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46.伝道師ヘオイヤの旅路(前半)

 町が、黒々とした煙と炎に包まれていた。道には黒焦げの死体が転がり、逃げ惑う人々の叫びが充満している。


 街道沿いの、中規模の町だった。それが、なすすべもなく滅ぼされようとしていた。蜘蛛の子を散らすように、燃え盛る町から、蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ出している。多くは、難民となるだろう。


「だいたい、勘は戻ってきましたか」


 ”特別認識個体(ネームド)黒き魔術師(ラフロイナ)が、燃え盛る町を上空から見下ろしていた。


 お菓子の村にて、レンに腕を斬り飛ばされ右目を潰された黒き魔術師(ラフロイナ)は、近くの森でしばらく休み負傷を癒しと魔力を回復させた。その後、道中の村や町を盛大に焼き潰しながら、本拠地である太湖の都市近くの拠点へ向かっていた。


「黒炎と黒煙を同時に出せなくなったのは不便ですが、戦闘自体はどうにかなりそうですね」


 黒の魔術師(ラフロイナ)は、黒い炎と黒い煙を、それぞれの手から放出して戦闘する。片腕がなくなったことでそれらを同時に出せなくなった。町や村を焼き尽くす過程で、その状態での戦闘に慣れようとしたのだ。


 ――ズキリと、失った右腕に痛みが走った。傷は癒えているはずだが、この痛みだけは消えなかった。


「……勇者」


 勇者に、傷つけられた。”魔王の意思”に従い、漫然と人類を攻撃してきた黒の魔術師(ラフロイナ)だったが、ここまでの負傷は始めてだった。


 勇者に対して、特に恨みなどはない。強いものが、弱いものを蹂躙する。それが行われただけだ。ただ、黒き魔術師(ラフロイナ)は、全力を持って勇者を倒そうと思っていた。それは長命な黒き魔術師(ラフロイナ)にとって、退屈しのぎのようなものだ。結果として自分が倒されようとも、それはそれで良かった。


 勇者のほかにひとり、決着をつけたい相手がいる。太湖の都市に駐屯しているトーマン将軍だ。黒き魔術師(ラフロイナ)は、太湖の都市を落とすべく、何年もトーマンと戦ってきた。恐らく魔王勢力で魔王に次ぐ実力を持っている黒の魔術師(ラフロイナ)に対し、トーマンは多くの犠牲を出しながら、太湖の都市と中央大河の制水権を守り続けている。


 これまで黒き魔術師(ラフロイナ)は、何度もトーマンのことを考えた。トーマンは、その何十倍も黒き魔術師(ラフロイナ)のことを考えているだろう。これは、友情にも似ているではないか。


 そして、勇者に対しても、似たような感情を抱いている。勇者は、黒き魔術師(ラフロイナ)のことを考えているだろうか。


「……これは、どんな感情なのでしょうか」


 数十年間、ろくに言葉も話せない魔物と付き合ってきた。だから、歪んできたのかもしれないと、黒の魔術師(ラフロイナ)は自嘲した。


 集落を焼きながら、徐々に太湖の都市に近づいてきている。この後、勇者を倒すための仕込みをして、太湖の都市に大攻勢をかける。


 トーマンと勇者。両方と一気に決着をつけるのだ。


 それは、友人を失うために、友人に会いに行くような、そんな感覚に似ていた。



 ◇◇◇



「え、レン、それは何? ――人の腕!?」


 商人の都市を出て、船着き場に向かう道中。ラーラは、レンのカバンから干乾びた人の腕のようなものが突き出ているのを発見した。


「うん、そうだよ。あれれ、誰の腕だっけ? なんでカバンに入ってるんだっけ?」


「レン殿、それはラフロイガだとかラフロイグだとか名乗っていた敵の腕だな。レン殿が腕を斬り飛ばして、拾ってカバンに入れてたではないか」


「ああ、そんなこともあったかな。カリアはよく覚えてるね」


 口を開け怪訝な目でレンを見るカーラを一瞥もせず、レンは黒き魔術師(ラフロイナ)の腕をぶんぶん振り回して遊び始めた。


 少し先に、中央大河の船着き場と、王都で製造された最新の高速船の姿が見える。


 水夫たちは、噂に聞いた勇者と聖女の到着を、今か今かと待ち構えている。



 ◇◇◇



 辺境の町にて、レンとハナに危機を救われた司祭ヘオイヤ。彼は、レンとハナを追って旅を続けていた。


 ヘオイヤは、レンとハナが勇者と聖女として人類の救済の旅を続けていると思い込んでいた。道中で人々を救済しながら、魔王を倒すべく王都に向かっていると信じている。


 実際、途中立ち寄った冒険者の町で、レンとハナが魔物を撃退し、魔王討伐の依頼(クエスト)を独占したことを知った。それは、ヘオイヤが思い描く理想の勇者像だった。


 馬車を牽く馬の手綱を持ちながら、ヘオイヤは肌着に縫い込んである包みに手を触れた。もう何度も何度も、手を触れその存在を確認している。すっかりヘオイヤの癖になっていた。


 包みの中には、さらに厳重に油紙で包まれた、女神の神託が描かれた紙片が入っている。それは、レンとハナが辺境の町を出る際に残していったものだった。もはや神託とは名ばかりの、単なるラクガキが書かれた紙片ではあったが、ヘオイヤはこれが本物の神託で、自身が勇者と聖女に届ける使命があると思い込んでいた。


「……おや、あの人だかりは何でしょうか?」


 街道の先に、数百人の人間がまとまって移動していた。騎乗している者が数名おり、警護をしているようだ。街道は魔物に襲われる可能性があり、これだけの人数が移動しているのは珍しかった。人々の衣服は汚れており、疲弊しているようだった。


 ヘオイヤの馬車の元へ、一騎が近づいてきた。その顔には、見覚えがあった。冒険者の町で話した、冒険者ギルドのギルド長だ。


 ギルド長の顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。

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