47.伝道師ヘオイヤの旅路(中編)
街道の先に、数百人の人間がまとまって移動していた。騎乗している者が数名おり、警護をしているようだ。街道は魔物に襲われる可能性があり、これだけの人数が移動しているのは珍しかった。人々の衣服は汚れており、疲弊しているようだった。
ヘオイヤの馬車の元へ、一騎が近づいてきた。その顔には、見覚えがあった。冒険者の町で話した、冒険者ギルドのギルド長だ。
ギルド長の顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。
「……おお、あんた、冒険者の町で話したヘオイヤさんだな! 無事か!?」
「はい、無事に旅を続けられていますが……何があったのですか?」
冒険者の町で会った時よりも、ギルド長の顔の皺が深まっており、疲労している様子が見て取れた。
「最近大人しくしていた黒き魔術師の野郎が、近隣の集落に燃やしまくってるんだ。ここまで大規模なのは久しぶりだ」
「なるほど、あそこの方々は黒き魔術師に襲われた人々ですか?」
「ああ、そうだ。ギルドに被害の調査の緊急依頼が入って、夜を徹して馬で駆けてきたんだ。ひどい有様だったぜ。家や食料が根こそぎ燃やされてやがった。難民を放っておくわけにもいかねぇから、いったんギルドの連中と警護してたんだ」
「それは可哀想に……。逃げ延びた方々と、どこへ向かわれているのですか?」
「それがな、困ってる。あの人数の難民を受け入れられる町がないんだ。どこも食料や物資が不足しているし、王国の法律を破りたくないからな。しかもあれは一部で、似たような難民集団が周辺にいくつかある。みんな、黒き魔術師に家を焼かれた連中だ」
「困りましたね……。馬車に少し食料を積んでいます。焼け石に水でしょうが、難民の皆さんに分けてあげてください」
「おお、ありがたい。とにかく食料がなくて困ってたんだ。しかし、どうするか……。このままだと、餓死か、魔物に襲われて死ぬかの道しか残ってねぇ。難民への支援は、法律で禁じられてるからな」
ギルド長が、ガリガリと乱暴に頭を掻いた。彼もこの状況に困り果てているようだ。
魔物勢力が人類を襲い始めてから、難民の数は増え続けた。土地や財産を失った難民を支援することには相応の負担がかかった。最終的に、王国が難民への支援を禁じる法律を平定した。支援するより、見捨てた方が、国力が維持できるという判断だった。10年前、魔王との結成に人類が敗北し、国力が決定的に落ちたのがその法律が制定されるきっかけとなった。――そして、その魔王との決戦に、ヘオイヤも国王軍の将校として参加していた。
難民集団は、移動が小休止となり、地面に倒れるように座り込みながら休んでいる。彼らを見ていると、ヘオイヤは過去の、辺境の町の民兵指揮官として魔物の襲来に怯えていた日々を思い出した。あの黒々とした気分を、忘れることはできないだろう。彼らもまた、同じ気持ちなのかもしれない。いや、家族や財産を失い、絶望はさらに深いのかもしれない。
ヘオイヤも、彼らを救う方法をなんとか考えようとした。難民、救済を求める人々、それらを救う存在、勇者と聖女――。
その時、ヘオイヤの頭の中に、天啓のようなひらめきが浮かんだ。その目は虚空を見つめ、手がワナワナと震えはじめた。
「……そうか、これも全て勇者と聖女の導きなんだ――」
「どうした、ヘオイヤさん?」
様子が変わったヘオイヤに、ギルド長が困惑する。
「なに、ギルド長。簡単なことですよ。彼らを、勇者と聖女のもとへ導いてあげるのです」
ヘオイヤは、笑った。異常なまでに口角が吊り上がった、不気味な笑顔だった。
「彼らは、試練を与えられたのです。勇者と聖女のために、命を尽くして献身する試練を。人類には、もっと信仰が必要なのです。勇者と聖者への信仰が」
「お、おい、ヘオイヤさん、何を言ってるんだ?」
「ギルド長、大丈夫です。私が布教します。名前は……そうですね、”勇者と聖女教”が良いでしょう。このままだと信仰が足りませんから、良き信者となるよう私がしっかり指導しますね。この際、人数は関係ないです。いや、もっといた方が良い。近隣の難民も全て集めてください」
ヘオイヤは、自らに舞い降りてきたアイデアに魅了され、恍惚とした表情で語っている。
「どうしちまったんだよ、大丈夫か、ヘオイヤさん」
「いやね、ギルド長。私は常日頃から思っていたんですよ。あの奇跡のような存在の勇者と聖女を、信仰している人が少なすぎると。ギルド長、あなたは態度こそ不遜だが、勇者と聖女に対する敬意と信頼を感じる。あなたは救われるでしょう、ただ、辺境の村の寮母のような、勇者と聖女への信仰が足りない人間がいることも確かです」
ヘオイヤは、恍惚と訳が分からないことを喋り続けている。ギルド長の困惑は深まっていく。
「その信仰の話が、難民とどう関係があるんだ?」
「良いですか、ギルド長。本当にくだらない法律で、難民への支援が禁じられています。ならば、その前提を変えればよいのです。――彼らを、難民ではなく、”勇者と聖女教”の信者にすればよいのです」
ヘオイヤの語りの、熱と狂気が強まっていく。
「彼らは良き信徒として、勇者と聖女を信仰し、その功績を広め人類の戦意を高め、その命を投げうってでも勇者と聖女を支援する存在です。なぜ、そんな彼らへの支援を拒めましょうか。……それこそ、人類の滅亡を早める行為であり、王国への反逆です!」
ヘオイヤは、民衆に真理を解く聖人のように、言い切った
「あ、あんた……難民を、あんたが思い付きで作った宗教の信者にしようっていうのか!?」
ヘオイヤは、ずい、とギルド長の眼前に顔を寄せて言う。
「それにより、勇者と聖女への信仰が増え、そして難民らが救われるのであれば、それでよいではありませんか?」
「――た、たしかに、それはそうだが」
ギルド長は、腕を組んで考え込んだ。現状では難民を救う手段が全くないのも事実だった。
「……理屈はわかったが、その詭弁は本当に通じるのか? 彼らは難民ではなく信者です、で支援してくれるところがあるのか?」
「それは、勇者と聖女の導きで、どうとでもなるでしょう。さあギルド長、付近の難民を集めてください。近くに商人の都市があります。ひとまずそこへ向かうとしましょう」
そう言ってヘオイヤは、難民に配るための食料を馬車から下ろしはじめた。ギルド長は、釈然としなかったが、とはいえ他に手段がないので、いったんヘオイヤに付き合ってみるしかないと思った。
炎天下の中、食料を下ろすヘオイヤの額に汗が滴っていく。
ヘオイヤの瞳は、バッキバキに黒く怪しく輝いていた。