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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
23/63

捕まる訳にはいかないんだ!

「オイオイどうなってんだよアイリ」


 武器保管室で自分の装備を整えていると、プリヤが抗議の声をあげた。


「グリッドランナーの捜索にはオメーが一番納得してなかっただろ。どういう心境の変化よ?」

「ハイタワーの命令だからよ」

「いやいや全然説明になってねえぞ……」


 人類が滅亡しても、アイリがハイタワーの命令に素直に従う人間ではない。それは本部の人間ならだれでも知っている。なのにそんなことを言われても白々しいだけだ。


「ねえアイリ。ハイタワーの執務室で何かあった? さっきから様子がおかしいみたいだけど」


 当然の疑問を口にする華怜だがアイリは――


「別に、私達はただ言われたことをやるだけよ」


 とても本心から出たとは思えない言葉。プリヤと華怜はお互いに顔を見合わせた。


「私も支部長の言うことはおかしいと思いますわアイリさん。もしクーデターを起こすおつもりでしたら喜んでお手伝いしますけど。相手が誰であれ人を切り刻めるのは至高の喜びですもの!」

「菊理」


 するとアイリは鼻が触れ合いそうになるまで菊理に顔を近づけてこう言った。


「無駄口叩いてないで、さっさと支度しなさい」

「……わかりましたわ」


 アイリの凄まじい気迫に圧されて、菊理は大人しく引き下がった。

 普段は狂人と恐れられている菊理でも、本気で怒った時のアイリには逆らえなかった。

 そう――やるしかないのだ。やらないと妹は……。 

 決意を固めたアイリは、左手の手袋を外して機械義腕サイバーアームを露出させた。

 彼女の左手は短機関銃サブマシンガンと同様の機能を有しており、火薬ではなくレーザーパルスによって指先から小口径のケースレス弾をフルオート発射する。

 グリッドランナーは妹の命の恩人だ。出来ればこんなことはしたくない。ハイタワーの命令にも頑なに反対した。

 しかしこの状況ではやむを得ない。両親に誓ったのだ、何があってもヒカリを守ると。自分はヒカリを助ける為ならどんなことでもする。

 恐らく言う通りにしたところで、マンスローターが約束を守る見込みはかなり薄いだろう。用済みとなったらすぐにヒカリを殺す。

 だが、わかっていても従わざるを得ない。それでヒカリが助かるという保証はないが、やらなければ可能性は限りなくゼロに近くなる。少なくとも、グリッドランナーが死んだとわかるまでは生かしておくはずだ。

 グリッドランナーには何の恨みもないが、殺したように見せかけて拘束するか気絶させる。そしてそのことを悟られる前にマンスローターのところへ急行し、捕まえる。

 宝くじ並みの幸運が必要だが、これしか方法はない。




 メガトーキョーでも有数の高さを誇る高層ビルの屋上に設置されたタワークレーン。その頭頂部に座り、海斗は眼下の街並みを見下していた。

 ホログラムとネオンの洪水に沈むビル群は、伝説の海底都市アトランティスを彷彿させる。

 あれだけの事件が起こっているのに、街はほとんどいつもと変わらない。

 ただ時折センチネルの垂直離着陸機《VTOL》がサーチライトで街を照しているのが普段との僅かな差異である。

 あと三十分もすればこの都市は死の都市と化す。

 もし自分が第三者の立場だったならば「一般人が馬鹿な真似をしない方が良い。センチネルの邪魔になるだけだから出しゃばるな」と言うに違いない。

 きっとこれからネットでも似たような書き込みが飛び交うはずだ。

 ただの学生に過ぎない自分が、五千万人の命を救うなど、思い上がりも甚だしい。

 だが今の自分はまさにその“甚だしいこと”をやろうとしている。

 何よりも大事な人達の為に――

 海斗は何の躊躇もなくクレーンの縁からバックフリップして身を投げ出した。

 ショックアブソーバが着地の衝撃を吸収し、すかさず隣のビルに飛び移る。

 マンスローターに仕込んだ追跡アプリで、電車が今どこを走っているかはわかっている。

 海斗はそのままパルクール移動を繰り返してアプリが示す場所を目指した。屋上に配置された室外機を飛び越えようとして――


『――ッ!?』


 突然、自動回避機能が作動して身体が宙に浮いた。直後に海斗がたった今いた場所が粉塵を巻き上げて爆発する。


『何だ?』


 空中で一回転し、給水塔の先端に見事な着地を決める海斗。一体何が起こったというのだ。

 爆弾? しかしそんな物は見えなかった。自動回避機能が作動したということは銃弾が飛んできたのか。

 ということは――


「ほう、良くあれを避けたな」

『うん?』


 頭上でそんな声がしたかと思うと、何者かが自分の頭部に拳を振り下ろすのが見えた。海斗は咄嗟に脇に飛び退る。

 給水塔が真っ二つに割れ、水飛沫の中からプリヤが現れた。


『げっ、せん……!』

「ん?」


 先生……と思わず叫びそうになって両手で口を押えた。


 ――な、何で先生がここに?


 状況が呑み込めず、思わず後退りする。と、ふいに後頭部に銃口のような物が突きつけられた。

 全く気配がしなかった。攻撃の意志がなかったから動体センサが反応しなかったのか。どうもあまり万能ではないらしい。


「動かないでくれる? 大人しく従ってくれたら悪いようにはしないから」


 それは確かにヒカリの姉の声だった。やはりフォックストロットのメンバーだったのか。出来ればそうであって欲しくなかったが。


『あー、一応訊くけどそれって俺に選択肢あるの?』

「ないわね」

『……だよねえ』


 海斗は観念して両手を上げ、投降する素振りをする。……と見せかけて次の瞬間、光学迷彩を起動して逃走を試みた。

 ところがビルの縁から飛び降りようとする寸前、目の前で再び例の爆発が起こった。


『うわっ!?』


 華怜の電脳義眼サイバーアイは視界の可視域を拡張させ、赤外線や紫外線など通常では視認出来ないものを検知する。今の爆発は、海斗から発せられる僅かな熱を感知して、華怜が発射した弾丸が着弾したものだ。


「今のは威嚇よ。次逃げようとしたらしっかり当てるから」


 アイリが脅し文句を言う。

 上月の話は本当だったようだ。対サイボーグの精鋭部隊が自分を追っている。今にも大量虐殺を起こそうとしている凶悪犯がいるにも拘らず。


『ちょっと話し合いで解決しない? 少し話せばこんなことしてる場合じゃないってわかると思うんだけど』

「そんな暇はない。言う通りにしないなら腕づくで大人しくさせる」


 アイリは左手を構えた。しかしそれでも海斗が逃げようとするのを見て取ると、容赦なく指先から弾丸を掃射した。

 海斗は出来るだけ狙撃手が射撃を躊躇するよう屋上の変電設備や、プリヤの近くを移動しながら銃撃を回避する。

 他はともかくプリヤとヒカリの姉を攻撃することには強い抵抗感がある。ここは戦闘を避けるしかない。

 二度の狙撃で、弾丸がどの方向から発射されたか大体の見当はついている。海斗は加速装置を起動して狙撃手がいる方向とは反対の西側を目指して走った。ここから飛び降りたら、ビルが掩蔽物の役割を果たして狙撃の心配もなくなる。

 ところが――


「みーつけた♪」

『いっ!』


 そこへ待ち伏せていた菊理による双刃刀の一閃が襲いかかる。海斗は紙一重のところでスライディングしてそれを躱した。

 高速移動中の動きを捉えるとは、凄まじい動体視力だ。


「またお会いしましたわね。昨日は冷たく袖にされましたが今夜は逃がしません。朝までずぅっとお相手して頂きますわよ!」

『ゾクッ……!』


 その狂気を含んだ笑みに、自然と背筋が寒くなる

 菊理は問答無用で斬り掛かってきた。

 堪らず後ろに退くが、すぐさまプリヤの拳が追撃し、それも躱すと今度はアイリに弾丸を浴びせられる。

 ついには三方向から囲まれてしまった。


「そーいやまだ助けて貰ったお礼をしてなかったな。恩を仇で返す形になってワリィが悪く思うなよ」


 プリヤが両方の拳を打ち鳴らしながら気合を込める。


『ちょ、何もしてないのに酷くない? そりゃ子供の頃にはお菓子をつまみ食いしちゃったことならあるけどさあ……この前、おたくの妹さん助けてあげたの覚えてるでしょ?』

「ええ、覚えているわ。でもこうするしかないのよ。あいつが……マンスローターが妹を人質にとって、アナタを殺さないとあの子を殺すって言うの……」

『なっ!?』


 何故そこに思い至らなかったのだろう。電話に出なくなった時点で気づくべきだった。自分はなんて愚かなんだ。

 彼女の仲間達も一様に驚いた表情を見せる。


「お、オイ……それマジかよ?」

「初耳ですわ……」


 アイリがこのような暴挙に出た理由がようやくわかった。それまではヒカリの姉までセンチネルの腐敗に関わっていたのかと失望したが、そうではなかった。


『そうか、そうだったのか……』

「だからお願い、私に協力して。マンスローター(アイツ)の目を欺く為に殺したように見せかけるだけだから」


 アイリが切実な眼差しで訴えがら徐々に近づいて来る。その眼が精神的に相当追い詰められていることをありありと物語っていた。

 こうなったのも全部自分の責任だ。異変に気づいてすぐに駆けつけていれば、こんなことにはならなかったのに。自分が何とかしないと。


『でも……だったら尚更、捕まる訳にはいかないんだ!』


 海斗はグッと拳を握り締め、足元に思い切り正拳突きを打ち込んだ。激しい衝撃と粉塵がアイリ達を一瞬足止めする。

 風で視界が明瞭になった時には、そこに海斗の姿はなく、代わりに下の階まで届く大穴が空いていた。

 

「逃げられた!?」


 アイリは出来たばかりの大穴を覗き込む。

 下の階に逃れた海斗は、建物の通路を西に向かって駆け抜けていた。

 アイリが自分を捕まえようとする理由はわかった。だがそれで上手くいくとは本人も思っていないだろう。相手はマンスローターだ。

 自分が必ずヒカリを助け出す。

 失敗すればヒカリだけでなく大勢が死ぬ。だがそれで躊躇している場合ではない。

 そう決意を固めて海斗は、突き当りの窓ガラスを破って隣のビルの壁面に飛び移った。

 そして追跡アプリで位置を確認しながら垂直の壁を走る。


「あんにゃろう、あんな芸当も出来るのか……あの大穴といい、私以上のパンチ力があるな」


 プリヤが驚愕と感心が入り混じった声を漏らす。


「何を感心しているの、追うわよ!」


 アイリが号令を発すると同時に、他の三人も直ちに追跡を開始する。




 センチネル本部の司令室にて、ハイタワーが大勢の職員を前に、作戦の趣旨を説明していた。


「聞いてくれ、神経ガスの散布を食い止めるにはこれしかない。まず線路に爆弾を仕掛けて列車が来たところで起爆し、脱線させる。そしてマンスローターにガスを撒く暇を与えることなく警備アンドロイドで一気に制圧する。幸い、ガスの容器は漏洩を防ぐ為、非常に頑丈に造られている。核攻撃でも受けない限り破壊される心配はない。列車の脱線程度で外に漏れることはないだろう」

「しかしそんなことしたら乗客は助からないんじゃないですか?」


 女性職員が口を挟んだ。


「やむを得んだろう。数百人の命と百万人の命、どちらを取るかと言われたら誰だって後者を選ぶ」

「普通に停車させるだけじゃ駄目なんですか?」

「それだけではマンスローターにガスをばら撒かれる可能性が高い。苦渋の決断だが、被害をより最小限に抑えるにはこれが一番最良のやり方だと判断した。他に良い案があれば誰か言ってくれ」


 誰も何も言わなかった。

 職員は自分達が究極の選択を迫られていることを自覚し、戦慄を覚えた。

 命を天秤にかけるなど、仮にそれが必要なことだったとしても、簡単に下せる決断ではない。

 それを平気でやってのけるハイタワーが恐ろしく思えてくる。

 と、そこへ先ほどから傍観していたマリーが沈黙を破るようにして口を開いた。


「支部長。今防犯カメラで車内の様子を確認したのですが、乗客の中にアイリさんの妹さんがいるようです」

「何だと?」


 ハイタワーは目を見開いた。思わぬ報告に動揺を隠しているようだ。


「どうしますか?」

「……どうもしない。作戦に変更はない」

「アイリさんはこのことを知っているんですか?」

「いいや」

「知らせた方が良いんじゃないですか?」

「よせ、余計なことはするな。百万人の命がかかっているんだ。たった一人の身内のせいで作戦を台無しにされてたまるか」

「でも家族ですよ? 家族が命の危機にあるなら知る権利はあると思います」

「だからこそだよ。もし奴がこのことを知ったらすっ飛んで来て全力で阻止しようとするだろう。そんなことをしたら作戦が水の泡だ」

「……そんなの納得出来ません」


 そう言ってマリーは無断で連絡しようとした。

 するといきなりハイタワーが拳銃を抜き出してマリーに銃口を突きつける。


「やめろと言ってるのが聞こえんのか」


 その冷酷な声音を聞いて、マリーは背筋が凍りついた。


「………本気ですか?」

「そういえば君は諸星と親しかったよな。もう良い、君には任務から外れて貰う。このまま続けても仕事に支障が出るだけだろうからな。オイ、誰か彼女を拘留室に連れて行け」


 ハイタワーが命じると、後ろの警護官がマリーの腕を掴んだ。

 こんなことをしても、遅かれ早かれ作戦はアイリの耳に入ることになる。今度は脚を折られるだけでは済まないだろう。

 やはりアイリの話は正しかったかもしれない。最初にハイタワーがクルーガーの共犯だと聞いた時は半信半疑だったが、今なら確信を持って言える。

 ちょうど任務から外されたので、アイリから頼まれていたことに専念出来る。やるなら今しかない。

 拘留室に入れられる直前、マリーは体調不良を装って医務室に行きたいと言った。




 マンスローターは列車の周りを飛び交っているセンチネルの警備ドローンを片っ端から撃ち落としていった。

 乗客は全員、四両目以降の車両に移動させた。面倒を起こさないよう、クルーガーの倉庫から盗んだRX300にも見張らせている。


「チッ、うるせえハエ共が……」


 一通りドローンを落とすと、マンスローターはAuto 99を懐にしまった。

 誰にも邪魔はさせない。特にあの鬱陶しいグリッドランナーには。

 これは復讐だ。自分をこんな身体にした企業と、その企業が支配する都市に暮らし、恩恵を享受する者達への。

 マンスローターはサイバーマトリックス社だけでなく、このメガトーキョーそのものを憎んでいた。都市に住む者は全員サイバーマトリックス社の共犯だと見做していた。

 ガスは仮に要求が聞き届けられたとしてもばら撒くつもりだった。

 彼の身体はNBC攻撃――(Nuclear)生物(Biological)化学(Chemical)兵器による攻撃のこと。――にも耐えられるように造られている。

 指定の時間が過ぎると共にガスを散布し、混乱に乗じて重役達を殺しに行く。国外にいようが、地の果てまで追いかけて一人残らず殺す。全ては計画通りに進んでいた。




 少し前に意識を取り戻したヒカリは、気を失ったふりをしている間、マンスローターが何をしようとしているのかを聞いた。姉のアイリに海斗を殺すよう脅迫したことも。アイリと海斗が戦うことは、何としても阻止せねばならない。

 ヒカリはマンスローターが別の車両に移動するのを見計らって動き出した。

 隣の座席に無造作に置かれている直方体の容器を確認する。中身は時限爆弾よりも遥かに危険な代物が入っている。

 ブレスレット型サイバーデッキのカメラ機能を利用して容器の光学スキャンした。

 起動装置の回路を分析すれば、ハッキングしてガスの散布を阻止出来るかもしれない。

 マンスローターが戻って来る前に一刻も早くこれを無効化しなければ。そしてアイリに連絡を入れて、海斗と戦うのをやめさせるのだ。

 今すぐ連絡しようかとも思ったが、マンスローターが二人を監視している可能性もある。そうなるとガスがばら撒かれ、自分は殺されてしまう。

 急がないと――そう思い、ヒカリは素早く指を動かした。

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