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41.商人の都市の算段(後編-2)

 各所への指示を終えた商会長タチアナは、城壁へ登って行った。魔術師団長ラーラがそこにはいた。黒いローブをめくり、肌を晒しながら、杖を握り何かを呟いている。魔術の術理において、魔力は空気中に漂っており、それは肌から吸収されると言われていて、魔術師は過度に薄着の服を着ている。


「タチアナ商会長、あと数分で魔物が射程に入ります」


 ラーラが、杖に祈りを込めながら言った。ラーラの”魔弾”は2発。これをどう活用するかだとタチアナは思った。”魔弾”はラーラを王国の魔術師団長に押し上げた奥義であり、人類の持つ最大最強の攻撃手段だった。


「ラーラ殿、現状の想定だと、”魔弾”は破壊された北門の防衛に使う。ある程度魔物を引き付けてから撃つ、そういう心構えで頼む」


「承知しました、いつでも行けます」


 ラーラへの指示を終え、タチアナは城壁から魔物の群れの動向を確認する。豚の魔物の群れが200匹ほど、都市へ向けて進軍してきている。魔物の群れの後方には、”特別認識個体(ネームド)貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の姿も見える。


 タチアナは、大きく息をついて自身を落ち着かせようとした。あるべきものを、あるべき時に、あるべき所へ。戦力配置の指示は出した。防衛の算段は立てた。あとは、それを実行するのみだ。


 魔物の群れが、城壁に近づいてくる。城壁からは矢が放たれ、豚の魔物の体表に突き立つが、それを無視して魔物は進んでくる。豚の魔物は生命力が異様に強く、痛みに鈍感だ。矢程度では、その動きは止まらない。


「……決死隊を投入」


 タチアナが無表情に指示を出す。レンが壊した門に魔物を接近させないため、自警団の部隊が突撃していく。しかし槍を突き刺しても豚の魔物の動きは止まらず、部隊は食い散らかされすぐに全滅した。


 タチアナは、戦場を見つめながら手を強く握りしめた。全滅した部隊は、命を賭して時間を稼いだ。前衛の魔物の前進が止まり、魔物が密集している。


「……ラーラ殿、”魔弾”の放出を。なるべく、魔物の前衛を削れるように」


 タチアナの指示に、ラーラは返事をせず、代わりに祈りを強めた。ラーラが握る杖の周囲に、可視化されるほど強まった魔力が漂っていく。ラーラが魔物へ向け杖を突き出して言う。


「――"魔弾"、放出」


 閃光と轟音。高密度高温度に圧縮された魔力が放たれる。光線のようなそれは、空に定規で線を引いたようにどこまでも真っすぐ射出されていった。横に薙ぐように放たれた”魔弾”が、大地を焦がしながら、豚の魔物の体を焼き斬り散らしていく。


 ”魔弾”の放出は、数秒ほどで終わった。”魔弾”によって切断された魔物の四肢が血と共に散らばり、大地には赤黒く焼けた線が引かれていた。20~30体の魔物は倒せたようだ。豚の魔物は、怯んだように足を止めている。


「――主力を突入。ここで押し返せ!」


 タチアナが声を張り上げる。壊れた門から、自警団の精鋭部隊が飛び出し突撃していく。さらに、後方の魔物へ城壁から兵器による投石が行われる。”魔弾”によって戦力を削り魔物を怯ませ、即座に総攻撃を行い魔物を混乱させ撤退に追い込む。それがタチアナの考えた防衛の算段だった。門が壊れている以上、持久戦はできずこの方法しか取れなかった。


 精鋭部隊の槍衾が魔物を串刺しにする。魔物に容赦なく投石が降りかかる。豚の魔物の甲高い悲鳴が喧しい。魔物の群れは明らかに統制を失いつつあった。


 こちらはまだ”魔弾”を1発残している。算段が成り立ちそうだ、とタチアナは思った。


「ラーラ殿、ここで決めるぞ。準備が終わり次第、次の”魔弾”を――」


 タチアナの指示を遮って、自警団の幹部が飛び込んできた。


「急報です! 都市の住居地帯に異変が! 一角が、炎に包まれています!」


「……炎、だと?」


 タチアナは、呆然として伝令兵に問いかける。


「はい、住宅密集地帯で、物資の集積所も近い都市の急所です。黒々とした、黒煙が上がっています――!」


「ああ……くそ、くそっ!」


 タチアナが、頭を掻きむしりながらわめく。


黒き魔術師(ラフロイナ)だ……! あいつがいつも算段を狂わせるんだ……!」


 通常、”特別認識個体(ネームド)”含む魔物の行動は野生生物に近く、特に”特別認識個体(ネームド)”同士が連携をとることはほとんどない。ただし、高い知能を持ち人類の宿敵とすら言われている”特別認識個体(ネームド)黒き魔術師(ラフロイナ)は別だ。魔物の襲撃にあわせ、都市の内部を攻撃をするくらいのことはするだろう。この豚の魔物の襲撃すら、黒き魔術師(ラフロイナ)の手引きと考えるのが自然だった。黒煙と黒炎は、黒き魔術師(ラフロイナ)の得意技だ。


 タチアナの算段が、崩れ始めようとしている。豚の魔物で手一杯なのに、都市に潜伏した黒き魔術師(ラフロイナ)の相手などできるわけがない。タチアナは、頭を掻きむしりながら、必死に算段の帳尻を合わせようと考えた。


 このまま主力部隊を率いて豚の魔物の群れと押し合っていても、都市が黒き魔術師(ラフロイナ)に焼き尽くされ壊滅するだろう。タチアナは決断を迫られていた。


「……ラーラ殿、”魔弾”の準備を。黒き魔術師(ラフロイナ)が都市に潜伏している可能性が高く、時間がない。すぐに貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を倒し、黒き魔術師(ラフロイナ)に全軍を向ける必要がある」


 タチアナは、硬い表情のままラーラを見つめた。”特別認識個体(ネームド)”を倒せば、使役されている魔物の統率は失われ、野生生物に戻る。


「一撃で、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を倒してくれ――。これは依頼ではなく、命令だ。頼む……!」


 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)をおびき寄せたのも、住宅街の火災も、すべてレンとハナとカリアのせいなのだが、2人はそれを知る由もない。


 ラーラは、一度大きく深呼吸をした。


「全力を、尽くします」


 ラーラが何かを呟きながら杖に強く祈りを込める。魔力が溢れ、杖の周りに光が漂う。そして、魔物の群れの最後方にいる貪欲な豚(グリービー・ピッグ)に向け、杖を真っすぐに向ける。


「――"魔弾"、放出」


 魔力の光線が射出される。光線が、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の胴体に突き刺さる。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の甲高い悲鳴が響いた。胴体を貫いた光線が、地面を焼いている。光線が消えると、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)はドサリと音をたて地に横たわった。ピクピクと痙攣している。皆が、息を飲んで貪欲な豚(グリービー・ピッグ)を見つめていた


「……ダメだ」


 ラーラが呟く。人類は、ここ10年で”特別認識個体(ネームド)”を3体しか討伐できていない。2体は、国家の総力を賭けた決戦で。1体は、天才的な軍人が幸運に恵まれて。いかに”魔弾”といえと、ラーラの一撃で討伐できるような存在ではない。――殺しきれていないのだ。


 耳を貫くような吠え声が響く。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)はゆっくりと起き上がり、腹から血を滴らせながら自警団の精鋭部隊に突進していく。貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の目は、血走り怒り狂っていた。精鋭部隊が、弾き飛ばされ、頭を食い破られ、足に潰されていく。戦線は崩壊した。魔物の群れが、壊れた城門に突進していく。


 城門を突貫で塞いでいた障害物が、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)により壊されていく。1体、2体と魔物が都市へ侵入していく。


 タチアナは、力なくその光景を眺めていた。遠く背後には、燃え盛る住宅街の黒煙が立ち昇っている。城門付近では、魔物を食い止めようとする自警団が、たやすく殺されていく。


 タチアナの算段は、砕け散っていた。――商人の都市が、終わりを迎えようとしている。

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