8.それはまるで、聖女のような(中編)
「こんにちは! お腹がペコペコで、ご飯が欲しいのですわ!」
ハナは、跳躍していったレンの後を追って、辺境の町にたどり着いた。そして、ご飯がいちばん貰えそうな、デカくて活気がある建物を探して、この教会を見つけた。確かに教会はこの町で最も大きな建物で、中は重傷者が呻き声をあげ、民兵が治療に駆け回り、活気があると言えばあった。
「え!? いや……なんだお前!?」
民兵は、とても正常な反応をした。ハナはズカズカと部屋に踏み込んでいき、再び言う。
「ご飯が欲しいのですわ!」
「いやお嬢ちゃん……何!?」
うーん、とハナは首をかしげた。どうやら、自分がお腹ペコペコなのが上手く伝わっていないらしい。こういう時は、仲間を増やすのがいちばんだ。小さい子供を巻き込んで、大人数でお腹が空いたと騒ぐと、寮長のおばちゃんはおやつを出してくれる。
「そこのキミ、あなたもご飯が欲しいですわよね?」
ハナは、いま父親を亡くさんとして絶望している、鍛冶屋の子供を抱き込もうとした。
「ごはんなんか、いらないよ! 父ちゃんが……」
ハナはようやく、負傷者の存在に気付いた。
「――あら、たいへん! ひどい怪我ですわね、すぐに治してあげますわ」
「……治せるの?」
子供が、目を見開いて、すがるようにハナへ問いかける。
「おい、この子の気持ちを考えろ! 冗談で済む状況じゃねぇぞ」
民兵が、ハナをとがめる。
「……? 冗談では、ありませんわ」
ハナが、ポカンとして、当然のことのように民兵に言う。いつの間にか、救護所の皆の注目が、ハナに集まっていた。
「なら、とうちゃんを治して……! お願い、お願い……! 僕の宝物、ぜんぶあげるから……」
「それほど、お父様が好きなのですね。なら、ちゃんと治してあげないといけませんわね」
ハナが、ニコリと笑みを浮かべた。杖を構え、祈るような仕草をする。
「――治癒」
ハナを中心に淡い緑色の空間が広がっていく。そして、その空間が鍛冶屋の父親に達すると、彼の致命傷が、ものの数秒で治癒されていった。淡い緑色の空間は、教会の聖堂全体に広がり、負傷者全員を治癒した。
「……え?」
民兵は、自身の目が信じられなかった。見知った町の人々を、見捨てながら、諦めながら治療していた。心が痛んでも、それをやるしかなかった。なのに、いま、全員が救われた。
「……俺は、生きてるのか?」
「とうちゃん! とうちゃんが目を覚ました!」
負傷者が次々と意識を取り戻していく。聖堂のステンドグラスから陽光が差し込み、聖堂の中央に立つハナを照らしていた。それはまるで、治癒の力を持った聖女が降臨したかのような、神秘さすら感じる光景だった。
皆が、言葉を失っている。民兵は、思わず片膝をつき、ハナの方へ頭を下げた。他の人間も、次々とそれに倣っていく。
突然、場の雰囲気が変わり、皆が自分に向かって頭を下げ、ハナはどうしたらいいかわからず困ったり恥ずかしがったりしていた。
「……あの、お腹がペコペコでして……その……」
ぼそぼそと、消え入りそうな声でハナは呟いた。ご飯が欲しいと騒げる状況ではなさそうだ。
結局ハナはこの後、空腹を我慢しながら全ての負傷兵の治癒を行い、ご飯にありつけたのはしばらく先になってからだった。