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グリッドランナー  作者: 末比呂津
マンスローター編
11/63

ホント最高……

 隊員が怯んだ隙に、ヒカリの手を掴んで走り出した。


「待て!」


 センチネル隊員の制止する声を無視して十字路を左に曲がる。その選択が仇となった。左に曲がった途端に、目前にフェンスが立ちはだかった。追手はすぐ後ろまで迫っている。


「ヒカリさんゴメン、ちょっと荒っぽくするよ!」

「え、ひゃあっ?」


 海斗は咄嗟にヒカリの身体を横抱きに抱え上げると、跳躍してフェンスを飛び越えた。

 着地するや、海斗はすぐさま目の前のビルに飛び乗った。

 隊員は遠ざかる海斗達を見送りながら、無線機に手を伸ばした。


「こちら二九号車、容疑者がラムダ地区方面に逃走。至急応援を要請する」


 応援を呼ばれてしまった。すぐにスピナーと警備ドローンがの群れが飛んでくるだろう。

 海斗はサイレンの音からなるべく遠ざかるようにして、ビル伝いに駆け抜けた。

 この都市の治安機関から逃げ切るのは容易なことではない。もっと速度を上げて振り切らなければ。

 自分は平気だが、ヒカリはこのアクロバティックな移動に耐えられるだろうか。何とか頑張って貰うしかない。


「しっかり捕まって!」


 そう叫ぶとヒカリは海斗の首に両腕を回して必死にしがみつこうとした。不謹慎だがヒカリに抱き締められるような態勢になり、軽い胸の高鳴りを覚えた。




 サイレンの音が聞こえなくなったのを確認して、海斗はヒカリを一旦降ろした。


「何とか逃げ切ったみたいだね」


 とりあえずビルの屋上に設置された給水塔の陰に隠れて一息つく海斗。

 すでに日が暮れて、無数の電子広告やネオンライトが光を帯び始める頃合いだ。


「ちょっと……死ぬかと思ったんですけど……!」


 ヒカリは膝に手をついてゼイゼイと荒い呼吸をする。


「ジェットコースターだと思えば良いんじゃない?」

「乗ったことないもん」


 不貞腐れたようにふくれっ面を見せるヒカリ。


「でもどうしてこんなことに?」

「多分サイモン・クルーガーの差し金だと思う。クルーガーってのはロズウェル社の役員で、サイバーマトリックスの偉い人でもあるんだ。だから、センチネルを使って俺達を捕まえようとしているんじゃないかな」

「じゃあ私達おたずね者ってこと?」

「そうなるね。この様子だと自宅にも先回りされてるかも」

「噓でしょ……」


 センチネルのデータベースにはメガトーキョー全住民の顔写真と個人情報が登録されている。

 顔を見られた以上、自宅にまで捜索の手が及ぶのは時間の問題だ。ヒカリの家も同じこと。八方塞がりだ。

 かと言ってここに留まり続けても状況が好転することはない。

 空にはセンチネルスピナーの回転灯とサーチライトの光が至るところに見える。いつここが照らし出されてもおかしくない状況だ。


「そうだ、もしかしたら私のお姉ちゃんが助けてくれるかもしれない。お姉ちゃんもセンチネルの隊員なんだ。ちょっと電話してみるね」


 ヒカリは耳元に手を当てて電話をかけた。しかしやがて不安そうな顔でそわそわした様子を見せる。


「……おかしいな。繋がらない」

「あるいは妨害されてたりして」

「そ、そんな……」


 ヒカリは途方に暮れた様子で、がっくりと項垂れる。


「どうしよう、私のせいでこんなことになっちゃって……」

「あまり自分を責めない方が良いよ。一番悪いのはクルーガーっていうオッサンなんだからさ」


 海斗は他に頼りになりそうな人はいないかと考え、ある人物のことが頭に浮かんだ。

 上月だ。彼女に助けを求めるか。

 彼女もサイバーマトリックス社の人間だが、クルーガーと対立していることは間違いない。もしかすると力になってくれるかもしれない。

 海斗はヒカリに「ちょっと待ってて」と断りを入れてから、上月に電話をかけた。

 十秒ほどコールした後、視界内にホロウィンドウが表示されて上月が姿を現した。


「あ、上月さん」

『どうした。君の方から連絡してくるなんて珍しいね』

「実はちょっと困ったことになって……」


 海斗はこれまでの経緯をかいつまんで説明した。


『……そうか、まああの男の性格を考えれば意外ではないな。しかしその話が本当なら君達はメガトーキョー中で指名手配されていることになる』

「何とかならないんですか?」

『生憎、私には上司クルーガーの命令を覆す権限はない。だがその財務記録とやらが本当に奴の不正を暴く証拠になるならそれを使って彼を失脚させることは出来る。そうすれば君達の手配も取り消されるだろう』

「本当ですか?」

『ああ時間は掛かるかもしれないけどね。それまで私の別荘(セーフハウス)で身を隠すと良い。とりあえずこの住所に来てくれ』


 そう言って上月はどこかの住所が書かれたメモを送信してきた。通話を終えると海斗はヒカリに内容を伝える。


「ヒカリさん。これから上月って人のところに行こうと思う。その人もサイバーマトリックスの社員だけどクルーガーとは対立しているし、俺達の力になってくれると思うよ」

「本当に大丈夫?」

「わかんないけど他に頼れる人もいないし、とにかく行ってみよう」


 ヒカリは少し考える素振りを見せた後、「わかった行こう」と言って同意してくれた。


「でもまたさっきみたいに飛び跳ねるの? 私吐きそうかも……」

「あーそうね……じゃ途中で薬局にでも寄って酔い止め薬買う?」




 上月はマンション前のロータリで待ち構えていた。


「やあ良く来たね。こっちだ」


 海斗とヒカリは上月に連れられてマンションに入った。誰にも見られないよう素早くエントランスからエレベーターホールに向かう。途中、ヒカリと上月は互いに自己紹介を済ませた。

 エレベータは一気に最上階まで上昇する。

 最上階はまるごと一つの部屋になっていて、いわゆるペントハウスという造りになっていた。例えるならマンションの屋上に豪邸が建っているようなものだ。

 ドアを開錠すると、センサが反応して自動で部屋全体に電灯が灯る。

 広々としたリビングの床は鏡のようにフロアコーティングされて、わずかな汚れや塵一つない。

 カウチソファは高品質な合成皮革で作られ、百インチ以上はあるホロディスプレイ、アクアウォール、バイオエタノール暖炉など、インテリアの一つ一つが最高級品だった。

 窓の外を見るとだだっ広いバルコニーの中央に大きなプールがある。

 サイバーマトリックス社の社員は相当給与が良いらしい。副主任という肩書だけで、これだけの豪邸が手に入るのだから、重役は宮殿にでも住んでいそうだ。

 これで別荘とは、自宅はどれほど豪華なのだろう。


「す、凄い……」

「ふーん、中々良いところだねぇ」


 ヒカリは海斗ほどは驚いていない様子だった。動画配信で大いに稼いでいるのだ。贅沢なものは見慣れているのだろう。

 良く考えるとサイバーマトリックス社から多額の慰謝料を貰った今なら、自分もここと同水準の家を購入出来るかもしれないことに気づいた。

 この問題が解決したら新居を探してみるのも良いかもしれない。


「ここにある物は自由に使って良いよ。どうせ私は使わないから」


 そう言われて早速ソファにダイブしたくなる衝動を必死に堪えた。今はそれどころではない。


『海斗様』

「ん?」


 と、そこでプリスからチャットが入った。


「何?」

『問題が発生しました。テレビをご覧ください』

「テレビ?」


 怪訝に思いながらも海斗はホロディスプレイの電源を入れる。

 この時間帯はいつも夕方のニュース番組を放送している。と、そのニュース画面に表示された『人気インフルエンサー誘拐』というテロップが視界に飛び込んできた。


『本日夕方、人気インフルエンサーのHIKARIさんが何者かに誘拐されました。目撃者の証言によると、犯人と思われる少年は赤いパーカーを着用して身長は百八十前後、推定年齢はおよそ十五歳から十九歳……』

「……赤いパーカーの少年って、もしかしなくても俺のこと?」

『恐らく、クルーガー氏がマスコミに偽情報を流したのだと思われます』


 海斗の問いかけに、プリスが答える。

 未成年だから実名報道はされていないが、犯人の特徴は海斗と完全に一致していた。


「嘘でしょ……そこまでする?」

「クルーガーは余程そのフラッシュメモリに執着しているみたいだな」


 上月が他人事のように言う。実際、他人事なのだが。

 海斗はクルーガーの言っていた「高い代償」の意味をようやく痛感した。相手はこの都市を統治する組織の幹部。自分のような一介の学生を社会的に追い詰めるなど容易いこと。

 気懸かりなのはネットでどれほどこのニュースが話題になっているかということだ。ヒカリは大人気インフルエンサー。影響力は相当なもの。人々に注目されればされるほど、復帰した時のダメージは大きくなる。

 海斗はニューラル・インターフェースの検索エンジンで、HIKARIという単語を入力してみた。


「……って何これ!? すでにネットでは俺の個人情報まで特定されてる!」


 本名、住所、顔、年齢はもちろんのこと、通学している学校や海斗がHIKARIのフォロワーであること、さらにはユーザー名まで漏洩していた。

 当然、過去にHIKARIの動画に書き込んだコメントまで掘り返されている。

 事実上の公開処刑に近い。

 意外なことにブログやSNSでは、HIKARIよりも犯人の話題で一色に染まっている。

 ネットの掲示板にはすでに大量のスレッドが乱立していた。


【悲報】人気インフルエンサーさん、熱狂的ファンに誘拐される


2 名無し

マジかよ

新曲楽しみにしてたのにー


3 名無し

まーたこの世代がやらかしたのかよ

いい加減コイツらは隔離施設でも造って閉じ込めれば良いのに


8 名無し

>>3

強制収容所かな?


36 名無し

あーあ

せっかくIIIジェインを超えそうな勢いだったのに終わったなー

信者息してるかー


168 名無し

ちなみに誘拐犯の顔はこんな感じです

(画像)


187 名無し

>>168

結構イケメソやんけ

誰だよ俺らとか言ってた奴


250 名無し

イケメンならHIKARIもあんなことやこんなことされても喜ぶんじゃないかな


252 名無し

>>250

んなわけねーだろ

エロ同人の読み過ぎだアホ


356 名無し

マジ裏山

俺が先に誘拐しとけば良かった


357 名無し

>>356

きっしょ

自殺した方がいいよ君


「ハハハ……ホント最高……」


 ネットでボロクソに言われているのを見て、海斗は乾いた笑いが出てきた。

 仮に無実を証明したとしても、ネットに拡散された個人情報は一生残り続ける。

 きっと学校のSNSでは今頃大変なことになっているだろう。学校でヒカリと二人でいるところを大勢の生徒に見られているのだ。恐ろしくて確認する勇気すら起きない。

 ルナとは結局、誤解を解けず終いだった。もはやそれどころではなくなってしまった。

 今、彼女がどのような心境でこのニュースを見ているのかを想像すると、何だかやるせない気分になる。


「海斗君ごめん……私のせいで」


 ヒカリが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや……っていうかいくら不正の隠蔽の為でも普通ここまでするかな?」

「そうだな、言われてみれば確かにおかしな気もする」


 上月は顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「ねえその税務調査報告書ってヤツ、ちょっと見せてくれない?」


 海斗はあることを思いついてヒカリに提案した。


「何か気になることでも?」

「うん、やっぱりその中に何か秘密が隠されている気がするんだよね」

「わかった、良いよ」


 ヒカリはブレスレット型のデッキにフラッシュメモリを挿入してホロウィンドウに表示した。

 海斗と上月はヒカリの両側に立ち、食い入るようにファイルを観察した。

 見たところ企業の税務調査を記録した普通のテキストファイルだ。素人の海斗には何がどうおかしいのかはほとんどわからない。


「あれ、ちょっと待って……」


 その時、ヒカリが何かに気づいたのか、急に目まぐるしい速さでデッキを操作し始めた。


「どうしたの?」

「うん、ちょっとこの文章の区切り方が違和感あって……」


 言いながらも、ヒカリは素早く指を動かして何やら良くわからないアプリを起動し始めた。

 そしてアプリを使ってテキストファイルのメタデータを表示すると、次々とコマンドを入力していく。と、突然画面に別のテキストファイルが出現した。


「……これは?」

「ステガノグラフィだな。画像や音声ファイルの中に別のデータを隠す技術のことで、スパイとか、やましいことをしている犯罪組織が情報を隠す時にも使われる」


 上月が丁寧に説明してくれた。先ほどヒカリが起動したアプリは、ステガノグラフィ専用の解析ツールだったのだ。


「これは何かのテキストデータみたいだね。ファイル名は……プロジェクトX?」


 それは何らかの実験記録のようだった。


 ――被験体E-12、三十代男性


術後の経過は良好。被験体の身体能力は飛躍的に向上した。

ところが受容体レセプタータンパク質の再現が不完全だった為に、サイバーウェアを制御しきれず、誤って自分の胸を貫いて死亡。


 ――被験体E-23、五十代男性


リガンド結合に異常が発生。著しく凶暴性が増すようになり、研究員にまで危害を加え始めたので、やむを得ず殺処分にした。


 ――被験体E-36、二十代男性


これまでの被験体と比較すると、特筆すべき異常は確認されなかった。しかし二日後に謎の発作を起こして脳死状態に陥る。


「……何だこれは」


 海斗が押し殺した声で呟く。その疑問に答えるようにして、ヒカリが重々しく口を開いた。


「これって……人体実験じゃない?」


 そこに記されていたのは非人道的な実験の数々だった。

 人間に危険度の高いサイバネティクス手術を施し、失敗した者の多くが死亡、もしくは脳死状態となっていた。

 被験者の多くは身寄りのないホームレスや不法滞在者で、病院で重い病気を患っている患者をリクルートすることもあるようだ。

 ざっと見ただけでも被害者の数は百人以上にも及ぶ。

 あまりに衝撃的な事実に、海斗達は驚愕を禁じ得なかった。


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