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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
27/63

運命の出会いって感じがするんだよねー

 あれから一週間。

 メガトーキョーは完全に普段の平穏を取り戻していた。

 マンスローターによるテロを食い止めたHIKARIとグリッドランナーは、一躍英雄のような扱いを受けた。

 連日ネットのニュースで取り上げられ、HIKARIのフォロワー数も爆上がりで、たった数日で百万人近くの登録者が増えた。

 海外メディアからインタビューを受けることもあった。

 マンスローターは無事に逮捕された。あの状況の中でも生きていたとは驚きだが、さすがに逃げられなかったようだ。全身のサイバーウェアは取り外され、何の能力も持たない民生用の義肢に置き換えられた。

 もう悪事を働くことは出来なくなった訳だ。

 サイバーマトリックス社は今回の事件で世間から激しいバッシングを浴びた。

 株価は一時的に急落し、不買運動まで起きる始末。ただそれも時間が経つに連れて次第に下火になっていった。

 やはり巨大企業は多少の不祥事ではビクともしないようだ。一番の元凶がお咎めなしというのは、何とも釈然としない幕引きである。

 それともう一つ、事件の翌日にセンチネルのメガトーキョー支部長がサイモン・クルーガーの共犯で逮捕されたというニュースが流れた。

 顔写真を確認するとなんとマンスローターを捕まえようとした時にこちらを撃ってきた男ではないか。

 これでようやく全ての謎は解けた。あの時、撃ったのは口封じの為だったのだ。彼が逮捕されたことにより、もうセンチネルは自分を殺そうとすることはなくなるだろう。多分。

 支部長が逮捕されたのと、マンスローターのテロで目立った活躍が出来なかったことから、センチネルにも厳しい視線が注がれた。

 今後、業務改善を行っていくという声明を発表していたがどうなることやら。


「それで、そっちはどんな感じなんですか?」


 サイバーマトリックス社内部の様子が気になった海斗は、学校の帰りに上月に電話で訊ねてみた。


『そうだね。社内は上から下への大騒ぎだよ。今までクルーガーに好き勝手させてきたツケが回ってきたという感じかな』


 そう言っている割には上月の口調は至って冷静である。


『今回のことでクルーガーに賛同していた連中は完全に影響力を失った。これで人命を軽視して軍事研究を進めようとする者も考えを改めるだろう』

「何だか嬉しそうですね」


 海斗は半ば揶揄するように言った。


『そう見える?』

「誤魔化さなくても良いですよ。こうなって一番得するのは上月さんなんじゃないですか? おかげでクルーガーの後釜に座ることが出来たんだし」


 上月は以前からクルーガーの失脚を狙っていた。クルーガー亡き後、彼の後任に就いたのは上月。つまり全て望んだ通りの結果になった訳だ。


『そうかな……まあそうかもしれないな。否定はしないよ』


 意外にも上月はあっさりと認めた。


『でもそれを言うなら君だって一緒じゃないかな。これでもう君を兵器として利用しようとする者はいなくなった訳だから』

「言われてみれば確かに……」

『それに別に死んで欲しかった訳じゃないけど、クルーガーがいなくなったことでこの会社が良い方向に変わりつつあるのは確かだからね。正直、彼はああなって当然のことをしたと思う』


 それは海斗も同意見だった。実際にクルーガーの死を目の当たりにした時は全く何も感じなかった。

 むしろあの男に相応しい最期だとすら思った。


『それともう一つ君の耳に入れておきたいことがあるんだが、実はサイバーマトリックスの中には今回の君の活躍を快く思わない者もいる』

「え、どうしてですか?」

『わかっていると思うが君は我が社が起こした不祥事の証拠なんだ。そんな人物が目立つような行動をすれば内心穏やかでない者もいる』

「ずいぶん勝手な言い分ですね」


 確かにサイバーマトリックス社は事故の隠蔽の為に自分をサイボーグにした。そしてそれを口外しないように契約書にサインまでさせた。

 そんな彼らにとっては自分は腫れ物のような存在なのだろう。


『もちろん素直に感謝している人間もいるよ。もし何百万もの人が死んでいたらそれこそ会社は悲惨な状況になっただろうからね』

「はあ」

『まあウチの会社は色々と複雑なんだ。クルーガーみたいなどうしようもない人間もいれば、それを何とかしたいと思う人間もいる』

「上月さんはどっちなんですか?」

『私? 私はもちろん後者だよ。少なくとも自分ではそう思っている』


 果たしてそれは本当だろうか。海斗には判断しかねる。巨大企業なら色々な気質の人間がいるのはおかしなことではないが。


「俺はこれからどうしたら良いと思いますか?」

『さあ、別にサイバーマトリックスがどう思おうが自由にして良いと思うよ。君の人生なんだし、これからも人助けに精を出すか、それとも普通の学生として生きるか、好きに選ぶと良い』


 正直、海斗は上月のことを完全に信用し切った訳ではなかった。クルーガーほどではないが、どことなく胡散臭い雰囲気があるのは否めない。恐らくまだ隠していることがいくつかあるだろう。

 ただ利害の一致という意味で、こちらの味方なのは確かなようだ。


『気をつけてね。クルーガーは死んだけど、また奴と似たような考えを持った人間が君に目をつけるかもしれない。もし困ったことがあればいつでも力になるから』

「ご忠告どうも」


 そう短く返事すると、海斗は通話を終えて、バス停で自宅へ向かうバスを待っていた。

 横で同じ学校の女子二人が仲良く談笑している。キモがられるのは嫌なので、少し距離を置いてバスを待つ。

 都市を救った英雄にしては惨めな身分だ。

 生徒の間ではグリッドランナーの話題で持ち切りだった。

 彼の外見を取り入れたファッションをする者、真似をしてパルクールをする者、正体は誰なのかと考察する者など様々な人間がいた。

 しかしそれで海斗の学生生活が一変するということもなく、ただいつものように底辺の落ちこぼれと揶揄される毎日が続いた。

 もっとも、本来の彼は確かに底辺の落ちこぼれだったのだが。一月前のあの日、クルーガーに身体を改造され、超人的な力を手にした。それから何だかんだあって、正体を隠して人助けしている内にグリッドランナーと呼ばれるようになり、挙句の果てには百万人の命を救うことになる。何とも非現実的な話だ。

 思えばここ一ヶ月の出来事は全部夢だったような気がする。底辺の自分が見た都合の良い夢。

 もしそうだとしても驚かない。そっちの方があり得そうだ


「はあ……何かもう、どっちが本当の俺かわかんなくなっちゃうな……」


 海斗は無意識の内に呟いた。


「何がわかんなくなっちゃうの?」


 ところがその独り言に答える声があった。


「いや、別に話すほどのことじゃないだけど……」


 ――ん?


 振り返ると何故かそこにヒカリがいた。


「……何でいるの?」

「えへへ、偶々近くを通りかかってね。ちょっとそこまで一緒して良い?」


 ヒカリはにぱーっと笑うと、海斗の了解も取らずに同じバスに乗り込んだ。

 前に学校に来て大騒ぎになったのを忘れたのか。案の定、先に乗り込んでいた二人の女子が「うっそー、あれってHIKARIちゃんじゃなーい?」と大騒ぎしている。


「お姉さんから外出禁止食らってるんじゃないの?」

「うん、だから私がここにいるのは内緒ね」


 ヒカリは人差し指を唇に当てて悪戯っぽく片目を瞑る。


 ――お主も悪よのう。


 海斗は心の中で独りごちた。薄々気づいていたが、どうも彼女はお世辞にも品行方正な性格とは言い難いようだ。


「それよりあれからどうしてた?」

「別に何も変わらないよ。学校では誰も俺のこと知らないから馬鹿にされるし、家では独りぼっちだし。いつも通りの平和な日常」

「えー何それ、あれだけのことをしたのに……皆に正体を話したらどう?」

「駄目だよ。まだサイバーマトリックス社との契約があるから。それにもし公表したら器物破損で訴えられるかもしれないでしょ」


 何ともちっぽけな理由だと自分でも思う。だがそれ以外にも正体を明かしたら明かしたで多くの問題が付きまとってくるはずだ。

 最悪の場合、身近な人間に危害が及ぶ可能性もある。それだけは避けたい。だから正体は極力秘密にしておきたい。


「せっかく大勢の人を助けたのに……。私のチャンネルなんか感謝のコメントでいっぱいだよ。『友達や家族を救ってくれてありがとう』って」

「そっか、良かったね」


 海斗はヒカリに対して少しだけ嫉妬と羨望を感じた。やはり元から顔出しして活動している人はこういう時に強い。

 自分もグリッドランナー名義でインフルエンサーでも始めようかとさえ思った。


「中にはグリッドランナーと私とでチームを結成したら良いんじゃないかってコメントもあったよ。それ悪くないアイデアだと思うんだけど、どう思う?」

「そうね、考えとく」


 海斗は気のない返事をする。

 ヒカリはノリ気なようだが、彼はしばらくグリッドランナーは休業したいと思っていた。いや、ひょっとするともう一生やらないかもしれない。

 本来なら表彰されてもおかしくないことを成し遂げたのに、何の見返りもなし。慈善事業ではないのだからこれ以上苦労をしてまでやる意味を見出せないのである。

 それに正体がバレる心配もなくなる。


「海斗君はもっと誇って良いと思うよ。百万人の命を救うなんて本当に凄いことだもん」

「まあ、それはそうかもね」

「それに、その中で海斗君が一番最初に助けたのが私だってことも何か運命の出会いって感じがするんだよねー」

「そ、そうかな?」


 “運命の出会い”という単語を聞いて、必要以上に反応してしまった。

 確かにあれは運命的と言っても良いかもしれない。思い返せばあの出会いが全ての始まりだった。良い意味でも悪い意味でも。

 サイボーグになって一つだけ良いことがあった。憧れの大人気インフルエンサーとお近づきになれたことだ。

 

「そういえばまだあの日のお礼をしてなかったよね? もし良かったらこれから前に私が言ってたカフェに行かない?」

「ほ、本当に……良いの?」

「うん、海斗君さえ良ければだけど」


 海斗は他に何か予定が入ってないか目まぐるしく頭を働かせて、何もないという結論に至ると決然とした声でこう回答した。


「じゃあ……行こうか」

「うん!」


 その後、海斗は視線を移して粛々と変化する街の景色を車窓から眺めた。自分が救った街の景色を、じっくりとその目に焼きつける為に。

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