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58.太湖の都市の宿敵(後編-3)

 黒き魔術師(ラフロイナ)とトーマンの、総力戦が始まった。魔物の群れに突撃した近衛騎馬隊のあとに、前衛の軍が続いていく。トーマンは、軍を前衛と後衛に分けていた。後衛の軍は、待機を続けている。


 前衛の軍が、魔物と戦闘を開始する。魔物との戦いは、集団でぶつかるのが鉄則だった。魔物に一対一では勝てない。集団の力を活かして魔物と戦う訓練を、それこそ血反吐を吐くほど積み重ねてきた。


 前衛の軍は、百名単位の密集体型を崩さずに、魔物とやりあっている。とりあえず、先端の入りは悪くない。トーマンは戦況を見ながら、黒き魔術師(ラフロイナ)の姿を探していた。


「――黒炎、放出」


 これまで何度も聞いた、炎が放たれる轟音が響いた。トーマンが振り向くと、黒き魔術師(ラフロイナ)がいた。前衛の軍の一隊が、凄まじい悲鳴とともに黒炎に包まれていく。


「――黒き魔術師(ラフロイナ)、発見! 突撃!」


 トーマンの号令と同時に、近衛騎馬隊が反転し黒き魔術師(ラフロイナ)へ向け疾駆する。黒き魔術師(ラフロイナ)は、部隊単位を一撃で無力化させる攻撃力を持つ。放置すると、戦線がたやすく崩壊する。近衛騎馬隊は、その黒き魔術師(ラフロイナ)を抑えるための精鋭部隊だ。


「強弩、準備! 準備完了次第すぐ発射!」


 通常の弓の倍の大きさがある強弩は、ひとりの人間の力では扱えない。しかしトーマンは、走る馬の力を利用し弓を引く装置を開発し、騎兵が駆けながら強弩を放つことを実現させた。強弩から矢が放たれていく。


 黒き魔術師(ラフロイナ)が、盛大に黒煙を放出し空へ飛び矢をかわす。強弩の射程は黒き魔術師(ラフロイナ)の黒炎よりも長く、黒炎の射程外から黒き魔術師(ラフロイナ)の動きを阻害することができる。


 黒き魔術師(ラフロイナ)が、ヒラヒラと空を舞い、近衛騎馬隊がそれを追う。この太湖の戦場で、何度も繰り返された光景だった。トーマンは、振り返り戦況を確認する。ざっと五百名ほどの兵士がやられたようだ。倒せた魔物は、二十体ほどか。


 この速度で犠牲を出し続ければ、遠からず軍は壊滅するだろう。トーマン軍は四千しかおらず、この最初の衝突で一割以上の兵が戦闘不能になっている。――しかし、人類には勇者と聖女がいる。


「後衛、作戦開始! 以降の本隊の指揮権は、副官に移譲する!」


 トーマンの合図で、後衛が動き出す。黒き魔術師(ラフロイナ)を追い、近衛騎馬隊は本隊から離れている。もう指示は届かないだろう。トーマンは本隊の戦況を見るのを止め、宙を舞う黒き魔術師(ラフロイナ)を凝視した。


 ――ここで、こいつを、この宿敵を、必ず殺す。


 トーマンは、手綱を握る手に力を込めた。



 ―――



 戦場のあちらこちらで、肉片と血飛沫が飛び散っている。ラーラは、いつでも”魔弾”が撃てるように、小声で詠唱を繰り返していた。


 ラーラの奥義である、魔力を光線状にして射出する"魔弾"は、威力は凄まじいが様々な制限があった。”魔弾”を打つためには高密度の魔力を練る必要があり、準備に時間がかかる。


 黒き魔術師(ラフロイナ)を騎馬隊で追っているトーマンから、後衛軍へ戦闘参加の指示が出た。


 トーマンの指示を受け、後衛の軍が動き出す。後衛軍の兵力は五百の重装兵で、防御を主眼とした方陣を組んでいた。重装兵の堅固な方陣は、さながら移動する拠点のようだった。後衛の軍には、レンとハナ、そしてラーラも配置されていた。


 動き出そうとする後衛軍の足が止まる。肝心のレンとハナが、軍の中央でスヤスヤ寝ているからだ。


「さすが勇者と聖女、戦闘が始まっても寝ているとは……。なんという胆力だ」


「直前まで体力を温存しているのだろうな……。これこそ、歴戦の英雄の振る舞いだ」


 兵士たちは、レンとハナが狙って英雄の振る舞いをしていると勘違いし続けていた。兵士たちの賞賛の呟きを聞きながら、ラーラはレンとハナを容赦なく叩き起こした。こいつらは、退屈になって寝ているだけだ。


「う~ん、ここどこだっけ……?」


 レンとハナが目をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。


「レン殿、あそこを斬り開けますか?」


 トーマン軍の副官が、ある地点を指差しながら言った。 そこには、魔物が密集している。


「うん、わかった」


 レンがボロボロの剣を握り、即座に跳躍する。


「――聖剣(エクスカリバー)!」


 レンが一振りで、魔物の血肉が舞っていく。レンが斬り開いた道を、後衛の軍が進んで行った。そして、黒き魔術師(ラフロイナ)の黒炎で燃やされた部隊のところにたどり着いた。あたりには、黒き魔術師(ラフロイナ)に焼かれ、黒焦げになった兵士が多数転がっている。


 トーマン軍の副官がハナに言う。


「ハナ殿、お願いします」


「は、はいですわ。――治癒(パーフェクトヒール)


 重度の火傷を負っていた兵が、次々と回復していく。一部の兵は既に死んでいて復活できなかったが、大半の兵が復活した。


「よし、訓練通り、復活兵で百人の隊を組め! 集まったら、再出撃!」


 復活した兵が隊を組み、副官の号令に従ってまた魔物へ向かっていった。


 後衛軍は移動を続けた。レンが道を斬り開き、ハナが戦場に倒れる兵を治癒し続ける。ハナの治癒は、兵士の傷はもちろん、壊れた武具すら治した。


 ハナの治癒により復活し続ける兵士たちは、まるで不死の軍勢だった。レンもまた、魔物を両断し続けている。徐々に、トーマン軍が魔物を押し返す構図になってきていた。


 これが、トーマンの考えた勇者と聖女の運用方法だった。野戦を挑めば、消耗戦になる。そして、彼我の損耗率の差でトーマン軍が負ける。ならば、戦力を絶やさねばいい。――ハナを、兵士と武具を無限に生産する移動拠点として運用する。


 もちろん、黒き魔術師(ラフロイナ)もハナを重点的に狙ってくるだろう。トーマンは、ハナの護衛と移動経路の確保のために、後衛にレンを配置した。黒き魔術師(ラフロイナ)をはじめとする、空を飛ぶ魔物への対応として、”魔弾”のラーラもハナの横に据えた。


 ――そして、魔物の群れとの戦闘を優位に進めながら、トーマン率いる近衛騎馬隊は、ひたすら黒き魔術師(ラフロイナ)を追い続け、討伐する機会を伺う。


 防衛線の中に籠らずに野戦を挑んだことで、黒き魔術師(ラフロイナ)は、トーマンが速戦を選んだと思っただろう。しかし、トーマンが選んだのは、ハナの治癒を活用した持久戦だった。これは、黒き魔術師(ラフロイナ)の読みを外したはずだ。そういった戦況の読みのズレの中で、トーマンは黒き魔術師(ラフロイナ)を討伐しようとしている。


 気がかりは、追加で動員された亀の魔物の集団だ。”特別認識個体(ネームド)不壊の大亀(ふえのおおがめ)が率いるその魔物群は、想定外だったため、十分な作戦を立てられていなかった。今の戦況では、レンをはじめとする後衛の軍で防ぐしかないだろう、とラーラは考えた。


 遠くに、近衛騎馬隊と戦う黒き魔術師(ラフロイナ)の姿が見えた。黒き魔術師(ラフロイナ)が、黒煙を撒き散らした。地上の広範囲に黒煙が充満していく。戦場周辺に黒煙を撒き続けながら、黒き魔術師(ラフロイナ)は近衛騎馬隊との戦闘を、つかず離れずの距離で続けている。


 ――やつは、何かを仕掛けようとしている。


 ラーラは、本能的にそう思った。背筋に嫌な予感が走った。

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