表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
25/63

感動の再会ってヤツ?

「まったくテメーはつくづく人の邪魔をするのが好きな奴だなぁ」


 マンスローターが身構えてこちらに突進しようとするのを海斗は手で制した。


『ちょっと待って。アンタがクルーガーやサイバーマトリックスに恨みを持つ気持ちはわかる。俺も奴らに勝手に身体を改造されたから。でもだからって罪のない人達を巻き込んなんてどう考えてもおかしいでしょ?』

「ならどうする、クソありがたがって靴でも舐めてりゃ良いのか? テメー一人で勝手にやってろ!」


 言った途端、マンスローターは懐からオート99を抜き出して連射した。回避すればヒカリに当たる危険があるので、両腕をクロスさせてガードする。


『……あっそう、痛い目見ないとわかんない?』


 弾丸が尽きたのを見て取ると、海斗はツカツカと速足でマンスローターに接近する。

 出来れば戦わずに済ませたかった。同じクルーガーに勝手に改造された者同士、少なからずシンパシーを感じていたから。だが罪のない人々を無差別に殺そうとするのなら話は別だ。


「はっ、痛い目見るのはテメーだ。知ってるか? これまで俺と三回も戦って生き残った奴はいねえ」

『へえ、それじゃあ俺が生き残り第一号になるワケだ。光栄だね』

「ほざきやがって……」


 マンスローターは予備動作なしで高周波ブレードの刺突を猛然と放ってくる。

 壁を背にして後方に退くことが出来ない海斗は、身を屈めてブレードを躱すしかない。だがそれを予期していたかのように膝蹴りが目前に迫る。

 直後する寸前に右手で何とか蹴りの軌道を逸らすと、さらなる追撃を防ぐ為に相手の懐にジャブを打ち込んで牽制する。

 この狭い場所では動体センサも、十分に機能することはない。

 海斗は相手を倒すより、後退させて出来るだけ運転席から引き離すことに専念した。それを見抜いて突破を試みるマンスローター。

 海斗は斬撃を右に躱そうとする。が、次の瞬間、マンスローターの腕から突如としてノコギリ状の刃が飛び出して海斗の目前に迫る。


『――ッ!?』


 海斗はどうにか身を引くことで回避に成功する。すかさず態勢を整え、前方を確認した。


「よう、どうした?」


 見るとマンスローターの背中から腕にかけて、爬虫類の背びれを想起させるノコギリ状の刃が生えていた。


「『さっき戦った時はこんなのあったっけ?』とでも言いたそうな面してるな。なあに、ちょっとしたイメージチェンジってヤツさ」

『そう、ちゃんと鏡見たことある? 全然似合ってないよ』


 プリスが言っていた。マンスローターはクルーガーの倉庫から強奪した戦闘用バイオロイドの部品を自らの身体に組み込んで強化している可能性がある、と。


「そうかい。ならこういうのはどうだ?」


 そう言ってマンスローターが右拳を前に突き出した途端、鋭い噴射音と共に拳が腕から切り離され、海斗に猛進する。

 海斗は横っ飛びで車内の壁に張り付く。その時、彼は見た。切り離された拳と腕が、まるでチェーンソーのように鋭利な刃が付いた鎖で繋がれているのを。

 鎖が鞭のように翻り、大気を裂きながら海斗を襲う。

 海斗は壁や天井など縦横無尽に飛び回り、鎖の連撃を凌いだ。座席や乗客の残した荷物が鎖に触れた途端、爆竹が弾ぜるように破裂した。

 確かに先ほど戦った時より格段に強くなっている。だがそれだけこちらも経験を積んだのだ。そう容易にやられはしない。

 電車内のような閉ざされた空間では、これまでの戦闘のようにはいかない。

 だがそれは相手も同じ。限られたスペースを活用した戦い方もある。

 海斗は天井や壁に張りついて多彩な攻撃を繰り返し、マンスローターを翻弄する。

 二人の攻防は一進一退を極めた。が、徐々に海斗の方が優勢になっていく。

 左足を軸に身体を回転させ、マンスローターの攻撃を躱しざまに相手の頭部に連続旋風脚を叩き込む。

 さらにその勢いを利用して続けざまに相手の鳩尾目掛けて後ろ回し蹴りを打ち込んだ。


「ぐぉっ!」


 まともに蹴りを食らったマンスローターは開け放しになっていた貫通扉を通り越して、勢い良く二両目の車両まで吹き飛ばされた。

 マンスローターはこちらの反撃を恐れているのか、以前よりも攻撃に慎重になっていた。

 攻撃を避ける際は最低限の動作で、どうしても回避が困難な場合は腕で防御姿勢を取る。そんな調子で三両目に到達した。

 そこで海斗は、四両目には乗客がいることを思い出した。下手に刺激すると乗客を人質にとりかねない。ここからは慎重に行動しなければ。


『もう諦めろ。神経ガスが使えなくなった今、これ以上戦う理由はないだろ』


 海斗は倒れたマンスローターに歩み寄る。


「あるさ、テメーをぶっ殺したらスッキリする!」

『趣味悪いね君……』


 マンスローターは起き上がりざまに高周波ブレードを薙ぎ払う。


『さっきも言ったけど、センチネルが線路を爆破しようとしてるんだよ。こんなことしていたら二人共死んじゃうけど本当に良いの?』

「心配しなくてもちゃんと逃げるさ、テメーを殺した後でなあっ!」

『何でそーなるの!』


 呆れ顔でマンスローターの斬撃を回避する海斗。


『二度も俺にコテンパンにされてまだ懲りないワケ? 何事も諦めが肝心だって知ってる?』

「……誰が諦めるかよ。やめようとしたところで俺の頭ん中の変な装置が人を殺させるんだ。これまでどんな闇医者でも治せなかった」

『もっとちゃんとしたお医者さんに診て貰えば?』

「断るね、これ以上身体を好き勝手弄られて堪るか!」

『大丈夫だって、痛いのはほんの一瞬だけだから。ホラ、予防注射みたいなもんさ……多分』

「ふざけるな!」


 逆上したマンスローターが怒りに任せて闇雲に鎖を振り回す。


「それにな……ウザイ奴を殺すこと自体はこの身体に改造される前からやって来たことだ。俺が生まれ育った街ではそれが常識だったんだよ!」

『あっそ、同情して損した……!』


 ヒカリを襲おうとした暴走族といい、スラム出身の人間にはあまり良い印象を持っていない。

 薄々予想してはいたが、この男も元々そういう人間だったのか。そもそもいくらクルーガーに脳を改造されたとしても、殺し屋になるという発想に至るのはおかしい。

 せめてもう少しやりようはあったはずだ。


『パワーアップしたんじゃなかったの?』


 徐々に追い詰められていくマンスローターに、軽い口調で海斗が挑発する。


「何勘違いしてやがる。俺にはまだこんな手札が残されてるんだぜ」

『何を言って――』


 その言葉は、左側の窓ガラスを突き破って突然現れた闖入者によって阻まれた。繰り出された蹴りを避けて闖入者を確認すると、そこにはRX300の姿があった。

 いやRX300とは微妙に姿形が異なる。改良型か。


「大したもんだろ。RX300から機体性能を大幅に強化したRX350だ。クルーガーの倉庫からくすねて来たんだぜ」

『そう……で、ちゃんと説明書は読んだの?』


 そのように余裕綽々に振る舞ってはいるが、海斗はかなり追い詰められていた。前方にはマンスローター、後方にはRX300の改良型がいて、挟み込まれた形だ。両者を同時に相手にするのは非常に厳しい。しかもここは逃げ場のない電車の中。

 初手の攻撃でいきなり容赦ない連続攻撃を仕掛けられ、防御を余儀なくされた。攻撃は苛烈を極め、ついにマンスローターの肘鉄が海斗の脇腹を捕捉した。

 追い打ちをかけるようにして肘に内蔵された小銃が至近距離からまともに弾丸を浴びせる。その衝撃は凄まじく、海斗の身体は扉を破壊して外に投げ出された。

 海斗の姿が完全に見えなくなったのを確認したマンスローターは、返答出来るはずのない相手に吐き捨てた。


「リングアウトか、ダセーな……まあ良い。そこで女が切り刻まれるのを黙って見物してな」

『ところがそう上手くいくほど人生甘くはないんだよねえ!』


 が、返事は返ってきた。

 慌てて窓の外に目をやると、電車の壁面に辛うじて張り付いている海斗を発見した。


「チィ……往生際の悪さまでゴキブリ並みかよ……」

『ゴキブリにもこんな超絶スタント出来る奴はいないでしょ。きっとサーカスにも引っ張りだこだと思うよ』


 飄々とした態度で言うと、窓ガラスを蹴破って再び車内に侵入しようとする。

 ところがふいに屋根の上から現れたもう一体のRX350によって、その機会を奪われた。


『――ッ!』


 RX350の膝蹴りが海斗の頭部を狙う。海斗は上空に高く飛び上がってそれから逃れる。そしてそのまま空中で一回転して屋根の上に着地した。

 良く見ると二体目の背後にも、三体目のRX350が控えていた。さらには下からよじ登ってきた一体目のRX350とで三対一の交戦になる。

 性能が大幅に強化されているとあって、非常に手強い。だがフォックストロットを相手にした時ほどではなかった。

 これなら時間をかけさえすれば倒すのは困難ではない。

 ただここにマンスローターが加われば話は違ってくる。

 その時、背後で金属が引き裂かれるような甲高い高音が耳に突き刺さった。と同時に四両目と三両目の間で大きな火花が散る。

 三両目から先が徐々に離れていくのを目の当たりにして、マンスローターが連結部を切断したのだと悟った。


「じゃあな、せいぜい楽しめ!」


 吐き捨てるように言って背を向けるマンスローター。海斗が乗った車両が急速に速度を落としていく。


『……クソッ!』


 マンスローターとヒカリの二人だけを乗せた列車が、見る見る内に遠ざかっていくのを眺めながら、海斗は悪態をついた。




「一体どうなっているんだこれは……?」


 センチネル本部司令室では、現地の警備ドローンから送られてくる映像を、部屋の中央に浮かんでいる大型ホロディスプレイで中継していた。

 ディスプレイにはグリッドランナーとマンスローターの戦闘が映し出されている。たった今、マンスローターが三両目と四両目の連結部を切り離したところだった。

 皆その映像を固唾を飲んで見守っていた。


「何故グリッドランナーがいる?」

「わかりません。マンスローターの攻撃を阻止しようとしているのではないでしょうか」


 マリーに代わって情報分析を担当していた女性職員が、ハイタワーの疑問に答えた。


「素人が勝手なことを……」

「でも結構押してますよ。もしかするとこのまま勝つかも……」

「希望的観測を言うな!」


 期待の眼差しでディスプレイを見つめる男性職員に、激しい叱声を飛ばす。


「まあいい、何にせよこれは好都合だ。おかげで犠牲者は一人で済む」

「でも諸星隊員の妹さんですよ?」

「だからどうした? 相手が誰だろうと関係ない」


 それどころかハイタワーにとっては、今が絶好の機会だった。

 グリッドランナーとマンスローター、彼にとって頭痛の種が二つ同時に消すまたとないチャンスだ。両方共死んでくれたら、これ以上にありがたい話はない。


「爆弾のセットは完了したのか?」

「はい、ですが……」


 女性職員はそこで言い淀んだ。

 爆弾のセットは警備アンドロイドが行うが、最後に起爆装置を押すのは人間の役目だ。

 女性隊員だけでなく、その場にいた職員全員がアイリの妹を犠牲にすることに及び腰になっていた。誰も手を下したくはなかった。

 アイリが妹を助ける為にハイタワーの脚を折ったことは知れ渡っている。もし死なせたら何をするかわかったものではない。

 

「ならすぐにでも爆破しろ」

「その……もう少し様子を見た方が良いんじゃありませんか? もしかするとグリッドランナーがマンスローターを止めてくれるかもしれないし……」

「馬鹿なこと言うな。そんなことをして手遅れになったらどうする?」


 もっともらしいことを言っているが、そうなって一番困るのはハイタワーだった。

 マンスローターとグリッドランナー、どちらか片方でも生き残れば自分は破滅する。だからその前に二人同時に殺さなければならない。

 アイリの妹のことなど知ったことではない。


「もういい。私が直接やる!」


 ハイタワーは女性職員を強引に押し退けてコンソールの前に座った。そこからアンドロイドに起爆命令を送れるようになっている。

 そこへ――


「そこまでよハイタワー」


 アイリが他のフォックストロットの隊員を引き連れて颯爽と現れた。


「お、お前達、こんなところで何をしている?」


 ハイタワーが面食らった表情になって立ち上がる。


「今すぐ爆破を中止しなさい」

「何を寝言を言っている? そんなこと出来るわけがなかろう」

「本気よ。さもないと面倒なことになるわよ」


 そう言うなり、アイリはこともなげにAuto 99の銃口をハイタワーに向けた。それを見た警護官が銃を抜こうとするが、首元に菊理の双刃刀を突きつけられる。


「お気をつけになって。今夜の私は誰でも良いから斬りたい気分ですの」


 さすがの警護官も、フォックストロット相手では太刀打ち出来なかった。


「……そうか、オブライエンから妹のことを聞いたな? だがどっちが正しいと思う? お前個人の都合で数十万の命を危険に晒すつもりか?」

「本当にそれが本音かしら? もっと他に後ろ暗い理由があるんじゃない?」

「何の話をしている?」

「さあね、悪いけどもうアナタに命令を下す権限はないの。たった今、本部長の職を解任されたから」

「何だと!」


 ハイタワーが驚きの声を発する。


「上層部にも了解を取った。嘘だと思うなら電話して訊いてみれば?」

「馬鹿な、何の理由があってそんなことを!」

「それはアナタが一番心当たりあるんじゃない? リーランド・ハイタワー、アナタをサイモン・クルーガーの共犯で拘束する」

「なっ!」


 にわかにハイタワーの顔が蒼白になった。


「そ、そんなはずは……一体何を根拠にそんなことを?」

「しらばっくれても無駄よ。アナタの端末からクルーガーと結びつく証拠が大量に見つかった」

「何だと!?」


 そこまで言って、ハイタワーはアイリの背後からこちらを睨むマリーと目が合った。


「……お、お前か?」


 拘留室に入れられたはずなのに、いつそんな時間があったというのだ。隙を見て逃げ出したのか。もっと厳しく監視しておくべきだった、とハイタワーは深い後悔の念に苛まれた。


「こんなことをしてただで済むと思うなよ? 必ず後悔させてやるからな!」


 プリヤに肩を掴まれ、ハイタワーは負け惜しみのような言葉を漏らす。


「あら、滅多なことは言わない方が良いわよ。黙秘権って言葉、知ってるわよね?」


 まるで知らない言葉を幼稚園児に教えるかのように、人差し指を自分の唇に押し当てるアイリ。




 車内の防犯カメラでマンスローターが速足でこちらに向かって来るのを視認したヒカリは、貫通扉を閉じた。

 列車の貫通扉は、テロ対策の為に非常に頑丈な構造になっている。多少の攻撃で破られることはないはずだ。

 それでも時間稼ぎ程度にしかならないだろうが、海斗が戻って来るまで持ち堪えてくれれば良い。

 同時にセンチネルのドローンをハッキングして、迎撃を行う。

 現在、ヒカリは、サイバーデッキのホロウィンドウに表示されたコマンドラインを高速で操作していた。

 マンスローターに奪われた列車のroot(管理者)権限を取り戻すことが出来れば車両を停止させられるが、まだもう少し時間がかかる。作業が完了するのと線路の爆破、果たしてどちらが早いか、微妙なところだった。

 一方の海斗はしかし、RX350を相手に未だに手を焼いていた。

 こうしている間にも、ヒカリとの距離は開いていく。もはや一刻の猶予もない。

 三体のRX350は人間離れした俊敏な動きで矢継ぎ早に同時攻撃を放ってくる。一人一人片付けていてはキリがない。

 やむを得ない。周囲に被害が出るのを恐れて、この手段だけは使いたくなかったが、そんな悠長なことは言っていられなくなった。

 海斗はナイフの一閃を跳躍で躱すと、空中に舞い上がり、RX350の頭上を飛び越して背後に回り込んだ。

 そして三体全員が直線上に並んだタイミングを見計らって、最大出力でプラズマ砲を放射した。

 それから約一分ほど後。

 何度も貫通扉を叩く激しい音が鳴り響いていたが、ついにその防壁が破られた。悠々とした足取りで、マンスローターが先頭車両に侵入する。


「もう諦めたらどうだ? この状況で大人しく俺に殺される以外にどんな選択肢がある?」


 言いながら運転席の入り口に手をかける。 


「安心しろ。すぐ殺してやっから。テメーの死体を見たあの野郎(海斗)がどんな顔するかな?」


 マンスローターは腕を振り被った。高周波ブレードの白刃が閃く。

 刹那、窓ガラスを突き破って海斗が車内に飛び込んできた。海斗の放った飛び蹴りが、マンスローターの右頬に直撃する。


「なにィ!?」

『やあ、感動の再会ってヤツ?』


 マンスローターは怒声を張り上げて怒りを露わにする。


「しつけえんだよテメーはっ!」

『それはこっちの台詞だね!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ