。
だから海斗は、男がおかしな動きを見せたらすぐに対処出来るよう常に身構えていた。手榴弾が爆発する寸前、加速装置を起動して男の背後に回り込めたのもそのおかげである。
『急いでるんで失礼するよ』
海斗は男の足元にプラズマ砲を撃った。すかさず上空に飛び上がる男を空中で捕まえ、プロレスで言う脳天砕きの要領で、頭から地面に叩きつける。
『ぐおっ!』
地面に大きな穴が穿たれ、男は昏倒した。完全に意識を失ったことを確認すると、海斗は殺された男の遺体から学生証を取り戻し、甲冑男を追って外に出た。
死体から物を漁るのはあまり気持ちの良いものではないが、元々自分の物だし留年を防ぐ為には仕方ない。
しかし周囲を見渡しても甲冑男の姿はどこにも見当たらなかった。どの方向に逃げたのかも見当がつかない。
『参ったな、見失っちゃったか……』
間を置かずしてセンチネルのサイレン音が接近して来るのが聞こえた。
通報を受けてセンチネルが到着したようだ。運が良ければ彼らが甲冑男を見つけてくれるかもしれない。
『……まあいいか。あとはプロに任せよう』
海斗は光学迷彩を起動してその場から退散した。
帰宅すると早速夕食の支度に取り掛かった。
フード3Dプリンターを起動してビーフシチューが出来上がるのを待つ間、海斗はあの甲冑男のことが気になって仕方がなかった。あの男は果たして何者だったのだろう。
そもそも格好からしておかしかった。
騎士の甲冑を身に纏った男が強盗団を率いる。
まるで中世ヨーロッパに存在したとされる強盗騎士そのものではないか。
単にそういうコスプレが好きなだけか、それとも何か理由があるのか。
そういえばリーダーの男が着ていた強化外骨格、あれはサイバーマトリックス社が製造しているものだ。
またあの会社が関わっているのか。まったく事あるごとに面倒を起こす会社だ。
そうやってしばらく考えていると、料理の完成を知らせるアラーム音が鳴った。蓋を開けると出来立てのビーフシチューのまろやかな香りがじんわりと鼻腔に広がる。
スプーンを手に取って早速食べようとした時――
玄関の呼び鈴がなった。
何とも間の悪い……。
『こんにちはー、オラクル運輸です。お届け物があります』
はて、ECサイトで何かを注文した覚えはないが。贈り物を送ってくる友人も彼にはいない。
郵便を受け取ったが、差出人は書かれていなかった。しかし宛名には確かに浅宮海斗とある。
しばし躊躇した後、海斗は開封することを決意した。
変なものが仕込まれていないか警戒しつつ、ラッピングを解いて中から出てきたのは――小さな熊のぬいぐるみだった。
どこにでも売っている、完全に子供向けの商品だ。呪いの人形といった類のものでもない。
ただの悪趣味ないたずらか。一体誰がこんなものを送りつけてきたのだろう。
そんなことを考えていると、ふいに脳内のニューラル・インターフェースが、電話の着信を知らせるアラームを鳴り響かせた。
発信者は不明だった。
「はい」
『……やあ、プレゼントは気に入ってくれたかな?』
聞き覚えのない男性の声が耳小骨を震わせる。
プレゼント? ということはこの熊のぬいぐるみの送り主はこの男なのか。
「どちら様?」
『なあに、君にちょっとした借りがある者だよ』
「借りって……自分は誰かに借りを作るような覚えはありませんけど?」
『とぼける必要はない。つい先ほど私の計画を台無しにしてくれたじゃないか』
「計画?」
今夜起きた出来事で、海斗が邪魔したことはただ一つ。この推測が正しければ電話の相手は一人しか考えられない。だがそれは現実的に考えて、通常ではあり得ない人物だった。
……甲冑男。
いやまさか、どんな魔法を使えば強盗団のボスが自分の電話番号と住所を調べられるのだ。
ただのイタズラ電話に違いない。海斗は無理にでもそう思い込もうとした。
「あのー失礼ですが人違いじゃないですか?」
『いいや、それはあり得ないよ浅宮海斗君。それともこう呼んだ方が良いかな? “グリッドランナー”と……』
「――ッ!?」
そう言われて、ビーフシチューを食べようとしていた手が止まる。自分の正体を知っている。何故? 相手は一体何者なのだ。
電話越しに海斗の動揺を悟ったのか、相手が低い笑い声を漏らして言った。
『ククク……驚いているようだね。私は君のことをよーく知っているのだよ』
「……アンタ誰だ?」
『それはいずれわかる。その時が来ればね……』
相手は思わせぶりに囁く。
どうして正体を知っているのか、理由を色々と勘案してみたが、ある一つの可能性に思い当たった。
サイバーマトリックス社だ。あの会社の社員ならば自分の正体を知っている人間がいても不思議ではない。
強盗団のボスが社員とは、サイバーマトリックス社はクルーガー以外にも多くの問題を抱えているようだ。
「どこのどなたかは存じませんが、イタズラ電話なら他所でやってくれます? これから飯の時間なんで」
『ほう、今夜の晩餐はビーフシチューかい? 中々美味しそうじゃないか』
「…………」
一瞬、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。見られている。どこから?
この部屋の窓は特殊素材で、カーテンを開放しても外側からは見えない仕様になっている。
自分の留守中に忍び込んで監視カメラでも仕掛けたのか。いや、それよりも可能性があるとすれば――
海斗は恐る恐る熊のぬいぐるみを見た。このぬいぐるみが届いてから電話がかかってきたのだ。
手を伸ばして隈なく調べてみると、目の部分がカメラなっていることに気づいた。
思わず背筋に寒気が走った
「……どうしてこんなことをする?」
『言ったはずだよ。君に大きな借りがあるとね。君のせいで人生を台無しにされたんだ。代償を払って貰おう』
“借り”とは要するに恨みのことを指すようだ。つまるところ復讐か。
以前、上月が言っていたクルーガーの信奉者なのか。だとしたら海斗に恨みを抱いているのも説明がつく。
「アンタちょっとおかしいんじゃないの? 俺に恨みを持つより病院に行った方が良いと思うけど」
『残念ながらそうはいかない。計画はもう動き出したんだ。今更止めることは出来ないんだよ』
動き出している――何とも含みのある言い方だ。
『そうそう、実はもう一つプレゼントがあるんだ。箱の中を良く見てみたまえ』
「?」
海斗は怪訝に思いながらも、ダンボールの中を覗き込んだ。
『一つ言っておく。これはちょっとした宣戦布告だ。いずれ君の前に現れて私が受けた屈辱を数倍にして返してやる。覚悟しておくと良い』
緩衝材を全て取り出すと、底に何かが隠れているのを発見した。
金属製の細長いパイプが四本、ビニールテープでまとめられている。先端には赤や青い配線が伸びていて、その先に赤いタイマーのようなものが繋がれている。タイマーは今も一秒毎にその数字を縮めている。
映画などでしか見たことがないが、これは間違いなく手製の時限爆弾だ。
時を刻む赤い数字は、もうすでに二秒のところまでカウントしていた。
それがゼロになった途端、凄まじい轟音と衝撃が室内を包み込んだ。




