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44.商人の都市の算段(後編-5)

 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が討伐され、商人の都市の危機は去った。黒き魔術師(ラフロイナ)のものと思われた火災が住宅街で起こっていたが、それはレンとハナとカリアが起こしたもので、黒き魔術師(ラフロイナ)は全く関係がなかった。


 火災は、ハナが鎮火した。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を退治した後、自分たちの火の不始末で町の火災が起こったことに気付いたレンとハナが、バレる前に消すべしと鎮火しに行ったのだ。


 ハナの治癒(パーフェクトヒール)は、火の手を掻き消すどころか、建物自体を火災前の姿に戻した。


 そして、レンとハナとカリアの3人は、商会長であるタチアナの屋敷に招かれ、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)討伐と火災鎮火の礼として、豪勢な食事をご馳走されていた。レンとハナは、一心不乱にご馳走を口に詰め込んでいる。魔術師団長ラーラも食卓に招かれていた。


「……ふむふむ、なるほど。ハナの治癒は、物質にも作用するが、対象に一定の制限があるのだな?」


 タチアナは少し興奮した様子で、矢継ぎ早に質問を浴びせながら、手元の紙に何かを書き込み続けていた。タチアナの興味は、レンとハナの能力にあるようだった。


「そうだな、タチアナ殿。私の知る限りだが、ハナ殿自身と、死んでしまった者には治癒が作用しない」


 食事に夢中になっているレンとハナの代わりに、カリアが受け答えしていた。


「いや……それでも凄まじい能力だな。奇跡と言ってもいい。ラーラ殿、これはどういう術理の魔術になるんだ?」


「――わかりません。ハナさんの治癒で、私の魔力も回復しました。失った四肢を回復させ、魔力までも回復させるような術理を、私は知りません」


「この国で最高峰の魔術師であるラーラ殿もわからないか……。となると、魔王ですら対処できないかもしれないな」


 タチアナはニヤリと口角を上げながら、憑かれたように紙に書き込みを続けている。ラーラは、ちらりと横目でレンを見た。


「うーん、お腹いっぱいになったら眠くなってきたなぁ」


「そうですわね……。残りは明日に食べましょうか」


 お腹をパンパンに張らせたレンとハナが、目をこすりはじめた。


「おお、すまない。みな疲れているだろうな。商館に部屋を用意しているので、今夜はそこでゆっくり休んで欲しい」


 タチアナが言い、レンとハナとカリアは案内され商館の寝室に向かっていった。食卓には、紙に書き込みを続けるタチアナと、ラーラが残された。


「タチアナ商会長、あの3人を、どうされるおつもりで?」


「――ん、ああ」


 タチアナが、ペンを書く手を止めて言う。


「ラーラ殿、明朝に私の部屋に来て欲しい」


 タチアナが、ラーラに顔を向けて言う。


「あの3人は、魔王を倒せるかもしれない」


「――まさか。本気で言っているのですか?」


 ラーラは、息を呑んだ。


「……ああ、そうだ。やれるかもしれないと思っている。そして、ラーラ殿がそう思うように、私はいま自分が正気であるか自信が持てない」


 タチアナは、ラーラの顔を舐めまわすように見つめている。


「ただ、人類はずっと耐えてきた。そして今、魔王勢力に追い詰められてロクな勝機も見えない。そこに、彼らがやってきた。すがりたくなる気持ちも分かるだろう?」


 タチアナの眼は、輝いていた。狂っているほどに。


「もちろん、単独では無理だ。ただ、国家の全てを、それこそ人類の全てを賭ければ、どうにかなるかもしれない。その手段を、考えてみたい」


 ラーラは唾を飲んだ。このどこまでも鋭利で合理的な商会長は、冗談を言うような人間ではない。そして、夢想すら実現させられる権力を持っている。その結果が、人類の敗北だとしても。


「カリアと話して、勇者と聖女の能力は把握した。これを運用して魔王を倒せるか、考える」


 タチアナの目には、怪しい光がともっていた。それが正気なのか狂気なのか、ラーラには判別できなかった。



 ◇◇◇



 レンとハナとカリアとの食事を終え、タチアナは自身の執務室で、王国の物資に関するあらゆる書類を前にしながら思考を巡らせていた。


 人類を生き長らえさせるために、たくさんの計画を立て、書類を作った。下方修正に次ぐ下方修正が加えられたその書類群は、人類の寿命がもう短いことを示している。タチアナほどに現状を理解している人間は、国王か元帥くらいしかいないだろう。


 ――狂っているのかもしれない。タチアナの冷静な部分が、自身に告げる。


 昨日今日でポッと出てきた、一見は勇者や聖女と思われる存在が、本当に魔王を討伐して人類を救えるのか?


 荒唐無稽な計画を無理押しして、人類滅亡の後押しをするだけではないか?


 何より、タチアナ自身が今の職責に耐えられなくなり、それらしい答えにすがろうとしているだけではないのか?


 タチアナは、強く息を吐いた。次から次に自問自答を浮かべられる。しかしどんなに冷静になろうとしても、タチアナの思考の大部分は、勇者と聖女を運用した魔王討伐計画のことを考えていた。


 いったん、身を任すか。


 そう決めた。決めたら簡単だった。ペンをとり、一心不乱に考えを書き込む。白紙の紙束に、文字が、計画が、作戦が生まれていく。大勢の人間が死ぬであろう事柄が、無機質に刻まれていく。


 人類を食つないで生き延びさせる計画ではなく、魔王を倒す算段を立てる。快感だった。タチアナは笑っていた。笑いながら、算段を立てた。


 書き終えたとき、ふと窓に目をやると、光が射していた。朝になっていた。


 書き込んだ紙片は、束になり冊子ほどの厚さになっていた。算段は立った。しかし、それが正しいのかはわからない。


 タチアナは、書き込んだ紙片を読み返すことはしなかった。代わりに、ラーラを呼んだ。


「……タチアナ殿、どのような御用で?」


 緊張した面持ちで、ラーラが入室してきた。タチアナは、書き込んだ紙束を無造作にラーラに差し出した。


「人類の今後の算段について、私案をまとめたものだ。ラーラ殿、君は、勇者と聖女を連れて王都へ向かう予定だったな?」


 ラーラが、表情を固くしたままコクリと頷く。


「ならば、この算段を道中にある太湖の都市へ届けてくれ。――太湖の都市にいる、トーマン将軍へ」


「……わかりました、トーマン将軍は存じております。確実に、お届けします」


「よろしい、頼むよ」


 タチアナが、ニコリと笑う。


「これは、単なる算段だ。計画でも、予測でもない。単なる願望を詰め込んだものかもしれない」


 タチアナは、いつからそこに置いてあるかも覚えていない、冷めきったコーヒーを一口飲んだ。


「ラーラ殿。その算段について、トーマン将軍が無理だと言うなら、その紙片は破り捨ててくれ。ただ、彼が、少しでも可能性があると言うのなら、王都の国王に届けてほしい」


 ラーラは丁重にタチアナから冊子を受け取った。


 その冊子には、タチアナが書き殴った表紙が付けてあった。


 表紙には、『”特別認識個体(ネームド)”魔王 討伐のための人類動員最終計画』と書かれていた。

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