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65.新兵ジャイボスの昇進

 王都の南。人類が魔王討伐のための激戦を繰り広げていると言われている”最前線”。その砦の、とある部屋の前で、緊張した面持ちで立つ青年がいた。


 青年の名は、ジャイボスと言う。すらりとした長身の体は、日々の鍛錬で引き締まっている。顔に残る若干の幼さが、彼がまだ若いことを示していた。


 ジャイボスは、レンやハナと同じ辺境の村の孤児寮で育った。ジャイボスは面倒見がよく、子供たちから兄のように慕われており、寮長のおばちゃんからの信頼も厚かった。ジャイボスは2年前に兵士試験を通過し、すぐに”最前線”へ送り込まれ、それから魔物との激闘の日々を送っていた。


「……入室を許可する」


 部屋から、声が聞こえる。ジャイボスは、大きく息を吸い込んだ。


「第三部隊所属、ジャイボス伍長、入ります!」


 ジャイボスは、部屋に入り、直立し敬礼した。ここは、元帥室だ。国王軍の元帥は、遠目に見たことはあるが、二人で話すのは初めてだ。元帥から発せられる威厳のようなものを、ジャイボスは感じた。10年前、若干27歳で元帥に就任した、王国の伝説のような存在だ。


「ジャイボス伍長、そんなにかしこまらないで良い。楽にしろ」


「ありがとうございます、元帥閣下!」


 ジャイボスは、敬礼を解いた。しかしまだ、体の芯に鉄棒を入れたように、ピンと直立している。それを見て、元帥が苦笑した。


「……本当に、楽にして良いのだがな。しかし、その生真面目さは好感が持てる。ジャイボス伍長、君の活躍は、よく耳に入ってくる。軍属2年目の新兵が、もう伍長とはな」


「は、元帥閣下! ありがたき幸せであります!」


「さて、本題に入ろう。先日の戦闘で、君の所属する第三部隊が大きな犠牲を出した。部隊長含む、君の上官の大半が亡くなった。――なので、君に辞令を出す」


 ジャイボスは、静かに頷いた。凄惨な戦いだったが、”最前線”ではよくあることだった。指揮官がほぼいなくなったので、第三部隊は解体され自分は転属になるのだろうと、ジャイボスは思っていた。


 元帥から受け取った辞令を見て、ジャイボスは固まった。


「――俺、いや、私が……将校に昇進ですか!?」


「おめでとう、軍の出世記録が更新されたな。私が知る限り、最速の昇進だ」


 ジャイボスは、困惑した。軍曹、曹長などを飛ばしての将校昇進だ。士官学校どころか、まともな教育を受けたこともない、2年目の新兵にはあり得ない昇進だ。


「げ、元帥。非常に光栄なことではありますが、この任を務められる実力が私にあるとは――」


「――ジャイボス将校、辞令は下ったのだ。力を尽くせ」


 元帥が突き放すように言い、ジャイボスは直立した。確かに、”最前線”は指揮官が慢性的に不足していた。ジャイボスが配属されてからの2年の間でも、歴戦の指揮官が次々と討たれ、穴を埋めるように経験の浅い者たちが昇進していった。


 ただ、穴埋めにジャイボスすら起用しなければならない状況だとは思っていなかった。王国軍は予想以上に困窮しているのだと、ジャイボスは感じた。


「最初は将校見習いだが、近いうちに一隊を率いてもらう。そして、ジャイボス将校に伝えなければならないことがある。”最前線”の将校への、申し送り事項だ」


 元帥が、少し身を前に乗り出した。


「”最前線”は、国民の間では『魔王討伐のための反抗拠点』と語られている。……ジャイボス将校、君はここで2年間戦い、どう思った?」


 ジャイボスは、唾を飲みこんだ。それは、彼自身もかねてより疑問に感じていたことだった。


「……とても、反抗拠点とは思えません。我々は魔王の姿すら見たことがなく、多くの犠牲を出しながら魔物の襲撃を防ぐので精一杯です」


「そう、その通りだ。”最前線”は反抗拠点などではなく、人類の最終防衛線だ。――ここを抜かれると、王都が陥落し、人類が滅ぶ」


 ジャイボスは、何も答えられなかった。しばしの間、元帥室が静寂に包まれる。犠牲を払いながら守ることしかできないのであれば、結局いつか人類は滅ぶのではないか。ジャイボスはそう思ったが、元帥に問うことはできなかった。


「以上が、将校への申し送り事項だ。よって、魔物の討伐よりも犠牲の最小化を主目的に指揮を執るように。指揮官の暴走を防ぐために、将校以上の者に本件を伝えている。また、本件は軍事機密として他言を禁じる」


「承知しました、元帥閣下!」


 ジャイボスは、直立して敬礼した。元帥が、手元の書類に目を落とす。ジャイボスの登録情報が書かれた書類のようだ。


「君は、辺境の村の孤児寮出身か。――勇者と聖女の噂について、聞いたことはあるか?」


「は、はい。巷にそんな噂が流れていると、聞いたことがあります。何やら、怪しげな邪教の司祭が噂を振りまいているとか」


「馬鹿げた噂だが、それほど人々が希望を求めている証拠なのだろうな。勇者と聖女が本当にいるのであれば、我々もこんな苦労をせずに済むだろうに」


 元帥が苦笑しながら言う。ジャイボスは、元帥がなぜこの話題を始めたのかわからなかった。


「勇者と聖女であると言われている少年と少女は、君と同じ辺境地域の孤児寮出身らしい。……それらしき存在を、故郷で見かけたことはあるか?」


 元帥が、軽く笑いながら問いかけてくる。言葉の奥に、微かな、冗談だけとは思えない切迫さがあるのを、ジャイボスは感じた。


 少年と少女と言えば、真っ先に思い浮かぶのはレンとハナだ。悪い意味で、とんでもない存在だった。人の言うことを全く聞かず、騒動ばかりを引き起こし、寮長のおばちゃんとジャイボスが何度叱っても治らなかった。とても出来の悪い弟や妹のように思えたものだ。そんなレンとハナが、勇者や聖女であるわけがないだろう。もしそうだとしたら、世も末である。


「勇者と聖女……そのような人物に、心当たりはございません」


「まぁ、そうだろうな。冗談だ、気にするな。退出を許可する」


 ジャイボスは敬礼し、元帥室を後にした。


 ――もしかしたら元帥は、勇者と聖女が実在していてくれと、切望しているのかもしれない。そう、ジャイボスは思った。

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