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49.伝道師ヘオイヤの旅路(後編-2)

「……商会長、少々誤解があるようです」


 ――ヘオイヤが、少し顔を伏せながら、言った。


「我々は、”勇者と聖女教”の信者であり、勇者と聖女を敬い、協力する者です。商会長は、お二人にお会いになられましたか?」


 これまで鉄仮面をかぶっていたようなタチアナの表情が、ピクリと動いた。


「……会った。しかし、王都にもまだ届いていない話を、なぜ貴様が知っている?」


「それは、私が、勇者と聖女を人類で最も理解している人間だからです。きっと、お二人は英雄的な活躍をなされたのでしょう?」


「――商人の都市に攻めてきた、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を、レンとハナが討伐した」


 タチアナの話を聞き、ヘオイアは深く(こうべ)を垂れた。ギルド長も、レンとハナが貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を討伐したことは知らなかった。なぜ、ヘオイヤがそれを知っていたのか。それとも、何も知らずとも彼らがそういう奇跡を成すだろうと、信じ切っているのか。それはもはや信頼ではなく狂信や妄信ではないのか。


「……おお、そうでしょう、そうでしょう。やはり勇者と聖女は人類を救う存在だ――!」


 ヘオイヤの振る舞いに、熱が入る。そうだ、ヘオイアの詭弁としか思えない話に、この熱で説得されたのだと、ギルド長は思った。


「私は、使命を持っています。あのお二人に、伝えなければならない女神の神託があります。そして、導くべき人々もいます」


 ヘオイヤは、手を高くかざしながら、話を続ける。


「我々は、商人の都市による生活の保護や、移住を望んでいません。ただ、食料と移動手段が欲しいのです。――我々、”勇者と聖女教”の信者を、勇者と聖女へ導くための。その支援を頂きたく、話に来ました」


 一歩踏み込み、ヘオイヤがタチアナに顔を寄せる。警護兵が槍を突き出そうとするのを、タチアナが手で止めた。


「――私は、商人だ。物事を損得で考える。その、見返りは何だ? 私に何に対して投資をしろと言っているのだ?」


「聞くまでもないでしょう、商会長!」


 ヘオイヤの言葉が、さらに熱を帯びる。


「……魔王の討伐と、人類の勝利です。我々は、勇者と聖女を支援し、その一助となります」


 タチアナは、腕を組んで少し考えた。


 最初にタチアナは、このヘオイヤという人間が、レンとハナの名前を利用して食料を得ようとしている詐欺師かもしれないと思った。しかし、食料目的の詐欺師の枠を、この男は超えていた。それが正しいかはさておいて、ヘオイヤの強固な信仰と、目的を成し遂げる覚悟を、タチアナは感じた。


「いちおう、私はこの国いちばんの商会を率いていて、出資を求めてくる人間は山のようにいる」


 タチアナは、髪をかき上げながら、言葉を続ける。


「出資の見返りが、魔王討伐とほざいたのはお前が初めてだ。誰もが望み、成し遂げられなかったことへの、勝算はあるのか?」


「あります。勇者と聖女がいるからです。私は勇者と聖女が成す奇跡を信じています」


 ヘオイヤが、間髪入れずに言い切った。その目から、体から、蒸気のような熱が発せられているのをタチアナは感じた。純粋に、一片の曇りもなく、勇者と聖女のことを信じ切っている。


 人は、ここまで何かを心から信じ切れるのだろうかと、タチアナは思った。きっと、常軌を逸しているのだろう。王国の中枢は優秀な現実主義者ばかりで、そして魔王勢力に敗北を重ねてきた。もしかしたら、狂った連中の方が、魔王を倒せるのかもしれない。……それこそ、レンやハナのような。


 捨て銭のような前提で、ヘオイヤに投資してみてもよいと、タチアナは考えた。


「……わかった、伝道師ヘオイヤ。城外の集団を、”勇者と聖女教”の信徒だと認める」


 タチアナは、至近距離でヘオイヤと顔を合わせながら、言う。


貪欲な豚(グリービー・ピッグ)と、その眷属の豚の魔物の肉がある。大量で、このままだと、食べきれず腐らせるだけだ。その肉を難民に与える。輸送用の荷車も、手配しよう」


「おお、ありがとうございます……!」


「お前と、その宗教の行く末が見たくなった。せいぜい、人類の存亡に役立ててくれ」


 言って、タチアナは屋敷に戻っていった。


 それから、燻製された魔物の肉が城外に積まれ始めた。大量にあり、この難民の群れが十日は持つ量だと思えた。


「……さて、食料問題はいったん解決しましたね。勇者と聖女を追いましょう。彼らが魔王と相対する前に、どこかで追いつかなければならないですから」


 ヘオイアは、当たり前のように言う。ギルド長は、ただ身を固くしていた。


「……おい、ヘオイアさん、あんたは何がしたいんだ?」


「――何がしたいか? 簡単ですよ」


 ヘオイヤが、湿り気を帯びた熱をまといながら、言う。それは、狂気のように感じられた。


「勇者と聖女。それを信じる人類を、ひとりでも多く増やしたいだけです」


 ヘオイアの瞳は、いまだ怪しく輝いている。

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