64.太湖の都市の宿敵(後編-9)
黒き魔術師を撃退できたことで、魔物の群れは統率を失った。指揮官である”特別認識個体”がいなくなれば、魔物の行動は単なる野生動物に戻る。レンやカリアの敵ではなく、ほどなくして魔物は全滅した。
戦場には、まだ黒煙と黒炎が残っている。ひと段落したレンとハナとカリアは、黒炎で芋を焼いていた。黒炎は、炎と言うよりも泥のように、ねっとりと邪悪に燃えている。三人の横で、ラーラが呆れたような顔をして立っていた。
「なんか、この黒い火でお芋を焼くと、お芋が真っ黒になっちゃいますわね。でも、美味しいですわ」
「うん、なんかゴリゴリしているし、すごく苦くて辛いけど、そこがいいね」
手と口のまわりを真っ黒にしながら、レンとハナはパクパク芋を食べていた。
「……ふむ、そんなに旨いのなら、私も食べてみようか」
カリアが、真っ黒になった芋を口にした。すぐに吐き出し、口を抑えて転げまわる。そして、泡を吐きながら気絶した。
「レン、ハナ。そんな禍々しい炎で焼いた芋を食べて、大丈夫なのですか? ……まぁ、二人は問題ないかもしれませんが」
倒れたカリアを無視して、ラーラが冷静に指摘した。どうせハナが治癒するのだろう――ラーラは、もはや驚きすら覚えなくなっていた。カリアが、レンとハナの異常行動に付き合い、生命の危機に陥るのは日常風景になっていた。
パカラ、パカラと馬の足音が聞こえる。馬に跨ったトーマンが、四人の方へやってきた。
「……おい、レンとハナ、ちょっといいか? あれ、これカリア生きてるのか?」
「あ、カリアがまた死にかけてますわ。仕方ないですわね。――治癒」
ハナの治癒で、カリアが回復した。カリアはすぐに、水で何度も口を洗い流した。
「トーマンさん、どうしたの?」
「おお、つまらんものだが、お前らに渡したいものがあってな」
トーマンが、大きなコインほどの、金で縁取られた勲章のようなものを取り出した。
「俺が渡せるものだと、このくらいで精一杯だが、せめてもの礼だ。受け取ってくれ」
「すごい、かっこいいね、これ!」
「キレイですわ! 宝物にしますわ!」
レンとハナがはしゃぐ。ラーラは、勲章を見て息を呑んだ。
「――それは、功特等大勲章……!? 護国の英雄にのみ与えられる、幻と言われている勲章……! 存命の国民だと、与えられたのはトーマン将軍のみでは……?」
「ああ、前にマグレで”特別認識個体”を討伐したときに貰ってな。俺よりも、お前らが持つ方が相応しい。それを持っているだけで、軍民年金も出るぞ。まぁ、それまで国が存続していればだが」
勲章をレンに渡しながら、トーマンが言った。今のトーマンは、かつての剣呑な雰囲気が薄れているようにラーラは感じた。
「そうですわね……お返しに、何かあげますわ」
ハナが、カバンをガサガサあさり始めた。見つからなかったようで、カバンをひっくり返したり、服を脱いだりして物という物をひっくり返した。
「ハイ、これをあげますわ! 道で見つけた、お気に入りのキレイな石ですわ!」
トーマンが、少し苦笑いしながら石を受け取る。
「……ありがとよ。十分に、勲章に釣り合う石だ」
「僕も何かあげるよ! ……うーんと、これはどう? 黒き魔術師の腕!」
「……それは、いらん」
ーーー
深夜の営舎の将軍室。総力戦の後始末を終えたトーマンは、王都への報告書を自ら書き込んでいた。
簡素な将軍室に、場違いのように豪華な額縁が飾られていた。額縁には護国の英雄に送られる勲章が飾られていたが、レンたちに渡したため今は空になっている。
トーマンは、黒き魔術師を仕留めきれなかったあの一幕を記述していた。あの時、間違いなく”魔王の意思”の攻撃を受けたと、トーマンは確信していた。
――10年前、王国全土から5万の兵士をかき集めて挑んだ魔王勢力との決戦。それに、トーマンも将校として参加していた。多くの犠牲を出しながら、国王軍は”特別認識個体”を二体を討伐するなど、魔王勢力と互角の戦いを繰り広げた。同期のヘオイヤ率いる投石部隊が、魔王への攻撃を初めて成功させたときは、勝てるかもしれないと本気で思った。
しかし、結果から見ると、あの時の魔王がどこまで本気だったかはわからない、とトーマンは思っていた。
国王軍が魔王を取り囲んだその時、魔王は”魔王の意思”を発した。ラーラの研究によると、これは人間にとっては非常に害悪な精神干渉魔法らしい。人の認知を狂わすのだ。魔王の周囲の兵士は恐怖に染まり、発狂しながら自害や同士討ちを始めた。
混乱する軍に、魔王がかつて見たことのない規模の爆発魔法を叩きこみ、形勢は決した。そこに黒き魔術師や戦空の大鷲、戦破の虎)といった精鋭の”特別認識個体”が現れ、軍をズタズタにしていった。
それは地獄としか形容できない光景だった。そして、7割以上の兵士を失う、大敗北となった。
国王と元帥は、敗北の事実を隠蔽した。その後、トーマンは軍に残ったが、同期のヘオイヤは軍を辞めた。トーマンは、ヘオイヤを数少ない友だと思っていたが、軍を辞めたあとの消息は知らない。
「……魔王が干渉してきたことは間違いない」
トーマンが呟く。黒き魔術師に止めを刺そうとした際、トーマンが受けたのは”魔王の意思”だ。10年前と同じ感覚だった。
なぜあの場で”魔王の意思”を発したのだろうか。魔王は謎が多い。50年も魔王勢力と戦い続けながら、人類は魔王の目的をはじめ、能力や、由来も何もわかっていない。
報告書をかき上げたトーマンが、ペンを置いた。体を伸ばす。さすがに、全身を疲労が覆っていた。
机の上に、ハナから貰った石ころが転がっている。普通の石ころにしか見えないが、ハナは何が気に入ったのだろうか。
ふと、勲章がなくなり空になった豪華な額縁が視界に入った。トーマンは気まぐれに、ハナから貰った石ころを、額縁に入れてみた。
額縁に明らかに不釣り合いな石ころだったが、飾ってみるとなんとなくしっくり来るような気がする。勲章と引き換えに貰ったものだから、代わりに飾ってみてもいいだろう。
……まるで、黒き魔術師がするような戯れだな。そう、トーマンは思った。
◇◇◇
太湖の都市の、”宿敵たちの総力戦”。
生存者、1927名。死者、1865名。負傷者・重傷者、0名。
魔物討伐数、467体。”特別認識個体”不壊の大亀を討伐。黒き魔術師に重傷を負わせ撃退。
――この、人類の大勝利を告げる伝令が、王都へ向かって疾駆している。
太湖の都市編、完結です
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