38.商人の都市の算段(中編-2)
レンとハナとカリアが商人の都市に訪れた次の日の昼下がり、3人は目をこすりながら、都市の端の路地裏から出てきた。
「うーん、よく寝たなぁ。昨日はお腹いっぱい食べたね、ハナ」
「そうですわね、レン。すごく美味しかったですわ!」
昨日、タチアナから10,000インを貰った3人は、屋台で買い食いしてあっという間に10,000インを使い果たした。お腹がいっぱいになった3人は、路地裏で野宿をしたのだった。
「でも、昨日の眼鏡の人がちょっと心配ですわ……。あんなガラクタに大金を払うなんて」
「そうだね、タチアナさんって言っていたっけ? 誰かに騙されないといいけど……。ハナみたいな商売上手がいたら、コロッと騙されちゃうかもね」
タチアナは商会長の責務として10,000インを恵んでくれたのであったが、レンとハナはタチアナが騙されやすい商売下手だと認識していた。
「あれ、なんか広場に人が集まってるね。なんだろう」
広場の看板の前に、人混みが出来ていた。3人は人混みをかき分け、看板に近づいた。
「――えっ!? ハナ、カリア、これ僕らじゃない?」
看板には、レンとハナとカリアと思われる顔が書かれた張り紙が貼られていた。なにやら、赤字で文字も書かれている。
「……ふむ。この3人を見かけたら、商会へ連絡するようにと書かれているな。発見者には報酬を出すとも書かれている」
張り紙の文字を眺めながら、カリアが言う。
張り紙は、タチアナが貼らせたものだった。”特別認識個体”のものらしき魔物の部位を売っていた人間と、勇者と聖女の噂を結び付けて、捜索の手配を出したのだ。
「なんで僕らを探してるんだろう……?」
レンが言い、ハナが答える。
「たぶん、昨日の売り物ですわ……! あんな中動物の角の欠片みたいなガラクタに、大金の価値はないと気付いて、騙されたとか騒いでいるのですわ!」
ハナが焦り始める。ハナは、これまで何かを誤魔化して利益を得ようとしたとき、常に孤児寮長のおばちゃんに怒られ続けてきた。3歳の子供が持っていたお菓子を、そこらへんに落ちてた小石と交換しようとした時はすごく怒られた。レンがみんなから貰った誕生日プレゼントを、誕生日が同じだからそれはハナのものでもあると言って奪おうとした時も物凄く怒られた。そのトラウマが蘇ってきていた。
「まずいですわ、逃げないと……!」
ハナが焦っていると、周囲の人々が3人の存在に気付いた。
「あれ、この3人、看板に書かれている人たちじゃ……?」
周囲がざわつく。レンも、これまで何かを誤魔化して利益を得ようとしたとき、常に孤児寮長のおばちゃんに怒られ続けてきた。ハナがみんなから貰った誕生日プレゼントを、誕生日が同じだからそれはレンのものでもあると言って奪おうとした時に物凄く怒られたので、素早く対応した。
「ハナ、カリア、逃げよう! このままだと捕まって怒られちゃう!」
3人は、人混みを突き飛ばしながら駆け出すと、都市から出る門へ一目散に向かっていった。道行く人々は、とてつもない速さで走る3人を見送ることしかできない。
門は鉄格子で作られた大きな扉で固く閉ざされていた。しかし、レンが剣を構え、一閃した。
「聖剣!」
扉どころか、門全体が真横に真っ二つに両断された。それをカリアが力強く蹴り開け、3人は都市の外へ逃げ出して行った。
「……なんだあれ」
門の周辺にいた自警団や住民は、ただ困惑していた。
◇◇◇
魔術師団長ラーラは、目的地にたどり着いた。
川幅が狭く、細くなってきたところで、船が船着き場に止まった。川はまだ続いており、山の中へ入っていくようだ。少し離れたところに商人の都市があり、都市と船着き場をつなぐ街道にはたくさんの馬車が行き来している。
「ラーラ殿、商人の都市までは少し距離があります。馬車を使いますか」
「いえ、大丈夫です。船旅、ありがとうございました」
ラーラは船員の提案を断り、自身に掌をかざし、身体強化魔法をかけた。
「――ここからは、自分の足で向かいます」
ラーラが土を蹴り上げて商人の都市へ駆け出す。馬の疾駆にも勝る、常人では不可能な速度だった。
王国最強の魔法使いであるラーラは、身体強化をはじめとした基礎的な魔術系統はすべて極めている。魔力の節約のために、長距離の移動は船を使ったが、この程度の距離なら身体強化で事足りるだろう。
商人の都市がどんどん近づいてくる。
「……ん? あれは?」
都市の門から、何かが飛び出してきた。子供の男女と、戦士風の女の3人。街道を、こちらへ向かって走ってくる。いや、走る速度が尋常ではない。魔術を極めた自分よりも早いと思えた。つまりそれは、人類で最も足が速いということだ。
「――勇者と、聖女」
ラーラは呟いた。やはり、商人の都市にいた。その正体を見極める必要がある。
「そこの3人、止まってください!」
ラーラは、3人の進行方向に回り込んだ。しかし、3人は無視して突っ込んでくる。いや、3人は異常な速度で走りながら、お互いの顔を見ながら雑談してる。
「レ、レン。私、詐欺で捕まったりしませんよね!?」
「だ、大丈夫だと思うよ、ハナ。安心して、牢屋に入れられても差し入れしに行くから」
「よくわからんが、ハナ殿が捕まったら助けに行くぞ。なに、全員斬り倒せばどうにかなるだろう」
3人は、ラーラのことを一切見ていない。その存在を認識すらしていない。
こいつらは、何かがおかしい。そう判断したラーラは、結界魔法を周囲に展開した。あらゆる物理的干渉を妨げる魔法である。魔力の消費は大きいが、この3人を足止めすることを優先した。
「止まりなさい! そのまま走ると、怪我をしますよ!」
ラーラが叫ぶ。結界魔法は明確な質量があり、このままだと土壁に向かって走って正面衝突するのと同じようなことになる。しかし3人は気付かず走りながら雑談を続けている。どうにでもなれ、とラーラは思った。
「……あれ? なんか邪魔なものがあるね」
ラーラが展開した結界魔法まであと数歩というところで、レンが顔を上げ、無造作に剣を振るった。
「聖剣」
結界はたやすく両断され砕け散り、3人はラーラの横を駆け抜けていった。
周囲には、3人が走った後の土埃が舞っていた。3人の姿が遠くなっていく。ラーラは呆然としたまま、その場に膝をついた。
「結界魔法が、たやすく破られた……?」
魔物はもちろん、”特別認識個体”の攻撃すら防いできた魔法だった。それが、男の子供の一刀で粉砕された。ラーラには、それが信じられなかった。
「勇者と、聖女……」
ラーラは呟いた。
3人は、土埃をあげながら疾走を続けている。徐々に、その姿が小さくなっていく。ラーラはただ、駆け去っていく3人の後ろ姿を見つめていた。
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