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7.それはまるで、聖女のような(前編)

 ――少し前。


 レンは、辺境の町の周辺をうろつくクマちゃんやワンちゃんといった小動物を見つけると、中動物(”特別認識個体(ネームド)巨大熊(ビッグ・ベアー))を目指し町に向かって跳躍していた。


(中動物を退治したら、ご褒美にご飯をくれるかな)


 お腹がペコペコのレンは、跳躍しながら涎を垂らしていた。


 最初の跳躍を終え、ズン、とレンは町の手前に着地した。右足が、みしりと音を立てている。骨にヒビが入っている感じがする。


「まぁ、もういっかいジャンプしたら小動物のところに届くかな」


 レンは楽観的に考え、左足で跳躍した。町の家屋を越え、柵を越え町に侵攻しようとしている魔物の群れの中に着地した。その際、右足は完全に折れた。態勢が崩れたところを、魔物の群れが襲ってくる。


「小動物がこんなにいるのは、はじめてだなぁ」


 レンは、左足でケンケンをしながら、剣を振るった。周囲の魔物が、たちまち両断されていく。辺境の村の裏山で小動物を狩り続けてきたレンにとっては、こんなの朝飯前だ。


「よし、次は中動物! あのデカいクマちゃんだ!」


 レンは、左足で巨大熊(ビッグ・ベアー)に向かって跳躍した。巨大熊(ビッグ・ベアー)は咆哮を上げ立ち上がり、前足をレンへ振りかざしてきた。


「くらえ、聖剣(エクスカリバー)!」


 レンは、足場もない空中でクルリと回転し、迫ってくる前足に向かって剣を振り下ろした。巨大熊(ビッグ・ベアー)の前足から胴体まで剣撃が走り、スパンと両断され、上半身が音を立てて地面に落ちた。


 ホっとする間もなく、跳躍していたレンに地面が迫ってくる。右足は折れ曲がっているので、左足で無理やり着地した。着地と同時に、足の骨が折れ、皮膚を突き破る感触がした。


「いたたたた……。ハナに治してもらわないとな」


 自分が両断した大きなクマちゃんが、盛大に血を噴き出すのを見ながら、レンはご褒美にご飯が貰えたらいいな、と考えていた。


 ーーー


 司祭ヘオイヤは、信じられない光景を目にしていた。


 あれはまさしく、奇跡である。どれだけ神に祈っても実現できなかったことを、どこかから飛んできた少年がやり遂げた。”特別認識個体(ネームド)”を一刀で両断し、町を救ったのだ。あの少年はまさしく、ヘオイヤにとっては勇者に見えた。


 町に、ざわめきが広がっていく。ヘオイヤは、自身の役割を思い出し、頬に流れる涙を拭いながら、立ち上がり、叫んだ。


「……勝ちました! 勝ちました!! 我々の勝利です! 皆さんの奮戦が、奇跡を呼びました!!」


 町の皆が、ヘオイヤを見ている。ヘオイヤは、一呼吸置いたあと、高らかに言った。


「”特別認識個体(ネームド)巨大熊(ビッグ・ベアー)を撃破! 辺境の町の防衛戦は、人類の勝利です!!」


 ざわめきが、どよめきとなり、歓声となった。皆、涙を流しながら、勝利を喜び、抱き合っている。


「さあ、ここからは勝利の後始末です! すぐに”特別認識個体(ネームド)”を倒した少年の保護を! そして、負傷者の収容と、残った魔物の処理を!」


 おう!と声が上がり、皆が活気づいて動き出していく。”特別認識個体(ネームド)”が討たれたことで、魔物は統率を失い野生生物に戻り、逃亡や同士討ちをしていた。これなら、今の戦力でもどうにかなるだろう。


 いくつか指示を出した後、ヘオイヤは魔物に噛まれた右足を引きずりながら少し歩き、人気のない路地裏に座りこみ、顔を手で覆った。


「良かった……良かった……。今度は、失わずに済んだ……」


 ヘオイヤの嗚咽が、路地裏に響いた。


 ーーー


 教会の聖堂。ここは、臨時の負傷兵救護所となっていた。多くの負傷者が横たわり、人が慌ただしく出入りしている。


「とうちゃん! とうちゃん! 返事してよう!」


 鍛冶屋の子供の声が、聖堂に響いていた。子供の前には、頭を抉られ、腹を裂かれた、意識のない血塗れの男が横たわっていた。子供の父親だ。かすかに息をしているが、傷は深く、助かるようには見えない。


「鍛冶の仕事、次の誕生日が来たら教えてくれるって約束だったよね……? 教えてよ、起きてよ……返事してよ……」


 俯いて泣いている少年に、救護所の差配をしている民兵が近づく。救護所の民兵も、鍛冶屋の旦那に世話になっていた。気風が良く、何度も酒をおごってくれた。そして、魔物との戦いでも、旦那は先頭に立って戦った。その結果が、この負傷だった。民兵は、申し訳なさそうに言う。


「坊主、済まねえが、鍛冶屋の旦那は……助からねぇ。助かる可能性のある奴らが、外にたくさんいる。そいつらを、この聖堂に入れて治療しなきゃならねぇ」


「や、やだよ」


 鍛冶屋の子供は幼いながらも、その言葉の意味をしっかりと理解していた。


「助けてよ! とうちゃんを、助けてよ! とうちゃん、とうちゃん……!」


 子供が泣きながら、横たわる父親を守ろうと手を広げた。救護所の民兵は、沈痛な面持ちをしながら、鍛冶屋親子を聖堂から出そうと子供を押さえた。


「俺も、旦那には世話になった。ただ、もう助からないんだ。助かる可能性のある連中を治療しなきゃいけねぇ。坊主、頼む――」


「やめてよ! とうちゃんを助けてよ! 誰か、とうちゃんを――!」


 その時――


「こんにちは! お腹がペコペコで、ご飯が欲しいのですわ!」


 聖堂の入り口をドカンと蹴り開け、粗末な杖を持った少女が現れた。

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