表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/71

62.太湖の都市の宿敵(後編-7)

 ハナは、今すぐにでもレンを治癒しに駆け出して行きたかった。しかし、レンとハナの間にも魔物が充満しており近づけない。それどころか、ハナを守る周囲の兵が次々と魔物に踏み潰されている。ハナは、ガタガタと震えていた。


 兵士の悲鳴。魔物の吠え声。剣がぶつかる音。人が潰れる音。


 ハナは、深く深く閉ざしていた記憶の奥底から、似たような情景を思い出した。


 あれは、自分がもっと小さい時のことだ。家族が、魔物に襲われた。いきなり魔物に頭を喰われた父。子供を庇って死んだ母。お前だけは逃げのびろと言い、魔物へ向かっていった兄。


 自分だけが助かり、孤児寮に預けられた。何も考えられず、毎日ぼうっと窓の外を眺める日々の中で、レンに出会った。レンもハナと同じく、魔物により家族を失いここに来た人間だった。心を閉ざしていたハナに、レンはしつこく声をかけ続け、いつしか仲良くなり、ずっと一緒にいるようになった。


 農作業をさぼって裏山で遊んでいたときに、木登りをしていたレンが落下した。岩の上に落ちて、全身が折れ曲がり、血を吐いていた。ハナは、もう二度と大事な人を失いたくないと思った。泣き叫びながら強く祈ると、緑の光が出てきて、レンを治癒した。それが、最初の治癒だった。


「右から来ます、防衛を厚く! 正面は、私が食い止めます!」


 ラーラの声が聞こえ、ハナは顔を上げた。肉薄してくる亀の魔物を相手に、ラーラが戦っている。魔物の群れの向こう、レンがいると思われる場所からも、カリアの叫び声が聞こえる。


 ハナは考える。遠い記憶の彼方、父と母と兄がいた。大好きだった、と思う。いるのが当たり前で、失うことなど想像をしたこともなかったが、失われた。――今はどうだ? カリアを、なによりレンを、ついでにラーラも、自分は失おうとしている。


 ……ハナは、杖を持って立ち上がった。


 そして、魔物の方へ歩いていく。


「ハナ、こっちは危険です! すぐに下がって!」


 ラーラの声を、ハナは無視した。


 ハナは目をつむり、杖を額に当てた。レンが誕生日にくれたお気に入りの杖だ。そして、強く祈る。もう二度と、大事な人を失いませんように、と。


 何か、今までにない感覚が自身の中に湧いてくる。それはまるで、幼い頃に夢中で遊んだ宝物を、何年ぶりかに見つけ出したような、懐かしい気持ちに似ていた。


「――過剰治癒(オーバーヒール)


 ハナが、青い光に包まれる。そして、魔物の群れへ踏み出して行く。


「ハナ、逃げて! ハナ!!」


 ハナの前には、”特別認識個体(ネームド)不壊の大亀(ふえのおおがめ)がいた。周囲の兵士たちを噛み殺し踏み殺し切った不壊の大亀(ふえのおおがめ)が、ハナを踏み潰そうとしてくる。


「――もう、逃げませんわ」


 ハナが、不壊の大亀(ふえのおおがめ)を見据えて言う。ハナの放つ青い光に触れた不壊の大亀(ふえのおおがめ)の足が、枯れ、縮み、風化し、土くれのようにボトリと落ちた。不壊の大亀(ふえのおおがめ)が、動揺したように足を止める。


 ハナがずいと足を進める。不壊の大亀(ふえのおおがめ)は後退しようとするが、亀の魔物が密集していて下がれない。ハナの放つ青い光が、不壊の大亀(ふえのおおがめ)の頭へと到達する。不壊の大亀(ふえのおおがめ)は、首を甲羅に引っ込めて避けようとする。


 ハナの光が、不壊の大亀(ふえのおおがめ)の甲羅を包んでいく。光に触れるや否や、甲羅にヒビが入り、割れ、崩れていく。そしてハナは、さっきまで不壊の大亀(ふえのおおがめ)だった残骸を踏みしめ、進んで行く。


 亀の魔物は、密集しすぎて逃げられない。ハナが歩く。ハナの放つ光に触れた魔物が崩壊していく。密集した魔物の中を、ハナはゆっくりと歩いていく。ハナの軌跡には、さっきまで魔物だった土くれのようなものが転がっている。まるで、海を割って歩いていくような、超常の光景だった。


「……これが、聖女の力か」


 トーマンは、騎馬隊の足を止めてその光景に見入っていた。いや、戦場の全てが、黒き魔術師(ラフロイナ)すらも、ハナを見つめている。


 そしてハナは、レンのもとへたどり着いた。光に触れたレンと、ついでに瀕死のカリアも、たちまち回復していく。


 レンが、パチリと目を空けた。


「……さぁ、レン」


 ハナがレンへ語りかける。その微笑みは、まるで世界を救済する聖女のそれかのように、慈愛に満ちていた。


「――あなたの番ですわ」


 レンは、涙の痕を残し埃にまみれたハナと、その後方に浮かぶ黒き魔術師(ラフロイナ)を見て、自身がやるべきことを理解した。


「うん、わかった」


 瞬間、レンが跳ね起きあがり、すぐそばに転がっていた強弩を拾う。通常の弓の倍の大きさがあり、数人がかりで扱うその弓を、レンは弓が壊れるほどに引き絞り、即座に黒き魔術師(ラフロイナ)へ向けて放った。


 風を斬り裂き、唸りを上げて矢が走る。凄まじい矢の速度に、黒き魔術師(ラフロイナ)の反応が遅れた。矢が轟音を上げながら、黒き魔術師(ラフロイナ)の右腿を貫き、黒き魔術師(ラフロイナ)の足が半分千切れた。矢はそのまま、地平線の向こうへ飛んでいった。


「――あいつを、倒すね」


 レンが跳躍し、黒き魔術師(ラフロイナ)へ向けて飛んでいく。それを見る黒き魔術師(ラフロイナ)の顔が歪む。いや、それは笑っているようにも見えた。

少しでも面白いと思ってもらえたら嬉しいです。

下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ