40.商人の都市の算段(後編-1)
”特別認識個体”貪欲な豚の肉を手に入れたレンとハナとカリアは、都市の城壁をひょいと飛び越えて商人の都市に再び戻ってきた。
「屋台の人に料理してもらおうと思ったけど、そういえば僕たち手配されてるんだっけ?」
レンが思い出して言う。3人は、”特別認識個体”討伐の重要参考人として、タチアナから捜索手配が出されていた。
「たしかにそうでしたわね。どうしましょうか? 豚肉はよく焼けって寮長のおばちゃんに言われていますわ」
「レン殿、ハナ殿、あそこに空き家があるぞ。そこで調理すればいいんじゃないか?」
3人は、カリアが見つけた空き家に入り、床や壁の木材を引きはがし薪を作った。部屋のど真ん中に薪を組み、カリアが手早く火をつける。
少し待つと、火の勢いが強くなってきた。というより、床も燃え、家に延焼しはじめている。
カリアは長年山中で独り暮らしをしていたため、集落での火事という概念を知らない。レンとハナは、寮長のおばちゃんから火遊びを禁止されていたため、火がどういうものなのかよく知らない。
たちまち部屋全体が炎に包まれ、辺りに煙が充満した。
「けほっ。ちょっと火が強すぎるね。お肉が焦げちゃうかも」
「レン、やっぱり屋台の人に料理してもらいましょうか? 美味しく食べたいですわ」
「そうだね、ハナ。そうしようか」
こうして3人は、炎に包まれる空き家を放置して、市場の方へ向かった。空き家の炎はさらに勢いを増し、黒々とした煙をあげながら、隣接する家まで火が移りつつあった。
◇◇◇
レンが斬り開けた門の検分をしていた、商会長タチアナと魔術師団長ラーラの元に、自警団が駆け込んできた。
「しょ、商会長、緊急事態です! 都市へ向かって魔物の大群が侵攻中! ”特別認識個体”貪欲な豚の姿も確認!」
「馬鹿な、なぜ」
タチアナは目を見開いた。貪欲な豚は、街道を行き来する商隊は襲うが、都市へ侵攻してくるまでの攻撃性は持っていない。また、タチアナは貪欲な豚の貪欲で執着心の強い性質も理解しており、下手に刺激をしないように細心の注意を払ってきた。
そんな中、レンとハナとカリアが貪欲な豚を不用意に刺激した結果、怒り狂った魔物の群れが、3人の臭いを追って都市へ侵攻しようしているのだった。
不可解だが、今は理由を考えている場合ではないと、タチアナは頭を切り替えた。すぐに防衛の準備を進める必要がある。タチアナは、自警団に問いかける。
「魔物の戦力は?」
「貪欲な豚を中心にした、豚の魔物200体ほどです。東から侵攻しており、あと1時間ほどの位置まで近づいています」
タチアナは、すぐに頭の中で防衛の算段を立て始めた。自警団に大きな損耗は生じるだろうが、200体なら追い返せるかもしれない。王国最強の魔術師であるラーラがここにいることも大きい。だが、それらを差し引いても、算段を狂わす要因があった。
「……よりによって、このタイミングか。最悪だな」
タチアナは、レンによって斬り開かれた門に視線を移した。門を修復する時間はないだろう。
「ラーラ殿、私と共に城壁に来てもらいたい。”魔弾”はあと何発撃てる?」
「はい、もちろんです。先ほど結界魔法を使ったので、”魔弾”はあと2発というところかと」
「わかった、城壁で待機して、魔物が射程距離に入ったら教えて欲しい。私も、各所へ指示を出したあと城壁に上がる」
タチアナは、防衛のための様々な指示を自警団に出しながら、都市の地図へ戦力配置を書き込んでいった。あるべきものを、あるべき時に、あるべき所へ。タチアナの信条と能力は、軍事司令官としても有用だった。
やはり、この壊れた門を守り切れるかがカギになるとタチアナは思った。都市の内部は家屋が密集しており、豚の魔物に侵入されたら蹂躙されるだろう。タチアナの計算では、防衛に必要な戦力がわずかに足りていなかった。足りない部分は、ラーラの”魔弾”を頼るほかない。
商人の都市の壊滅は、すなわち王国の物流網の崩壊であり、それは人類の滅亡を意味していた。
ふと顔を上げると、壊れた門から、都市へ向かっている魔物の群れが微かに視認できた。それを直視することができず、タチアナは都市の地図に目を落とすと、防衛の算段を考え続けた。