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69.教祖ヘオイヤの旅路(中編)

 朝もやが立ち込める、太湖の都市の船着き場。そこに、小型の高速船がやってきた。周囲の漁船は、その船に道を空けている。高速船が接岸すると、凛とした雰囲気をまとった、眼鏡をかけた女性が出てきた。


 それを、トーマン将軍率いる近衛騎馬隊が出迎えた。


「……来たな」


「――ああ、来たよ」


 船から出てきた女性は、タチアナ商会長だった。タチアナは、トーマンと魔王討伐計画を話し合うためにやって来た。


 タチアナが起案し、トーマンが同意した魔王討伐計画は、王都に送られるや否や、即座に承認された。計画の中身を見ていないのではないかと思うほどの速さだった。さらに、計画に関わる軍事と行政の全権を、元帥とトーマン、そしてタチアナに移譲するという王命まで下される気合の入れようだった。


 それを受け、トーマンはタチアナへ太湖の都市に来るように要請した。魔王討伐計画の詳細を詰めなければならないからだ。タチアナは夜を徹して中央大河を下り、太湖の都市へやってきた。


 二人は、すぐに太湖の都市の駐屯軍の営舎へ向かった。トーマンは騎乗し、タチアナは馬車に乗っている。


「聞いたよ、自ら強弩で黒き魔術師(ラフロイナ)を撃退したんだって?」


 道中でタチアナが、無表情でトーマンに話しかける。


「レンのおかげだ。俺の功績ではない」


 トーマンが突き放すような口調で言う。剣呑な雰囲気にも感じられるが、二人は決して仲が悪いわけではない。二人とも合理主義者であるため、振る舞いに気を遣う必要がないのだ。二人は人類のエース格として、何年も共同して魔王勢力と戦ってきており、絆は深い。


 トーマンとタチアナは、目も合わせず淡々と話を続けていく。


「トーマン、勇者と聖女は、どうだった?」


「規格外だった。バケモノだ。あいつらだけじゃない、カリアも、生まれる時代によっては英雄と呼ばれる素質を持っている」


「ほう、当代の護国の英雄である君が言うなら説得力があるな」


「……馬鹿言え。護国の英雄の勲章は、あいつらにくれてやった」


 タチアナの眉が、わずかに動いた。


「ならば、勲章の軍民年金が受け取れないな。老後の生活に困ったら、タチアナ商会で雇ってやってもいいぞ。魔物に怯えて、狂っていなければだが」


「――タチアナ。俺は、魔王討伐の計画書を見て、お前が狂ったと思ったよ」


「まぁ、仕方がないな。勇者と聖女のことを知らずに、あの魔王討伐計画書を見れば、そう思うだろう。……それで、今も私が狂っていると思うか?」


「いや、狂っているのは勇者と聖女だな。……あらゆる意味で」


「……それは、私も同意だ。ただ、この狂った世の中で、さらに狂っている彼らこそ、ある意味正常なのかもしれない」


 タチアナが、苦笑しながら言った。


 しばらくして、軍の営舎が見えてきた。二人は参謀の兵と共に将軍室に入り、書類の山を前にしながら、魔王討伐計画の詳細を詰めていった。


 喫緊の課題は、”最前線”への戦力動員である。王都から離れた位置にある、王国北部地域の動員は既に始まっていた。


 ――必要なものを、必要なときに、必要なところへ。自分の信条を貫くだけだ、とタチアナは思った。



 ◇◇◇



 太湖の都市を出発したレンとハナとカリアとラーラは、街道をテクテク歩いていた。


「レン、そろそろ孤児寮へ帰りませんか? 寮長のおばちゃんの料理が食べたくなってきましたわ」


「そうだね、ハナ。今から戻れば夕方には帰れるかな?」


 レンとハナが、とんでもないことを言いだした。


「ちょ、ちょっと待ってください! レン、ハナ、王国は、あなたたちを中心に決戦の準備を進めているんですよ!」


 ラーラが血相を変えて言った。レンとハナは、ラーラの言う内容が理解できずキョトンとしている。


「でも、危ないですわ。小動物や中動物や魔王とかならともかく、魔物に襲われたら私たち死んじゃいますわ」


「そうだね、この前、中動物相手でも怪我しちゃったからね。お外は危ないから帰らないと。寮長のおばちゃんに怒られちゃう」


「……な、何を今さらそんなことを言っているんですか」


 ラーラは焦った。こいつらは、本当に帰りかねない。孤児寮から遠く離れたこの地から、地図もロクに読めないレンとハナがどうやって帰ろうとしているのかは謎だが、レンとハナは「カリア、ラーラ、バイバイ!」と手を振り本当に帰ろうとしていた。


「――歴戦の農民であるレン殿が、珍しく弱気だな」


 カリアが、口を挟んだ。


「……歴戦の農民? カリア、どういうこと?」


「レン殿、今の時代の農民は、魔物など一蹴できる力を持っている。その筆頭である農民のレン殿が、なぜ魔物などを恐れるのだ?」


 カリアは今もなお、世間の農民はみんな超常の力を持っていると勘違いし続けていた。


「へぇ、そうなんだ。知らなかった」


「確かに、単なる農民の私やレンと比べると、みんな弱っちいですわ。みんな農民じゃないから、弱っちかったんですわね」


 ハナは勝手に納得していた。


「そうだ。農民であるレン殿やハナ殿と比べると、私など無力な存在だ」


「そうですわね。カリアはか弱いから、いつも死にかけてますわ。私が治癒しなかったら何度も死んでますわ」


「……ハナがいなくなったら、カリアはまた無茶してすぐ死んじゃうかもしれないね」


 レンが、少し悲しい顔をして言った。それを聞いたハナが、焦りだす。


「ラーラならともかく、カリアが死んじゃうのは嫌ですわ。レン、孤児寮に帰るのは、カリアを安全な場所まで送ってからにしましょう……!」


「そうだね、そうしようか」


 レンとハナは、旅に同行する気になったようだ。ハナに悪口を言われた気もするが、とにかくラーラは、胸をなでおろした。


 ――いや待てよ、とラーラは思った。逆に言うと、『カリアを安全な場所に送ることができた』とレンとハナが思った瞬間に、二人が孤児寮へと帰っていくリスクは残ったままだ。そして二人は、たとえ灼熱の溶岩の中であろうと、”特別認識個体(ネームド)”魔王との戦闘中であろうと、『ここは安全な場所だ』と思いかねない。念押しをする必要があると、ラーラは考えた


「……レン、ハナ。残念ですが、今の王国に安全な場所などありません」


 ラーラが、レンとハナを見据え、それらしい雰囲気を出しながら言った。


「え、なんで?」


「レン、王国は、魔王勢力の侵攻を受けています。カリアが王国のどこへいようと、魔王が存在する限り、カリアにとって安全な場所などないのです」


「いや、私は魔物だらけの山に何年も一人で住んでいたが――」


「――とにかく、カリアの安全のために、魔王を倒すしかないのです」


 ラーラは、カリアの声を聞こえていないことにして遮った。


「うーん、じゃあ、魔王を倒すしかないか」


 レンが、観念したように言った。


「まぁ、寮長のおばちゃんも、魔王を倒すくらいなら許してくれると思いますわ」


 ハナも、やれやれという感じで言った。誰の何を許す話なのだとラーラは思ったが、口には出さなかった。とにかく、二人を魔王討伐計画に参加させる必要がある。


「――では、カリアの安全を確保するために、先を急ぎましょう。そうですね、目的地についたら、夕飯はシチューでも作りましょうか」


「え、やった!」


「シチュー大好きですわ!」


 レンとハナはたちまち元気を出してはしゃぎ出した。


 四人はまた街道を進み始めた。心労でぐったりしているラーラと対照的に、レンとハナは右へ左へ走り回っている。


「こら、レン、ハナ! 離れてはいけません、迷子になりますよ!」


 レンとハナを叱るラーラの声が、街道に何度も響いた。――まるで、出来の悪い弟と妹ができたみたいだ、とラーラは思った。

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