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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
26/63

また会おうぜ相棒!

「あ、アイリさん、大変です!」


 突然、コンソールを操作していたマリーが悲痛な叫びをあげた。


「どうしたの?」

「起爆命令が解除出来ません! もうあと三十秒で爆発します!」

「何ですって!?」


 アイリは耳を疑った。


「そんな……一体どうして……?」

「わ、わかりません。突然アンドロイドがこちらの操作を受け付けなくなりました。別の端末で操作されているのかもしれません」


 ――別の端末……?


 それを聞いてアイリは周囲を見渡した。

 すると拘束されているはずのハイタワーが、無人のコンソールの近くで不審な動きをしているのを発見する。

 プリヤや、他の職員がディスプレイの映像に注目している隙を突いて、アンドロイドに指令を送ったのだ。


「アンタよくも……!」


 怒りに我を忘れたアイリはハイタワーの横面を思い切り殴りつけた。

 ハイタワーは口から血を吐いて倒れる。良く見ると血の中に折れた歯が混ざっていた。


「よせ、アイリ!」


 慌ててプリヤ、華怜、菊理の三人がかりでアイリを抑える。


「グフッ……し、仕方がないんだ! 大勢の命を救うにはこうするしか……!」

「アンタにそんなこと言う資格なんかない!」


 元はと言えばこの男がマンスローターを逃がしたせいで、こんなことになっているのだ。そんな奴が綺麗事を言う資格などどこにあろうか。

 慌ててマリーがコンソールに近づいて命令を解除しようとするが重々しい様子でこう呟いた。


「だ、駄目です……もう間に合いません!」


 マリーが目の前のホロディスプレイの映像を切り替えると、爆破される予定の高架線路が映し出された。 

 アイリは凍り付いたように、その光景に見入っていた。




「いい加減にくたばりやがれっ!」


 マンスローターは逆袈裟に鎖を振り上げる。海斗はしかし今度は回避行動を取らない。


『人に頼み事する時は“お願いします”だろっ!』


 裂帛の気合で急接近すると、両手でマンスローターの機械義腕を乱暴に引き千切った。


「ぐぅ……!」


 マンスローターが呻き声をあげて膝をつく。腕の断面から火花と人工血液が飛散する。

 海斗は手に持った機械義腕を窓の外に放り投げた。


『その恰好でまだやる気? 何事も諦めが肝心ってさっき言ったよね?』

「俺は負けねえ……どんな手を使っても絶対にテメーを殺す!」


 言葉では強がりつつも、片腕を失ったマンスローターは著しく戦闘力を低下させていた。

 攻撃には先ほどまでの精彩さはなく、こちらのカウンターを避けるだけの気力も残っていない。膝頭の小銃で狙い撃とうとするも、

 もはや勝負の趨勢は決したも同然だった。


『もう降参しろ。アンタにはもう勝ち目はないって、自分でもわかってるだろ』

「なら殺してみろよ! ここで俺を始末しねえとテメーを殺すまで一生つきまとってやるぞ!」

『悪いけど他人の自殺のお手伝いは請け負ってないんだよ。死にたきゃ“お一人”でドーゾ』


 海斗は冷たく突き放す。これほど痛々しい姿になっても戦意を喪失しないのは、それだけ多くの修羅場を潜り抜けてきた猛者だということか。その姿を見て、改めて油断ならない相手だと思い知る。

 少々弱い者虐めをしているようで気が引けたていたのだが、最後まで気を抜いてはいけない。


「死ねえ!」


 マンスローターの上段回し蹴りを、俊敏な動作で躱し、間髪入れずに振り払われた左腕を、ノコギリ刃に触れないよう掴み取る。直後、引き千切られた腕の断面を突き破るようにして、新たに鋭利な鉤爪の付いた金属の腕が飛び出した。


『――ッ!?』


 禍々しい鉤爪が顔面を引き裂こうとした寸前、手首を鷲掴みにして静止する。

 と、同時にマンスローターの胸元が縦に割れて中から鉄の処女が現れる。


「終わりだあ!」


 両側から迫る無数の鋭利な刃。海斗はしかし僅かに上半身を沈め、冷静に回避に成功する。だけでなく、その時に生じた隙を突いて、直ちに攻撃態勢に入る。


『いい加減……』


 脚、膝、腰、そして腕と――全身の各部位の力を拳に集中させ、グッと強く握り締めた。


『観念しろぉっ!』


 加速装置を利用して突き上げた強烈なアッパーカットの連撃が顎を打ち抜いた。

 その一撃がマンスローターの意識を完全に奪った。身体が大きく宙に吹き飛び、ほんの一瞬滞空した後、床に倒れ伏した。

 マンスローターが完全に昏倒したのを確認すると、海斗は急いで運転席に駆け込んだ。


『ヒカリちゃん、ブレーキはまだ?』

「あと少し……!」


 ヒカリは凄まじい勢いでコンソールのキーボードを叩いている。

 ふと前方の車窓を覗き込むと、およそ数百メートル先の線路が、途中で途切れているのが目に入った。恐れていたことが起こった。センチネルが線路を爆破したのだ。


 ――早く!


 その時ちょうどroot権限の奪取が完了した。列車の運転システムにアクセスし、直ちに緊急停止命令を実行。

 その瞬間――


「来たっ!」


 ヒカリが叫ぶのと同時に、悲鳴にも似たブレーキ音が耳をつんざく。全身を強烈な減速Gが襲った。車体全体が激しく震動する。海斗は咄嗟にヒカリを抱き締め、壁に叩きつけられないよう庇った。

 しかしすでに破壊された高架線路が目前まで迫っている。列車はまだ勢いが衰える気配はない。まるで停まることを拒否しているかのように。

 

『駄目だ、間に合わない……こうなったら列車から飛び降りるしかない!』

「でもどうやって……」


 ヒカリの問いかけには答えず、海斗は車両の端まで行くと天井に向かってプラズマ砲を撃った。

 灼熱の光弾が金属を瞬時に融解し、天井に巨大な穴が空いた。穴の縁がぐずぐずに赤熱している。

 海斗はヒカリを横抱きに抱えて、出来立ての穴から外へ脱出しようとする。

 幸か不幸か列車は減速中で、飛び降りやすい状態になっている。


『行くよ、覚悟は良い?』

「だ、大丈夫なの?」

『大丈夫だよ、俺を信じる?』

「うん……」

『なら万事オーケー!』


 掛け声を合図に屋根の上に飛び乗ると、海斗は脱兎のごとく駆け出した。そして最後尾まで到達した地点で思い切り跳躍する。

 大きな弧を描いて空中に飛び上がった瞬間、時間が緩やかに進行しているような感覚に包まれる。そしてちょうど線路が途切れている着地した。

 列車は線路から完全に投げ出され、高架線路の支柱に激突したところでようやく停止した。取り残されたマンスローターはどうなっただろうか。

 センチネルのドローンやアンドロイドが大破した列車を取り囲んでいる。壮絶な戦いの跡を、ドローンのサーチライトが照らしている。

 終わった……のか。ヒカリは無事、神経ガスも散布されていない。少なくとも海斗が駆けつけた時点では、乗客の中にも死者は出ていないはず。

 様々な事象を思い浮かべて、何か見落としている点がないかを考える。そして本当に全てが終わったと確信すると、海斗は大きく溜息を吐いてヒカリにこう言った。


『どう? ジェットコースターよりスリルあるでしょ?』

「だから乗ったことないんだって……」


 ヒカリは苦笑交じりに呟いた。

 何はともあれこれで全てが解決した。

 終わってみれば本当に長い長い一日だった。いや今日だけではない。ここ最近は色々な出来事が起こり過ぎて、まるで数日が数ヶ月のように感じられた。

 肉体的にはまだまだ余力が残っているものの、精神的な疲労感が物凄い。

 海斗は一刻も早く帰りたい衝動に駆られた。




 爆発を見ていても立ってもいられなくなったアイリは、現場に急行していた。今から行っても列車の脱線を食い止められる訳ではないが、その場で傍観していることは出来なかった。

 スピナーを最高速度にして空を駆け抜ける。何とか無事でいてくれ……そう願いながら。


『アイリさん、聞こえますか?』

「聞こえてるわよ」


 本部で現場の様子を窺っていたマリーが無線で状況を報告する。聞くのが怖くなったが覚悟を決める。


『列車は脱線しましたが、その前にグリッドランナーが妹さんを救出したようです。幸い、目立った外傷はありません』

「本当に?」

『はい』

「……良かった」


 それを聞いて、アイリは全身の力が抜けるのを感じた。緊張の糸が一気に解れた形だ。意識が弛緩し過ぎて、スピナーを操るハンドルを一瞬手から離してしまいそうになる。

 しばらくすると、こちらからでも現場が視認出来る距離まで来た。


「ヒカリ!」


 ヒカリの姿を目視で確認した途端、アイリはスピナーを自動運転に切り替えて躊躇なく飛び降りた。

 ヒカリはグリッドランナーと共にいた。


「お姉ちゃん!」

「ヒカリ!」


 アイリの姿を認めるとまっしぐらに走って来た。アイリは夢中でヒカリを抱き締める。


「良かった……本当に良かった!」


 知らず知らずの内に若干涙声になっていた。義眼なので実際に涙を流すことはないが、自分でも思った以上に感極まっていたらしい。当然だろう、もしかしたらもう二度と会えなかったかもしれないのだから。

 二人共、喜びを分かち合った。

 そんな二人の姿を見て、グリッドランナーは何も言わず、背を向けて立ち去ろうとした。


「待って!」


 アイリが呼び止めた。


「ありがとう、本当にありがとう……」


 まるで迷子の子供を見つけてくれた相手にお礼を言う保護者のように、深々と頭を下げるアイリ。

 グリッドランナー――海斗は振り返ることなく、サムズアップをしながこんな言葉を残して立ち去って行った。


『また会おうぜ相棒!』


 これで約束は果たした――直接口には出していないが、その後ろ姿とサムズアップは、そう物語っているようだった。




 間もなくプリヤ達も到着し、現場検証が行われた。

 後は他の者に任せても大丈夫だろう。そう判断したアイリは、ヒカリを自分のスピナーに乗せた後、ある人物に電話をかけた。


「どうもありがとうございます、上月先生。アナタの協力のおかげでハイタワーを逮捕することが出来ました」

『なあに、礼には及ばないさ。昔の教え子の頼みだからね。でもそろそろ“先生”はやめてくれないかな。私はもう教師ではないんだ』

「私にとってはいつまでも先生ですから」


 マリーがハイタワーの犯罪の証拠を掴んだ時、そのまま上層部に提出しても握り潰される恐れがあると考えたアイリは、学生時代の恩師である上月に協力を仰いだ。

 親会社の主任研究員の言葉なら、センチネルの上層部も耳を貸さざるを得ないと思ったからだ。

 その予測通り、上月が上層部に掛け合ってくれたおかげでハイタワーの逮捕に繋がった。


『しかし久々に君から連絡があったから驚いたよ。妹さんが誘拐されたそうだが大丈夫かい?』

「はい、おかげさまで」

『それは良かった。ところで一つ訊きたいんだが、噂によると君達はグリッドランナーとやらの捜索を行っているそうだが、これからも続けるつもりなのかな?』

「は? いえ、確かに彼は色々と違法行為を行っているようですが、あれは全てハイタワーが独断で行ったことで……」


 予期せぬ質問が飛んできて、アイリは少々虚を突かれた。何故、彼女がそんなことを気にするのかわからなかった。


『そうか、それなら良いんだ』

「何故そんな質問を?」

『いや、ちょっとした好奇心だよ』


 口ではそう言うが、彼女は意味もなく質問をするような人物ではない。きっと他に何か理由があるのだろうが、この時はそれ以上追及することはしなかった。




「ふぅ……」


 周囲に誰もいないことを確認し、海斗はビルの屋上で立体映像を切り替えて元の“浅宮海斗”の姿へと戻った。


『お疲れ様です海斗様』


 耳小骨を震わせてプリスが話しかけてきた。


「やあ、何か用?」

『いえ、特に用はありませんが今夜の海斗様の奮闘を労いたいと思いまして』

「労いねえ……どうせなら頬っぺにキスとかが良いかな」

『では今からそちらに参りましょう』

「……え、いやいや冗談だよ。言ってみただけだから」


 良く考えると、自分は数日前からまともに睡眠をとっていない。どうやら寝不足のせいでおかしなテンションになっているようだ。

 身体は機械で出来ていても、脳だけは生身のままなのだ。


「でも信じられないな……この街であんな事件が起こるなんて」


 そしてそれを食い止めたのが自分であることも。


『ですが夢ではありません。海斗様は確かにマンスローターのテロを食い止め、百万人の命を救いました』


 そうだ、プリスは最初からそれを予見していた。やはり自分の身体を造った張本人だからだろうか。

 一歩間違えたら今頃メガトーキョーは地獄絵図と化していたのに。

 最初はどうなることかと思ったが、終わってみるとやり切ったという達成感が残った。


「そろそろ帰るか……」


 そんな勝利の余韻に浸りつつ、海斗はネオンとホログラムが渦巻くビル群を背に家路についた。

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