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56.太湖の都市の宿敵(後編-1)

 レンとハナが太湖の都市に到着してから数日が経過した。太湖の都市の駐屯軍は、黒き魔術師(ラフロイナ)討伐に向けて様々な準備を整え、張り詰めた空気の中で魔物の襲来を待ち構えていた。


「トーマン将軍、報告です! 黒き魔術師(ラフロイナ)の拠点とされる森で、魔物の動きが活発化しているようです! また、西から別の魔物の集団が接近しているとのこと!」


 トーマンは、営舎の簡素な将軍室で定例の会議をしていた。傍らには、トーマン軍の幹部の他に、カリアとラーラの姿もある。ちなみにレンとハナは演習場で遊んでいる。


「西から接近している魔物の種類は?」


「亀の魔物です! ”特別認識個体(ネームド)不壊の大亀(ふえのおおがめ)と思われる姿も確認されています! ここから半日ほどの距離です」


 トーマンは、顎に手を当てた。亀の魔物は、防御力が高くかなり厄介だ。中央大河の制水権を守る意味でも、最もタチの悪い相手だった。亀の魔物の生息域はここから遠く、太湖の都市に攻めてくるような相手ではない。やはり黒き魔術師(ラフロイナ)が手引きし、今回は本気で侵攻に来ているのだろうと思えた。


「全軍に命令、戦闘準備に移行。各軍、持ち場につけ」


 伝令兵が、敬礼をして部屋を出た。トーマン軍の幹部陣とラーラは、どうしたものかと顔をしかめていた。カリアだけが、平然としている。


「……カリア殿、君はずいぶんと落ち着いているが、何か手だてがあるのか?」


 トーマン軍の副官が、少し苛立ったようにカリアに質問する。魔王勢力の侵攻が目前に迫り、副官は冷静さを保てていないようだ。


「――手立ても何も、手当たり次第に殺し尽くす。それだけだろう。慌てふためいて、何か変わるのか?」


 カリアは、皮肉ではなく本心でそう言っているようだった。ラーラも頷いている。


 トーマンは、ふぅと軽く息を吐いてから、言った。


「皆、聞いてくれ。報告にもあったように、今回はこれまで以上の激戦になる。全員が、死力を尽くして欲しい。この戦いに、人類の存亡がかかっている。鍵となるのは――」


 将軍室の窓から、トーマンが演習場を見つめる。レンとハナは、演習場のどこかで泥遊びでもしているのだろう。


「――勇者と、聖女だ」


 「おう!」と皆が声をあげた。「彼らはただの農民だ」と訂正するカリアの声は、皆の声にかき消された。



 ◇◇◇



「――始まりの号令は、派手でないといけないですからね」


 太湖の都市の大通り。商店が立ち並ぶその場所に、変装した黒き魔術師(ラフロイナ)がいた。彼は、都市部で業火を上げ、戦闘の口火を切ろうとしていた。


 黒き魔術師(ラフロイナ)の配下の魔物は、侵攻の準備を終えていた。亀の魔物の動員も完了し、こちらへ向かっている。準備は万端だった。あとは、戦端をどう開くかだ。黒き魔術師(ラフロイナ)は、都市を燃やすことを戦闘開始の合図にしようと思っていた。トーマン軍の戦意を削ぐ効果もある。


 良く燃えそうな古い大きな商店を見つけ、黒き魔術師(ラフロイナ)は黒炎を放出しようと手を伸ばした。そこに――。


「あれ、この人なんか見たことないっけ?」


「そういわれると、なんだか見覚えがありますわね」


 演習場に飽きて、都市部へ勝手に抜け出してきたレンとハナが現れた。


「……っ!? 勇者と聖女……! まさか、行動が見破られていた――?」


 黒き魔術師(ラフロイナ)には、レンとハナが自身の行動を読み切って待ち伏せしていたようにしか思えなかった。思い返すと、お菓子の村でも彼らに行動を読み切られていた。結果、レンに奇襲を受けて腕を失ったのだ。黒き魔術師(ラフロイナ)の背に、ゾクリと悪寒が走る。


 レンとハナは、軍用のクッキーや飴があんまり美味しくないので、お菓子をもとめて市街地に抜け出してきただけだった。


「レン、この人、誰でしたっけ……。ガキ大将のジャイボスの友達でしたっけ……?」


「ああ、そういえばジャイボスと一緒にいるところを見たことある気がするね」


 黒き魔術師(ラフロイナ)は、全力で警戒していた。この勇者は、どんな攻撃を仕掛けてくるのか全く想像できない。瞬きする間に、首が飛んでいる可能性もあるのだ。勇者と聖女は支離滅裂な会話をしているが、攻撃の布石だと思えた。


 ――ここで戦うべきかどうか。黒き魔術師(ラフロイナ)は、迷った。周囲に軍勢の気配はなく、見方を変えれば、孤立した勇者と聖女を倒す絶好の好機でもある。しかし、それは同時に勇者と聖女にとっても黒き魔術師(ラフロイナ)を倒す機会であった。


「ジャイボスの友達なら、きっと悪い人ですわ。ジャイボスにはさんざんいじめられましたわ」


「すごく叱られたよね、なんでだろう?」


 ……戦いを避けよう。黒き魔術師(ラフロイナ)は決めた。まだ、亀の魔物も到着していない。それに、トーマンと勇者、ふたりと決着をつける舞台は、血みどろの総力戦がふさわしい。よくわからない会話を続けながら、攻撃の機会を伺っているであろう勇者と聖女へ、黒き魔術師(ラフロイナ)は話しかけた。


「――勇者と聖女、ここで戦っても都市に被害が出るだけです。お互い退いて、仕切り直しませんか?」


「え、なに?」


「お互い、それぞれの陣地へ帰りましょうと言う提案です」


「あら、帰りたいのですか? 別に止めないですわ」


 ハナが言い、レンも頷いた。黒き魔術師(ラフロイナ)は、そろりと一歩引き、飛翔して退散するために黒煙を出した。――その瞬間。


「あ、思い出した。ハナを蹴り飛ばした悪い奴だ」


 突風。レンが凄まじい跳躍で黒き魔術師(ラフロイナ)に飛びかかる。首元へ迫る白刃。黒き魔術師ラフロイナは全力で体を捩りかわそうとする。全力で黒煙を出して避ける。顔に衝撃。斬りつけられた。かわしきれなかった。レンが跳躍の勢いのまま黒き魔術師(ラフロイナ)の横を通り去っていき、そのまま奥の家屋に衝突した。爆発のような轟音が響く。


 黒煙、黒煙、黒煙。黒き魔術師(ラフロイナ)は脇目も降らずに|黒煙を放出する勢いで全力で空を登っていく。この勇者から逃げなければ。黒き魔術師(ラフロイナ)は必死だった。ある程度の高度まで達すると、ラフロイナは自らの顔に手を当て、負傷の具合を確かめた。首は斬られていない。右耳が真っ二つに斬られていただけだ。なんとか、致命傷は防いだ。


 ……また、勇者にしてやられた。黒き魔術師(ラフロイナ)は、もう二度と油断しまいと誓った。勇者は、戯れ半分で相手にできる存在ではない。全身全霊を以って命を奪わなければならない。それが、友への礼儀だろう。


 黒き魔術師(ラフロイナ)は、配下の魔物と合流するために、太湖の都市を去った。


 決意を新たに殺意を強める黒き魔術師(ラフロイナ)。家屋のガレキの中で目を回しているレン。ポカンと口を開けているハナ。黒煙を見て騒ぎ出す太湖の都市の住民。


 ――こうして、後に”宿敵たちの総力戦”と呼ばれる、激戦の火蓋が斬って落とされた。

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