9.それはまるで、聖女のような(後編-1)
夕暮れ。町の内外で、人々が慌ただしく作業をしていた。
"特別認識個体"巨大熊討伐から数時間後、辺境の町の外では、魔物の解体作業が行われていた。日が暮れるまでに解体を終えようと、町民が総出で作業をしている。
レンとハナは、そんな町民の作業を見ながら、炊き出しの吹かし芋を勢い良くモシャモシャ食べていた。二人は、ようやくご飯にありつけた。
巨大熊を倒した後、着地の衝撃で両脚を複雑骨折し動けなくなったレンは、民兵に保護された。教会で治癒の力を見せつけたハナは、町中の負傷者の治癒に駆り出され、ようやくひと段落ついたところだった。
レンとハナはなぜか高いところが好きなので、魔物の監視用に作られた物見やぐらに陣取った。そこで、一心不乱に芋を食べている。
「動物をやっつけるだけで、こんなにお芋をくれるなんて、この町の人たちは優しいね!」
「そうですわね、レン。寮長のおばちゃんの100倍優しいですわ」
物見やぐらの梯子を、誰かが登ってきた。追加の芋を持ってきた司祭のヘオイヤだった。戦闘中は簡素な革の防具を身に着けていたが、今は祭服だけを着ている。
「すみません、こんな食べ物しか用意できなくて。今日中に肉を処理しないと、食べられなくなってしまうので、日が暮れるまで手が空く人がいないのですよ」
ヘオイヤが、微笑みながら言う。憑き物が落ちたような、自然な笑顔だった。
レンのおかげで、巨大熊を撃破できた。ハナのおかげで、死者が最低限で済んだ。ハナの治癒は、死者こそ治せないが、生きている人間であれば腕が千切れていようが全てを治した。ハナがいなければ、半数近くの民兵が死んだか、重症で苦しんでいただろう。
ヘオイヤ自身も、犬の魔物に噛まれた右足の切断を覚悟していたが、ハナの治癒に救われた。
「これだけの魔物の肉があれば、冬は安全に越せるでしょう。食料の備蓄が足りなさそうな、周囲の村にも配れそうです。本当に、レン様、ハナ様、お二人には感謝しかありません」
ヘオイヤは、二人に向かって深く頭を下げた。立派そうな大人にここまで感謝された経験がないので、レンとハナはなんかムズムズしていた。
「……えっと、司祭さん? 肉が余るんなら、辺境の村の孤児院に送ってくれないかな」
「――!」
ヘオイヤが、息を飲んだ。
「……孤児院、ですか。なるほど、わかりました。約束します」
ここまで、他者への献身を貫ける人間がいるのかと、ヘオイヤは思った。巨大熊を倒したレンの両脚は砕けており、骨が皮膚から突き出ていた。相当な苦痛だったろう。ハナが治癒しなければ、もう二度と歩くことができなくなっていたはずだ。
傍目からは巨大熊を簡単に倒したように見えたが、きっと死力を尽くした勝負だったのだろう。しかし、少年はそれを誇ることなく、粗末な芋に満足そうな様子を見せつつ、余る肉があれば孤児院に送りたいと言う。これを、英雄と言わずして、なんと言うのか。ヘオイヤの、心が震えていた。
(良い考えですわ、レン! 寮長のおばちゃんの肉料理は絶品ですわ!)
――レンとハナは、寮長のおばちゃんの肉料理が食べたいだけだった。