どうも初めまして!
あと一撃でマンスローターにとどめをさせる――といったタイミングで突如、上空から闖入者が舞い降りてきた。
空を斬り裂く音がして、黒髪の女性が高周波機能を備えた双刃刀を振り回しながら海斗に襲いかかる。
『わ、ちょちょちょ……何?』
「お初にお目にかかりますわ。私の名は木花菊理、お近づきの印に死んでくださいな!」
訳もわからず困惑する海斗に、菊理と名乗る女性は嬉々として周囲にある違法駐車された車両や信号機を次々と薙ぎ払い、肉薄してくる。
途轍もなく速い。かなりの重サイボーグだ。
見たところセンチネルの特殊部隊の服装をしている。ならマンスローターを捕まえに来たのではないのか。自分は何も逮捕されるようなことをした覚えは……ないこともないけど、ここまでされる謂れはない……多分。
仮にあったとしても、国際指名手配されている犯罪者を差し置いて自分に矛先を向けるのはどう考えても理屈に合わない。
『こんなことしてる場合? 目の前に凶悪犯がいるの見えないワケ?』
「ええ、ですから出来るだけ早く死んでくださる?」
『んな無茶な! もっと他に良いアイデアがあると思うんですけど、一緒に考えてみる気ない?』
しかし女性は聞く耳を持たない。
そうこうしている内に追い詰められていたマンスローターが、一旦海斗から離れて距離を取ろうとする。もしかするとこのまま逃げるつもりかもしれない。
追跡したいが目の前の女性に阻まれて前に進めない。
「何をしているの菊理! やめなさい!」
声を荒げて制止するアイリに、華怜は冷静にライフルを構えて言い添えた。
「命令なんだから仕方ないわよアイリ。こうなったら早急にグリッドランナーを捕らえるしかない。モタモタしてると二人共逃がすかもしれないでしょう」
華怜が構えているライフルは、磁力で弾丸を射出する電磁砲。
可動導体にプラズマ電気子を利用することによって、初速四〇〇〇m/sでタングステン・カーバイド製の徹甲弾を発射する。
華怜は照準器の十字線を海斗に合わせて、膝を狙い撃った。
紫電を纏いながら発射された弾丸は僅かに狙いが逸れ、海斗の足元に着弾した。爆発にも似た衝撃でアスファルトが捲れ上がり、粉塵が舞い散る。
「外したっ!?」
華怜が舌打ちをする。それを見たハイタワーが満足気な声で言う。
『よーし良いぞ、お前達二人は聞きわけが良いようだな。おい何をしている。中嶋と諸星も加勢しろ!』
その断定的な命令口調に、アイリは嫌悪感を覚えた。
「待てよ、周りには民間人もいるんだぜ。まずは彼らの避難を優先しないと――」
『それをどうにかするのがお前達の仕事だろう!』
プリヤの言葉通り、周囲には騒ぎを聞きつけた野次馬が十数人ほど集まっていた。迂闊に近づけば巻き込む恐れがある。
しかしハイタワーは気にする様子もなく、最初の命令を繰り返すだけ。
と、その野次馬の一人に、逃げ出したマンスローターが急接近するのをプリヤが見て取った。逃走方向にいる野次馬に「どけ!」と叫んで刃を突きつけようとするマンスローター。
「ヤバいっ!」
プリヤは咄嗟にマンスローター目掛けて飛び出した。
右腕の電脳義腕に内蔵された推進機が火を噴き、パンチの威力を増幅させる。
マンスローターに向けて打ち込まれた拳はしかし、寸前で躱されて手前のアスファルトを砕いた。
「……何だテメーは?」
「センチネルだ! 大人しくお縄につきやがれっ!」
時代劇のような大仰な動作で、プリヤが叫んだ。
「……ったく部外者がワラワラと。テメーらの相手してる暇はねえんだよ!」
マンスローターはプリヤに斬りかかった。
『オイ何をしている。勝手なことをするな!』
耳元でハイタワーが喚き立てるのを無視して、プリヤはマンスローターと交戦を始める。
アイリも地上に降りて拳銃でプリヤを援護した。
彼女はグリッドランナーを捕まえる気にはなれなかった。ハイタワーの命令が気に食わないのもあるが、ヒカリを助けてくれた恩義があるのにそれを仇で返すようなことは彼女の信念に反した。
とはいえ本格的な乱戦になってしまった。もはやフォックストロット部隊はバラバラ、この混戦の最中では両方共逮捕するどころか一人捕まえるのさえも困難を極める。一体どうすれば良いのか。
――っていうか何で先生がここに?
海斗はマンスローターと格闘する担任教諭のプリヤの姿に驚愕した。ということはこの双刃刀を振り回している女性はフォックストロット部隊か。
フォックストロット部隊なら、マンスローターを捕まえに来たのではないのか。何故、自分を殺そうとするのだ。
ひょっとすると手柄を横取りされたくないから、とか?
いやいやまさか、さすがにそれはないだろう。
様々な考えが脳裏に浮かぶが、納得のいく答えは見つからなかった。
そもそも考えている余裕などなかった。少々頭のネジが飛んだ女性に執拗に攻撃され、上空のVTOLから弾丸が猛スピードで飛んでくるのだ。攻撃を回避するだけで精一杯だ。
こうなったら一旦逃げ出すしかないか。ここのままではマンスローターを倒すという目的は達成出来ない。自分がいなくなれば彼女達もマンスローターを捕まえようとするはず。後のことはプロに任せた方が良い。
そう思って視線を移すと、ちょうどプリヤがマンスローター相手に劣勢に立たされているのが目に入った。
マンスローターの高周波ブレードが、プリヤの脇腹を掠める。
「……くっ」
掠めた部分を手で抑え、苦悶の表情を浮かべるプリヤ。指の隙間から僅かに血が流れ落ちている。
「テメーじゃあ俺の相手にはなんねえよ。さっさと死んどけ!」
『危ないっ!』
プリヤが高周波ブレードの餌食になる寸前、海斗は加速装置を作動させ、彼女を抱きかかえて救出した。
五、六メートルほど飛んで着地したところで目が合う二人。
「お、オメーは……」
『あ……いや、どうも初めまして!』
「は?」
――って馬鹿! そんなこと言ったら逆に怪しまれちゃうだろ!
プリヤに至近距離から見つめられ、思わず余計なことを口走ってしまった。
今は変装して声まで変えている。バレる心配はない、そう頭ではわかってはいても、口が勝手に動いてしまう。
一方、菊理はいきなり海斗の姿が消えたので、「あらぁ?」と周囲をキョロキョロ見回している。
『何をしている風吹! 早く撃て、チャンスは今しかない!』
「撃てる訳ないでしょ、プリヤが傍にいるのに……」
プリヤと密着している海斗を、華怜は撃つことが出来なかった。
「チッ……今夜はやけに飛び入り参加が多いな。こうなりゃ仕切り直しだ!」
マンスローターは電飾看板を足がかりにして、ビルからビルへと飛び移り、退却しようとした。
「逃がすか!」
アイリは追い縋ろうとする。が、唐突に背後から発せられた声に阻まれた。
「違う! 追うのはそっちじゃない!」
「ハイタワー? いつからここに?」
ハイタワーが足を引き摺りながら近寄って来た。
思いがけない人物の登場に、アイリの思考は混乱していた。
「グリッドランナーを撃て!」
「何を――」
ハイタワーはアイリの拳銃を引ったくって海斗に向けて発砲した。
周りにいた野次馬が悲鳴や情けない声をあげて散らばる。
海斗もマンスローターを追いかけようとしていたが、銃撃を受けて堪らず加速装置で逃走した。
「やめなさい!」
尚も撃とうとするハイタワーの腕を押さえ、アイリは銃を奪い返した。
「邪魔をするな!」
「民間人に当たったらどうするの!」
ハイタワーはそれには答えず、アイリの手を振り解いて背を向けた。
「まったく余計なことをしてくれたな! おかげで容疑者を取り逃がした!」
「良く言うわ、アンタの無茶苦茶な命令のせいでこうなったんじゃないの!」
「いいや違うね、私の言う通りにしていれば二人共捕まえることが出来た! 逃がしたのは命令を無視した貴様らの責任だ!」
「そもそも今までどこで何をしていたの?」
「そ、それは……極秘捜査だ。この辺りにマンスローターがいるという情報を掴んでな」
「たった一人で?」
「どうでもいいだろうそんなことは!」
本人はそう言うが、どう考えてもハイタワーの言動はおかしい。警護官を一人もつけないで、ここにいたというのも不可解だった。
まるで何かやましいことでもしていたかのような、そしてそれをグリッドランナーに見られたからこのような暴挙に及んだかのように思えた。
全て憶測に過ぎないが。
「ハイタワーの野郎。まるで親の仇みてえな剣幕だな」
ハイタワーが背を向けて遠ざかると、プリヤが傍まで来て囁いた。
「プリヤ、傷の方は大丈夫なの?」
「ああ、こんなのは掠り傷だよ」
その言葉通り、脇腹はすでに出血も止まっていた。
体内のナノマシンが各部位のダメージに即時的な応急処置を行い、治癒力を高めているのだ。
しかしやはりハイタワーの言動は異常だ。このことが後に深刻な結果に繋がらなければ良いのだが。
その夜の出来事は、すぐさま速報として伝えられた。
指名手配中だったクルーガーがマンスローターによって殺されたこと、そして彼を取り逃がしてしまったこと。
ただし報道ではセンチネルがマンスローターを逮捕しようとしたところで、グリッドランナーの妨害に遭い、取り逃がしてしまったという事実と全く異なる内容に捻じ曲げられていたが。
現地の目撃者がSNSで報道が事実に反することを指摘していたが、あまり拡散されてはいなかった。
ネット上では報道を信じる者と、グリッドランナーを擁護する者とで真っ二つに割れていた。
素人が余計なことをするから状況が悪化するだの、そもそも彼の行為は立派な犯罪だの、むしろ役立たずなのはセンチネルの方だの、様々な意見が飛び交っている。
今までグリッドランナーのことを快く思っていなかった者が、一斉に否定的なコメントを書き込んでいるようだ。
「何だこれ? 邪魔したのはそっちじゃないか!」
海斗は帰宅早々に報道のことを知り、怒り心頭の状態だった。
機械の身体になった時は身体能力が上がったと言って浮かれていたが、個人情報を晒されるわ、必死に人助けしたのに悪者扱いされるわ、ロクな目に遭っていない。
「やっぱ素人が自警団の真似事をするのは無理があったのかなあ?」
この辺で普通の学生に戻るか。
ヒカリを助けた時は必要に迫られて仕方なくやったが、今はそうではない。マンスローターを捕まえるのはセンチネルの仕事だ。
別に義務でやっていた訳ではないのだ。辞めようと思えばいつでも辞められる。
後味の悪い最後だったが、クルーガーとの問題も決着がついた。もう自分が出しゃばる必要はない。
そろそろ潮時だ。
海斗は冷蔵庫からコーラを取り出してのんびり飲んでいた。その時である。ヒカリから着信が届いた。
「ヒカリちゃん?」
『もしもし海斗君。実は今度発表する新曲のサンプルが出来たんだけど、ちょっと試聴してくれないかな?』
「え、俺が一番最初に試聴するの?」
『うん、誰よりも先に海斗君に聴いて欲しくて』
「そそそ、そう……ま、まあそこまで言うなら聴いてあげようかな……」
『そっか、じゃあ今から送るね』
――って何だよ今の上から目線は? こんなこと言ったら嫌われちゃうだろ……。
言葉では平静を装っていたが、内心では小躍りしていた。
HIKARIの新曲を真っ先に聴けるなんて、他のフォロワーが知ったら嫉妬で怒り狂うに違いない。
しかしその直後に、何やらヒカリが異変を感じ取ったように声を漏らした。
『あ、ごめん。誰か来たみたい。すぐにかけ直すね』
そう言うとヒカリは一旦通話を切った。
何だか寸止めを食ったようでモヤモヤした気分になる。
新曲のデータが送付されるのを今か今かと待ち構えていると、再びコールが鳴った。
『海斗様ちょっとよろしいでしょうか』
一瞬、ヒカリの声かと錯覚したが、良く耳を傾けてみればプリスのものだので、少々拍子抜けした。
「どうしたの?」
『先ほど海斗様に頼まれていた調査を完了しました』
マンスローターがクルーガーの実験の被害者だと知った海斗は、気になってプリスに調査を依頼していたのだ。
推測が正しければ、ヒカリが入手した実験記録に名前が載っているはず。
『海斗様に言われてクルーガー氏の実験記録を調査した結果、被検者の中にマンスローターと思われる人物を発見しました』
「……やっぱり」
奴は殺したいほどクルーガーを憎んでいた。とすれば、理由はそれしか考えられなかった。
『本名はスリック・スウェイン。元々はメガトーキョーのスラム街でストリートギャングの用心棒などをやっていましたが、クルーガー氏に拉致され、様々な実験の被験体になりました。彼の場合は感情をコントロールする特殊な装置を脳に埋め込んで他人を意のままに操る実験をされたようです』
「つまりそれで自分お気に入りの戦闘マシーンを造ろうとしたってワケか」
『はい、ですが装置には欠陥があって、脳に著しい悪影響を及ぼすという副作用があったようです。そのせいで前頭前皮質の理性を司る部分が損傷し、マンスローターは激しい殺人衝動に悩まされるようになりました』
「それであんな凶暴な性格になったのか……」
『恐らくは。そして何らかの方法でクルーガー氏の下から脱出した彼は世界各地を転々とし、殺し屋稼業を始めたと推測されます』
「なるほどね……」
それを聞いて、何だかマンスローターに少しばかり同情心を覚えた。
最初から異常者ではなかった。クルーガーによって殺戮兵器へと造り替えられたのだ。
もしかすると自分にも同じ装置が埋め込まれていたかもしれない。そう考えると、彼を単純な加害者と断定することが出来ない自分がいる。
それでマンスローターの犯してきた罪が正当化される訳ではないが、クルーガーは殺されても仕方ない人間なのかもしれない。
本当に最後の最後までろくなことをしない男だった。
「これから奴はどうすると思う?」
『恐らくまた海斗様の命を狙ってくる可能性が高いかと』
「……やっぱそうなるよね」
『はい、マンスローターはクルーガー氏を殺害する際、彼のニューラル・インターフェースをハッキングして海斗様に関する情報を抜き取っていきました。ですので、こちらの住所も知られているでしょう』
「やだなぁ、依頼主は死んだのに何でそんなに仕事熱心なんだか……」
まあ、正当防衛とはいえ、あれだけ何度も殴ったり挑発したりすれば、恨みを買うのも当然と言えば当然なのかもしれないが。
『それとマンスローターはクルーガー氏だけでなくサイバーマトリックス社そのものに相当な恨みを抱いているようです。今後復讐の為に何か大掛かりなことを仕掛けてくる可能性もあります』
「大掛かりなこと?」
『はい、ニュースでは報じられていませんでしたが、マンスローターは逃走の際、クルーガー氏のオフィスの倉庫からいくつかの武器を盗み出していきました。詳細はまだわかりませんが、その中の一つが非常に重大な物のようでして、現在センチネルが対応に追われているようです』
「ふーん……まあ俺にはもう関係ないかな。後はセンチネルが何とかしてくれるでしょ」
それより今は早くヒカリの新曲が聴きたい。そう思いながら、海斗はヒカリからの電話を心待ちにしていた。
ところがしばらく待っていたが、いつまで経っても折り返しの連絡は来なかった。
何かあったのだろうか。こちらから連絡した方が良いだろうか。いや、そんなことしたら急かしているように思われる。
しかしあまりにも遅いので思い切って連絡してみた。するとどういうわけか繋がらなかった。
その時はまだ海斗もプリスも知らなかった。
マンスローターがクルーガーから奪い取った情報の中には、海斗とは別の人物も含まれているということを。
実は海斗に新曲を聴いて欲しいというのは単なる口実だった。
ただ海斗の声が聞きたくて、まだ未完成の曲を新曲と偽って連絡したのだ。
自分でも良くわからないが、海斗と話していると何故か楽しい気持ちになる。
海斗が自分の動画を見ていると知った時、他のどんな応援コメントを貰った時よりも嬉しかった。
恥ずかしがってどんなコメントを書いたのか教えてくれなかったが、もっと親しくなればいつかきっと教えてくれるはず。
早くもう一度海斗と話したくて、ヒカリは速足でリビングに向かう。壁に設置されたインターフォンのモニターを覗き込んで来客の姿を確認する。しかしそこには誰もいなかった。誰かのいたずらか誤作動だったのかもしれない。念の為に玄関のドアスコープを確認するも、やはり誰もいない。
諦めて部屋に戻ろうとすると、ふとある違和感に気づいた。
玄関の靴が、さっき見た時とは違う位置に置かれている。割と鮮明に覚えているので記憶違いの可能性は低い。
その時、背後から何か人の気配がした。
咄嗟に振り返ろうとして――そこで意識が薄れた。気を失う直前に見たのは銀色のファーをあしらったロングコートだった。




