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43.商人の都市の算段(後編-4)

 商人の都市の城門の付近。レンが飛び込んで周囲の豚の魔物を両断し、周囲には血の海が広がっていた。


 その血の海の中に横たわる、魔術団長ラーラを自警団が救出していく。ラーラはまだ生きているから、ハナが治癒してくれるだろうとレンは思った。


 そしてレンは、殺到してくる魔物の方へ体を向け、跳躍した。


 レンは、戦場を飛び回りながら、手当たり次第に魔物を斬り飛ばしていた。ひときわ大きな魔物、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が横にいたので、いったん斬りつけてみる。


「うわ、危な!」


 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の肩を斬り裂くレンの一撃に怯まず、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)はレンを嚙み殺そうとしてきた。レンは、謎の力で空中を跳躍し、なんとかそれを躱した。


「うーん、あの中動物はなかなか倒せないなぁ」


 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)は脂肪が厚く、致命的な打撃を与えられない。これは面倒だな、とレンは思った。


 ーーー


 カリアは、豚の魔物の群れの中で、全力で長剣を振るっていた。豚の魔物は脂肪が厚く、胴体は斬り落とせない。鼻先と、前足。そこを重点的に狙うことで、魔物たちを無力化していった。


 カリアは、レンとハナをちらりと見た。レンが剣を振ると、魔物が数体、宙を舞う。頭から尻まで真っ二つに両断されている。レンには到底勝てないだろう。ハナは、傷ついた戦闘要員を片っ端から治療し、崩壊しかけた戦線を成り立たせている。ハナにも到底及ばないだろう。


 農民である2人の力には足りないが、自分がやれることを精一杯やろう、とカリアは思った。豚の魔物の鼻先を斬り飛ばし、返す刀で首筋を深く突き刺し、カリアは7体目の魔物を討伐した。レンは、もう数十匹の魔物を斬り飛ばしている。まだまだだな、とカリアは思った。


 ーーー


 タチアナは、呼吸も忘れ、眼下に広がる光景を見つめていた。


 ラーラが魔物に殺されそうになるのを、息を止めて注視していたところに、あの3人が飛び込んできた。タチアナは、驚きを超えた、強い衝撃を感じていた。


 まず、あの女戦士。自警団の前衛のさらに前にひとりで立ちながら、魔物を何体も斬り伏せている。国王軍にも比類する存在がいない、人類最強の戦士だろう。


 そして、剣を振るう少年。道理を超えた強さだった。風のように縦横無尽に戦場を行き来しながら、一振りで何体もの魔物を両断していく。あれは、間違いなく勇者だ。


 なによりも、人々を治癒していく少女。とんでもない存在だった。致命傷どころか、死にかけている人間が、たちまち復活していく。聖女以外の何物でもない。ラーラも少女に治癒され、自警団の中で休んでいる。


 あの少女がいれば、人的損害を無視し、半永久的に軍勢を運用できる。タチアナの算段における、根本の方程式が変わる。タチアナの体の温度が高まり、頬が紅潮する。そして思考が、これまでにない速さで回転していく。それはまさに、せき止められていた川が、障害物を突き破り、一気に水が流れていくようだった。


 タチアナは、頬を赤らめひくつかせながら、ニヤリと笑っていた。それは、久しぶりの笑顔だった。


 ーーー


 勇者が、戦っている。ラーラはぼんやりとそう思った。間一髪で治癒され救出されたラーラは、レンとカリアが戦う光景をぼんやりと眺めていた。


 レンとハナとカリアの乱入により、戦線は膠着していた。むしろ、魔物の群れが数を徐々に減らしている。もう半分ほどに減っただろうか。


「あら、あなたも杖を持っていますの? 私と同じですわ」


 自警団を治療し尽くし、暇になったハナがラーラに声をかける。もっとも、ハナの杖はレンお手製のガラクタのような杖だが、ラーラの杖は1億イン(1億円)を超える最高級のものだった。


「……貴方が、私を治癒したのですか? 腕も足も、食われて失っていたのに……」


 ラーラが、治癒され治った自身の手足を見ながら言う。


「ふふん、そんなの朝飯前ですわ。みんな治癒が下手で困りますわ」


 ハナが、治癒を褒められ得意顔で言う。寮長のおばちゃんや、ガキ大将のジャイボスにずっと怒られてきたハナは、褒められることが嬉しかった。


「いや、魔力も回復している……? これははたして治癒の術理なのか……?」


 ラーラが、自身の魔力の回復を認識して言った。ハナは、意味が理解できず首をかしげた。ハナは魔力の概念を理解していない。なのに、無限に治癒が行える。


「でも、治癒だけだと暇ですわ。レンやカリアみたいに、ブタちゃんたちを倒せる力も欲しいですわ」


 指を咥えながら、ハナが言う。


「いや……。その力があれば、攻撃の魔法は必要ないと思いますが――」


 言ったラーラのすぐそばに、跳躍したレンが飛び込んできた。地面に二回、三回と体を打ちながら転がり、自警団にぶつかってやっと動きを止めた。


「ごめん、ハナ。パパっと治してくれないかな? あの中動物、斬っても倒せないね」


 レンが、苦笑しながら言う。レンの両脚は、無理な跳躍を繰り返し折れ曲がっていた。


「レン、こんなに怪我しちゃダメですわ。――治癒(パーフェクトヒール)


 ハナの放つ光が、レンの体を治す。レンは立ち上がり、膝を曲げ力を入れ、また魔物の群れに飛び込もうとした。


「――あ、あの、レン、で名前は合っていますか? 聞いて頂きたいことが」


 ラーラは、思わずレンに声をかけていた。跳躍するのをやめ、レンが言う。


「うん、僕の名前はレンだよ。どうしたの?」


「レン、あなたと力を合わせれば、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を倒せます」


 ラーラが、自身の杖を拾いながら言った。


「ああ、あの中動物ね。どうやるの?」


「私が、”魔弾”――魔法で攻撃を打ち込みます。それで与えた傷の上から、あなたが攻撃をかければ、致命傷が与えられると思います」


「うん、わかった。すぐできる? カリアがそろそろ危なさそうだ」


 レンとラーラが話している間、レンがいなくなり勢いを取り戻した魔物が殺到しようとするのを、カリアと自警団が全力で食い止めていた。特にカリアは、魔物に取り囲まれ、たくさんの傷を受けながら一心不乱に剣を振るっていた。


 勇者であろうレンという少年は、ちょっとおかしいと感じるほど泰然としていると、ラーラは思った。”特別認識個体(ネームド)”の前でも、近所の畑仕事に向かうような自然体だ。一切、気負いが感じられない。これが、勇者と言う存在なのだろう。


「治癒により、魔力が回復しました。――いつでもいけます」


「わかった。じゃあ君に合わせるね」


 レンが、再び跳躍しようと両足に力を籠める。


「――ラーラです」


「……え?」


「私の名前は、ラーラです」


 ラーラは、レンを見つめて、言った。


「わかった、ラーラ。君に合わせるよ」


 言って、レンは貪欲な豚(グリービー・ピッグ)へ向かって跳躍していった。


 ラーラは、杖を強く握りながら額にあて、全力で集中しようとしていた。あの勇者を、援護するのだ。失敗はできない。


 息が詰まりそうになる。喉は張り付く。この一撃に、人類の未来がかかっていると、ラーラは思った。商人の都市を壊滅させるわけにはいかない。


 レンが貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の方へ跳躍しながら、道中の魔物を斬り飛ばしていく。なんと美しい所作だろう、とラーラは思った。


 斬り散らされた魔物の死骸と血の海の向こうに、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が見えた。杖を、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)へ向ける。


 ラーラは、大きく息をついてから、言った。


「――”魔弾”、放出」


 キンと音がして、高質量の魔力が、魔力の強度の高さにより弾ける音をバチリと立てながら、ラーラの杖の前に球状になって集まった。球状に圧縮された魔力が、”魔弾”の光線となり、真っすぐに射出されていく。


 それは、ラーラのここまでの生涯における、最高最強の”魔弾”だった。青白い光線が、空に定規で線を引いたように、真っすぐに飛んでいく。


 魔弾は、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)に突き刺さり、体を深く焼き斬っていく。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が甲高い叫び声をあげる。すかさずレンが、凄まじい跳躍を行い貪欲な豚(グリービー・ピッグ)に迫る。


聖剣(エクスカリバー)!」


 レンが剣を振るう。その一撃は、”魔弾”が与えた傷をなぞるように繰り出され、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を縦に真っ二つに両断した。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の肉体は、標本のように綺麗にふたつに別れ、地に落ちた。


 その瞬間から、魔物の統率が失われ、元々臆病な豚の魔物は四散していった。激戦の末、右腕と左足を食い千切られたカリアも、ハナの治療を受けている。


 結末を目にして、ラーラは力が抜けて座り込んだ。あんな凶悪な存在が、勇者一行が現れたら一蹴された。これは、何なのか。少なくとも、欺瞞ではない。――奇跡か、希望か。


 座り込むラーラのそばに、レンが駆け寄った。


「あれ、すごかったね。魔法? ――って言うやつなのかな?」


 レンが、ラーラへ手を差し出して言う。ラーラは、少し躊躇したあと、その手を握り返した。

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