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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
18/64

誰をお探しかな?

 翌日。

 さすがに冤罪だとわかったら、生徒の関心も別のことに移っているだろう。

 ……と思っていたらそうでもなかった。

 学校に到着するなり、全生徒から好奇の視線を浴びた。まさに集中砲火と言っても過言ではない。

 近づいて来る者はおらず、ただ遠くからヒソヒソと好き勝手なことを話し合っている。


 ――あー帰りたい……。


 切実にそう思ったが、そういう訳にもいかない。

 その時、誰かに肩を叩かれた。振り向くとそこには、何故か切羽詰まった表情のルナがいた。


「……お、おはよう」

「一体、昨日何があったのよ?」


 挨拶している場合か、と言わんばかりの勢いで訊ねてくる。


「あー昨日ね。いや参っちゃうよ、身に覚えがないのにいきなり誘拐犯にされて、個人情報まで晒されて。でもそれ以外は特に何もなかったよ」

「本当に? じゃあどうして電話に出なかったの?」

「その……ゴメン。ネットで個人情報晒されたせいでいたずら電話が大量に掛かってきたんで電源切ってたんだ」

「そ、そう……そういうことなら仕方ない……のかしら?」

「うんうん、もうこうなったら番号を変えるしかないかなーって思うんだけど、どこか良い会社知ってる?」


 あくまでも自分は無関係で何も知らない、という体裁を装った。

 ルナは拍子抜けしたようなホッとしたような顔で、目をぱちくりさせる。


「昨日、学校が終わった後、あの子(ヒカリ)と一緒にどこに行ってたの?」

「いや別に……あれから近くの喫茶店でお茶した後すぐに別れたから、彼女があんな大事件に巻き込まれてるなんて全く知らなかったんだよね」

「そ、そうだったの……」


 どうやら上手く誤魔化せたようだ。

 心配してくれている彼女を騙しているようで少々胸が痛むが致し方ない。本当のことを話せば巻き込んでしまうかもしれないのだ。それだけは避けたい。


「ずっと……心配してたんだから……」

「ご、ゴメン。連絡しようと思ったんだけど暇がなくて……」


 ルナが今にも泣き出しそうに唇を噛み締めるのを見て、海斗は慌てて弁明した。

 良く見ると目の下にクマのようなものが出来ている。もしや昨夜はずっと起きて……いや、それはさすがに思い過ごしか。

 人前でそんな顔をされたら、まるで自分が泣かせたように見えるではないか。

 現に男子生徒の何人かが物凄い目つきでこちらを睨んでくる。早く泣き止んで欲しい。

 その後、どうにかルナを安心させることに成功し、何てことない会話を二、三交わしてそれぞれのクラスに別れた。

 ヒカリの誤解を解こうかとも思ったが、それ以上言うとボロを出しかねないのでまた今度にした。




 クルーガーの秘書兼、ボディガードの男はこれまで経験したことのない恐怖に怯えながら、スピナーを運転していた。ハンドルを握る手が小刻みに震える。

 その原因は後部座席に座る男にあった。

 バックミラー越しに見えるその男は、俯き加減でまるで眠っているように見える。しかし全身からは常に殺気のようなものを発していて、今にもこちらに手を伸ばして首の骨をへし折りそうな勢いだ。

 別に自分は男と敵対している訳ではない。ただ彼をクルーガーのところへ送り届けるだけの簡単な仕事だ。

 頭ではわかってはいても、恐怖心が冷静な判断を狂わせる。

 短めの頭髪を逆立てて、銀色のファーをあしらったロングコートを着込み、全身に攻撃的なシルバーアクセサリーを身に着けている。そして何より注意を引くのは口元全体を覆ったケブラー製の防塵マスク。それはまるで噛みつき防止用の口輪を着けられた狂犬を彷彿させた。

 男はマンスローターと呼ばれていた。サイボーグ専門の殺し屋で、この男が引き起こしたとされる暗殺事件の数々は伝説の域に達している。

 反政府組織のリーダーや麻薬カルテルのボス、軍司令官、その護衛も含めてそれまで葬ってきた標的の数は軽く千人を超える。まさに百戦錬磨の虐殺者スローター

 自分もそれなりに鍛錬を積んでいるつもりだが、もし後ろの男と勝負すればアリのように踏み潰されることは戦わなくてもわかる。

 踏んできた場数が違うのだ。


「おい、さっきからちゃんと話を聞いているんだろうな?」


 相手の神経を逆撫でしないように、なるべく穏やかな語調で話しかけた。


「もう一度説明するぞ。標的は浅宮海斗という学生。時々グリッドランナーという名前でヒーロー紛いの自警活動をしている。言っておくが、ガキだからって油断しない方が良いぞ。戦闘用バイオロイドを四体同時に相手にして無傷で勝利したんだからな」


 しかし返事はない。


「おい聞いているのか?」

「うるせえ……今度、余計なこと喋ったらテメエから殺すぞ……」


 地を這うようなくぐもった低音が響き、秘書は言葉を飲み込んだ。


「相手が誰だろうが知ったことじゃねえ。何度も命乞いさせて死ぬまで痛めつけるだけだ……」


 やはりこの男はまともではない。根っからの殺人中毒者という噂もある。

 マンスローターに殺されたサイボーグは数知れないが、その巻き添えで殺害された無関係な人間の数も同じくらいに多いと聞く。

 つまり殺人衝動が高まれば、手当たり次第に人を殺めるということだ。今も早く誰かを殺したくてうずうずしていることだろう。

 出来ることなら今すぐにでもここから逃げ出したい。

 いつこの男が自分に殺意を向けるかわかったものではない。まるで核爆弾か細菌兵器でも運んでいるような気分だ。

 自分はこれまでクルーガーの無理難題にも従順に対応してきたが、今回ばかりは仕事を引き受けたことを後悔していた。

 そんなことを考えていたその時――


「停めろ」

「え?」


 男が信じられないことを言い出した。


「いや、しかしまだ目的地に着いていな……」

「良いから停めろ」


 有無を言わせぬ命令口調。逆らえば何をされるか目に見えているので従わざるを得なかった。

 仕方なく最寄りの建物の車寄せにスピナーを着陸させる。そこは奇しくも海斗が通う学校の前だった。


「どうするつもりだ?」

「先に仕事を終わらせる」

「今から?」


 秘書の戸惑いも余所に、マンスローターはスピナーのドアを開けて外に出ようとする。


「ちょっと待て、今からターゲットの顔写真を送信する」

「必要ねえ」

「何?」

「そのターゲットってのは学生なんだろ? だったらここで暴れてりゃその内やって来るだろ」


 スピナーを降りると、まるで幽霊のような足取りでゆらゆらと学校の校舎に向かった。




 昼休み。海斗はいつものように学生食堂に向かうところだった。


「よっ、海斗!」

「わっ!」


 後ろから気楽な調子で、葵が肩に腕を回してきた。


「夏川さん、どうしたの?」

「学食に行くんでしょ? せっかくだから一緒に行こっ!」


 そう言って海斗の返事も待たずに、腕をグイグイ引っ張って先導する。

 その横で恵が面白くなさそうについてくる。


「昨日はとんだ災難だったね。住所とかネットに晒されたって聞いたんだけど大丈夫なの?」

「ハハハ……まあ何とか」


 海斗は苦笑しながら平静を装う。


「ヤバそうだったらセンチネルに相談した方が良いんじゃない? あれ、この場合は弁護士の方が良いのかな?」

「まあそれも一応考えてるよ」

「にしてもビックリだよね、まさかあのグリッドランナーがHIKARIちゃんを助けるなんて。今まではギャングをやっつけたり人助けしたり、地味なことしかしてない印象だったけど、今回はマジで悪を成敗したって感じ」

「そうかもね」

「ぶっちゃけ私、今までグリッドランナーのことあんま知らなかったんだけど、ちょっと興味湧いちゃったかも」

「そう」


 葵はグリッドランナーの正体が海斗であることは知らない。何だかこそばゆい気持ちになる。


「それに、おかげで私の海斗が逮捕されなくて済んだんだから感謝しなきゃだねー」

「……頭撫でないでくれる?」

「キャハハッ! やだもー照れちゃって、かーわいーい!」


 葵はからかうようにニヤニヤ笑顔を浮かべながら、頭を撫で回してくる。自分のことをペットか何かだとでも思っているのか。

 そうこうしている内に食堂に辿り着く。何だか今日はいつも以上に混雑していた。

 その中で手前のテーブルにて、野上の姿が目に入った。


「や、やあニーナ……もし良かったら俺と一緒に食べない? や、やあニーナ……もし良かったら俺と一緒に食べない? や、やあニーナ……もし良かったら俺と一緒に食べない?」


 一応言っておくと、そこにニーナはいない。ただ本人に話しかける前に予行練習のつもりなのか一人でボソボソと独り言を延々呟いているだけだ。

 当然、すれ違う生徒が不審そうに野上を見つめている。

 関わると自分も同類扱いされかねないので、他人のふりをして距離を置くことにした。


「あっちゃー、ちょっと来るのが遅かったみたい。座るとこあるかなぁ?」


 葵はキョロキョロと周囲を見回す。すると奥のテーブルに見覚えのある人物を発見した。


「あ」


 ふと、一人でオムライスを食べているルナと目が合う。他の生徒は偶々席を外しているのか、それとも本当に一人で食べているのか、周りの席が空席になっている。ルナは普段から近寄り難いオーラを発して人を遠ざけているので、あり得ない話ではない。

 周りの生徒にはそれが孤高の人のように見えて、尊敬される所以にもなっているようだが。


「白泉さんも学食なんだ。ねえここ空いてる? 良かったら私達も座らせてくれないかなあ?」

「別に構わないけど……」


 両手を合わせて葵が懇願すると、ルナはさも興味なさげに調子で答えた。確か二人は去年同じクラスだったか。


「ありがとー。じゃあ私、料理取ってくるね」


 そうお礼を告げて、葵と恵はカウンターの方へ向かった。


「夏川さんと仲が良いの?」

「え」


 自分も行こうかな、と足を踏み出しかけた途端、ルナが何事か呟いた。

 海斗が「いや、うーん。どうかなあ……」と答えると、ルナは――


「じゃあその……昨日のあの子(ヒカリ)とは……」

「ん?」

「な、何でもないっ!」


 何か言いかけたかと思うと、拗ねたようなしかめ面になって、そのまま口を閉ざしてしまった。

 何かまずいことでも言っただろうか。全く心当たりがないが。

 弁明をすべきだろうか、しかし早くカウンターに行かないと生徒が増えて長蛇の列になってしまう。どうするか決めかねていると、向かい側のテーブルに座る男女のグループがルナに話しかけてきた。


「よう白泉、そんなダサい連中より俺らと一緒に食った方が絶対楽しいぜ」


 グループのリーダーらしき男子が揶揄するように言う。

 あの華やかな雰囲気、きっとクラスでもトップクラスの地位に君臨する優等生なのだろう。


「結構よ」

「えー私、白泉さんと食べたーい」

「まあまあ、白泉さんはああいう捨て犬みたいな奴を見ると放っておけないタイプなんでしょ」

「アハハハッ!」


 嘲笑するような笑い声が響き渡るが、何も反論出来ない。自分が何か言ってルナに迷惑をかけたくなかったからだ。

 その時、どこからともなく叱声が飛んできた


「おい、うるさいぞお前達。静かに食事出来んのか!」


 学年主任の高橋だった。教師が学食に顔を出すのはずいぶん珍しい。

 教師に睨まれては、さすがの優等生グループも黙らざるを得ない。

 意外な人物に助けられたと思いきや、高橋はやおら首を回してこちらを睨みつけた。


「面倒は起こすなよ。見張っているからな!」


 相変わらず自分を目の敵にしている。噂によると、昨日のニュースを見ていち早く海斗を退学処分にするよう進言したのが彼だったそうな。この様子だと退学に出来なくてイラついているようだ。

 高橋がいなくなると、優等生グループが小声で一斉に陰口を言い始めた。


「はー最悪、高橋マジうぜえ。いっぺんぶっ飛ばしてやろうか」

「あんまデカい声で言わない方が良いよ。聞こえたら何されるかわかんないから」

「そうそう。中嶋先生ほどじゃないけど、アイツも相当強いらしいよ。この前、酔っ払いのギャングを返り討ちにしたって自慢してた。本当かどうか怪しいけど」


 と、こうしている場合ではない。早くしないと昼休みが終わってしまう。

 本日はパスタを食べたかったので、パスタの食券を販売している列に並ぶことにした。ちょうど最後尾には恵がいた。


「ちょ、何でこっち来んの?」

「いや、俺もそれを食べたいと思って……」

「あっそ、もーちょい離れて並んでくんない?」

「はあ」


 恵は素っ気ない様子でプイッと前を向く。何だか気まずい。気を紛らそうとして周囲を見回す。

 その時――

 人混みに紛れて、出入口付近に何やら不審な人影を発見した。

 生徒ではない。生徒にしては格好が奇抜過ぎる。銀色のファーをあしらったロングコートに黒い防塵マスク。どちらかというとギャングが好みそうな服装だ。

 しかし学校のセキュリティを潜り抜けてギャングがここまで入り込めるだろうか。

 そう思ったその直後――


「――ッ!?」


 いきなり男が傍に設置された自動販売機を持ち上げたかと思うと、こちらに向かって投げつけてきた。


「危ない!」


 海斗は隣にいた恵を抱えて横に跳躍した。投げられた自販機が光る床を破壊して突き刺さった。


「なん――!」


 恵は目を白黒させながら顔を上げた。

 異変を察知した生徒達が一斉にこちらを振り向く。その瞬間、一発の銃声が室内に轟いた。


「全員その場を動くな! 動いた奴から片っ端に蜂の巣にしてやる!」


 出入口にいた男が天井に向けて発砲し、ユラユラと部屋の中央に移動する。


「えっえ、やばくない?」

「何々?」

「今の銃声?」

「……噓だろ」


 生徒達はただ恐怖と不安に駆られ、混乱に陥っていた。

 ところが学年主任の高橋が無造作に男に歩み寄って肩を掴んだ。


「おい何者だ貴様! どこから入り込んだ!?」


 次の瞬間、肩を掴んでいた高橋の手が切断され、ゴトリと機械義手が床に落下した。血ではなく蛍光色の人工血液が切断面から溢れ出す。


「ぐおおおおおぉ!」


 絶叫をあげて膝をついたところに男の蹴りが顔面に入り、高橋が床に突っ伏した。

 室内が阿鼻叫喚の渦に包まれるが、男がもう一度銃を天井に向けて発砲すると再び静まり返った。


「良いか、お行儀良くしてたら無事に家に帰してやる。馬鹿な真似したら高橋コイツと同じ道を辿ることになるぞ!」


 男――マンスローターは芝居がかった大袈裟な身振りで、演説をするかのごとく大声でまくし立て始めた。


「この街にはグリッドランナーとかいう正義の味方がいるそうじゃないか。テメエらにはソイツをおびき寄せる餌になって貰う! それまでは全員大人しくしてろ! あの自警団気取りのクソ生意気なガキが来るまではなあ!」

『誰をお探しかな?』


 声がした方を振り返った直後――至近距離から放たれた収束プラズマ砲が胸部に直撃し、マンスローターは壁際のカウンターまで吹き飛ばされた。

 観衆は突然どこからともなく現れたその人物に目を奪われた。

 一昔前の特撮ヒーローを彷彿させるメタリックなボディ、電子回路のような白緑色の模様が煌々と発光する特徴的な外見。

 それはSNSを中心に、世間を騒がせているグリッドランナーの姿そのものだった。


「え、グリッドランナー?」

「どうしてここに?」


 生徒達の混乱に乗じてグリッドランナーの姿になった海斗は、声を張り上げて叫んだ。


『皆、逃げろ!』


 その言葉を合図に、生徒達が我先にと狭い出入口に殺到した。その混乱状態を見て、海斗は自分の判断ミスを悟った。


『あ、ヤバ……』


 大勢の生徒が同時に群がったせいで、完全に出入口が詰まってしまった。

 避難訓練のように整然と避難すると思っていたが、甘かった。練習と本番は違うということか。今も一人の女子が後ろにいた男子に突き飛ばされて床に倒れてしまった。

 その間にカウンターテーブルに叩きつけられたマンスローターが起き上がって、ジュークボックスを放り投げてきた。

 ジュークボックスは綺麗な放物線を描いて、倒れた女子目掛けて飛んでいく。海斗は瞬時に女子の前まで移動し、飛んできた“それ”を軽く受け止めた。


ジュークボックス(これ)結構気に入ってるんだよね』


 ジュークボックスを床に降ろして『うん、まだ使える』と言った後、女子を助け起こす。


『さあ早く避難して!』


 女子を無事に送り届けた頃には、さすがにもうほとんどの生徒は外への避難を完了していた。ルナ、葵、恵、あとついでに野上、知っている顔は全員いなくなっていた。

 もぬけの殻となった学食で、海斗は目の前の闖入者と真正面から対峙した。


「テメエがグリッドランナーか?」

『そうだけど。困るなあ、アポなし訪問はマナー違反だって知らないの? これだから最近の若者は……』

「そんなこと気にする必要はねえ。テメエは今からここで死ぬんだからな」

『ならもうちょっと他人に迷惑のかからない場所に移動しない? その方が君もやりやすいでしょ』

「知ったことか」

『あ、そう。ならここの修理代は君が払うってことで良いかな?』


 まずはいつもの挑発的な口調で対応する。

 この口調は自分の正体を隠すだけでなく、相手の感情を逆撫でして冷静さを失わせる効果もある。決して素で言っているわけではない。


「死ね!」


 マンスローターはそう言い捨てて、右手のAuto 99を乱射する。海斗は天井に張り付くことで回避する。


『ついでに俺がさっき注文したタピオカジュースの代金も払ってくれると嬉しいんだけど……』


 と、言うや否や、逃れた先にも弾丸をばら撒かれたので、身を翻して滑るように天井を駆け巡った。そして弾を撃ち尽くしたところを狙って、相手の頭上に照明器具を落とした。

 マンスローターは横っ飛びに退いて鬱陶しそうにそれを避ける。


「ハッ、すばしっこさだけはゴキブリ並みだな」

『ただのゴキブリじゃないよ。これまで多くの害虫駆除業者を返り討ちにしてきた伝説のゴキブリさ。君もチャレンジしてみる?』


 などと大口を叩きながらも、海斗はプラズマ砲を食らってダメージ一つない目の前の相手に驚愕を禁じ得なかった。

 周囲の生徒を考慮して最低出力で発射したとはいえ、鉄板を溶解させるほどの威力はあったはずなのに、傷らしい傷は見当たらない。どうやら相当な手練れのようだ。

 こんな男を差し向けてくる人物に、海斗は一人しか心当たりがない。

 クルーガーは意地でも自分を殺したいらしい。


 ――ほんっと往生際が悪いよね。


「ふん、そういう奴にはもっと良いものを用意してやる」


 マンスローターが銃を懐にしまうと、両手の指の付け根辺りから四本の鉤爪を露出させた。すると、またあの耳障りなハウリング音が響き始める。


 ――げっ、高周波ブレード……。


「どうした、テメエはこれが苦手なんだろ? 知ってんだよ」


 マンスローターは目元に勝ち誇ったような狂喜を浮かべて身構えた。


『その爪、今流行りのネイル? 格好良いけど女子受けはイマイチじゃないかな』

「無駄口を叩くのはその辺にしておけ。遺言がそんなくだらない言葉になったらつまんねえだろう?」

『ダメ元で訊くけど、このまま見逃してくれるってことはないかなあ?』


 そう言いつつ、海斗は床に着地した。


「無理だね、テメエをバラバラに切り刻むのはもう決定事項だ」

『ああそう……素敵なご趣味ですこと……』


 途端、マンスローターが床を踏み鳴らして超速の突進を仕掛けてきた。

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