67.王国首脳緊急会議:勇者と聖女の真偽について
王都の宮殿。歴史を感じさせる、豪奢な建物。
そこにある王家の会議室に、王国の首脳が集まっていた。上座には、国王が鎮座している。国王の隣には、”最前線”からやってきた元帥の姿もあった。
この顔ぶれでの会議は定期的に行われているが、今回は参加を最優先という王令を伴った緊急会議だった。滅多にあることではない。
宰相が立ち上がり、書類を持ちながら話し始める。宰相は、微かに震えているようだ。
「……皆さん、お集り頂きありがとうございます。緊急会議なので、さっそく本題に入ります。――勇者と聖女の真偽に関しての報告です」
出席している皆が、議題は勇者に関するものだろうと予想していた。しかし、改めて宰相の口から勇者と聖女という言葉が発せられ、場がピンと張りつめた。
「魔術師団長ラーラから、報告書が提出されました。報告書には、タチアナ商会長とトーマン将軍の印も押されています。――つまり、ラーラだけではなく、タチアナとトーマンも報告内容が正しいと保証しています」
国王が顔を上げ、組んでいた手に力を込めた。冷静な実践主義者であるラーラ、冷酷な合理主義者であるタチアナ、冷徹な現実主義者であるトーマン。三人は、王国きっての切れ者だった。その三人が一致して出した結論は、間違いなく正しい。
「それでは、報告内容は……。失礼、しばしお待ちを……」
宰相は、震える手で書類を何度もめくり、内容に目を走らせ確認を繰り返した。今から自分が報告する内容が、とても信じられないものであるかのように。
「……宰相、ただ、報告書を読めばよいのです。その真偽は、我々で判断しましょう」
元帥が声を発した。宰相は、書類をめくる手を止め、大きく息を吸い込んだあと、言った。
「失礼……報告します。ラーラが接触に成功した、勇者や聖女と噂されている存在の、活動報告......いや、認定された戦果についてです」
王国の首脳陣が、ごくりと唾を飲んだ。
「勇者と聖女は――辺境の町にて、”特別認識個体”巨大熊を討伐」
会議室が、ざわめきだした。
「――北の深山にて、”特別認識個体”紅の竜を討伐。
――冒険者の町にて、馬の魔物二十二体を討伐……。
――お菓子の村で、黒き魔術師の腕を斬り落とし撃退……!」
宰相が報告を続ける。徐々に言葉へ熱が入っていく。書類を持つ手は大きく震えていた。会議室のざわめきも大きくなっていく。元帥が、大きく天を仰いだ。国王が、組んでいた手を解き、うつむいた。
「――しょ、商人の都市にて、”特別認識個体”貪欲な豚を討伐!
――太湖の都市にて、”特別認識個体”不壊の大亀を討伐! さらに、黒き魔術師に重傷を負わせ撃退!! 太湖の都市の防衛線を勝利に導く!!
他に、少なくとも200体以上の魔物を討伐していると思われる!!!」
言い切った宰相が、荒い息をついた。会議室は、静まりかえっている。宰相が続けて言う。
「勇者と聖女は、超常の力を持った存在であり、魔王を討伐せしめる可能性すら持っている。――これが、報告書の結論です」
会議室の皆が、唖然としていた。信じられないというよりも、あり得ない戦果だった。普通なら、嘘だと一蹴しているだろう。しかし、ラーラが、タチアナが、トーマンが、その戦果を保証している。
「……そして、国王陛下。ラーラから、これが送られてきました。タチアナが起案し、トーマンも同意した計画書です」
宰相が、国王に冊子を手渡す。冊子の表紙には、『”特別認識個体”魔王討伐のための人類動員最終計画』と大仰な表題が書かれていた。国王は、数秒の間、ただ表紙を見つめていた。
ガタリ、と大きな音がした。国王が、うつむきながら立ち上がっていた。皆が、国王を注視した。
「……ずっと、この時を待っていた」
顔を上げた国王の頬には、涙が走っていた。
「こ、国王、臣下の前で涙を流すなど――」
宰相の言葉を、元帥が手で制して止めた。元帥の目にも、涙があふれていた。
「――私は国王として、この計画を承認する。もはや議論は不要。勇者と聖女が現れたいま、何を躊躇する必要があろうか」
国王は、計画書の内容も見ずに言い切った。
「計画に反対する者は、即刻処罰する。今から、王国は魔王との決戦に向けた軍事態勢に移行する!」
会議室の空気が、ピンと張りつめる。
「……元帥、タチアナやトーマンと、計画の詳細を詰めてくれ」
国王は、優しい笑みを浮かべながら、元帥へ命じた。
「は! 命に代えて、魔王討伐を成功させます!」
元帥も、何かから解放されたような表情でそれに応えた。
……国王と元帥。この国の最高権力者の二人を、止められる人間はいない。
◇◇◇
こうして、王国の路線は決まった。再度の魔王との決戦に向けて、ここから王国全土が動き出すことになる。
――結論から言うと、この”最前線”での魔王との決戦で、人類は二度目の大敗北を喫することとなる。