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60.太湖の都市の宿敵(後編-5)

 ――読みが外れた。トーマンは思った。黒き魔術師(ラフロイナ)の強引な攻撃も、撒き散らした黒煙も、すべてがこの布石だったのだ。


 黒き魔術師(ラフロイナ)が撒き散らした黒煙の中から、”特別認識個体(ネームド)不壊の大亀(ふえのおおがめ)を先頭に亀の魔物の群れが飛び出してくる。ハナのいる後衛の軍へ向かっていた。前衛の軍は、さきほどの黒き魔術師(ラフロイナ)の攻撃でまだ立て直せていない。ハナの治癒も、どうやら滞っているようだ。


 ハナが討たれることだけは、絶対に避けなければならない。トーマン率いる近衛騎馬隊は、ハナのもとへ疾駆していた。しかし、遠い。黒煙のせいで発見が遅れた。亀の魔物は、もう後衛の軍のすぐそばまで来ている。


 そのとき、何者かが、後衛軍と亀の魔物の間に立った。剣を構えるわけでもなく、悲鳴と怒号が轟く戦場の中で、散歩するかのようにつっ立っている。レンだ。そして、白馬に跨ったカリアも、レンのもとへ疾駆している。


 そうだ、こいつらがいた。ここは、二人に任せるしかない。トーマンはそう思った。疾駆する馬の足を止め、頭上を見渡し黒き魔術師(ラフロイナ)を探す。いま黒き魔術師(ラフロイナ)を止められるのは、トーマンの近衛騎馬隊だけだ。


 トーマンは、あたりを見渡す。だが、黒き魔術師(ラフロイナ)の姿が見当たらない。――読みを、外され続けている。トーマンの鼓動が、高まっていく。



 ―――



 レンは、ハナのもとへ迫る”特別認識個体(ネームド)不壊の大亀(ふえのおおがめ)の前方へ跳躍した。ハナに危険が迫っている。とりあえず、目の前の亀どもをやっつけようと思った。


 白馬を疾駆させているカリアも、すぐそばまで来ている。自分とカリアがいれば、どうにかなるだろうとレンは思った。カリアはか弱い女性だが、小動物だったら何体かは相手にできる。


 不壊の大亀(ふえのおおがめ)と、それに率いられた亀の魔物の群れが、迫ってきている。レンは、自身の背丈の数倍はある不壊の大亀(ふえのおおがめ)を前に、中動物だから倒せるかな、と考えていた。


 すぐそばまで迫った不壊の大亀(ふえのおおがめ)が、レンを押し潰そうと起き上がる。レンは、初めて剣を構え、即座に跳躍した。


聖剣(エクスカリバー)!」


 レンが飛びながら剣を振るう。不壊の大亀(ふえのおおがめ)ごと周囲の魔物を両断する――はずだった。


 不壊の大亀(ふえのおおがめ)の甲羅と剣が接したとき、今までにない感触をレンは感じた。これまで、バターを斬るかのように小中動物を両断し続けてきた。しかし今回は、固く、重く、剣がはじき返される。はじかれた衝撃で、レンの右肩が外れる音も聞こえた。剣も、あっけなく半分に折れた。


 なんだろうこれ、不思議だなぁ。レンはそう思った。


 全身に衝撃。不壊の大亀(ふえのおおがめ)に突き飛ばされた。レンは、地面を転がり、大岩に衝突した。肋骨が何本か折れた。


 肩が外れ、プランと垂れた右腕は、かろうじて剣を握り続けていた。レンの持つボロボロの剣は、折れて、半分ほどの長さになっていた。


「……これ、まずいかも」


 レンが呟く。


 亀の魔物の群れを、カリアが文字通り肉壁となって食い止めている。後衛の軍も戦ってはいるが、ほとんど損害を与えられず兵が討たれていく。ハナは、後衛の軍の中央で、身を震わせている。


「ハナを、助けなきゃ」


 レンは、再び不壊の大亀(ふえのおおがめ)のもとへ跳躍していった。



 ―――



 トーマンは、危うさを感じていた。


 レンが、不壊の大亀(ふえのおおがめ)に弾かれ、剣が折られた。それを見た兵士たちの士気が、見る間に下がっている。もともと、絶望するしかない状況の中で、かすかな希望だけを頼りに、必死に生き延びているような連中だ。勇者の敗北は、彼らの絶望を思い出させるのに十分な事象だった。


「怯むな、敵は追い詰められている! ここが踏ん張りどころだ!」


 トーマンの激も、兵士たちに届かない。兵士たちの動きは、明らかに悪くなっていた。ハナの治癒も機能しない状況になっている。


 レンが戦線に復帰し、カリアと共に亀の魔物と戦いはじめた。しかし、不壊の大亀(ふえのおおがめ)をはじめとする魔物の群れを、辛うじて押し止めているだけだ。レンの”全てを両断する聖剣”が効いていない。


 なんとか、戦況を立て直す必要がある。トーマンは動いた。


「近衛騎馬隊、殲滅突撃! あらゆる損耗を許容! 魔物を倒せ!」


 言って、トーマンは馬腹を蹴った。近くの魔物の群れに飛び込んでいく。近衛騎馬隊も、後に続いてくる。剣を振る。血が飛ぶ。何の魔物かわからないが、そこらじゅうの爪と牙がトーマンを襲ってくる。トーマンは、歯を喰いしばり、剣を振り続けた。そして、戦場の真ん中を駆け抜けた。


 トーマンは初めて振り返った。近衛騎馬隊が、半数の五十騎ほどに減っている。ただ、近衛騎馬隊の猛攻により、魔物の動きが鈍り、全体に隙が生じていた。


「前衛第二、第三、第四部隊、後衛軍の救援へ!」


 トーマンが叫ぶ。近衛騎馬隊が敵を怯ませ、その隙に前衛軍の数百人を救援にまわす。それで、しのぐしかない。


 トーマンは、空を見渡した。それは、黒き魔術師(ラフロイナ)と戦い続ける中でトーマンに染み付いた癖で、意図した仕草ではなかった。その無意識の視線の先に、宙を浮かぶ黒き魔術師(ラフロイナ)の姿が入り、思わず二度見した。


「……あいつ、何をする気だ?」


 黒煙の中かどこかに隠れていたであろう黒き魔術師(ラフロイナ)が、空中で静止している。人差し指を、亀の魔物と戦うレンへ向けて突き立てている。後衛の軍は、黒炎の射程外だ。当然、黒き魔術師(ラフロイナ)への警戒は弱いだろう。


「近衛騎馬隊、全軍強弩準備、装填完了次第黒き魔術師(ラフロイナ)へ射出!」


 トーマンは、叫びながら黒き魔術師(ラフロイナ)へ向かって疾駆をはじめた。トーマンは、黒き魔術師(ラフロイナ)の意図を読もうとした。――わからない。ただ、得体の知れない何かを放とうとしている。トーマンは、そう感じた。


 ――戦場は、血と肉が飛び散り、人間と魔物の悲鳴や断末魔が響く、地獄のような様相を呈してきた。

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