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4.人はそれを、勇者と呼ぶ(中編-1)

 レンとハナが山と川に挟まれた道をテクテク歩いていると、前から馬車がやってきた。


「あ、お菓子の馬車だ!」


「お菓子ちょうだいですわ~!」


 二人がすごい勢いで馬車に駆け寄っていく。


 もちろん、馬車はお菓子とは無関係な普通の商会の馬車だ。ただ、馬車が辺境の村に訪れると市が開かれ、そこで寮長のおばちゃんが毎回お菓子を買ってくれるから、二人は『馬車=お菓子をくれるもの』と認識していた。


「ええ!? なに君たち!?」


 人気のない道で、いきなり駆け寄ってくる二人に、馬車のおじちゃんは困惑した。


「お菓子ちょうだいですわ!」


「ハナ、ちょっと待った。おじちゃん驚いているみたいだよ。お金が必要なんじゃ?」


「たしかに、寮長のおばちゃんもいつもお金を払っていましたわ」


 二人は、荷物や服をひっくり返してお金を探し始めた。


「え……いや、なにこれ? え……?」


 おじちゃんはただ困惑している。


「あ、お金があったよ、ハナ!」


「私もありましたわ! おじちゃん、レンのお金と合わせて、これでお菓子をくださいまし!」


 ハナは、かき集めたお金をおじちゃんに渡す。ボロボロの小銭は、合わせて7イン(日本円換算で7円)だった。


「いや、こんな小銭いらないというか……君たちなんでここにいるんだい?」


「えっと……大事なものを、大事な人に届けに行くんだよ」


 レンは、勇者や聖女、女神の神託といった件を誤魔化して伝えた。寮長のおばちゃんまで噂が届いたら絶対に怒られるからである。


「大事なもの? ああ、お使いをしてるんだね……。なるほど、まだ情報が届いてない所があるのかな」


「お菓子ちょうだいですわ!!!」


「ちょ、ちょっと待ってお嬢ちゃん。よく聞いてくれ、この先の町は魔物に襲われる可能性が高くて、元から町に住んでいた人以外は避難しているんだ。お使いを切り上げて、お家へ帰ったほうがいいよ」


「……???」


「……???」


 いきなり難しいことを言われて、レンとハナは固まった。


「え、ちゃんと伝わってるかな……? あ、ほら、飴があったからあげるよ。これを食べてお帰り」


 馬車のおじちゃんから飴の小袋をもらって、レンとハナはパクパク食べ始めた。


「甘い! うまい! ですわ!」


「元気百倍!」


 お菓子をもらって満足したのか、飴で口をいっぱいにしながら、レンとハナは辺境の町の方へ駆けだしていった。風のような速さだった。


「え、だからそっちは危険だって……」


 馬車のおじちゃんが、駆け去っていくレンとハナに目を向ける。たちまち距離が離れていく。渓谷を縫った先に、遠くの辺境の町がうっすら見えていた。町の上には、曇天が広がっている。



 ◇◇◇



「ヘオイヤ司祭、偵察隊から報告があった! 西の方で、犬の魔物を2匹発見。町を遠巻きに伺うように、ぐるりと移動していたとのこと」


「……ありがとうございます。そろそろ、来ます。偵察隊を引き上げて、所定の位置へ配置を」


 辺境の町の司祭ヘオイヤは、教会に籠もり、様々な報告を受けていた。そして、この報告でヘオイヤは確信した。


 ――“特別認識個体(ネームド)”がやって来る、と。


 “特別認識個体(ネームド)”とは、魔物を統べる力を持った特別な魔物個体である。通常、魔物は単なる獰猛な野生生物だ。人里に現れたら脅威だが、対策すれば退治できる。さらに、魔物同士で殺しあったりもする。獰猛で強力だが、あくまで個を対処すればいい。


 その状況を変え、人類を滅亡まで追い込んでいるのが“特別認識個体(ネームド)”だ。“特別認識個体(ネームド)”は、魔物を従え、規律を与え、集団で行動させる能力を持つ。山で出くわせば殺し合うはずの、種族の違う魔物たちが、“特別認識個体(ネームド)”の前では協力して人類を襲ってくる。


 ヘオイヤは、胸から込み上げてくる黒々とした絶望を追い返すように、水を一気に飲んだ。


 少し前から、近辺で熊の魔物が数匹集団で行動しているのが発見されていた。野生では単独行動しかしない熊の魔物がだ。


 そして、先ほど報告があった、斥候と思われる犬の魔物。明らかに魔物襲来の兆候である。


 あらゆる情報が、“特別認識個体(ネームド)”の襲来を告げていた。たった300の民兵しかいないこの町が対抗できるわけがない。そして、王都からは ”不撤退”の命令が出ている。


 ――皆が死ぬ。いや、死ぬことが確定していた運命を、魔王の気まぐれでここまで生き永らえていていただけか。


 犬の魔物の斥候の報告を聞いてすぐに、ヘオイヤは民兵を教会の前の広場に集めた。“特別認識個体(ネームド)”が来る前に、士気を上げる必要がある。


 広場に集まった民兵には、若干の緊張と恐怖が見て取れた。


「さあ、みなさん、ここから踏ん張りどころですよ! 民兵の手で、魔物を退治して、全土を驚かせてやりましょう! みなさんならそれができます!」


 ヘオイヤは、無理やり皆を鼓舞する。それしかできない。


「お、おお、司祭さま! やってやろうぜ!」


「司祭、けっこう偉い兵士だったんだよな? 頼もしいぜ!」


 自分が、恐怖を隠しながら無理をしていることを、ヘオイヤ自身も認識していた。震える手を、雑な希望で覆い隠そうとしてる。そしてそれを、微塵も皆に感じさせてはならない。


「我々が勝てば、人類に勢いがつきます! ”最前線”で戦っている国王軍の後押しになります! 国王陛下からも、皆の奮戦を期待すると手紙が届いています!」


 ヘオイヤは、国王からの手紙を広げて皆に見せる。民兵の間に、どよめきが広がった。


 国王から手紙が届いているのは、本当だった。”不撤退”の命令と共に届いたその手紙は、この町の国家に対するこれまでの貢献を褒めたたえ、民兵組織の勝利を確信しているといった内容が書かれていた。


 長文のこの手紙は、間違いなく国王の直筆だろう。国王は、人類が魔王勢力と戦う上で少しでも有利に働くことを、驚くほど緻密に徹底的に実施する人間だった。実際この手紙は、民兵の士気を上げる最良の一手だった。


 歓声が、民兵の間に広がっていく。


「おおおお! 国王様が俺たちに期待してるのか!」


「こりゃ、魔物を退治したらご褒美たんまりだな!」


 士気は上がった。あとは自分が覚悟を決めるだけだと、ヘオイヤは思った。


 広場に、偵察兵が飛び込んできた。


「西から、魔物の集団が接近! 熊の魔物、犬の魔物の混成部隊! 数はおよそ50!」


 民兵が、ざわつこうとするのを、ヘオイヤは手で制した。


「事前準備通り、各自配置へ。遊撃隊は、ここで待機」


 ヘオイヤは、民兵を見渡し、大きく声を上げた。


「この村を死守します! 全軍、戦闘開始!」


 おう、と声を揃えた返事があり、民兵が持ち場へ駆けていく。


 ヘオイヤは、込み上げてる恐怖や不安を、必死に抑え込んでいた。また、仲間が死ぬ。大事な人を、いとも容易く失ってしまう。しかし、やるしかないのだ。


 ――神に祈る前に、私がやるべきことがある。


 ヘオイヤは、しばらく神を忘れることを決めた。

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