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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
2/34

俺達は運命の赤い糸で結ばれてるんだよ

 それはすぐ背後から聞こえてきた。

 何事かと思い振り返ったその瞬間、突然何者かが海斗の胸に飛び込んできた。


「た、助けてください! 怖い人達に追われているんです!」


 漫画でしか聞いたことがないような台詞。

 声の主は海斗と同い年くらいの少女で、ミディアムボブのプリズムカラーの髪を揺らしながら、悲痛な表情を浮かべて助けを求めていた。


「え? あ、あの……どうして……」


 状況が呑み込めず、動揺を隠せないでいると、遠方からバイクのエンジン音が近づいて来た。それは海斗が最も恐れていた光景だった。

 見ると少女が現れた方向から、モノホイールバイクに乗った暴走族の集団が、爆音を轟かせながらこちらへ走って来るのが目に入った。

 巨大なタイヤの中央部に搭乗シートが設置されているタイプのバイクで、暴走族らしく派手なパーツや何本ものマフラーをあちこちに取り付け、違法な改造を施している。


「ドーモこんばんわぁお姉さん達♪」


 下品な笑みを浮かべながら、髪をツンツンに逆立てたスパイクヘアの男が濁声で言う。


「ねえ何で逃げるのぉ、俺こう見えて結構紳士なんよ。もっと友好的にお話しようよ」


 少女は怯えた様子で海斗の背中に身を隠す。


「俺達は運命の赤い糸で結ばれてるんだよ。君だって俺のことずっと感じてたでしょ?」

「やめてください。あなたのことなんか知りませんっ!」


 そのやり取りだけで、何があったのか容易に推察することが出来た。

 要するにこの男は以前から少女に付きまとっていたストーカーなのだろう。そして付きまとうだけでは飽き足らず、少女を待ち伏せして実力行使に及ぼうとした、と。

 確かに少女は暗がりで見てもわかるくらい可愛らしい目鼻立ちをしている。ストーカーに狙われるのも無理はないと思わせる美貌だった。

 だからといって男の行動が正当化されるなどとは微塵も思わないが。


「一条さーん、楽しんだら後で俺にもお裾分けしてくださいよぉ」

「馬鹿野郎、渡すワケねーだろ! テメーら指一本でも触れたらぶっ殺すぞ!」

「うわ、ひっでー」


 一条と呼ばれたスパイクヘアの男は、右手の電脳義腕サイバーアームを握り締めて仲間達を威嚇する。

 どうやら彼がグループのリーダー格のようだ。


「おう兄ちゃん」


 と、初めて男の視線が海斗に向けられる。

  

「何をすりゃ良いかわかってるよな? まず大人しくその子をこっちに渡す、そしたら回れ右して真っ直ぐお家に帰りな。そうすりゃ誰も傷つかずに済んでハッピーエンドだろ?」


 とてもそうは思えないが。

 確かに男の言う通りにすれば、自分は無事で済むかもしれない。

 しかしそれは少女を置き去りにすることを意味する。これから彼女がどんな目に遭うかは明白であるにも拘らず。果たしてこのまま立ち去っても良いのだろうか。

 振り返って少女の方を見る。必死に助けを請うような切実な眼差しでこちらを見つめてくる。背中越しに、少女が小刻みに震えているのが伝わる。

 何をやっているんだ自分は。非力な自分に何が出来ると言うのだ。下手をすれば“また”死ぬことになるかもしれないというのに。

 それでも少女の強い視線が、海斗の脚をその場に釘付けにした。


「おい、いい加減離れろよテメエ!」


 何か気に障ることでもあったのか、スパイク男が怒声を飛ばしながら詰め寄ってきた。


「さっきからベタベタしやがって、もしかしてお前その子の彼氏とかじゃねえだろうなあ、あ?」


 ――はあ、何でそんな発想になるの。頭に脳みそ詰まってないんじゃないの、この人?


 男の激しい被害妄想に辟易し、海斗は内心で悪態をついた。少なくとも本人は声に出していないつもりだった。


「あァン!? テメー、今何つった?」

「……え」


 ところがその直後、いきなり男が顔を強張らせた。

 まさか聞こえていたのか。いや、そんなはずはない。ちゃんと心の内で留めていたはずだ。はずなのだが……。


「……も、もしかして声に出てた?」

「うん」


 恐る恐る訊くと、男は律儀にも険しい表情のまま頷いてくれた。


 ――し、しまった、ついいつもの癖で本音が……。


 海斗は慌てて口を押える。彼には思ったことを無意識の内に口に出してしまうという悪い癖があった。

 そのせいで友達が出来ない要因にもなっていたのだが、まさかこんな緊急事態にまでその悪癖が発揮されるとは。


「ご、ごめんなさい。つい心にもないことを!」


 今更謝っても許して貰えるとは思えないが、今はそれしか選択肢はない。


「……謝るんならきっちり頭を下げるのが礼儀ってモンじゃねえのか。ちゃんと出来たら許してやらなくもねえからよ」

「は、ハイ……」


 果たして本当だろうか……などと疑っている暇はない。

 海斗は腰を直角に折り曲げてお手本のような謝罪のポーズをとった。


「ほ、本当に申し訳ありませんでした……」


 しかしやはりそれは罠だった。


「はーい良く出来ましたあ。んじゃ特別にご褒美をあげよっかなあ」


 男はサディスティックな笑みを浮かべると、どこからともなく取り出した鉄パイプをこちらに向けて振り被った。


「ちょ……でも今許すって……」

「あーそうだっけ? なあお前ら、俺そんなこと言ったか?」


 とぼけた口調で男が問うと、他の仲間達は「いーえー」「嘘は良くないよーお兄ちゃん」とまるで口裏を合わせたかのように海斗の主張を否定する。

 これではただの八百長ではないか。


「……だとよ、残念だったなバァーカッ!」

 

 次の瞬間、男が海斗の側頭部目掛けて思い切り鉄パイプを振り下ろした。

 海斗は苦し紛れに右腕を前方に出して身体を庇う。直後にガキィという金属音が周囲に響き渡った。

 海斗は一瞬何が起こったのかわからなかった。

 気がつくとなぜか右手が勝手に動きだして、鉄パイプを素手で受け止めていた。

 状況が呑み込めず、半ば思考停止に陥る関係者一同。

 その時、またしても不可解な現象が起こった。

 今度は海斗の左手が独りでに動いて強引に鉄パイプを奪い取ると、そのままスパイク男の顔面を殴打した。


「ぐわっ!」

「テメー何しやがる!」


 リーダーが突然攻撃されて、仲間達が一斉にこちらに襲い掛かる。

 その後の展開は、とても現実とは思えないものだった。

 気がつくと海斗は、アクション映画俳優並みの大立ち回りを演じていた。

 昨日までただの学生だったはずの自分が、暴走族の拳や蹴りを華麗に受け止め、逆に相手の隙を突いて速やかに反撃を叩き込んでいる。

 海斗は生まれてこのかた喧嘩などしたことなかった。それなのに、彼の拳は正確に相手の急所を捉えていた。

 不思議なのは身体が自分の意思に反して勝手に動いていることだ。まるで誰かに操られているかのように。

 数分後には五、六人いた暴走族のほとんどが、意識を失って地面に這いつくばっていた。


「このクソッたれ! 調子に乗りやがって!」


 と、そこで最初に殴られたスパイク男が意識を取り戻したようだ。右手の義腕に仕込んでいた刃渡り十五センチほどのナイフを露出させてこちらに向ける。


「ちょ、待って! それはナシだって!」

「うるせえ!」


 男はしかし問答無用で突進してくる。

 海斗はせめてダメージを最小限にしようと咄嗟に両手で身体を庇った。それが今出来る精一杯の抵抗だった。次の瞬間には鋭利なナイフが掌を刺し貫いている光景が脳裏に浮かぶ。

 ところが現実はそうはならなかった。ナイフの先端は、皮膚を一ミリも傷つけることなく表面で止まっていた。

 ナイフが突き刺さった感触もない。ただ細い棒状の物が手にぶつかったような軽い衝撃を覚えただけ。


「……は?」


 スパイク男が素っ頓狂な声を発する。

 海斗も何が何だかわからず戸惑っていると、今度は右足が勝手に動いて、スパイク男の腹部を思い切り蹴飛ばした。男は大きな弧を描いて後方に飛び上がり、路肩に設置されたゴミ箱にホールインした。

 空気が死んだような不気味な静寂が、一帯を支配する。

 男達は激痛に身悶えしたり、あるいは完全に意識を失っている者もいる。起き上がる気配はない。

 殴った時の生々しい感触がまだ拳に残っている。これは本当に自分がやったことなのか。

 鉄パイプで殴られても、ナイフを突き立てられても痛くなかった。とても人間とは思えない、まるでロボットのような……。

 その時、海斗はふとサイモン・クルーガーとの会話を思い出した。


『君が今装着しているサイバーウェアは優れモノでね。以前の君とは比べ物にならないくらい身体能力が強化されているはずだよ』


 アレがそういうことだとしたら自分は――


「す、凄い……」


 と、ふいに背後から発せられた声に思考が遮られる。


「凄いっ! アナタ凄く強いんだね!」


 振り返ると少女が物勢いで両手を掴んできた。


「私、諸星もろぼしヒカリ。アナタ名前は?」

「えと……浅宮海斗」

「そっか、ありがとね浅宮君っ!」


 パアッと笑顔が輝く。

 その笑顔が眩し過ぎて、思わず見惚れてしまった。


「ウィンドウショッピングしてたらいつの間にか治安の悪い場所に迷い込んじゃって、すぐに引き返そうと思ったんだけど、いきなりあの人達が追いかけて来たの。アナタが助けてくれなかったらどうなっていたか……」

「そ、そうだったんだ」


 さっきまで暴漢に襲われそうだった割にはずいぶんテンションが高い。

 元々そういう性格なのか。


 ――ん、待てよ、“ヒカリ”ってどこかで聞いたことがあるような……あ。


「……も、もしかしてHIKARI? あの動画配信者の?」


 海斗がそう訊ねると、少女は決まり悪そうに指で頬をかきながら言った。


「あー、まあね……一応そうかな?」


 SNSを中心に活動している大人気インフルエンサーで、主に歌やダンスなどを撮影した動画を投稿している。

 仮想現実《VR》や拡張現実《AR》を駆使した編集により、まるで視聴者の目の前で本人が踊っているような気分になる動画が人気を博している。

 その人気は凄まじく、フォロワー数は半年前にデビューして既に一千万人を突破しており、昨日投稿された動画は半日で五百万再生を記録している。

 ただフォロワーが男性層に偏っているせいか、コメント欄の中には常軌を逸した愛情表現を書き込む者も。

 この男もその一人だったのだろう。

 その歪んだ気持ちが暴走して、今回このような結果に繋がった、ということか。


「うわぁ、凄い……本物だ……」


 かく言う海斗も、彼女の動画にコメントを残したり“いいね!”を押したことがある。

 動画で見た時も大変な美少女だと思っていたが、実物はその十倍は可愛いかった。


「あのぉ……そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど……」

「あゴメン」


 海斗が自分のフォロワーであることを悟り、ヒカリは少々警戒心を抱いた様子。

 無理もない。あんな目に遭った直後なのだから。


「ところでこの人達、前から君のこと知ってたようだけど、何か心当たりはある?」

「うん、私のチャンネルのフォロワーだって言ってた。私がネットにアップした写真から場所を特定したんだって」

「へー、やっぱそういう人いるんだ」


 熱狂的なフォロワーには、SNSに投稿された写真に映った背景や影の角度から居場所を割り出す者もいる。

 インフルエンサーは背景を編集するなどして様々な対策を講じているが、ファンはあの手この手で特定する。完全にイタチごっこ状態だ。

 ヒカリのようにネットアイドルとして活躍している者は、特に細心の注意を払わねばならないだろう。


「気をつけてたはずなんだけどなぁ、眼に反射した景色からわかったんだって」

「ええ、それだけで……?」


 技術の進歩は目覚ましい。ただの暴走族にそんな技術力があるのは不自然な気がしないでもないが。


「まあ、とりあえずここから離れない? もたもたしてるとあの人達が目を覚ますかもだし」

「そだね」




「浅宮君は何か護身術とか習っているの?」


 二人肩を並べて暗い夜道を歩いていると、ヒカリがそんなことを言い出した。


「いや特には……」

「それであんなに強いんだ? へーすごーい!」


 ヒカリは素直に感心の声を漏らす。

 海斗は何だか気恥ずかしい気持ちになる。しかし可愛い女の子に褒められるのは悪い気持ちはしない。


「そうだ、何かお礼がしたいから連絡先教えてくれないかな?」

「え」

「あ、ごめんなさい。やっぱ初めて会った人にそんなことしちゃダメだよね」

「いやいやいや、全然そんなことないよ。むしろ――」


 こっちが教えて欲しいくらいです、と言おうとしてやめた。そんなことを言えばドン引きされるのは目に見えている。


「ん、何?」

「あいえ、何でもないです」


 それにしても憧れのアイドルと連絡先を交換するなんて夢のような話だ。

 それから十分ほど歩き続けると、ようやく人通りの多い場所に辿り着いた。目が眩むほどのネオンの光と人々の喧騒に、思わず安心感を覚える。


「じゃあ私、家こっちだから。何日かしたらまた電話するねっ」

「うん」

「じゃあまたねー浅宮君!」


 ヒカリはヒラヒラと手を振りながら、にこやかに別れを告げた。

 海斗も満面の笑みで手を振り返す。そしてヒカリがいなくなった途端、もっと色々と質問すれば良かったと激しい悔恨に襲われた。


 ――し、しまった! 動画外では何をしているのかとか、どんな音楽が好きなのかとか、まだ訊きたいことが沢山あったのに……。


 だが「また電話する」という言葉が、海斗にささやかな希望を抱かせた。

 浮かれ過ぎて、何故自分が暴走族を殴り倒すことが出来たのか、という疑念を完全に失念していたことに気づいたのは、翌日になってからだった。

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