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39.商人の都市の算段(中編-3)

 商人の都市の城門。レンが扉どころか門ごと斬り開いて逃げ出したその場所は、騒ぎによってたくさんの人だかりができていた。そこに、群衆をかき分け、1台の馬車がやってきた。


「……3人はここから都市から出たのか」


 商人の都市および王国の物流を統括している、商会長のタチアナが馬車を降りた。タチアナが捜索を手配した人物らしき者がいたという報告を受け、検分にやってきたのだった。門を警備していた自警団が、タチアナに駆け寄って言う。


「商会長、申し訳ございません。連中、物凄い速度で走ってきて、一瞬で門を破って出て行って……」


「謝らなくていい。その責任は問わない。状況だけを教えてくれ」


「は、はい。男の子供が、軽く剣を振るって、門がこんなことに――」


 タチアナは、門の前で足を止めた。


「――軽く振るって、これか」


 門どころか、周囲の壁の支柱もまとめて真横に両断されていた。商人の都市は、魔物の襲来に備えて都市の防壁が相当強化されている。その一角が、綺麗に斬り開かれていた。同じことをやろうとしても、自警団を相当数動員しても時間がかかるだろう。


 定規で線を引いたような、綺麗な切断痕に手を振れながら、タチアナは考えた。これが、これをできる存在が、魔物に相対したらどうなるか。勝つだろう、たやすく。では、”特別認識個体(ネームド)”はどうか。魔王はどうか。


 タチアナの思考が動き出す。タチアナの頭には、全ての方程式が入っている。魔物1体を討伐するために必要な準備と、人類の損害。”特別認識個体(ネームド)”1体を討伐するために必要な準備と、人類の損害。そして魔王。


 それらすべてを足し上げて、人類の物量は全く足りていなく、算段が立たない状態だった。しかし、前提が変わればどうか。これができる存在が、人類の味方で、タチアナが運用できればどうなるか。


 ――あるべきものを、あるべき時に、あるべき所に。


 これは、自身の算段の前提を変える存在ではないか。タチアナは、そう思った。ドクンと、心臓が鼓動するのを感じた。


「――そこにいるのは、タチアナ商会長ですか?」


 タチアナの元に、黒いローブを来た、土埃まみれの少女が近づいてきた。


「ラーラ師団長か?」


 近づいてきたのは、レンとハナとカリアに駆け去られ、少し休んでから商人の都市に到着したラーラだった。王国の重鎮であるタチアナは、同じく王国の幹部であるラーラと面識があった。土埃を払いながら、ラーラが言う。


「はい、ラーラです。陛下から勇者と聖女を自称する存在の捜索任務を与えられ、ここに来ました。そして先ほど、それと思われる存在とすれ違いました。……止めようとしましたが、突破されました」


「なるほど、ラーラ殿でも止められなかったのか。見てくれ、この門の切り口を。すごいものじゃないか。勇者の方がやったのかな?」


 タチアナが門の切り口を恍惚と撫でながら、ラーラに問いかける。王都に常駐してるラーラの方が、詳細な情報を持っているだろうと思ったからだ。


「……恐らく、勇者を自称する存在でしょう。あらゆるものを両断するという報告が入っています」


「そうか、そうか……! 魔物どころか、あの厄介な”特別認識個体(ネームド)貪欲な豚(グリービー・ピッグ)すら両断できるのかな……? そういえば、聖女もいると聞くが、彼女は何ができるんだ?」


 タチアナは、目に見えて興奮していた。頬が赤らみ、愛撫するかのように門の切り口を撫でている。10年間成り立たせられなかった算段の、前提を変えられるかもしれない存在がいる。タチアナは高揚していた。


 そんなタチアナを見て若干身を固くしながら、ラーラが言う。


「勇者と聖女を自称する集団は3人だと言われています。勇者と、戦士。そして聖女。聖女は、生きている人間のあらゆる傷を治せる、と言われています。切断された四肢さえも治療できる、と――。ただ、あくまで伝聞を基にしたものであり、審議はわかりません」


「四肢すら、か――」


 タチアナは、さらに顔を紅潮させ、荒い息を吐いていた。


「つまり、聖女がいれば、このすべてを両断する勇者を半永久的に運用できるということだな? 勇者がどんな致命傷を負っても、聖女がそれを復元させればいい。これは、魔王にすら対応できる力だ……!」


「タ、タチアナ商会長。まずは噂の真偽を確かめてからでは――」


 困惑しながら、ラーラが言う。タチアナの様子は、明らかにおかしいと感じられた。


「……そうだな、ラーラ殿。少し落ち着こうとしよう。あくまで、勇者と聖女の存在は伝聞でしかない」


 タチアナが、深呼吸をする。そして、ラーラに目を向け、微笑みながら言った。


「ただ、これが本当だとしたら、人類にとっての希望でしかない。それを運用して、どう魔王を討伐するか、少し考えるくらいは許して欲しい。皆、寸前のところで苦しんでいるのだから」


「……人類の、希望」


「ああ、そうだ。私すらも、日々の計算で追い込まれていたようだ。こんなに取り乱すとは、商会長として失格だな」


 そしてタチアナは、門の修復の指示を自警団に出し始めた。ラーラは、タチアナが言った言葉の意味をずっと考えていた。



 ◇◇◇



 商人の都市から少し離れた街道。レンとハナとカリアは、都市を逃れここまで走ってきた。


「レン、お腹が空きましたわ。何か食べ物を持っていませんか?」


「うーん、全部食べちゃったなぁ。あれ、あそこに動物がたくさんいない?」


 街道から離れたところに、豚を数倍に大きくして醜く太らせたような生物がうごめいていた。それは豚の魔物で、商人の都市を起点とした物流を脅かしている魔物だった。貪欲で、執着が強く、商隊が何度も襲われ続けていた。豚の魔物に襲われた商隊は、人どころか物資も全て喰い尽くされると言われていた。


「ブタちゃんですわね。レン、あれを狩って焼いて食べましょう」


「ふむ、手ごたえがありそうな敵だな。レン殿、ハナ殿、いつでも行けるぞ」


「よし、行こう!」


 こうして、3人は豚の魔物に突っ込んでいった。3人は、豚の魔物の中でもひときわ大きい個体に突っ込んでいった。他の魔物の数倍の大きさがある。それは、”特別認識個体(ネームド)貪欲な豚(グリービー・ピッグ)と呼ばれている存在だった。3人に気付いた貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が甲高く吠えながら、前足を振りかざしてくる。


「――参る!」


 カリアが叫び突っ込む。前足をかわし、勢いのまま後ろ足を剣で薙ぐ。反転し、駆けながら脇腹を裂く。肉が厚い。内臓がこぼれない。豚の魔物。カリアを押しつぶそうと倒れこんでくる。後ろに飛んだが、一瞬反応が遅れ、カリアの足が倒れこむ魔物の胴体に巻き込まれる。ゴリゴリと、足が潰され骨が砕ける感触がする。


「うおおおおお!」


 カリアは叫び、豚の魔物に横腹に長剣を深く突き刺した。しかし、豚の魔物は動じる様子がない。


聖剣(エクスカリバー)!」


 レンが、カリアを押しつぶしている豚の魔物の腹部を斬り飛ばした。足が潰れたカリアを、すぐにハナが治療する。カリアのすぐそばに、レンが斬り飛ばした魔物の腹の肉が転がっている。


「こいつら、肉が厚くて難しいね。僕でも両断できなさそうだ」


 ”特別認識個体(ネームド)貪欲な豚(グリービー・ピッグ)は、腹部を斬り飛ばされた痛みでのたうっている。


「農民であるレン殿でも両断できないのか。これはなかなかの強敵だな」


「レン、カリア! 私に良い考えがありますわ!」


 レンとカリアは、ハナに顔を向けた。


「レンがブタちゃんのお肉を斬り飛ばしたから、もうそれを持って帰って食べればいいですわ」


 ハナが、転がっている豚の魔物の肉の塊を指差しながら言った。


「確かに、倒すのも面倒だね。カリア、これ持てる?」


 レンが、巨大な豚の肉塊を指差しながら言う。大人数人分の重さはありそうだ。カリアはごくりと唾を飲み込み覚悟を決めた。レンとハナは、この巨大な肉塊を”最前線”までカリアに背負わせかねない。それはちょっとしんどいなとカリアは思った。


「……ああ、もちろんだ。ただ、どこまで運ぶ? すぐそこの、商人の都市の屋台で調理してもらうのはどうだ?」


「良い考えですね! 屋台で焼いてもらえばきっと美味しいですわ!」


 そして、レンとハナは商人の都市に駆け出していった。カリアは豚の魔物の肉塊を背負いながら、必死でその後を追っていった。


 ……しばらくした後、腹を斬られた痛みが収まってきた”特別認識個体(ネームド)貪欲な豚(グリービー・ピッグ)がのそりと立ち上がった。豚の魔物は、執着が強い。自身にこんな傷をつけた存在を、許せないと思った。


 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)が、甲高く吠える。周辺の豚の魔物が、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)の元に集まってくる。魔物を使役できる、”特別認識個体(ネームド)”の能力が発動されたのだ。


 貪欲な豚(グリービー・ピッグ)はレンたちを追い、商人の都市の方へ向かった。


 巨大熊(ビッグ・ベアー)をはじめとして、過度に巨大化した”特別認識個体(ネームド)”の移動速度は著しく遅くなる傾向にある。体の構造が、移動よりも自重を支えることに特化していくからだ。それは貪欲な豚(グリービー・ピッグ)も同じだった。


 しかし着実に、貪欲な豚(グリービー・ピッグ)は魔物を従えながら商人の都市へ近づいていった。


 こうして。商人の都市にかつてない脅威が迫ろうとしていた――。

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