66.国王軍元帥の回想
ジャイボスが退出した後、元帥はしばらく目を瞑ってじっとしていた。
体の底に、疲労が溜まっている。この疲労がずっと抜けなくなったのは、いつからだろうか。いや、体よりも、心の方が疲れている気がする。
元帥は、昔のことを思い返していた。まだ37歳だというのに、ここ最近、回想にふけることが増えた。
――元帥が生まれた時、既に人類は魔王勢力の侵攻を受けていた。しかし人類は、魔王勢力の侵攻による混乱から勃発した、国家間での争いを続けていた。当然、魔王勢力に対抗できるわけがない。人類の領土は、みるみるうちに減っていった。
元帥は、貴族の名門に生まれ、若くして将軍となった。そして、当時の皇太子だった、今の国王と出会った。二人はすぐに意気投合した。この状況で人類が争い続けている愚かさや、自分たちが権力を持ったら何をするかを、夜を徹して語り合った。
最初は、若者同士が理想を語り合っているだけだった。しかし、一年二年と語り合っている間に、それは生々しい謀議となり、最終的には王権奪取の計画へと至った。
――今でも覚えている。蒸し暑い王宮の小部屋の中、王権を奪おうと、二人で誓った。
今思うと、その時の計画は杜撰なものだった。しかし、時代の偶然なのか、全てが理想的に進んで行った。先代の国王を毒殺し、今の国王が後を継いだ。王国と敵対していた有力国は、魔物に滅ぼされた。そして、現存していた人類をまとめあげ王国に編入させた。自身も元帥となり、軍の全てを掌握した。貴族勢力を一掃し、国王の権力を強めた。
人類が一丸となって、魔王勢力と戦える状況を作ったのだ。トーマンやタチアナといった、若き天才の台頭もそれを支えた。
思えば、その時が元帥の人生の黄金期だったのかもしれない。人類をまとめあげた国王と元帥は、攻め込まれ続けている状況を打開するために、魔王勢力へ決戦を挑んだ。そして、もう二度と立ち直れないような敗北を喫し、それから10年間、耐える日々が続いている。
地獄のような10年だった。そして、その地獄はどこまで続くのかわからない。元帥は、この10年間で、自身の心が萎えてきているのを感じていた。
元帥は思う。ジャイボスは、若く活力に満ちた、優秀な兵だった。調練や戦闘を何度か検分したが、動きが抜きんでていた。あのまま育てば、良い前線指揮官になるだろう。そしてもはや、国王軍の状況は、士官学校を出ていないとか、新兵だなど、気にすることができる段階ではなかった。
ああいった、若き才能を、自身は使い捨てようとしている。元帥は、大きく息を吐いた。
「――元帥閣下、王都から至急の連絡です! 緊急会議の開催が決定され、参加要請が来ています! 即刻、王都へ来るようにと連絡が!」
扉の向こうから、兵士の声がした。緊急会議の議題は、十中八九、勇者絡みだろう。勇者と聖女の調査に向かった魔術師団長ラーラが、そろそろ戻ってくる頃合いだ、と元帥は思った。元帥は、重い腰をあげ、王都へ向かう支度を始めた。
英雄、女神、神、勇者。そういった都合の良い存在のデマを、元帥はこの10年で腐るほど聞いてきた。国王は、そういった噂を耳にするたびに目を輝かせ、そして最終的には落胆していた。そんな都合の良い存在が、現れるわけがないのだ。それでも、国王は、救世の存在を求めている。それは、自分も同じかもしれない。
準備を終えた元帥は、部屋を出た。廊下の窓の向こうで、斥候と思われる少数の魔物と、兵士たちが交戦していた。兵士たちは、魔物と勇敢に戦っている。
――これに、この勇気に、戦いに、何の意味があるのだろうか。
去来した思いを押し殺し、元帥は、窓の向こうへ直立して敬礼した。